第423話 エルフの村の襲撃、解決

「ふはははは! 燃えよ、燃えよ!」

 音を立てて燃えている大木。近くにいた賊の仲間が少人数のグループに分かれて逃げる。押され気味だったエルフが攻勢に出た。


…………………………………………


 用事があってエルフの村へ来たら、なんと襲われている最中だった。見張りのエルフが交戦中で、その隙に賊の仲間が村へ侵入を果たしていた。

 この村には伯爵級悪魔、ボーティスが住んでいる。

 ちょっとやそこらでは問題ないだろう。ただ、人数の分からない賊を相手に一人では、手が回らない。村の中にも戦える者はいるものの、やけに整然とした動きをするこの賊は、普通の盗賊や寄せ集めの愚連隊ではない。

 エクヴァルがそう言っていたので、間違いない。


「最近トランチネルの元軍人が絡んだ襲撃が多かったわよね。今回もそれかしら」

「……うーん、安易に同じと決めつけない方がいいね。これまでと違って、金目のものを目当てにしていない。家に押し入るでもなく、子供をさらおうとしている」

 なるほど、確かに。元トランチネルの人の犯行は、宝石の採掘場を襲ったり、詐欺をしたり、明らかにお金目当てだったわ。

 ま、捕らえればいいのよね!

 村の外ではエルフだけでなく、Aランク冒険者のイヴェットとカステイス、それとティルザも協力して戦っていた。

 戦況はかなり有利で、敵は撤退を始めている。


「……師匠、広域攻撃魔法を唱えようとしております! 範囲は及びませんが、防御を……」

 撤退する賊の流れを避けて木の近くに立ち、一人の男性が魔法を唱えていた。周囲は護衛が固めている。詠唱を止めるには使い手を倒すのが一番安全で確実だわ。

 ただ、今向かっても、阻まれるかも。

「単体の攻撃魔法で動けないようにしましょう! 防御を破る強い魔法を唱えます」

 魔法使いが唱えているのは、範囲が広くかなり危険な火属性の攻撃魔法。人がいる村に向けて使おうなんて、とんでもないわ。

 私が空から雷を落とす魔法を選び、素早く詠唱を開始した。相手より先に発動させねばならない。


「ヤグルシュよ、鷹の如く降れ! シュット・トゥ・フードゥル!」


 空が夕暮れ時のように暗くなり、黒い雲が集まり厚く重なる。雲の間を稲光が走って、ゴロゴロと雷鳴が大気を叩いた。轟音と共に太い雷が魔法使いを目指す。

 真っ白い光に視界を覆われた次の瞬間には、魔法使いは地面に倒れていた。周囲の護衛も、膝を突いたり転んでいたりする。

 バッチリ当たったわ。魔法も中断されたし、もう大丈夫。周囲の温度が上がっただけで済んだ。

 私達はそのまま、集落内部へ移動した。中でも戦っているのは、見えているからね。

 怪我人の避難を子供が手伝っているから、それを守るべきか。降りようと高度を落としているところに、地獄の伯爵ボーティスが村外れの方からやってきた。マンドラゴラ畑にいたのかしら。


「……お前達、ここは私に任せて子供や女性を護れ。子供を連れ去ろうとしている人物を見掛けた、連中の目的は子供だ!」

 犯人はもう活動をしていて、ボーティスが連れ去りを防いだのね。エルフはボーティスの言葉を聞き、大きく頷いた。交戦中にも関わらず避難所の警備も増やさないといけない。 

「ボーティス様、分かりました! 避難所へ行けるヤツは全員急げ!!!」

「では我が参ろうかね」

 行こうとは思ったけど、ベリアルが張り切るのは不安だ。方向を変えて、家々が並ぶ先にある避難所を目指す。


「ベリアル殿、やり過ぎないでくださいね」

「我がやり過ぎるのではない、地獄の王と戦う覚悟もなく刃向かう蛮勇な輩がいるのである」

「王と知ってたら、誰も交戦しませんよ」

「そなたを除いて、であるかね」

 アレはベリアルを嫌いなパイモンとのケンカに巻き込まれただけで!

 ほぼベリアルの責任だと思う。私が命を守る行動をするのは当然なのだ。

 憎まれ口を叩いて、数人のエルフが守る避難所に迫りつつある、森に潜んでいた賊の仲間の前に地獄の王が降り立った。


「え、あ、ベリアル様!?? きゃあ!」

 エルフの女性の放った矢が、ベリアルの背に向かっている。唐突に敵との間に現れたので、仕方なし。

 ベリアルが顔を半分ほど軽く振り返っただけで、矢は容易たやすく燃え尽き、僅かな灰が地面に落ちた。不測の事態に、今にも襲いかかろうとしていた侵入者の足が止まる。ベリアルの視線が侵入者に戻ると、相手は息を呑んで武器を構えた。

「あれは……魔法使いとかじゃないよな」

「……悪魔だ。貴族悪魔じゃないか!?」

「なんでそんなのが、ここにいるのよ!」

 登場したのが悪魔だと気付き、後退あとずさりする面々。一方、ベリアルは脅えられて上機嫌。口角が自然と上がっている。


 突如、近くの木が燃えた。

 そして冒頭に戻る。

 ふははという高笑いと共に、幾つもの木が火に包まれた。侵入者が怯んで逃走を計ろうとした隙に、エルフは戸惑いつつも攻勢に打って出た。侵入者は早くも降伏し、私は何もする必要がなくなったわ。

 家などに被害がなくて良かったなぁ。高くまでくゆる炎に、避難所の子供達は脅えている。長い耳がピルピル震えていた。

 

 賊は全て縛られて広場に集められれ、エルフの戦闘員に見張られている。村の外の戦闘を助けてくれた、Aランク冒険者のイヴェットとカステイス、そして冒険者兼魔法アイテム職人のティルザの姿もあった。

 さて、エクヴァルの楽しい尋問のお時間です。

「助かります。ただの賊ではないようだし、我々ではどう処置していいか分からないから……」

 エルフの一人が恥ずかしそうにエクヴァルに話し掛ける。

「ははは。そういう時は皆殺しにして埋め、何もなかったことにすれば、遺恨が残らないものですよ」

「さすがにこの森に埋めるのは……」

 大丈夫です、もう駆け引きが始まっているだけなのです。言葉にせずに見守った。特等席でベリアルが足を組んで眺めているのもあって、賊はどんどん萎縮していく。


「まず出身国と目的から話してもらおうかな?」

 顔を見合わる賊達。なかなか誰も話し始めないが、幾度か質問を続けるうち、誰ともなしに口火を切った。

「……ノルサーヌス帝国だ。……金になるからと軍人にそそのかされて、エルフを攫いに来た」

 え? ノルサーヌス? そんな国じゃないんじゃ……。エクヴァルは薄ら笑いを浮かべたまま。うん、このまま終わる話じゃないのね。

「まず一つ目ね。では攫ったエルフをどうするつもりだった?」

「……軍人が、引き渡せば金をくれるとだけ。魔法使いも貸してくれた」

 一つ目って何だろう。それには触れないまま問答をしばらく続けた後、今度は女性が観念したように声を上げた。

「南の国に売るって言ってたわ! 教えたんだから、私は解放してよ!」


「はい二つ目。次の質問ね、この村を狙った理由は?」

「……別に、近いから……」

 だんだん不穏になる空気を感じたのか、賊は簡単に答えた。地理的要因と言われれば、納得ではある。

「まあそんなものだよね。ちなみに尋ねたのは形式上だけで、ニジェストニアの奴隷狩りだろうと見当は付いています」

 笑顔でエクヴァルがサラッと言い放つと、賊の何人かは目を見開いたり反応を示した。なるほど、ニジェストニア! 確かにしっくりくるわ。

「いや、その……」

 エクヴァルの指摘に、言いよどんでいる。正解っぽい。


「整然とした動きとハッキリした命令系統による作戦の遂行はどう見ても軍人だし、相手の友好国を名乗る手口、子供を狙った誘拐、他に疑うべき国がないでしょ。奴隷が合法で軍人に他国から狩り集めるような真似をさせるの、近辺に君達の国しかないよ」

「ぐぐ……」

 相手はすっかり口をつぐんだ。

「ところでエクヴァル、あの一つ目、二つ目ってどういう意味?」

 何をカウントしていたのかな。気になったので聞いてみた。エクヴァルは私に顔を向け、笑顔で頷く。

「ウソが二つって意味」

「そうすると、どうなるの?」

「一つにつき十人でいいかなって」


 あ、悪い予感。これ以上は聞いちゃいけない。私が話を終わらせようとしているのに、黙っているのが溜まらなくなったのか、賊の一人が小声で尋ねた。

「十人って……」

「ちょっと人数を減らそうと思って。虚偽が二つだから、二十人が処刑だね」

「ひいいい!」

「待て、そんな理由で!???」

 笑顔のエクヴァルと、戦々恐々とする一堂。やっぱり! だから続きは胸に秘めていて欲しかったのに!

「ちょっと待った! 人間の問題は人間で解決してください、彼らは人間の国に引き渡します! 処遇はそれから決めてください!!!」

 ユステュスがすかさず提案した。隣にいる悪魔の伯爵ボーティスはドン引きで、椅子に座っていつの間にやら赤いワインを手にしているベリアルは、楽しそうに眺めている。


「ではチェンカスラー王国で身柄を預かりましょう。これでいいかな?」

「はい、是非そうしてください」

 他のエルフ達も大きく頷き、賊の処遇は満場一致で可決した。

 移送方法も考えないといけないのね。全部で三十人以上いるわ。

 何か移動しているのが視界に入って空を見上げると、ちょうど鷹が急降下してきて、その後を男性が追って飛んできた。

 前回バレンを通った時に火事の現場にいた監督官で、盗賊に広域攻撃魔法を教えた罪人テクラと、契約している小悪魔エッラを監視していた人だ。鷹は彼の契約している、鷹に変身するのに鳴き方が下手な小悪魔だわ。

「エルフの森で、とてつもない火の手が上がったとか! 応援が必要ならすぐに呼びますよ!」

 叫びながら降りてくる。隣にはペガサスに乗った騎士。

 ベリアルの火で事態に気付いて、文字通り飛んできたんだ。


「こちらは解決しました。ニジェストニアの奴隷狩りです、チェンカスラー王国に身柄を送る運びになりました」

 エクヴァルが悠々と近づき、状況を説明する。

「……え? こちらで預かりたいんですが……」

「エルフの方々から“人の国に引き渡す”と、申し入れがありましたからね。チェンカスラーで合意したところです」

 こう断言されると、彼にそれ以上言う言葉はなかった。バレンの軍としては、国内で起こった事件の犯人は、自国で裁きたいだろう。


「なるほど、エクヴァル殿は自身にその後の情報が入りやすく、意見のしやすいチェンカスラー王国へこやつらを送りたかったのですな」

 セビリノが小さく呟いた。この後にも関与したいから、しやすい方に送られるよう仕向けたわけね。

 チェンカスラーはバレンより対ニジェストニアに積極的だし、アウグスト公爵や、国境を守る防衛都市のランヴァルトやバラハと親しいしね。

 あちらではまだ話し合いが続いている。内容は犯人の移動方法や、余罪の取り調べにバレンの人間も加わりたい、などで、私の出る幕じゃないわね。


「……ねえねえイヴェット。あのエクヴァルって人、なんか豹変してない……?」

 ティルザがそそそっとイヴェットの近くに寄り、こっそり囁く。

「アイツはああいうヤバいヤツよ。あんまり深く関わらない方がいいわ」

「……味方だと頼もしくはあるんだよね。まあ、ほら……」

 三人の視線が私に集まる。

 え、ちょっとどういう意味なの?


「……えーと、私は目的を果たそうかしら……。指輪を頼んでたのよね」

「師匠、彫金師の家へ向かいましょう」

「そうねえ」

 セビリノも乗り気だわ。いそいそと前を歩く。ただ、この状況で家にいるかなぁ。

 丘の上にある家を目指すと、後ろから誰かが呼び掛ける。

「お二人とも~、ご注文の指輪はここです! 盗まれないよう持ち歩いてますよ!」

 指輪を頼んだエルフが追ってきていた。皆とここにいたのね、気付かなかったわ。エルフの男性は、白い布に包まれた指輪を差し出した。

 指輪には太陽と月のマーク、それからEtu ha-Shammaim、ha-Aretz、Yhvh Elohenu Yhvhの文字が刻まれ、トパーズと翡翠が控えめな輝きを放っている。とてもいい出来だわ!


 次は龍珠の加工を頼もう。腕が良くて仕事が早く、秘密を守ってくれる職人。いい人……もとい、エルフと知り合えて良かったなあ。

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