第320話 ティーパーティーの招待状

 浜辺へ戻った時には、すっかり朝だった。

 水平線の上に朝日が昇り、青い海の真ん中と空が黄色に輝く。


 浜沿いの道には、殿下が乗る馬車が止まっている。送り届ける場所は竜宮から予告してあったのかな。いつ戻ってもいいように、一晩中ここで待機していたのね。

 私達の姿を確認すると、速やかに親衛隊や侍従が集まった。

「お待ちしておりました。お怪我はございませんか?」

「大丈夫。これを頂いた、貴重な魔法アイテムだ。厳重に包装して宮殿へ運び、宝物庫に納めるよう」

「了解致しました」

 宝石が先に馬車へ運ばれ、続いて殿下達が向かう。

「イリヤ嬢はどうする? またクレーメンスの屋敷に行くのかな?」

 エクヴァルは殿下の護衛があるから、あちらに同行する。

 私はそもそも、ルシフェルの発案で海へ来ただけなのだ。ロゼッタに挨拶もできたし、買いものでもして帰ろうかな。後始末することばかり増えて、殿下とロゼッタも忙しくなりそうよね。


「そうね。商店街で買いものをして、王都に戻ろうかな」

「次は君の一番弟子の家へ行こう」

 ルシフェルが笑顔で行き先を決める。

 ……あれ? ベリアルが何故か、私宛の招待状を手にしているぞ。

「そなたが宮殿でエリクサーなど作って遊び回っておる間に、招待状が届いたのだよ。我が検分しておいたわ」

「ティーパーティーの招待だよ。どうやら近隣の領主と親好を深める為に、時々おこなうようだね。ルシフェル様のご意向で、承諾の返事をしてある」

 これは、アスタロトまで参加するんだろうか。ものすごいティーパーティーだ。


「ええと……いつでしょう」

「明日である」

「明日!? 何で先に教えてくれないんですか!??」

 受け取ったのが王都の宿なら、これまでの間に、教えてくれるタイミングは色々あったと思う。相変わらずひどい。

「聞かぬではないかね」

「十分時間があったからね。海を眺めてゆっくり行こうと考えていたら、意外と迫ってしまったね」

 さすが地獄の王二人ですよ。勝手に予定を組んで、招待された本人の意思なんて関係ないんですよ。この二人はこういうところが、とても似ている。さすが親友。


「私はロゼッタと参ります」

 ベルフェゴールは殿下達と馬車に乗り、クレーメンスの別荘へ。

 私達はこのままアーレンス男爵領へ向かうことになった。ルシフェルとアスタロトも一緒に。

「キュイィ~」

 翼を広げた影が旋回する。どこからともなく現れたキュイが私に鳴いて、エクヴァルとリニを乗せた馬車の上を飛ぶ。またねの挨拶かな。

 別れた場所はもっと東の海だったけど、人の動きを見てここで待っていたみたい。キュイはお利口さんだ。


「先に行き、ルシフェル様のお泊まりになる宿を探させて頂きます」

 私とベリアルは、男爵邸に泊めてもらえる。ルシフェルは男爵邸では満足できないだろう。

 アスタロトは速度を上げて、あっという間に飛んでいった。途中で飛んでいたペガサスを軽く避ける。避け方まで優雅だ。

 あれは離島からのペガサス便かな。


「しかしそなた、男爵家のパーティーなどよく参加する気になったものよ。そなたが満足する料理など、提供されぬであろう」

「君の契約者の一番弟子だ、それなりに裕福なのではないのかい?」

「アーレンス男爵領は元々瘦せた土地ですし、セビリノの仕送りもほとんど領民の為に使われています。お食事を頂いたことがありますが、野菜中心で貴族としては質素な部類でした」

 私の答えに、ルシフェルは少し考えるような仕草をした。

「ふ……む。野菜中心は好ましいけれど、ティーパーティーとしてはかなり粗雑なものになりそうだ」

「王の宴にばかり招待されるそなたからすれば、ほとんどのパーティーが粗雑であろうよ。サバト程度のものだと思えば良いのではないかね」

「予想とは大分違うけれど、仕方がないね」


 どう考えても、ルシフェルのお気に召すパーティーではないのでは。

 男爵領の街並みでも目にすれば、無駄な期待はしないで済むだろう。レナントよりも牧歌的だし。

 確か男爵領ではリンゴを植樹していたから、リンゴスイーツが多いんじゃないかな。私としては期待大だ。

「覚えのある凄まじい魔力だと思いました。イリヤ様ではないですか!」

 飛行で近付いてきたのは、ルフォントス皇国の魔導師ヴァルデマルだ。婚約披露のパレードを見物に来て、エリー誘拐事件の解決に手を貸してくれた。

「ヴァルデマル様も、アーレンス男爵のティーパーティーに招待されたんですか?」

「ええ、エグドアルム入りをした時に寄ってみまして。その時に誘われました。近隣の小領地の領主や、領地のない貴族を招待したものらしいですよ」


「私が混じっていいんですかね……」

 考えていたより人が多そう。

 しまった、先に手土産を用意しておけば良かった。

「問題ないに決まってます。近辺の名だけの貴族なら、ほぼ平民と変わらぬ暮らしであるはず。セビリノが来られない分、イリヤ様がご威光を発揮せねば!」

「男爵夫妻は良い方ですが、エグドアルムの貴族は嫌な人も多いですよ……」

 知らない貴族ばかり。自信がないなあ。

「なに、気に障られたら、広域攻撃魔法の一つも披露されれば良いのです。木っ端こっぱ貴族など、ぐうの音も出んでしょう!」

「招待されて気に入らないから攻撃魔法を唱えるって、とんでもない危険人物ですよね!」


 ヴァルデマルの中で私はどんな印象になっているのだ。そんなことはしません! 下手をすると、魔法使いの護衛も連れていない人達ではないかな。

「ははははは、冗談ですよ。ベリアル殿やルシフェル様とご一緒なのです、マトモな人間なら嫌みの一つも面と向かっては言えません」

「それもそうでしたね」

 高位の悪魔だと分からなくとも、美形で見るからに高貴な雰囲気のある二人が並ぶ。ベリアルなんて目つきが犯罪者なのだ。そこにアスタロトまで加わる。ここに絡んでくるような命知らずも、そうそういないよね。


 上空には鷹が風に乗って飛んでいる。鷹にしては黄色っぽく、大きさも大きめだ。

「あの鷹に、風属性の攻撃魔法を唱えなさい」

「はい、どれでもいいんですね」

 ルシフェルからの指令がきたぞ。

 ベリアルなら“我の獲物だっ!”と斬り掛かるのだが、さすがにルシフェルの発言を重視するので、苦い顔をして眺めているだけ。

「では命中率が高い魔法にします」

 逃がしてもベリアル達がいるんだし、ひとまず強くない魔法で様子見かな。


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」


 ストームカッターの刃が、一直線に鷹を目指す。

 鷹は風魔法がくると分かると、バサバサと羽ばたいてキーキッキと鋭く鳴いた。

 すると魔力が波のように発生し、ストームカッターが途中で霧散してしまった。

「あれ!? 魔法が消えました……!??」

「ヴェズルフェルニル。風を打ち消すものという名の通り、風属性の攻撃魔法を無効化させる鳴き声を持つ魔物である」

「本当に使うとは、知らなかったようだね」

 ルシフェルがクスクスと笑っている……!

 意地悪はベリアルの専売特許じゃないのか……!!!

「では、二番手は俺ですな!」


「赤き熱、烈々と燃え上がれ。火の粉をまき散らし灰よ散れ、吐息よ黄金に燃えて全てを巻き込むうねりとなれ! 燃やし尽くせ! ファイアー・レディエイト!!!」

 

 ヴァルデマルが前に進み出て、火属性の攻撃魔法を唱える。

 ブレスのように炎を放つ魔法だ。幅は広いが、距離はあまり長くない。魔法の発動時にヴェズルフェルニルが射程範囲に入るようにしたのだ。

 火は消せないようで、赤い炎に包まれてキーキーと鳴いている。魔法耐性が強いのか、即座に炎から抜け出して、問題なく再び翼を動かした。

「さて、もう終わりであるな」

 こちらに狙いを定めて勢いよく飛ぶのを、ベリアルが赤い剣で切り裂いた。ヴェズルフェルニルは真っ二つになって地面に落ちる。


「珍しい魔物もいるものだね」

「この地はなかなかに良い狩場よ!」

「そこの魔導師、私と二十四時間の契約をしよう」

 ルシフェルがヴァルデマルを指名した。やはり拒否権はない。

「……身に余る光栄ですが、俺は現在、天使と契約を結んでおります。契約をする条件に、みだりに悪魔と契約をしない、という項目がありましてな」

「なるほど、互いを尊重するのは喜ばしい。その天使に尋ねられたら、私の名を出しなさい。弁明に必要であれば、一度だけ私の召喚をする許可を与えよう」

 とにかく断れないのだ。ルシフェルの提案には、承諾か従うかしかない。

 ヴァルデマルが視線をこちらに寄越したので、頷いておいた。


「では、契約をしましょう」

 地上に降りて契約を済ませ、私達を男爵邸まで送ってから悪魔二人は姿を消した。きっと、狩りで競争でもするんだろう。ベリアルからは護衛を付けずに出歩かないよう、念を押された。

 外では使用人が明日に備えて入念に庭の掃除をしていたので、招待されていると伝えた。すぐ邸内に案内される。

 ちょうど玄関にいた執事に使用人が耳打ちすると、執事は笑顔を向けて頭を下げた。

「ヴァルデマル様とイリヤ様ですね、旦那様より伺っております。ご一緒にいらしたんですね。お部屋の用意をしてあります、お連れ様はどうされましたか?」

「遊びに行ってしまいました。パーティーの開始時間には到着すると思います」

「そうでしたか。旦那様はお二人にお会いできるのを、楽しみにしていらっしゃいます」


 男爵邸ではメイド達も忙しく準備に追われていた。

 焼き菓子をあらかじめ焼いておき、部屋のセッティングをして椅子の数を確かめる。テーブルクロスは鮮やかな水色だ。厨房も忙しそう。

 花瓶が幾つも用意されていて、花は明朝届くんだとか。

「ヴァルデマル殿、イリヤさん、よく来てくださった。急な誘いで申し訳ない、ゆっくりしていってくれ」

 男爵が笑顔で迎えてくれる。夫人は会場になる部屋でメイドに指示を出している。

「ご招待ありがとうございます。衣装など用意していないのですが、貸衣装のお店を教えて頂けますか?」

 移動先から直行だったので、本当に何もない。手土産もない……。


「お気になさらず、魔導師のローブならば申し分ないでしょう。冬を越して、お互いの家の近状報告に集まる程度のティーパーティーでしてな。我が家でもよおす時は、セビリノに質問したいと魔法使いを連れてくる客もいるんです。魔導師がいると知れば、むしろ喜ばれるでしょう!」

「今回は王都で色々あって、セビリノはやはり帰省できないと言っていた。俺が土産を預かっている」

 魔法の相談をしたい人がいるなら、ローブの方が印象が良いよね。

 せっかくエグドアルムまで戻ったのに、セビリノは実家に一度も顔を見せられないようだ。大量殺人、王族への襲撃。前代未聞の不祥事続きだったからなあ。


 ヴァルデマルがセビリノのお土産を男爵に手渡す。

 リニと一緒に選んだ、ラクガンと琥珀糖。箱に入った小さくて可愛いお菓子達。真っ白い花模様の描かれた箱を空けて確認した男爵は、目を大きく開いた。

「随分とシャレた菓子だ……! 本当にセビリノからでしょうか、絶対に乾燥した薬草や薬が入っていると予想していたのだが」

「お友達と一緒に選んだんです。センスの良い子なんです」

 さすが父親、セビリノが選んだわけではないと一目で見抜いたわ。こういう品が売っているお店は、自主的に入りそうもないものね。

「こんな繊細な菓子は、この辺りじゃ買えない! いやあ、素晴らしい。お友達にも感謝を伝えてくだされ」

 男爵は喜色満面。さすがリニが選んだだけある。


「男爵様のお気に召して、喜ぶと思います。セビリノは甘いものがいいんじゃないかと言ったら、砂糖をそのまま買おうとしていました」

「……やはり変わっておりませんな」

「ははは、それは確かにセビリノだ!」

 ヴァルデマルが声を上げて笑う。

 失礼じゃないかと危惧したが、男爵も一緒に笑っていた。

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