第128話 解毒の魔法

 ポーションやマナポーションなどの魔法薬精製には、魔力も必要になる。本当は魔法を使って魔力の操作を練習した方がいいのに、攻撃魔法なんかと別物と考える人も居るみたい。使う魔力の発動元である魂は、一緒なんだけど。魔法使いとして芽が出ない人が、アイテム職人に転向してうまくいくかと言えば、難しいんじゃないだろうか。魔力よりも薬草本来の力に頼る、薬草魔術ならと思うかも知れないけど、こちらも勉強が大変だ。

 ちなみに薬草魔術の薬というのは、薬草の効能を使い、解熱剤や胃腸薬、下痢止めなど個々の症状に合わせて処方されるお薬。ハーブも薬草魔術で使うよ。


「魔法はどうして発動すると思う?」

 アンニカに質問してみた。魔法理論を学んでいないだろうから、どの程度まで理解があるのか知りたい。その辺も魔法の精度や威力に関係してくる。

「え……?魔力で、火や水を出しているんじゃ……?」

 なるほど、全然なのね。


「簡単に言うと、魔力で干渉できるのはマナ。そのマナを詠唱にも頼ってエーテルへと変化させて、エーテルが第一質料プリママテリア元素エレメントに変化させてるわけ」

「は、はい」

 アンニカは一生懸命メモしている。もう少しゆっくり喋った方がいいかも。

「書き留めずとも、いつでも私が説明するぞ」

「いえ、教わった事は自分で書かないと覚えないんです」

 契約したシェミハザの言葉に、小さく首を振る。


「理解できたら、魔法が強くなるから。しっかり考えてね。イメージや、呼吸も大事よ。気持ちを落ち着けて、アンニカはすぐ緊張しちゃうから、もっとリラックスの方法も身に着けた方がいいわよ」

 性質の話はシェミハザに任せようかな?プリママテリアに四つの性質の内の二つを付けることで、地水火風になる。光と闇は独特。三つずつ、つける。ちなみに四つの性質とは、熱、冷、湿、乾のこと。

 一気に話しちゃうと混乱しちゃうだろうし、あとで性質の表をあげよう。その方が解りやすいから。


「アンニカの魔法を見てみたいわ」

 仕事は丁寧だから、魔力を使いこなせばハイポーションでも作れるはずなのよね。今の状態だとエリクサーはムリね。浄化の効果もちょっと薄かったな。

「じゃあ、冒険者ギルドの訓練施設を、使わせてもらいますか?」

 元冒険者のアンニカだけど、別に冒険者を引退したわけではないので、練習場を使える。仕事をしない場合は、一年毎の更新だけすればランクを維持できるそうだ。仕事を受けたら、自動的に更新されている。最後の仕事を受けてから一年で更新期間。コレを越えてさらに一ヶ月過ぎちゃうと、冒険者ランクが最初からになる。


「外で適当な魔物でも狩れば、いいんじゃないかしら」

「イリヤ嬢の言う適当な魔物って、普通のDランク冒険者なんて簡単に殺しちゃうようなランクじゃないの?」

 エクヴァルが笑ってる。

 どういう魔物がそれに当てはまるか解らないわ。以前のアンズー鳥なんかは入るだろうね、雷を使う危険な魔物だし。


「動きの遅い亀系の魔物とか下級の竜とかが、倒しやすいと思う」

「そ、そんなの倒せません…!!!」

 アンニカが震えながら答えた。下級の竜なら子供の頃から魔法で倒してたから、怖い気はしないけどな。ブレスも使わないし。

「やっぱりキュクロプス?あれなら巨人では小さめだし、おっきい的って感じだよね」

「うん、君の感覚は相変わらずおかしい」

 エクヴァルだって、ドラゴン退治を喜んでするのに~!


「ベリアル…。お前の契約者、最初は普通の女かと思ったが、この前からかなり異常だと思うのだが……」

「キングゥのやつも非常識だと言っておったわ。我が契約者であるからな、ドラゴンなど恐れるようでは務まらぬわ!」

 なんで人間以外にまで、普通じゃないと言われているんだろうなあ!

 これは絶対、ベリアルのせいだと思う!!


「せっかくだし、冒険者の依頼として討伐を受けてみたらどうかな?一年毎の更新を使うと、管理費用が取られるからね」

 なるほど。エクヴァルの提案に従って、アンニカと二人で冒険者ギルドに行った。お昼近くの半端な時間だし、討伐はないかも知れないけど。

 依頼ボードには幾つか札が貼ってあり、討伐、採取、荷物の運搬、それから護衛やお店のお手伝い。意外と色々と残っている。

 ん?お店のお手伝い?


「たまにありますよ。冒険者は依頼を見る為に、ギルドの研修室で文字を教わったり、簡単な計算を勉強したりできるんです。受講料は普通に学ぶよりも格安です。採取をしているうちに、薬草に詳しくなる人もいますし」

 ボードを見ながらアンニカが教えてくれた。読み書きと計算はみんなが出来るわけじゃないから、ここに依頼を出すのが早く確実に人が集まる。こういう大きめの町だと識字率は高いけど、ギルドの依頼として受けてくれるのはギルドの保証付きの人材なわけで、盗難とかの恐れが少ないし、トラブルはギルドに相談できるから安心。ギルドへの手数料が、保険みたいな感覚かな。

 冒険者ギルドって、色々してくれるのね。多くの国で研修の為の補助金が、冒険者ギルドにはおりるらしい。なので安く教えてもらえるんだとか。


「あら、この依頼……」

 アンニカが一つの依頼に目を留めた。私も同じ札を確認する。

 そこには、解毒を頼む旨が書かれていた。


「あの、この解毒の依頼ですけど。新しく見つかった洞窟で、強い毒を持つ魔物が出た、というあの話の…ですか?薬で治らなかったんですか?」

 受け付けの女性にアンニカが尋ねる。

「それなんですが、薬はこのレナントで売られている内の、強力なものも試したそうです。もともとこの町ではあまり強い毒消しは必要がなかったので、当初は手に入らなくて。初期に毒を受けてしまった方で、時間が経ちすぎたのか、毒消しの効果が薄いそうです」


「受けましょう、アンニカ。貴女の魔法を使ってみたら?」

「ええ、治してあげたいですが…、そんな状態の方に効果があるかどうか……」

 薬も効果がなかったと聞いて、自信がないみたい。

「大丈夫よ、私の強力な毒消し、もう二つあるの。魔法でどうしてもダメなら、処方しましょう」

「はい、それなら心配ないです……!」


 依頼を受ける為に依頼札を出すと、受け付けの人が依頼人の住んでいる場所や伝え聞いた状態などを、説明してくれた。

「それからこの依頼は成功報酬のみで、準備資金はありません。達成できなくてもすぐに報告して下されば、失敗のペナルティーもありません。依頼主の方の、ペナルティーを気にして依頼を受けてもらえないと困るから、という配慮でして」

「解りました、すぐに報告に来ます」

 アンニカがギルドカードとランク章を出して、正式に受注した。

 準備資金は、依頼によっては出るみたい。かわりに失敗のペナルティーも、必ずついてくる。


 早速二人で依頼主の家に行ってみる。実は依頼主も冒険者で、例の洞窟に調査に向かって毒を受けてしまった。

 パーティーメンバーで小さな家を借りて、みんなで住んでるって……


「あら、イリヤ。どうしたの?」

 久々に会うおかっぱ頭の魔法使い、エスメ。イサシムの大樹というDランクの冒険者グループで、収入が安定してきたから、皆で家を借りる事にしたんだとか。じゃあ、毒を受けたのって……

「はじめまして、イリヤ先生の弟子のアンニカです。あの、解毒の依頼を受けたんです」

 アンニカがギルドカードと紹介状を見せながら挨拶すると、奥から赤茶の髪を三つ編みにした、レーニがパタパタとやって来た。

「ホント!?助かるわ、熱も引かないし困ってたの!」

「……こっちだ、入ってくれ」

 相変わらず口数の少ない、背が高くてガッチリ体型のルーロフ。今日はシャツ姿。


 毒を受けたのは、リーダーのレオンだった。エスメを庇ったんだとか。

 張り切って新しく発見された洞窟の探索に行って、怪我をして帰って来る。若い冒険者にはありがちな失敗だけど、一回のミスで命を落とすこともあるから、帰って来られて良かったと思う。さあ、次は治療ね。またみんなで依頼を受けられるようにしないとね。


 いつも陽気な弓使いのラウレスが、しっかり看病も手伝っている。

「ここなんだ。」

 見せてくれた腕の傷口は未だ腫れて、黒っぽい色をしていた。腕を縛り、薬を塗って毒が広がるのを抑えているけれど、一進一退と言った具合いのようだ。

 軽口もなく、心配そうにこちらに視線を向けた彼にアンニカが頷き、レオンの横に来て詠唱を開始した。


「大地の女主人、地に生きる我らに憐れみを。毒の責め苦からの救いをもたらしたまえ。血の穢れを消し去り、再び立ち上がらんことを。ゲリール・プワゾン」


 ふわりと光って、レオンの体を淡く包んだけど、毒を受けた傷口はまだ黒っぽい青紫で、ほとんど変わりはなかった。

「……時間が経ちすぎてるし、毒が強いです。イリヤ先生……」

「これから別の魔法を使うから、覚えておいてね」


 傷口の近くに両手をかざし、ゆっくりと息を吸う。

「毒よ、むしばむものよ。悪戯に人を苦しめる、苦き棘よ。天と地の力により、汝は駆逐されよ」


 手から白銀の光が放たれ、傷口を照らす。

 思ったより深そう…。

 毒の根源を断つような気持ちで、魔力を注ぎ続けた。ゆっくりと皮膚の色から黒ずみが薄れ、元の肌に戻っていく。


「おおおっっ!?」

 ラウレスが嬉しそうな声を上げる。

「これで大丈夫。熱の薬は持ってないから、アレシアから買ってね」

 依頼の紹介状に終了の印を貰って、終わり!みんな喜んでくれたし、良かった。討伐だと部位を出すけど、こういうのは終わったら依頼主から印を貰う。

「最初っからイリヤに頼めば良かった!」

 様子を見に来た治癒師のレーニが、ホッとして胸を撫で下ろす。両手で飲み物を乗せたお盆を持っていた。

 せっかくなのでグラスに入った冷たい紅茶を頂く。


「言ってくれれば良かったのに」

「アレシアの所でイリヤに教わったって言う効果の強い毒消しを買ってもダメだったから、イリヤでも無理なんだって思いこんじゃったのよ。それでも一応家に行ってみたけど、お客さんが来てたみたいだったから……」


 そういえば最近はけっこう人の出入りがあったわ。遠慮しちゃったのね。

 みんなで飲み物を頂いて少し話をしてから、別れた。この後の養生はレーニも解っているみたいだったから、特に説明もいらない感じだった。

「……助かったわ、ありがとう。今度は遊びに来て」

 帰り際に、エスメが目を反らしたまま呟く。素直に言うのは恥ずかしいみたいね。


 次は冒険者ギルドへ報告するのね。歩きながらアンニカが私に尋ねてきた。

「あの魔法、何だったんですか?」

「あれはね、昔の強力な毒消しの魔法を解読して、使いやすくしたやつなの」

「さすが先生!感動的です!」

 ……なんかだんだん、セビリノがうつってないかな?


「アンニカの魔法も見られたし、帰ってから講評ね」

「……はい。ちょっと不安ですね…」


 私たちは終了の報告を済ませ、しっかり報酬を受け取って家に帰った。討伐に一緒に行かれると思って待っていたみたい、エクヴァルがガッカリしていた。



★★★★★★★★★★★★★


久々に説明。

イリヤが使った毒消しの魔法は、オリエントの項目にあったおまじないを基にしたものなので、あの説明はある意味本当です(笑)。

「天と地の力により、汝は駆逐されよ」のフレーズが、かっこいいと思ったので!でもあんまり載ってなかった。もっと昔のおまじないが載ってる本、ないかなあ。

本のタイトルは「東洋秘教書大全」です。色々なものを紹介していく感じな本です。

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