三章 ジークハルトイベント
第41話 地震と内覧
レナントに戻ってきた私は、商業ギルドで家について相談することにした。
まだ買う程の資金はたまっていないけれど、分割とか賃貸とか、そんな感じで取り急ぎ何とかしたい。
なぜなら、エリクサーを作るのに丸一日かかるため、場所を借りても閉館時間までに終わらないからだ。
宿の部屋で出掛ける準備をしていると、何故かガタンと戸棚が鳴った。
驚いて見回すが、何もない。続いて縦に振動が起きて床が揺れはじめ、テーブルも椅子も、雑貨もカタカタと音を立てて震えている。
「きゃあああ!」
地面そのものが揺れてる!?
私の叫びを聞いたベリアルが、すぐにやって来た。
「何事だね?」
「か、閣下! 魔力を感じないのに、揺れてます、揺れて……!」
「……地震であろう、揺れるものだ」
ベリアルは全く落ち着いた様子だった。私はむしろ混乱してしまい、カバンを漁ってあるものを取り出す。
「魔法ではないとなると、きっと神の怒りです、これを……!」
「阿呆か!こんな護符を持つ悪魔がおるか!!」
「お任せを! 私が今より
「そなたは我に危害を加える気かね! それは天使共が神を讃える歌だ、落ち着かんか! ほれもう、揺れなど収まるわ」
「……へっ?」
言われてみれば、先ほどに比べて揺れは穏やかになっている。私は辺りを再び確認した。コップが動いていたり物の位置がずれたりはしていたが、オロオロしている間に振動は完全に収まり、もうまるで何事もなかったように静かだった。
「だから先程から、地震だと言っておろうが」
「……地震……、エグドアルムでは起こらない自然現象でした」
「怖ければ飛行魔法でも使っておれ」
なるほど、それなら揺れに影響されない。
落ち着いてから、外に出て様子を窺ってみる。チェンカスラー王国では、たまに地震があるんだろうか。誰も私のように狼狽えた様子はない。全くいつもの風景だ。
道を歩いていると、五十代くらいの見知らぬ男性が近づいてきた。
「こんにちは、貴女がイリヤさんですね?」
「はい、イリヤは私ですが」
男性は背が高くなく細めの体形で、にこにこと笑っているけれど、なぜかあまりいい印象は受けなかった。値踏みするような、そんな視線にも感じる。
私とベリアルの顔を見て、手ぶりも加えて大仰しく話を始めた。
「とてもいいアイテムを作るとか! 私はビクネーゼ道具店という店をやってまして、是非うちにも商品を置かないかとお誘いに来たのですよ!」
「いえ、私のアイテムは露店で細々と売るような品で、立派なお店に置けるほどの量も作れないのですよ」
ビクネーゼ……。この前の粗悪な魔法付与などをした、評判の悪い店だ。ビナールにも妨害してると言う。笑顔でやんわりと断る。
「残念です。ですがまた声を掛けますので、考えておいて下さい」
この場は素直に去ってくれて良かったが、これで済むようには思えない。ベリアルもこの男に不審なものを感じているようで、険しい視線を投げていた。
商業ギルドにやって来て、受け付けで売りに出ている家について尋ねた。職員が資料を捲って探してくれていたら、ギルド長が姿を現した。そしてまたもや応接室に案内された。通常は相談室で行うらしい。
来客用ソファーに腰を掛けると、ギルド長が自ら紅茶を淹れてくれる。
「イリヤさん、家を買うんだね」
「はい、いつでも魔法アイテムの制作が出来る環境が欲しいので」
「うんうん、さすがだ。そこで、以前職人さんが住んでた家が売りに出てるんだけど、内覧に行かないか?」
「それは気になりますね! どのようなお宅でしょか。」
ギルド長は地図と資料を出して、簡単に家の説明をしてくれる。築年数はそれなりに経っているが、聞いた感じだととても良さそうだ。
「西門近くのわりと広い家だよ。設備がいいぶんちょっと高いけど、分割できるし。さっそく内覧しないか?」
「勿論です!」
繁華街から少し離れた場所にあるその家は、部屋がいくつもあって思ったより広く、台所、シャワー、ウォークインクローゼット、地下室まであった。収納もばっちり。地下にアイテムの作製室や、保存をする保管庫があった。
ベリアルの部屋、私の寝室、客間……あとは何の部屋にしよう。二階も三部屋ほどある。
お弟子さんがいたような方だったらしく、二階はその人達が住んでいたとか。屋上にも出られるので、薬草を上で天日干しすることも可能だ。
一旦アイテム作製とは関係ない人が入居していたが、引っ越してしまってまた空いたので、せっかくだし地下施設を活かせる私に住んで欲しいのだと言う。
これは願ったり叶ったりだ! 私はこの家がとても気に入った。
ベリアルも否とは言わないので、ここでいいらしい。
「ここにいたします、早く引っ越してエリクサーを作らねばっ!」
気合を入れた私を、ギルド長は動揺を隠せない表情で振り返った。
「エリクサー!? エリクサーを作る!??」
「ええ、材料が入手できました。アレは丸一日かかるんで、施設を借りてだと無理なんですよね」
持っている分は使ってしまったので早く補充したいと話していると、ギルド長が小声でぎこちなく問い掛けて来た。
「け……見学しても……いいだろうか……」
「私は構いませんけど、丸一日かかりますよ?最後の六時間は定着なので、作業時間は十八時間程ですけど。」
ギルド長は、ぶんぶんと首を縦に振って肯定している。
長時間の作業になるが、構わないらしい。職人じゃなくても、作り方は気になるものなんだろうか。それにしても見られて作業するんじゃ、失敗できないぞ。頑張らないと。
ギルド長と話しながら歩いていると、ジークハルトが右手側から歩いてくるのが見えた。
親し気に会話する私たちに、意外そうな表情をする。
交差点で別れ、私は宿に戻る為にジークハルトがいる方へ進むしかなかった。憂鬱だな、と思う耳にポソリと彼の呟きが聞こえた。
「先ほどはあの怪しげな男と居たのに……、男に取りいるのが上手だな」
そんなつもりではないのに……、あの男と何か取引したりもしてないのに。
私は居た堪れなくなって、小走りで宿に戻った。
その時、鋭い敵意を持ったベリアルの瞳が、ジークハルトを捉えていたことには気付かずにいた。
その夜はあまり食欲がわかなかったが、野菜のサンドウィッチを買い、部屋で暖かい紅茶に蜂蜜とレモンを入れて夕飯にした。一人でゆっくり飲んでいると、窓をコンコンと小突く音が聞こえる。見ると小さな光がチカチカと光って、見た事のある妖精が窓を叩いていた。
「お願いお願い! ジークを助けて! 私、あやまるから! ジークを……!!」
この子は、ジークハルトの所にいた子だ。シルフィーという名の、人見知りの妖精。あまり外に出ないと説明していたのに、今は一人でここまで来ている。ジークハルトに何かあったのに違いないだろうけど、なぜ私の所へ……?
切羽詰まった様子に、事情を聴くのは後回しにして、急いで出掛ける準備をする。
案内しようとする彼女を肩に乗せて、飛行魔法の速度を上げて目的地を目指した。
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