第307話 庭園は戦闘日和・後編

 弓兵は片付いた、次は離反した魔導師達をどうにかしないと。

 不意に何かが視界に入った。見れば宮殿の敷地の外から、背中に大きなコウモリの羽が生えた女性が、宮廷魔導師を目指して飛んでくる。下半身は蛇だ。

「額に宝石……、あれはヴィーヴィルかしら」

「特徴からして、間違いないでしょう。竜人族の一種ですな」

 ヴァルデマルが頷く。額にルビーやダイヤなど、赤か透明の宝石が一つはまっているのが特徴なのだ。そしてこの宝石は、魔力を強く帯びている。


「ヴィーヴィルだって!? 倒せ、宝石を手に入れるんだ!」

「油断するな、竜人族だ。接近されたら危険だ」

 そう、ヴィーヴィルは強い魔物だが、額の宝石は魔導師にとても人気なのだ。ただしこの世界には生息していないので、召喚されたのだろう。

 宮廷魔導師が魔法で迎撃するが敵の魔導師達が防ぎ、赤いルビーを額に付けているヴィーヴィルは火の玉をこちらに放った。こちらも難なくプロテクションで防御した。

 宮廷魔導師は宮殿の建物を背にしているので、躱すわけにはいかない。


 魔法と移動力に優れたヴィーヴィルは、敵としてなかなか厄介だ。それが全部で五体、姿を現した。ちなみに女性しかいない不思議な種族だよ。

 槍を武器を持ったヴィーヴィルが突撃してくるのを、魔法騎士が応戦する。

「コイツラをやレバいいんでしょウ?」

「そうだ、頼んだぞ」

「いいワ、とっても楽しソウ!!!」

 独特の話し方をするヴィーヴィル。戦闘に巻き込まれないよう、敵の魔導師達は離れて見守る。


 宮廷魔導師が氷の魔法を放ったが、素早いヴィーヴィルに避けられてしまった。彼女達に追いつける人は少ないだろう。セビリノくらいの速度で飛ぶよ。

 一人が怪我をさせられ、飛行魔法を保てなくなって地面に落ちた。

 護衛が少ない状況で、ヴィーヴィルの相手をするのは不利だ。敵も魔導師だけあって、複数の魔導師を相手に戦える、いい種族を選んできている。

 

「セビリノ、ヴァルデマル殿、魔導師は広域攻撃魔法を狙っています。私はあちらに攻撃魔法を唱えますので、ヴィーヴィル達はお願いします」

「「心得ました!」」

「アーレンス君、イリヤ君に言われるとノリノリだな……」

 魔導師長の口調は、ちょっと呆れ気味だった。

 宮廷魔導師達は飛び回るヴィーヴィルに加えて、離反した魔導師の援護に手を焼いていた。一部は広域攻撃魔法を唱える準備をしていて、こちらの宮廷魔導師に阻止されないようにしているのだ。


「やタラ大キい魔力を感ジル!」

 ヴィーヴィルが飛んで私達に迫るのを、ベリアルが前に立って阻んだ。水の魔力に包まれた剣と炎の剣が合わさる。すると数秒もしないうちに、ヴィーヴィルは後ろへ逃げた。

「どうしたのかね、かかってこんのかね?」

「キィ、ヤバイ、この悪魔ハ危険!!!」

 

「対称の炎、照準を定めよ。我が手より放たれ、前進せよ。二つの道は一つに交わり、出会いて膨大に展開するべし。融合し、狂猛なる火難となれ! クローサー・フゥー!」


 ヴァルデマルが両手のひらを上にして前に出し、そこに炎が生まれた。

 二つの火は勢いよく飛び、弧を描きながら進む。片方はベリアルから逃げているヴィーヴィルにぶつかり、もう片方は別のヴィーヴィルを巻き込んで、後ろに控える魔導師のところで両方の炎がぶつかった。

「うわ、火が、火がぁ……!!!」

 この魔法は、二つの炎が交わる場所で大きく燃え上がるのが特徴だ。障害物があっても、片割れに会うまで進み続ける。

 ヴィーヴィルが防ぐと楽観視していた魔導師は炎に巻かれ、叫びながら落ちていった。ヴィーヴィルも火傷を負い、ベリアルと対峙した一体は戦線を離脱して後ろに下がる。


「吐息よ固まり、氷凝ひごりとなれ! 装填そうてんせよ、我に引き金を与えたまえ。幾多なる堅氷のつぶてを豪雨の如く打ち付けろ。弾幕を張れ! グラス・ロン!」


 セビリノは幾つもの氷のつぶてを飛ばすグラス・ロンを唱えて、宮廷魔導師に襲いかかろうとしたヴィーヴィルを押し返した。防御魔法で防がれていたが、追加詠唱で大きな氷を飛ばし、防御を破壊してダメージを与える。

 それに続いて他の宮廷魔導師が素早く発動するファイアーボールを唱え、立て直す暇を与えず魔法騎士が斜めに斬って深手を追わせた。

 順調に二体目を撃破だ。


「原初の闇よりはぐくまれし冷たき刃よ。闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの。きらめいて落ちよ、流星の如く! スタラクティット・ド・グラス!」


「防御しろ、こっちの詠唱を邪魔させるな!」

 一番後ろで広域攻撃魔法の詠唱をしていた魔導師達の頭上に、尖った氷の柱が何本も発生する。マジー・デファンスで防ごうとしているが、氷を削られながらも破り、魔導師達に降り注いだ。

 四人に当たり、二人はよろけて飛行を維持できなくなった。徐々に地上に近くなる。下には親衛隊や警備兵が待ち構えているよ。

 よし、広域攻撃魔法は阻止したわ。


 残り三体のヴィーヴィルのうち一体は魔法騎士がとどめを刺し、もう一体は地上からの矢と宮廷魔導師の魔法で倒され、ついにあとは一体のみだ。

 宮廷魔導師長が雷撃を唱え、飛び回るヴィーヴィルを見事に捉えた。激しい雷鳴が轟き、周囲が白く染まった。ヴィーヴィルの額から宝石が外れて転がる。ちなみに取り外し可能です。

「キイイィイィィ……」

 叫ぶ声が小さくなり、翼が破れて背中から落ちていった。


 全部倒せたと安心したのも束の間、隠れていたもう一体が低空飛行で、勢いよく殿下とロゼッタを目指す。

「標的はあれネ!!!」

 近くにいた兵をなぎ倒し、一気に距離を縮めた。

「させません」

 ベルフェゴールが警護の親衛隊をすり抜けて、ヴィーヴィルの目前に躍り出た。

「ヒいィ、悪魔……っ」

「戦いは得意ではありませんが、人間の護衛の真似事ならば造作もないこと!」

「ギャア!」

 怯んだヴィーヴィルを問答無用で三発殴り、衝撃で距離が離れるとキレイな上段回し蹴りを食らわせた。

 すっ飛ぶヴィーヴィル。地面には真っ直ぐな跡が残る。


「ちょっとペオル、強いじゃないの!」

「自己流です、人に教えるものではございません」

 ずれた眼鏡を直しながら、ベルフェゴールが興奮気味のロゼッタに答える。

 魔法攻撃するタイプかと思ったら、なるほどロゼッタと気が合うわけだ。そういえば最初にロゼッタに殴る練習をしようとそそのかしたのは、ベルフェゴールだったという話だ。


「出でよ、ブルーハ!」

 物陰で誰かが召喚術を使ったようだ。黒いもやが流れて、螺旋らせんを描いて集まり、人の姿を形成していく。

 現れたのは漆黒の髪の女性。女性はゆらゆら気怠けだるい足取りで、戦いが続く方へと進む。口元には笑みを浮かべていた。


「鳥に変身して空を飛び、血を吸う魔物……、吸血鬼であるな」

「吸血鬼ですか」

 私の横に来たベリアルが教えてくれた。神聖系のシエル・ジャッジメントなら一撃だろうけど、天から攻撃の光が差す魔法を唱えたら、上空の魔導師が巻き添えになるかも知れない。

 セビリノだけなら確実に避けるから、使用するのに問題はないのに。いや、宮廷魔導師だからちゃんと当たらないでいるかな?

 ……やめよう、ここは雷撃をお見舞いし、とどめは他の人に任せよう。


「光よ激しく明滅して存在を示せ。響動どよめけ百雷、燃えあがる金の輝きよ! 霹靂閃電へきれきせんでんを我が掌に授けたまえ。鳴り渡り穿て、雷光! フェール・トンベ・ラ・フードル!!!」


 手から発生した雷がバチバチと大きな音で輝き、ブルーハに当たる。

「キギャアァア!!!」

 白く細い煙を出しながら、膝を折るブルーハ。

 痺れる効果もあるのですぐには動けないだろうが、吸血鬼はこれでは倒せない。物理攻撃なら、銀の武器に弱いとか、心臓にくいを打ち込むのが確実な退治法だと言われている。

「おっまかせー!」

 エンカルナが走りながら、短剣を取り出した。間にいる人が邪魔なので、低く飛んで人々の頭を越え、一気にブルーハの前に迫る。

 そして手にした銀の短剣を、再び立ち上がり鳥に変身して逃げようとしたブラーハの胸に、飛び込んだ勢いのまま深く刺した。心臓を貫いたんだろう、吸血鬼は甲高い言葉にならない悲鳴をあげて、サラサラと流れる灰と化す。

「他にはいないか……、あ! あんの野郎……っ」

 辺りを見回したエンカルナが、何かを見つけて再び走った。


「風よ集え、嵐の戦車となりて我が身を包め。傍若無人なる七つの悪風を従えよ! 立ち塞がる山を突き破れ。雲よ、竜の鱗の如くあれ! シャール・タンペート!!!」


 風をまとって敵陣に突っ込む、風属性の攻撃魔法の詠唱が聞こえる。

 対象一体の前まで突進して打ち込めば、直接四方八方から暴風を浴びせることになる。マトモに食らうと、防御をしていない人間はひとたまりもない。

 唱えたのは、ヴェイセル・アンスガル・ラルセン!

 誘拐事件の犯人で、別荘を燃やして逃げた男。

 魔法の威力はすさまじく、エンカルナがその場に着く前に発動して飛び出した。護衛をしている魔法使いや親衛隊員を吹き飛ばし、あっという間にロゼッタの前に到着する。

 標的は殿下……ではなく、ロゼッタだ! 殿下の婚約者を害して、報復とするつもりなのね!


「ロゼッタ!!!」

 殿下が手を伸ばすが、間に合わない。そもそも最初は殿下が標的だと考えられていたので、殿下は護衛に囲まれている。

「ロゼッタ、逃げなさい! 攻撃を受けてはなりません!!!」

 ベルフェゴールが叫ぶ。

 彼女が離れた隙を狙ったのだ。ヴェイセルは確実にロゼッタを攻撃できるタイミングまで、身を潜めていた。

「遅かったなっ! 皇太子、最後にお前が大事にしている者の命をもらう!!!」

 そもそもヴェイセルはかなりの魔法の使い手だ。

 これはプロテクションが付与された護符を持っていたとしても、防ぎ切れない。さすがのロゼッタも逃げる暇すらなく、手で防ごうとしていた。


 ヴェイセルの手が、ロゼッタへ延ばされる。


 触れる前に、パアアァァンと弾け飛ぶ音がした。

 魔法の輝きよりも強い、青く透き通る光。ロゼッタのイヤリングのサファイアが壊れたのだ。ずいぶん強力な護符を持っていたのね!

「効かないだと……!? 直接打ち込むこの魔法は、攻撃力が高い上に標的にされれば防ぎにくいものなのに!!!」

 まさか、と叫ぶ。魔法が苦手なロゼッタに避けるすべはないと踏んでいたんだろう。

 弾かれて距離ができた二人の間に、アナベルが立った。

「下がりなさい! これ以上の狼藉は許さないわ!」

「……ハットン。子爵令嬢ごときが、王室騎士にでもなったつもりか!」

 ヴェイセルが剣を抜いて、アナベルに襲いかかる。

 アナベルはひるむことなく、皇太子殿下の側近五人に贈られた、オリハルコンの剣を抜いた。エクヴァル達が持っているものより細く、長さも短い。

 三回切り結んだ後、ヴェイセルがアナベルの中心めがけて剣で突いた。


「きゃああ!!!」

 ロゼッタの叫び声が木霊こだまする。完全に斬られたように映った。私も息を呑んだ。

 アナベルは半身になってすれすれで躱し、ヴェイセルのふところに入り込んでいた。片手で剣を持つヴェイセルの腕を打って押さえ、もう片方の肘がヴェイセルの腹部を打っている。

 手を捻って剣を落とさせると、ヴェイセルの体が宙に舞った。

「ぐはっ!?」

 腕を持って投げたのだ。そのまま手を離さず、真下に叩き付ける。

 エクヴァルもたまにアナベルに投げられると言っていたし、ヴェイセルなら毎回投げられるのでは。

「王室騎士ではなく、親衛隊員よ。まだ理解できていないかしら?」

 倒れたヴェイセルには周囲にいた兵が数人で、剣を突きつけた。


「アナベルアナベル、アナベルうううぅぅゥー!!!!!!!」

 アナベルは投げた直後に何かしようとしていたが、野太い声で名前を呼びながら走ってくる男性に顔を向けた。

「カレヴァ」

 エクヴァルの二番目のお兄さんにして、アナベルの婚約者のカレヴァだ。

 エクヴァルとは仲が悪く、私はあんまりいい印象を持っていない。あんな男性でも、婚約者は大事なのね。怪我を心配して、取り乱しながら駆けつけるんだもんね。

「無事か!? ぐぞう、ヴェイセルぶっ殺す……!」

 周囲の他の人を押し退けて、アナベルを抱き締めようとする。

「ふぐぅっ!」

 感動的なシーンだと思う間もなく、アナベルのすぐ前でお腹を抱えてうずくまった。なんと当のアナベルがお腹に一撃、お見舞いしたのだ。


「任務の邪魔をしたら容赦しないって、言ったわよね」

「……だって、心配……で……」

「だからって突然飛び出したら、もっと危険でしょう」

「……すみません……でした……」

 カレヴァ、散る。

 地面に倒れたのを、アナベルの部下が二人がかりで無言で運んでいる。ここで倒れていると邪魔なので。

「さすがアナベル先生、クールですわ……! 私も見習わないと!」

「ロゼッタは、ああならなくていいんだよ……」

 感動するロゼッタに、殿下が苦笑いを浮かべる。二人は警備に囲まれて、宮殿の近くまで移動していた。


 なごんでいる場合ではないのだ。取り押さえたヴェイセルを連行しなければならない。魔法剣士である彼に抵抗されると厄介だ。

 ヴェイセルを縛るロープが用意され、ヴァルデマルに手渡される。今度こそ逃がさないで欲しいものだ。

 様子を眺めているとにわかに上空の魔導師達がざわつき、空気が変わった気がした。


「……私の魔法に触れたね」

 高い屋根の向こうから、スッと白一色の服のコートをなびかせ、金色の長い髪を三つ編みにした男装の女性が姿を現した。

「……アスタロト様」

 ベルフェゴールが呟く。アレは防御が得意なアスタロトが付与した魔法だったの。それは人間なら誰にも越えられないわ。

「お、お前は誰だ……」

 ヴェイセルの声が震える。アスタロトからは冷たい威圧の魔力が放たれていて、ヴェイセルは冷や汗が止まらなくなっていた。

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