第214話 サンパニルへ!

 またもや馬車で移動。今回の馬車はルフォントス皇国が用意してくれた。殿下やエクヴァルはルフォントス皇国の第一皇子と、相乗りしている。会談の時間を設けられなかったから、移動しながら話をするんだって。

 第一皇子アデルベルト殿下による、国境の視察も兼ねている。

 ルフォントス皇国とサンパニルの間は不安定な状態だったけど、後継者も決まったしロゼッタの生存も確認されたから、戦争の危機は去った。せっかく衝突が回避されたのに不測の事態が起きても困るし、現在の国境の状況を把握しておくのだ。


 私はベリアルとセビリノ、ロゼッタ達と一緒。

「ロゼッタさん、サンパニルはどのような国でしょう」

「そうですわね。森林国家と言われるだけあって、国土の多くが森よ。ガオケレナの生育地は、国外の方は立ち入り禁止ですわよ」

「やっぱり秘密にするんですね」

 フェン公国でも、国にしっかり管理されていた。木に生っている姿を確認したかったけど、ダメみたいね。

「あとは、ルフォントス皇国との国境の近くに、エルフの里がありますわよ。元々サンパニルの土地だったのをルフォントスに奪われ、エルフ達と共に取り戻しましたの。かなり昔の話ですけど、それ以来、交流がありますわ」

 これは珍しいパターンだわ。エルフは人間同士の国盗り合戦なんて、関与しないのに。ルフォントスから被害を受けて、サンパニルと共同戦線を張ることにしたのかな。これは興味深い。


 道を行く人の姿は徐々になくなり、草原の向こうには森が広がる。国境が近いのかも。

「止まって下さい」

 道に数人の兵がいて、行く手を塞ぐように立って手を振り、止めさせた。私達の前にある、トビアス殿下とアデルベルト皇子の馬車へと二人が近づく。

「どうした?」

 まず返事をしたのは、ヘイルトだった。

「実は、危険な魔導師が逃走したとの知らせが、中央からありまして。馬車を改めさせて頂いております」

 え? マクシミリアン、早速逃げたの? ヴァルデマルでもダメだったかあ。

「……こちらには殿下と賓客がおわす。中は見えたろう、すぐに道を空けろ」

「……はい。しかし念の為に、後ろの馬車も確認させて頂いても?」

 こちらにも来るんだろうか。やましいところはないから、問題ないよ。


「今、何の合図を送った?」

 エクヴァルの声が、いつもより低く響いた。兵が返事をしながらお辞儀をしたとき、手を少し動かした気はした。

「潜んでおる者は警備の兵ではなく、敵であるかね?」

 窓の外に視線を巡らせるベリアル。どういうこと、ルフォントスの兵の鎧だよね? 自分の国の皇太子もいるのよ!?

 護衛が動き、前の馬車からはエクヴァルの同僚、ジュレマイアが飛び出した。

「気を付けろ、弓兵が潜んでいる」

 道の両脇にポツポツと木が立っていて、丸太小屋がその間に建てられている。隠れる場所があり、逆に広い道の近くは何もなく、敵からの見通しは抜群だろう。

 待ち伏せされた!


「ボンクラ皇子だと思っていたが、お付きは優秀だな。こんなに早く見抜かれるとは! アデルベルト殿下、お覚悟!」

 まさかの巻き添え! アデルベルト皇子が国境まで視察に行く途中で、襲撃を計画していたなんて。魔導師が逃げ出したと言えば馬車を覗くの不自然じゃないし、そう装って皇子がいるか確認したんだわ。

 それがよりにもよって、他国と地獄の王まで一緒の時。ついてない人達だ。

「シャーク殿下か、タルレス公爵の手の者ですのね! 全てを失うなら、殿下も道連れにしようというつもりなのかしら!」

 ロゼッタの声が怒りを含んでいる。

 ジュレマイアは検問のフリをした二人の兵をすぐに倒し、彼を狙って放たれた矢も躱して切り落とす。護衛の兵の二人ほどに矢が当たって、怪我を負っていた。

 ベルフェゴールは警戒しているけど、ベリアルはついにメインディッシュがやって来たという表情だ。馬車で敵に囲まれているのに、楽しくないよ。


 さらに矢が放たれ、剣や槍を持つ敵も戦いに加わる。剣戟の金属音が絶え間なく届き、ガンッと馬車の壁にも矢が当たった。

 ここはプロテクション? だけどこの襲撃って、これだけで済むの?

「師匠、敵に魔法を使う者がおります」

 杖や棒を持ったローブの人物が、護衛を連れて馬車から離れた四方より姿を現した。

 中級クラスの攻撃魔法を唱えてくるので、セビリノとヘイルトがプロテクションで守る。これなら矢も一緒に防げるからだ。

 剣や槍で戦う者達は少しずつ下がり、戦局はこちらに有利に展開している。

「お前たちは魔導師と弓兵を倒せ!」

「後方の敵は退けた」

 怪我をした護衛を後退させ、他の者が離れた敵へ向かう。ジュレマイアは馬車の扉を守っていて、こちらの馬車にも護衛が二人ほど残っていた。

 私は何もしなかったな、と見守っていると。


「揺らげる火の七舌あり」


 魔力が流れている。これは、上級の魔法に違いない。広域攻撃魔法かも知れない。だけど、聞いた事がない詠唱だわ。

「このような始まり方をする魔法は、聞き覚えがございません。師匠は……」

「私も知らないわ」

 セビリノと顔を見合わせていると、あっとロゼッタが大きな声を出した。

「もしかしたら、ルフォントス皇国で開発して、秘匿している広域攻撃魔法かも知れませんわ。火属性の魔法があると、シャーク殿下が自慢してましたの」

 これがそうなのね! 引き留めた本当の狙いは、魔法による攻撃。

 今度は私が、防御魔法を唱える番ね。


「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ。かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール」


 銀の光を放つ壁が、二つの馬車を守る。殿下達の守備として残っていた護衛は、防御の壁に守られるよう馬車の近くまで集まった。弓兵を討ちに離れた者は、逃げる弓兵を追いつつそのまま遠くへ避難。魔導師を倒しに行った者が敵の護衛と戦っているけど、向こうの人数が多く不利になってしまっていた。

 これでは魔法の発動は防げそうにない。

 魔導師の詠唱は続いている。四人が一斉に唱えているようだ。やはり初めての魔法だわ、詠唱を耳にしても解らない。しっかり聞かないと!


「黒き女神、恐ろしき女神、意の如くに迅き女神、深紅の女神、黒煙色の女神、火の粉散る女神、万能の光焔ある女神。七舌の輝ける時、光線は霄漢しょうかんへと導くなり。大地に満ちる赫赫かくかくたる光輝、触れたるは終焉の始まりなり。常しえの赤、全てを平らげるもの。ペタ・オウイハンケシニ!」

 

 火がボウッと赤く広がり、一面がうねる火の海となって、濃い煙が風に揺れる。

 広域の炎の魔法で、範囲は火の広域攻撃魔法オリフラム・レ・モンドより狭い。威力もこちらの方が弱そうかな。前の馬車はヘイルトがいるし、もし私の防御が破られても彼とセビリノが防ぐだろう。

 これを防いだら一気に攻勢に移れる。

 あとは防御魔法の外側で踊る炎が消えるのを、待つしかない。

「皆! これは我が国で開発された、少ない魔力で持続させられる、魔導師殺しの広域攻撃魔法だ! ここまでの使い手が、敵にいたなんて……」

 アデルベルト殿下の叫ぶ声が、燃え盛る熱の音を越えて響く。


「来たれや、来たれ。焼供は祭主を運びゆく」


 追加詠唱だろうか。新しい効果をもたらすわけではなく、火が衰えないようにしているようだ。追加詠唱は魔法を唱えた四人が交代で使っている。これは確かにかなりの持久戦で、こちらが不利だわ。

「いい防御魔法だが、残念だな。殿下の仰る通り、これはまだまだ続くぜ?」

 敵の笑い声がこだまする。炎は未だに、一向に弱まる気配もなかった。この勢いが、いつまで続くの!? この強固な防御魔法をずっと維持するのは難しい。

 ヘイルトとセビリノに任せ、私の魔法はいったん終わらせた。集中力が途切れでもしたら、火が入ってきそう。マナポーションで補充して、気持ちを落ち着ける。

 雨が降る魔法でも唱えようかな。でも弱めても、再び火が復活する気がする。


 範囲の外にいた護衛達は戦っているだろうけど、魔法を避ける為に不意にバラバラに引き離されてしまったのだ。身を守るので精いっぱいだろう。

 魔法の様子だけ見ても、魔導師に届いていないのは解る。

「安心せい、そなたの身は我が守る」

 ベリアルは私だけなんだよね。皆を犠牲には出来ないでしょ! とはいえ、彼は広域の防御は張れない。

「私も、もう一つの馬車はどうにもなりません」

「ペオル……」

 珍しく焦りを見せるベルフェゴール。ロゼッタは殿下達の馬車に、気遣うような眼差しを向けた。


「三日月の雫はプラチナに輝けり。私は魂の支配者、恐怖公アスタロト。全ての秘密の扉は、私の前に開かれる」


 これ、アスタロトの宣言? 帰ったんじゃなかったの?

 アスタロトは防御が得意なんだろうか。彼女が来たのを確認すると、ベリアルは馬車から降りた。クロワ・チュテレールの壁があるから通常は人も通れない。だけど彼には、闇を渡り障害物を越えて短距離の移動をする特技があるので、その姿はスッと炎の中へ消えた。

「イリヤさん、ペオル! ベリアル殿が火の魔法に飛び込みましたわ!?」

「問題ありません、ベリアル様は火の属性です。おおよそ人間の使う火の魔法では、ダメージを与えることなど不可能でしょう」

 冷静に説明するベルフェゴール。窓からは薄い銀の壁の向こうに、赤や黄金色に揺らぐ炎が激しく燃え続けている。

「それでもビックリしますわ」

「悪魔ってすごいんですね、お嬢様」

 ロゼッタとメイドのロイネが、怖がって手を取り合った。炎に入って行くだけでも、普通は驚くよね。どうも私、この違和感に慣れてしまっているな。

 そうこうしている間に、アスタロトは呪法を使っている。


「暁は黒曜石を割ってでる。積もらぬ雪よ、残月の白となれ。叢雲むらくもは散り散りに薄れゆく。燐光に呑まれて露の如く消え、煙も残すべからず。忌むべし光よ、閉じよ。ルフレ・ブリューム・ディスパライト!」


 闇の壁が聳え立ったけど、これは単に壁で守る防御魔法じゃない。触れた部分の炎が闇に呑まれて、消えてしまうのだ。火の外側から壁が囲み、ゆっくりと狭まっていく。

 延焼範囲は小さく萎んで、闇が溶けて黒い霧となり、炎を覆って喰らい尽くしている。やがて火と煙で塞がれていた視界が開けた。黒い燃え残りが、地面でプスプスと熱を放っていた。

 触れた魔法を消す壁、これがアスタロトの呪法なのね。すごいわ、これなら火の魔法の熱もなくなる!


「これは素晴らしいわ……!」

「……ベリアル様の契約者、イリヤ。アスタロト様の呪法を模倣してはなりません」

 ベルフェゴールに釘を刺されてしまった。感動しただけなのに。

「そんなこと、出来るんですの!?」

 ロゼッタが驚いている。会ってからは呪法の模倣は使っていないし、ベルフェゴールはルシフェルから聞いているのね。

「前科があります」

 犯罪者みたいに言わないで欲しいんだけどっ!


 外ではベリアルが数人の敵を倒して、魔法が消えたのを確認して終わりにしたようだ。

 いつの間にか国境の守備兵やサンパニルから様子を確認に来た人達も集まっていて、交戦した痕跡があった。あちらから兵が来ることは想定済みで、掩護させないよう兵を配備していたのね。国境側に多くの人がおり、敵味方が入り混じっている。

 まだ無傷の敵も、もう戦意喪失している。先ほどまでの喧騒が嘘のように、すっかり争いは止んでいた。

 火の中から地獄の王が現れたら、怖いなんてものじゃない。普通は戦おうなんて判断はしないだろう。


「お別れの御挨拶に伺ったのですが、余計なお世話だったでしょうか」

 アスタロトが空から降り立ち、ベリアルに礼を執る。ベリアルは手にしていた、魔力で出した炎の剣を消した。

「構わぬ。さすがであるな」

 お互いにフッと笑い、アスタロトは白いコートの裾をはためかせて、優雅に去って行った。


 さて隊列を整えて、ロゼッタの邸宅を目指さないと。アデルベルト皇子とヘイルトとは、後始末もあるのでここでお別れになった。もともと国境までの予定だったから、少し早まったくらい。

「もう出られるんですの?」

「バルバート侯爵令嬢!」

 ロゼッタが馬車の窓から顔を出すと、それを目にした男性が駆け寄って来る。サンパニルの人なんだろう。


「私を知っているのね。良かったわ、これから自宅へ戻ります。警備をよろしく頼みますわね」

「ご無事とは伺っておりましたが、こうしてお姿を拝見できて安堵いたしました。お任せを。おい皆、バルバート元帥のお嬢様が御帰還なさる馬車だ。しっかりとお守りしろ!」

 男性が振り返ると、歓声が上がる。ロゼッタのお父さんであるバルバート侯爵は、人気があるらしいからね。

「悪いけどよろしくね。さあ出発かな」

 トビアス殿下だ。何事もなかったかのように、馬車は動き出す。

 サンパニルの人達とエルフが馬車の護衛になって、ルフォントス皇国の護衛は国境までほんの数人が付いてくる。

 アデルベルト皇子とヘイルト達が指示を出している姿が、小さくなっていった。

 

 そういえば、ベリアルは防御の壁も火の魔法も抜けられるんだから、最初から出て魔導師をかく乱してくれたら、困らなくて済んだのに……。

 わざと危険を演出するのは、本当にやめて頂きたい。



★★★★★★★★


火の魔法は、ウパニシャッド(平河出版社、佐保田鶴治 著)の祭祀の儀礼を参考にしました。

揺らぐ七舌ありとか、~の女神の部分は全部。最初から魔法っぽくて改変しようがない!


ベリアル殿は、イリヤに助けを求められるのを待っていました。アスタロト様が来てしまい、タイムアウト。

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