第249話 レナント、襲撃される
フェン公国では色々あったなあ。まさかの演劇の内容や、ワインにお薬混入事件など。とはいえ、色々なものを食べたし買い物もたくさんできたし、お祭りは楽しかった!
もうすぐレナントへ着く。フェン公国から地上を帰る人達は、まだ早めに発った人が街道に僅かに見えるくらい。これからどんどんやって来るんだろう。
「……アレは……」
エクヴァルがレナントの近くに集まる集団に目を止めた。冒険者にしては数が多すぎるし、武装してこれから攻めるような様相だ。
周辺には離れた場所に薬草採取の人の姿があるだけ。狙うにしても、大金を持って採取に来る人なんていない。これから戦うとして、誰と?
集団が二手に別れて動き出す。異変に気づいた薬草取りの人は、木の影に身を隠した。そちらには目もくれない。やるぞと声を掛けながら移動しているが、進む先には馬車など標的になりそうなものもない。
「やはり、町を襲撃するつもりでは? イリヤ嬢、私が知らせるから君は隠れて……」
「隠れてはいられないわ! レナントはもう、私にも大事な町だもの!」
「だよね~……」
諦めたような口調だ。理解してくれたらしい。
「師匠、魔法使いが前に出ております。先に魔法を使うのでしょう。よもや、広域攻撃魔法を仕掛けるのでは?」
「絶対に阻止しないといけないわね!」
「君達、自分の身を第一に考えてね。特にイリヤ嬢。何かあったら町が滅ぶよ」
ベリアル殿が怒るから、ということだろう。エクヴァルはワイバーンのキュイの首を返し、北門へ向かった。
私とベリアルとセビリノは、魔法使いを含んだ賊が向かう南門へ先回り。
二つの門から一斉に仕掛けるつもりなのね!
「まずは南門に、魔法で攻撃する。ダメージを与え混乱させて、北門からも攻め入る心づもりであろう。さすれば警備も南門に集中するであろうしな」
「なるほど」
「……我はそなたしか守らぬぞ。殲滅せよ、と望むのであれば別であるがな……?」
また不穏なことを楽し気に。
「それはないです。こんな町の近くで、むしろ騒ぎになりますよ」
ベリアルにやり過ぎないよう釘を刺しながら、南門の前に着いた。顔見知りの門番、マレインが立っている。これはちょうどいいわ。
フェン公国に行っている人が多いからか、門の付近はいつになく閑散としている。
「おや、イリヤさん。フェン公国から帰ったんですか? さすがに早いですね」
「マレイン様、町の付近で武装した集団を見掛けました。魔法使いも確認しています、至急迎撃の準備をなさってください」
「なんだって!? おい、すぐに守備隊長に知らせろ」
「は、はい!」
マレインは近くにいた若い兵に、大きな声で指示を出した。新兵かな、声を上ずらせて慌てて敬礼する。町だと住民の避難とかがあるのよね……。今は特に、高ランクの冒険者が少ない時期だ。
もしかして、フェン公国に皆が行っている間に狙いを定めていたの!?
「距離からして、三十分もかからずにこちらに到着するでしょう」
「ずいぶん近いですな……! 本当にこの町が目当てなら、そろそろ見張りが気づいて連絡がある頃だ……」
早くジークハルトが来てくれないかな。攻撃魔法はこちらで防ぐにしても、門を突破されないようしっかり守備してもらわなきゃ。
「険しい表情をしていますけど、どうかしたんですか?」
対策を話し合おうと考えていたら、若い男性が不思議そうにマレインに尋ねた。
「怪しい集団を見掛けたらしいんだ。念の為に、門の近くには近寄らないように。他の人にもよろしくね」
「そうなんですか……、採取に行く予定だったんです。今度にしますね。今日はダメだと、商業ギルドにも連絡した方がいいですか?」
「そうだな、伝えてくれ」
どうやら職人らしい。同年代で武器を持った人も一緒だ。護衛かな、腰にはEランクのランク章が。
「じゃあ俺は、冒険者ギルドに伝えてくる。応援も要りますか? 盗賊とかだと、俺は戦ったことないから足手まといかもですけど……」
「頼む。本部から通告が行くはずだから、すぐに動けるよう準備をしてくれ」
「了解ッス! 行こうぜ」
「平和だと安心していたけど、やっぱりあるんだなあ……」
二人は友達同士なのかな。並んで駆けている。
こちらも来たる賊に備えねば!
「私とセビリノは、敵の魔法攻撃を対処します。町に攻めることを想定しているのなら、広範囲の魔法を学んでいる可能性があります」
「それが使われたら、我々には手も足も出ない。ぜひ頼みます。魔法使いは、魔法の使用中は無防備になるんだったよね? 我々が安全を保障する。魔法に集中してくれ」
マレインが力強く請け負ってくれる。ベリアルがいるから平気だと言おうとして、セビリノまで守ってくれるとは限らないと思い至った。
「よろしくお願いします」
お任せしよう! ベリアルは不満そうな目をしているけど、関係ないわ。
「住民はいったん家に戻りなさい。盗賊が確認された、建物の中へ避難するように!」
方々に知らせがいったようで、注意喚起がなされている。防衛に向けて動き始めた。兵達もこちらに駆けつける。騎兵が数騎いて、そのうちの一人がマレインの前で馬を降りた。マレインは敬礼して、こちらをチラリと見ながら私が目撃して通報したと、説明をしていた。
「君が通報者か。どのような様子だったか、教えてもらえるか」
「武装した集団が二手に別れて意気揚々と進んでいて、魔法使いが前方にいました。なので、広域攻撃魔法を最初に唱える恐れもあります」
「広域か……」
こちら側は、この男性が指揮するのかな。ジークハルトは北門へ向かったのか、それとも別に対策本部を設けてそこにいるのかな。
「ありがとう、君達は我々の後ろへ。いいか、見張りからも賊が向かって来ると報告があった。もう間もなく到着するだろう、守りを固めろ。一人たりとも町の中へ入れてはならない!」
「はい!」
男性が声を張り上げると、皆が大きく返事をして隊列を整えた。その最中、風が吹き始める。
「やはり魔法できましたね。セビリノ、まずはプロテクションで防御しましょう。弓矢も使うかも知れません」
「はい!」
魔法だけよりも、物理も防げるプロテクションを唱えてもらう。私は別の魔法の準備をしよう。今からだと、もっと強い防御魔法では間に合わない。
風は徐々に強さを増し、土埃を巻き上げた。未熟な使い手だ、範囲を広げ過ぎて威力が落ちている。聞こえてくる詠唱はやはり広域攻撃魔法。これは、四つの風の魔法だわ。
「
「プロテクション!」
セビリノが周囲に防御魔法を展開した。しかし広域の魔法を防ぎ切れる程、範囲は広くない。守備隊の魔法使いも使っているので、それなりに守られてはいると思う。
「皆、落ち着け! これは殺傷能力が低い魔法だ、我が師が対策をしてくださる。伏せてしばし待て!」
防御の外にいる守備兵に、セビリノが語り掛ける。兵達は武器をしっかりと持って地面につけ、飛ばされないよう身を低くして寄せ合った。風の刃で斬られ血を流すが、深い傷ではない。何かが地面をコロコロと転がっている。
早くしないと。私は集中して、この魔法を打ち消す魔法を唱えた。
「南風は大鳥の姿をして暴風を引き起こす。留まることを知らず、天を、地を渡る風よ。我が前を走るなかれ! 耳を塞ぐ歌を止めよ、風の翼を折れ! しじまをもたらせ、ヴァン・エール・プリエ!!」
たちまち吹き荒れる強風がそよ風になり、すっかりと止んでしまった。周囲に立ち込めた土煙が、地面にゆっくりと還っていく。
「どういうことだ、魔法の風が止まった!?」
「あっちはほとんど被害がねえ! 高い金を払って教わったのに、デタラメかよ!」
襲撃者が混乱している。広域攻撃魔法がすぐに消えてしまったからね。
これは風の魔法を打ち消す魔法。竜巻の魔法とかになると厄介だけど、四つの風の魔法は広域攻撃魔法でも弱い方なのだ。
「よし、今だっ! 討って出るぞ!!」
指揮官が号令をすると、まずは弓隊が一斉に矢を放ち、槍兵が
敵の魔法使いは最初の射撃で怪我を負ったようで、腕に刺さった矢を抜いて後退している。
「ぬぬ……、考えの足りぬ雑兵どもよ。我の見せ場がないわ」
魔法によるかく乱の失敗ですっかり逃げ腰になっている賊に、ベリアルが苦い表情を浮かべる。相変わらず彼は、ロクなことを期待していないな。守備兵が苦戦して絶望しているところに、我、降臨! とか、やりたかったのかしら。
「逃がすな、一人残らず捕らえろ!」
敵味方が入り交じり、乱戦になりつつある。その中でも魔法使いが初級の攻撃魔法を使ったり、近づいた賊に弓兵が矢を射かけたりして、各々が戦っている。
おっと、こちらにも一人走って来るぞ。
「くそおお!!」
途中にいる兵を斬り払って進み、私を目掛けて剣を振りかぶる。
次の瞬間、ベリアルが目の前に現れて、首を掴んで男を持ち上げた。突然のことに驚いて、相手は剣を落としてしまう。
「退屈なものよ。他に芸はないのかね」
まだお祭りの余韻が残っているの? ため息をついて男を投げ捨てる。
男は青ざめ、首を押さえてゲホゲホと咳をしていた。
セビリノは傷ついて後方に下がった兵の、回復をしている。
いつの間にか、一部の冒険者も防衛に加わっていた。残っているのはランクが高くない人が多いとはいえ、門の近くで討ち漏らした賊を待ち構えている。兵達も門を気にせず、安心して戦えるだろう。
「これで評価につながるかな! 頑張っちゃう!」
「……それで飲み食いし過ぎて、またお金がないなんてならないようにね」
女性の冒険者二人が、会話しながら倒れた賊を縛っていた。
しばらくして、すっかりと賊を捕縛し終えた。
これで大丈夫。安心して町へ入る。いきなりの戦闘だったけど、私が協力したのは最小限だったわ。辺りはまだ騒がしく、町の人達は素直に家の中へ避難したので、外を歩いているのは兵士や武装した人ばかり。
喫茶店の窓から、恐る恐る覗いている視線があった。
まだ北門の状況が分からないから、迂闊に大丈夫ですとは公言できないのよね。エクヴァルが行ってくれた、北門の様子を見に行こう!
途中で見回りの、二人組の冒険者と行き合った。
「そこの人! 今は町の外で戦闘が起きてるんだ。入り込まれる危険性もあるから、建物の中に避難して」
「ありがとうございます。南門は平定されました。私は魔法使いです、これより北門の後方支援に向かいます」
「そうだったのか、無理しないでね。僕達は見回りを続けるよ」
二人組は軽く手を上げて、路地へと進んでいく。
「お疲れ様です」
協力体制ができているのね。ここはすぐ南がフェン公国で、王都にも鉱山にも行きやすい、交通の要の町なんだよね。
うーん……、もっと強い魔法使いも常駐した方がいいのでは。アウグスト公爵に進言しておこうかな?
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