第429話 イリヤ、説教される
アスタロトの登場で、サバトは大盛りあがり。たくさん用意してくれた差し入れはどれも美味しそう。さすが大公、センスがいいわ。
サキュバス三人娘はすっかり大人しくなり、アスタロトに挨拶をしてからテーブルを囲んで食べたり飲んだりしていた。時折小悪魔が侍女の仕事について質問に行ったりして、交流もしていたようだ。
ティルザは特に契約を結ぶのではなく、小悪魔と話をして確認をしていた。社交性が高いから、すぐに打ち解けていたわ。
契約者が男性だから悪魔だけで参加した子達が集まり、『男性契約者あるある』を話して楽しむテーブルも。席の後ろで話を聞く人間も喜んで、分かると相づちを打っていた。
「はー、サバトって楽しいね! 食べものは美味しいし、大公様の演奏は麗しいし、小悪魔ちゃんのダンスは可愛い。私も小悪魔と契約したいなー」
帰り道は既に明け方になっていた。ちなみに受付けは深夜までで、イサシムのメンバーが交代に来てくれたので私達は会場にいられた。
ティルザがサバトを満喫できて良かったわ。小悪魔との契約にも前向きだし、この町に住むのかな。
「戦闘や家事だけでなく、アイテム作製の手伝いや荷物持ち、店番など、色々な用途で契約される方がおられますよ。しっかりと話し合って、小悪魔の特性に合った契約ができるといいですね」
「休日とか衣食住とか、最初に話し合った方がいいって言われたよ」
「出稼ぎ労働者みたいな感じだと考えると分りやすいですよ」
「なるほど、なんか親近感がわくなあ」
故郷から旅立ち、冒険者として転々と移動しながら依頼を受けて生活しているティルザは、別の世界からこの世界へ稼ぎに来ている小悪魔に親近感を持ったみたい。
貴族になるとまた事情が違ってくるが。
「ベリアル殿に立ち合ってもらえば、問題を起こす悪魔はいませんよ」
「むしろ強迫に近いヤツ!」
うっかり提案したばかりに、また私が危険人物扱いになってしまった。王の御前で暴れられないから、安心だと思ったのになあ。
「……必要でしたら呼んでください」
「必要といえば、ホラ私さ、そっちのアイテム作製に協力するって約束してるじゃん?」
ティルザが思い出したように呟いた。
もしかして断られる? 思わず身構える。
「はい、準備はまだまだ整いませんが」
「代わりにこっちも手伝ってくんない? 貴族の依頼で、希少素材が必要で困ってるの」
「入手できるよう、尽力します!」
断られるんじゃなくて良かった。手伝ってもらえるなら、いくらでも協力するわ。むしろ作るものに興味があるから、積極的に手伝いたい。
「サンキュー! 帽子の羽根飾りにしたいって、鳳凰の尾羽が欲しいっていうのよ。鳳凰じゃなくても、同じようなランクの鳥ならなんでもいいって」
「同じランク……」
鳳凰ランクとなれば、鳥としては最高クラスだ。
それにしても羽根飾りかあ、魔法付与はしないのかしら。魔法アイテム職人じゃなくて、純粋に冒険者としての仕事ね。残念だな。
「覚えておいてくれれば」
「……防衛都市の筆頭魔導師、バラハ様がフェニックスと契約されています。尾羽を一枚くらいなら、分けてもらえると思いますよ」
「一発解決! フェニックスなら喜ばれるよ。とはいえ、ねえ」
喜んで手を叩いたのに、急にピタッと静かになった。もう夜明けの光に細い雲が輝く時間だわ。眠いのかしら。
「私が受け取ってくるので、ご心配には及びません」
「そうじゃなくてさ、交遊関係広いね。防衛都市にアイテムをもらいに行くって、発想がイリヤだよね」
「発想が私?」
私は私なのだが。聞き返すと、ティルザは笑って答えた。
「アイテム職人って、防衛都市にアイテムを納めたい側じゃん。もらいに行こうって人はいないよ~」
「防衛都市は素材が色々揃っているんです。バラハ様は気さくな方なので、都合してくれるんですよ。仲良くなれば、ティルザ様にも分けてくださるのでは」
言い訳じみてしまうわ。
防衛都市は籠城に備えて食料やアイテムの備蓄を続けていて、素材も余分に集めているのだ。最近ではニジェストニアの奴隷解放運動への支援でも、色々と送っている。もちろん支援者の商人などのふりをしたり、元から忍び込ませて町に溶け込んだ工作員を通しているので、防衛都市からだとは気付かれないようにしている。
支援用アイテムも余分に必要だし、その為の素材もあるので、余剰分を分けてもらうわけだ。。
……考えてみれば、戦略的物資をもらおうっていうのは、ちょっと図々しいかも知れない……。
ティルザと別れて家に戻ると、一気に眠気が襲ってくる。
リニは仲良しのニナとパティや、他の小悪魔と会場の片付けをしに残った。人間に徹夜は厳しいので、小悪魔が片付けて小悪魔だけの打ち上げ会をするそうだ。
家にはアスタロトが先に訪ねて、ベリアルとお茶をしていた。
セビリノが給仕している。どうも一般的な家の客間には似つかわしくない煌びやかさだわ。
アスタロトは私の監視に呼ばれたから、サバトでの報告をしているのかな……。素知らぬふりで部屋へ戻ろう。
朝早くから聞こえるホウキの音を子守歌に、ベッドに入る。ガルユイユ、ちゃんと掃除をやってるわね。誰かが竹箒の使い方を教えてくれたのかな。
どのくらい眠ったのか、外から陽気な歌声がして目が覚めた。
「小悪魔哀歌、いきまーす! 小悪魔なんて悲しいもんさ~、食べて寝て笑って飲んで~。ご飯がなけりゃ働いて。儲かるのはお貴族様だけ、契約だ~労働だ~、働け働け、俺たちゃ陽気な小悪魔さ~。きゃははは!」
「パティ、あの、ご近所の迷惑だよ……」
よっぽど飲んできたのかしら。パティが歌って、リニは注意している。
「フエイ、リニ様のお帰りだぞー!
「ニナまで……。飲み過ぎだよ……」
打ち上げで酔っ払った二人の面倒を見てたの……。リニは楽しめたんだろうか。だんだん頭が覚醒してきた。
今日は、ベリアルだけじゃなくアスタロトまでこの家にいる!
早く教えないと、怒られちゃうわね。
一階の奥にある自室から出て玄関へ向かうと、そこには地獄の大公が立っていた。
「ただーい……ぁ」
「ご機嫌でお帰りだね」
「「ひいいい!!!」」
二人とも酔いなんて吹っ飛んだろう。普段は冷静な大公がご立腹なのだ。
「このようなあばら屋とはいえ、ベリアル様のお住まいに、酔って騒ぎながら押しかけるとは……」
「申し訳ありません……」
三人が小さくなっている。リニは騒いでいないのに、とんだとばっちりだわ。説教が始まってしまう、止めなければ。アスタロトは説教が長そうよね。玄関の前で続けるつもりかしら。
ただ、あばら屋ってほど酷くないと思う! 王様や大公みたいに、お城やお屋敷ではないにしても。
「だいたい、あの歌詞はどういう意味だろうね? 現行制度への不満を訴えてている、と捉えていいのだろうか?」
「滅相もない! 誰かが面白おかしく考えたんです!」
小悪魔哀歌を選曲してしまったパティが、必死で首を横に振る。赤かった顔色が、青白いわ。
「その辺でやめておかぬか、アスタロト。大公に叱られては、小悪魔どもの立つ瀬がないわ」
「ベリアル様、無礼な小悪魔に立つ瀬など必要ないでしょう。……ですが、そう仰られるのであれば……」
まだ喋りたりない様子ではあるが、これで説教が終わった。小悪魔達がホッと胸を撫で下ろしている。
「騒がしいのなど、我は小娘の相手で慣れておるわ。歌も、小娘の間抜けさには敵わぬ」
急に私がバカにされてるんですが。全くもう。
「で、では失礼します」
何度も頭を下げながら、ニナとパティは逃げるように後ろを向いた。
「パティが変な歌を歌うから!」
「ニナだって騒いだじゃん!」
仲良くケンカをしながら去っていく。まだ王と大公の目がありますよ。
「二人とも、仲良くね……」
リニが小さく手を振って見守っていた。
「では私も戻ります」
「うむ、大義であった」
わざわざ来てもらって、相変わらずベリアルは威張っているわ。アスタロトは微笑を浮かべて空へと消えた。
王と太公がいなくなって、リニがようやく玄関に入った。
「ただいま。エクヴァルは?」
「朝の稽古を終わらせて、冒険者ギルドを覗くって言ってたわ。リニちゃんもお疲れさま、休んでいたら?」
「う、うん……。あのね、イリヤ。ちょっとお話があるの」
「何かしら?」
台所で冷めたお湯を温め直し、紅茶を淹れるリニ。そういえば朝食はまだだったな。夕べ遅い時間までゆっくりスイーツを食べていたから、あんまりお腹がすいていない。
「あのね、サバトでのお話なの」
紅茶を置いて、リニが私の向かいに座る。
「いいサバトだったわ。リニちゃんは忙しそうだったわね。ちゃんと楽しめた?」
「とっても、楽しかったよ! ……でも、でもね、イリヤはもう少し……王様に敬意を払った発言をしないと、いけないと思う」
まさかの説教!? ベリアルを褒めるのって、どうしても心理的抵抗があるのよねえ……。リニはさらに続ける。
「王様がいる時ならまだいいけど、でも本当は良くないんだけど……、いないと、不敬だって怒られちゃう。直接の部下の人がいたら、もっと大変なことに、なっちゃうよ。私じゃ、守りきれないから……」
私を心配して、リニが必死で言葉を選ぶ。返事がしにくい……。
「ええ、あの、うん」
「イリヤに何かあって、王様が怒ったら、皆が困っちゃう。部下の人だったら後でもっと大変になるし、誰も幸せになれないの。私はイリヤが王様と仲良しだって、……知ってる。でも、他の人は、そうじゃないから。皆のために、誤解をされないように、しないと」
リニに優しく
それにしても皆が嫌な思いをしないよう考えて、相変わらずリニは優しすぎて悪魔らしくないなあ。本当は天使では?
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