第224話 決着!
さすがエクヴァル、危なげなく四人勝ち抜いた。周囲の人も、すごいと感心している。エクヴァルを応援してくれる人も増えたよ。
「すごい、やっぱりエクヴァルは強いね……!」
「そうね、リニちゃん。あと一人だもの、絶対勝てるわ」
「……うんっ」
紫の瞳を輝かせて、ギュッと賭けの札を握りしめるリニ。
「寒村の催しだと思っておったが、盛況であるな。どれ、我が華を添えて……」
「君は大人しく観戦するように」
目立つの大好きなベリアルが立ち上がろうとして、ルシフェルにサラリと止められていた。いてくれて良かった。
椅子で挑戦を待っていた男性が準備して、木刀を受け取る。ついに最後の相手が試合場に入ってきた。
カシュウまであと一歩!
会場の熱気も最高潮だ。手を振り上げて、競うように大きな声援を送っている。私とリニも、エクヴァルに届くよう声を張り上げた。
「これが最終戦だ。勝てば景品がもらえるからな、頑張れよ。始め!」
審判が合図をしても、二人はまだ睨み合ったまま。
「今回の中では飛びぬけた腕だな」
「それはどうも。いい試合にしよう」
男性はジリッと一歩踏み出して、エクヴァルの出方を窺っている。
エクヴァルも今までより慎重に、相手の動きを注視している。
なんだか私が緊張するわ。瞬きをした時に二人が動き、もう木剣が合わさっていた。早すぎて追えないよ。
カンカンと木剣の乾いた音が響き渡り、少しずつ移動しながらお互いに攻撃を続けている。
「ベリアル殿、これはどちらが優勢なんでしょう」
「エクヴァルが勝つであろうな」
「そうだね。決着はつかなければ解らないだろうけど、彼は隙も見せないだろう」
ベリアルだけじゃなく、ルシフェルもエクヴァルの勝利を確信している。心強いな。私もエクヴァルなら勝てると思うし、しっかり応援しなきゃね!
突きを半身で躱して、反撃するエクヴァル。相手は辛くも避けているけど、エクヴァルの木剣が掠った。
さらに一歩踏み込み、相手の肩に一撃加える。
「クッ」
相手は怯みつつも、更なる追撃を防いだ。
何度か打ち合ってから鍔迫り合いになり、お互いが離れる。
またこう着状態になるのかなと思ったけれど、すぐにエクヴァルが動く。
下から切り上げるのを相手は後退しながら避けて、すかさず振られる木剣に自らのそれを合わせる。乾いた音が会場に高く響いた。
負けじと男が一歩出るのに合わせてエクヴァルが足を脇に滑らせたので、距離は変わらない。追う剣を斜めに弾いて斬り掛かるけど、スッと後ろに跳んで相手に避けられた。
惜しい! 気がする。
すぐに相手が剣を水平に振るい、エクヴァルは低くなって躱した。そのまま大きく踏み出し、振り切った脇腹に剣を叩き込む──
カキン!
素早く斜めに移動し、エクヴァルの剣を軽く弾いて避ける。翻してエクヴァルの腹部に一撃木剣が当たった。
「エクヴァルッ!」
リニが大きな声で泣きそうになる。
「大丈夫よ、アレは痛くない剣らしいから」
それにエクヴァルの口元は笑っているし……。テンション上がってるね。
攻撃を入れられた後の方がエクヴァルの動きが早くなって、相手は防戦一方になってしまった。観客席は息をのんで見守っている。
試合会場のラインまで退かされたところで、エクヴァルの剣に己のそれを強く打ち付けて、すかさず振りかぶった。一瞬で振り切られた切っ先が、地面に触れる。
「……完敗だ」
紙一重で避け、エクヴァルの刃は首を捉えていた。
すげえと、割れんばかりの歓声が響く。
「挑戦者の勝利です……! 最後の景品が渡りますので、今回の大会はこれで終幕いたします」
審判が終わりを宣言している声まで、掻き消されちゃう。
「やった、エクヴァルが勝ったよ!」
リニが一生懸命、拍手をしている。周囲からもパチパチと手を叩く音が重なり、私も負けじと手を叩いた。
「やっぱりエクヴァルが一番強いわね!」
「うん!」
大会の運営が賞品を用意し、そのまま授与。
黒っぽい乾燥したカシュウと、薬草が数種類。アンブロシアまで入っているじゃない! 量があるし、セビリノと分けられるね。ずっと黙って観戦していた彼も、さすがに感嘆の声を漏らす。
これで目的も果たしたし、まずエクヴァルと合流しよう。席を立とうとしたところで、人々を掻きわけて男性二人が姿を現した。
「おいおい、せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのに、もう終わりか?」
どうやら一足遅かったようだ。カシュウは私達のだよ! 運営の人が慌てて近くまで行き、軽く頭を下げた。
「残念でした、最後の勝者が決定いたしました。また来年お越しください」
「そこの、なよっちいのが勝ったってのか!? これなら誰でも取れるじゃねえか、子供の遊びみたいな大会だな!」
言い掛かりをつけてくる。間に合うように、早く来ればいいのに。
「子供の遊びにだって、ルールはある。遅れたら参加出来ないのは当然だ」
決勝戦の相手だった男性が、凛とした態度で追い返そうとする。しかし男性二人は収まらない。
「勿体ぶるなよ、単なる勝ち抜き戦だろ。あの男を倒せばいいだけじゃねえか」
「そうだな、今なら木剣で戦えばいいだけだろ。帰りに襲われでもしたら、危険だよなあ。観客がいて、万が一の治療班がいる所なら安全じゃないか?」
帰りに襲うぞと脅しているのかな。空飛べるの? 私達は空路です。
「大会を汚す気かっ……!」
大将を務めたくらいだし、男性はこの大会に思い入れがあるみたい。二人のワガママにご立腹だ。
「まあまあ、言葉が通じない相手には戦って理解してもらおう。彼らの木剣を用意してくれるかな? 延長戦だよ」
エクヴァルは戦うのが好きなので、別に不満はないらしい。
景品を持ったままでは戦えないので、エクヴァルはカシュウをいったん運営に預けた。戦っている間に奪われるのを危惧して、最後の相手だった男性がその近くで警戒している。
運営は仕方なく木剣を用意し、騒いでいた内の一人に渡した。
背がほどほど高く筋肉もあり、軽装の鎧で太い帯をしている。それから魔獣の皮のブーツ。エクヴァルを侮っているだけか、本当に強いのか。
試合が始まれば解るね!
審判が試合場の線の外へ出て、開始の合図をする。
挑戦者はすぐに木剣を振り上げ、エクヴァルへ最初の一撃を繰り出す。エクヴァルは冷静に相手の攻撃を見て、まずは剣で防ぐようだ。
「……アレは…………だ」
ルシフェルの呟きが、会場のざわめきで私には聞こえなかった。隣に座るセビリノが驚いた表情をして、バッとルシフェルを振り返る。
「今、メギョンギルドと仰いましたか!? エクヴァル殿、打ち合ってはなりません! 力帯、メギョンギルドを装備しています!!」
立ち上がって力の限り叫ぶ。
身に着けた者の力を何倍にも増幅させる、力帯。そんなものを使ったら、攻撃力を減らした木剣でも命取りになる!
「チ、バレたか! だが遅かったな!」
既に剣は目前だ。今から躱すことも、剣を合わせるのを止めることも出来ない。
エクヴァルは視線も動かさず、足をずらして重心を移動し、攻撃を受ける点を外した。それでもカキンと合わさると、耐え切れずにふっ飛ばされる。
試合場内に横向きに倒れ、ザザッと滑った。
観衆がどよめくが、敵から視線を逸らさず、すぐに立ち上がる。
「確かに尋常な力じゃないね……」
「当たった感じが薄かったな。だが、そうそう耐えられねえだろう」
上手く力を逸らしたので、なんとか大丈夫だったみたい。
「おい、何か魔法道具を使っているのか? 違反だ、すぐにやめろ!」
審判が止めようとして、観客からもブーイングの嵐。
「コイツを倒せばいいだろ、いくらでも挑戦を受けるぜ」
力帯メギョンギルドで、調子に乗っているようだ。ルール違反でいいなら、いくらでも魔法を使うわよ。でもエクヴァルが小さく首を振った。
迫ってくる相手が攻撃しようというタイミングで、一気に動き出す。
木剣がエクヴァルを狙った瞬間、相手の腕を打ってそのまま横腹に木剣が食い込むほど、思い切り打ち込んだ。
相手は剣を落として倒れ、打たれた場所を押さえて呻いている。
「ぐあ、ひいいぃ! 痛え痛ええ!」
「力がいくら強くとも、攻撃は当たらないと意味がない。そもそも、私が倒れた時点で追い打ちするでしょ、普通」
いくら木剣で威力を弱めても、怪我するものだよね……。それをエクヴァルが思い切りやったものだから、骨にヒビが入ったんじゃないだろうか。折れてはいないと思うけど、解らないなあ。
救護班が仕方ないな~と、準備を始める。本当は担架が用意してあるのに、自業自得だと自力で歩かされていた。泣きそうな表情で、よろよろと付いていく。
治療してもらえるだけ良かったね……。
一緒に煽っていた相棒は青くなり、人に紛れて姿を消した。
改めて賞品が渡されたら、このあとはお祭りだって。五人抜きした人達は皆残っていて、主役として持て成しをされる。すぐに会場の設営が始まり、お酒が運ばれてくる。ここでこのまま宴会になるらしい。
おっと、せっかくの賭けの賞金を貰わないと。楽しそうだから参加しちゃった。
白い棒に、青い線が三本。棒とインクの色、それから線の数で判別している。エクヴァルに賭けた人は少なかったので、すぐに換金してもらえた。試合が始まったら決めようと思っていた人は、賭けに参加出来る一試合目の決着が早かったから、間に合わなかったんだよ。
リニはエクヴァルの所へ行こうとしたんだけど、彼が人に囲まれてしまって近づけず、外側でウロウロしながら眺めている。集落最強の戦士を倒して乱入者も撃破したから、皆がエクヴァルをしきりに褒めているよ。
勝者のテーブルが用意されて、やっとエクヴァルは人ごみから解放された。席は勝ち抜いた順番みたいね、一番端に座った。勝者には女性も一人。
リニは小走りでエクヴァルの元へ向かう。
「エクヴァル、おめでとう……!」
「ありがとう、リニ。賭けの棒、早く換金して来ないと。受け付けが終わるよ」
「……あの、あのね。これはエクヴァルが勝つようにって、お守りだから、いいの。買う人が少ないから、私が買ったんだよ。エクヴァルは絶対に勝つもの……!」
エクヴァルがはにかんで、リニの頭を撫でる。
リニは棒のまま、ずっと持っているつもりらしい。なるほど、私はもう換金してしまった。なんだか何かに負けた気がする……。
食べ物や飲み物は、大会が開かれていた間も営業していた屋台で買える。木のテーブルを陣取ったり、地面に敷物を敷いて買ったものを広げる人々。
昨日から開催して終了後は夜中までお祭りなので、テントを張ったり村の人にお金を払って泊めてもらったり。こういうのも収入源になるのね。
山の上なので食べ物もお酒も値段は高めになるけど、お祭り気分に後押しされて、どんどん売れていた。
勝者の五人には、お酒も食事も無料で提供される。骨付き肉とか唐揚げとか、お肉が中心だ。山菜もいろいろある。
私は何を食べようかな。屋台にはお肉の串焼きや、甘い芋のスティック状のフライ、フランクフルト、トウモロコシの粉の生地で具を巻いたもの……、ふかしたジャガイモにバターをのせたもの。家庭料理もあるわ。集落の住民がやっていたりするのね。
適当に買って、私達のテーブルへと急ぐ。ベリアルとルシフェルがいるから、特別待遇をされていても誰も不平をこぼさない。運営の役員が、お酒を注ぎに来て感想を聞いている。
そこに、エクヴァルと三番目に戦った女性が歩いて来た。
意を決したような、思いつめた表情で。
二人の地獄の王が囲むテーブルの脇で立ち止まり、ビシッと立った。
何を言うんだろう?
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