第430話 バラハを探して
女子会サバトは成功に終わり、ティルザも喜んでくれた。
現在私は防衛都市を目指している。ティルザから、フェニックスの尾羽を入手するよう頼まれたからだ。バラハなら気さくに分けてくれるだろう。
「わ、エクヴァル。ワイバーンが来るよ」
リニが指す先には、キュイより少し大きいワイバーンの姿があった。羽を大きく広げて、こちらへ飛んでくる。このままだと、ぶつかりそうだわ。
「ギュイイィイイィ!!!」
「キュアーー、キュウ」
キュイが大声で咆哮すると、反対側から来たワイバーンはスッと高度を下げて道を譲った。そのまま通りすぎる。
「避けてくれたね」
リニが笑顔でエクヴァルを振り返る。前回はセビリノとだったし、リニはやっぱりエクヴァルがいいのよね。
「キュイの方が強いみたいだね」
なるほど、ワイバーンはぶつかりそうになったら、威嚇して負けた方が道を譲るのね。勝負だったんだ、キュイの勝ちね。ペガサスやあまり戦えない鳥の魔物だと、ワイバーンに遭遇したら少し離れて様子を見ながら飛ぶか、サッと逃げてしまうかのパターンが多い。
キュイの活躍により、ワイバーンの丸焼きは作られなくて済んだ。ベリアルは、つまらなそうにしている。
防衛都市ザドル・トシェの跳ね橋前には数人が並んでいて、私達も降りようとしたら、城壁の上の見張りが大きく手を振った。
「おーーーい、イリヤ先生ですよね。そのままお進みくださーい」
「分かりましたー!」
エクヴァルとリニだけはキュイを堀の外に置いて来なければならないので、いったん分かれた。私とベリアル、セビリノで防衛都市の城壁を越える。
「今日はどういったご用件で……」
バラハの補佐の、イグナーツという魔法使いだわ。話が早いわね、すぐにバラハに会えそう。
「バラハ様に用がありまして」
「バラハ様でしたら、王都に出向いてますよ。最近の諸々の事件についての話し合いで。ランバルト様はいらっしゃいますが……」
タイミングが悪かったわ。ちょうどバラハだけ出掛けていたなんて。
「バラハ様に個人的なお願いがあっただけですので……、このまま王都へ行きます。ランヴァルト様にはまたいずれご挨拶に伺います、とお伝えください」
「承知しました。もし入れ違いでバラハ様が戻られましたら、訪問があったことをお伝えします。あ、そちらに伺うよう言いましょうか?」
「大丈夫です」
さすがに尾羽が欲しいから来て、とは言えないわ。
王都で会えるといいな。エクヴァル達と合流し、防衛都市を後にした。戻るのが早かったのでキュイは不思議そうにしていたが、リニが撫でたらすぐに喜んでキュイキュイ鳴いていた。
「……そなたも愚かであるな。行き違いになったら面倒ではないかね」
飛びながらベリアルが悪態をついてくる。彼ならば呼びつけるのは平気だろう。私は一般庶民なのだ、王様みたいに威張れるわけがない。
「だからって、こちらの用事なのに、わざわざレナントへ来いとは言えませんよ」
「バラハまで来る必要はなかろうが。フェニックスだけ寄越せば良いのだ」
「あ……!!!」
そうか、フェニックスはそれなりに戦えるし、単体で来てもらえば良かった……。王都まで行く必要なんて、なかったじゃない!
ベリアルはニヤニヤと私を見下ろしている。
「先に言ってくださいよ!」
「何故聞かれもせぬのに、教えねばならぬのだね?」
相変わらずの意地悪だわ。面倒になるよりも、意地悪をしたいのね。私は同じく一緒にいるのに黙っている、セビリノを振り返った。
「セビリノだって、意見してくれたら良かったのに」
「私は師匠の決定に従います。この一見非効率に思えるやり方にも、深い思惑があるのでしょう」
何もありません。非効率だと感じているなら、教えて欲しかったわ。
王都に着いたものの、どうも釈然としないものがあるわね。
今度は並んで門を潜り、王城の表門へと足を向けた。格子状の門は閉ざされて、門番が両側に立っている。
「こんにちは、お仕事中に失礼します。こちらに防衛都市の筆頭魔導師、バラハ様はいらっしゃっていませんか?」
「お答えできません」
門番は前を見据えたまま、そっけなく答えた。
「いらっしゃると聞いていたんですが……」
「防衛都市の筆頭魔導師様の所在に関する情報は、軍事機密にあたります。おお答えできません」
えっ。いるかも教えてもらえないの? 防衛都市では簡単に答えてくれたんだけどな……。もしかして、良くなかったのかな?
教えてもらったって、余計な発言をしちゃったかも。
「師匠、ここは私が」
「セビリノ」
おお、さすが宮廷魔導師。きっと作戦があるのね。セビリノは堂々と兵の前に立った。兵よりも背が高いので、威圧感がある。
「私はエグドアルムの宮廷魔導師、セビリノ・オーサ・アーレンス。バラハ殿に用があって参った」
「同盟国ならともかく、他国の魔導師の方に簡単に明かせません」
あっさり却下。真面目な兵ね……。セビリノも肩透かしで、三度まばたきをした。
「……惨敗です」
すごすごと戻ってきたわ。
ここで完全に途切れるとは予想外だったわ。うー……どうしよう。
「ベリアル殿、少々魔力を放出させて頂けませんかね」
エクヴァルがベリアルにお願いをしている。そんなことをしたら、騒ぎになるんじゃないかしら。ベリアルは意図を把握しているのか、ニヤリと口の端を上げた。
そして本当に魔力を一部、解放した。それだけでも魔力の塊が風になり、間近で浴びた門番の顔色が白くなる。至近距離なので、悪魔だと感じ取れない人でも恐れが体を廻る。
「ひい、こ、これは……」
門番の足が震え、必死で止めようとしていた。しかし恐怖心というのは、なかなか覆し難い感情なのだ。
城の敷地内が騒がしくなり、上空から魔法使いが数人集まった。全員白いローブを着た、チェンカスラーの王宮魔導師だわ。異変を察知して出てきたのね。
「何事かと思えば、イリヤさんとベリアル殿!」
水色の髪の女性が、スッと前に進む。魔法会議で知り合った、エーディット・ペイルマンだわ。貴族なのに気さくな女性だった。彼女は私達の姿を認めると、他の同僚に説明して戻らせた。
「ペイルマン様」
「ご苦労様、彼女のことはいいわ」
問題はないからと門番を宥めて、門の前に降りた。白いローブが、ふわりとはためく。エクヴァルが軽く手を振り、悪びれもなく声を掛ける。
「久しぶりだねー、イリヤ嬢が用があってね」
「だからって驚かさないでよ! こっちにきて」
壁沿いに移動し、門から離れる。カツカツと歩くエーディットは、早足だ。忙しかったかしら。
「……申し訳ありません、バラハ様を探しているんですが、防衛都市で王都に行かれたと伺いまして。こちらにいらっしゃるでしょうか」
「バラハ様なら、先ほど出立されたわよ。テナータイトに寄ると話されていたわ」
またもや行き違い! 今度は出発してすぐみたいね。これなら追い付けるかしら。
テナータイトはレナントより北で、木の魔物トレントが多く生息する森の入り口に位置している。トレントで作った杖や食器など、トレントの商品が有名。初級の冒険者がよく集まる町だ。
「ありがとう、助かったよ」
「本来なら教えないの、貴方の為じゃありませんからね。イリヤさんを
お礼を告げるエクヴァルを、エーディットが睨み付けた。リニが肩をビクッと震わせ、怖かったのかエクヴァルにひっつく。
「リニちゃんはいいのよ!」
エーディットが慌ててるわ。苛めた気分になっちゃうものね……。道行く人が振り返る。注目されちゃったかな、と思ったけど、どうやら王宮魔導師のエーディットを見ているみたい。
「それで小娘、そなたテナータイトまで行くのかね」
「もちろんです、ベリアル殿。あと一歩ですよ!」
「どうだか」
大袈裟にため息をついている。相変わらず嫌味な悪魔ね。
とにかくまた行き違いにならないよう、さっさと出掛けよう。
「では私達はこれで失礼します」
「はいはい、次は平和な手段でね。それと、アーレンス様」
「うむ」
「またいつでも、いらしてください! 兵達に周知しておきますわ」
そういえば、エーディットもセビリノのファンだったわ。どの国の城にも、最低一人はいる気がする。セビリノ一人で、色々と便宜を図てもらえそう。
「私よりも師匠を」
「またまた~。イリヤさんならアウグスト公爵様を通して頂けば、いつでもお城に入れますわよ。では仕事がありますので、失礼しますわ」
そうだ、公爵様は事前の約束なしで会えないにしても、公爵邸でお世話になっている魔導師ハンネスに頼めば、確認くらいできたわよね……。
エーディットは空を飛んで消えた。短距離なら飛べるそう。距離が長くなると、飛行が安定しないんだって。長距離の飛行が苦手な人は、わりといるわね。
次の目的地はテナータイトに決定。
バラハはテナータイトで、アイテム職人や商人に会うらしい。
……ということは、すぐに済む用事ではないわね。今度こそ間に合うかな。飛行を速める。下の景色は早く過ぎるのに、山は同じように立ち尽くしていて、距離が近付いている筈なのになかなか感じられない。
「キュイ? キュイイ?」
「競走じゃないのよ、飛ばしすぎないようにね」
「キュウ~」
キュイは私が速度を上げると、競走だと思って飛ばしたがるのよね。エクヴァルだけじゃなくリニも乗っているから、気を付けてもらわないと。
色々移動したのでテナータイトに到着したのは、夕方近くだった。
バラハが泊まるか帰るか分からないので、急がないと。手分けしてアイテム職人や魔法アイテムを扱う商店を回るが、どこにもいない。ちなみにベリアルは私の後ろからつまらなそうに付いてきてお店を眺めるだけで、全然協力してくれない。
行きそう店を数件回って、聞き込みをした。まだ来ていないような感じだったわ。お城の兵じゃないし、誰もが規則だからと全然教えてくれないわけじゃない……筈。
どこかで追い越してしまったのかしら!?? でも同じ方向に飛んだのだから、どこかで見ていそうなのに……。
もしかして、行き先を変更したのかしら……。
なんだか空回りばかり。
セビリノも、エクヴァルとリニも収穫はなし。暗くなったので、テナータイトで宿を探した。無駄足ばかりだったわ……。せっかく来たんだし、トレントでも討伐しようかな。
宮廷魔導師見習いを辞めて、魔法アイテム職人になります 神泉せい @niyaz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。宮廷魔導師見習いを辞めて、魔法アイテム職人になりますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます