第83話 セビリノ君と白い石
「師匠、この白い石ですが」
ランヴァルトとバラハは騎士達に宿を取っておいてもらってあるので、夜が更ける前に帰って行った。二人がいなくなるのを見計らい、セビリノがアイテムボックスから石を取り出した。
私がクイズとして出した、小さな小さな欠片が三粒ほど。ローブや護符に使わなかったのね。使えば良かったのに。
「わかりました?」
「ええ、これはアルベドでしょう!」
自信満々に大きく頷いて答えるセビリノ。小粒な欠片しか作れなかったし、どうかなと思ったんだけど、解ってくれたようだ。
「さすが、正解です!!」
「……アルベド? 聞き慣れない石だね」
エクヴァルが階段を下りてきた。もしかして、二人が帰ったからお説教の続きをするつもりかしら。セビリノが警戒している。
「……教えたら、あんまりセビリノ殿を怒らないでくれる?」
「……う……」
考えてる。効果ありね、これはいいかも知れない!
「実はエクヴァル殿の言葉が切っ掛けで解ったのです。石自体をお作りになった、と」
「え、アレ? そんなヒントになるようなことなのかな……?」
こういう関係ない人からの一言で気付いたり、何かがつながるようなことってあるのよね。多角的な見方が必要とはいえ、難しいものだし。
それじゃあ意地悪せずに教えるしかないか。
「賢者の石の途中段階なのよ。この後の工程はまだ謎も多いし、一人ではできないの。七日七晩、火を絶やしてはいけないから」
「け……賢者の石!? あれって実際に作れるもの!??」
エクヴァルが驚いて大げさに石を振り返る。今の段階だと、魔力が溢れる謎の鉱石って感じかな?
賢者の石には作製の段階がある。
まず途中経過で現れるのが黒い石、ニグレド。次にこの不完全な白い賢者の石、アルべドの状態になる。この状態でも結構な力がある。そこから黄色を経て、完成された赤い賢者の石、ルベドになる。
なるはずだけど、完成させたことはない。
賢者の石を作るためには、アタノールと哲学の卵という特別な器具が必要。これは一般的には売っていないから、困ったものだ。エグドアルムの施設にはあった。
「まだそれは解らないわね。もう少し色々調べないと、ちょっと無理そう。セビリノ殿と研究を続けたくて」
「何ともったいないお言葉……、
「もちろんです、セビリノ殿!」
もう師匠呼びは決定なんでしょうか! セビリノが遠くなる……。
性格もどこか違っている気がする。真面目で親切だけど、もっと特に魔法に関してはプライドが高い感じの人ではなかったかな。
ちなみに大いなる作業とは、大錬金法、
白い賢者の石を得る作業は、これに対して小作業とか小錬金法と呼ばれる。あんまり使う人のいる単語ではないよ。
「ところで師匠。差し支えございませんでしたら、その……、契約されている悪魔の方をご紹介頂きたいのですが」
セビリノがチラリとベリアルに視線を移す。そういえば初対面だった! 色々ありすぎて、そこまで頭が回らなかった。
「そうでしたね、うっかりしてしまいました。ベリアル殿です」
「ベリアル様でございますね。私は……」
白い石を大事にしまってから、胸に手を当てて自己紹介をしようとするのを、ベリアルが制する。
「いらぬ、イリヤから聞いておる。我は地獄の皇帝サタン陛下の直臣にて、五十の軍団を束ねる王」
「王……! さすが我が師、なんと尊き御方と契約を結ばれているのでしょう……!」
なんだろう、彼は何を聞いても私を褒めるんだろうか?
私に壮大な幻想を抱いていない? 後からこの程度だと思わなかったとか言われない? 平気? だんだん不安になってきたわ。
「あれ、ベリアル殿。すんなりと教えますね」
エクヴァルが意外だな、とベリアルに視線を移した。
そういえば確かに。秘密にしてないわりに、教えないのに。
「そなたと違って、
「いや、私も誠実ですよ!?」
ベリアルは尊き御方と褒められて嬉しいんだろう。口元に笑みを湛えている。そしてさり気なく弟子を肯定したわ……。
そういえば、とセビリノが何かを思い出したようにエクヴァルに顔を向けた。
「ところでカールス……いえ、エクヴァル殿はご病気で療養中との噂もありましたが?」
「そりゃ私がずっと留守にしてたら、帰れない場所で作戦行動してますって言ってるようなもんでしょ。偽の情報を流して、わざわざ仲間に使用人しかいない別荘まで見舞いに行ってもらっているんだよ」
思ったよりエクヴァルは周到に準備して、やって来ているらしい。確かに、親衛隊ならずっといないと不審な感じはある。それなら怒るのも仕方ない……のだろうか。怖かったんだけど。
今度はエクヴァルがセビリノに質問を投げかけた。
「国の様子はどうだい? だいぶ煮詰まってる?」
「ええ、殿下は機は熟したと仰っておりましたよ。国王陛下は……相変わらず、優柔不断と申しますか……」
「あの方には全く期待してないね。魔導師長を増長させたのは、陛下の弱腰のせいだろう」
セビリノが言い淀むのを、エクヴァルは一刀両断する。
私は式典でしか国王陛下のお姿を拝したことがないから立派な人物に感じたけど、実際は違うようだ。ああいう時は豪壮な衣装で決められた言葉を語るから、素晴らしく映るのかな。
ベリアルも二人が話すエグドアルムの様子に耳を傾けている。
皇太子殿下は信用できる仲間と、魔導師長の後釜の相談までもうしていそうだ。最近魔法アイテム類の商談が
セビリノがいるから魔物の討伐は問題ない……って、ここにいていいのだろうか?
エリクサーが作れることが条件のエグドアルムの宮廷魔導師だけど、魔導師長が賄賂で正式採用しちゃって作れない人がいるから、そういう輩の排除も進めたいと話している。そういう人は魔導師長の顔色しか窺わないし、討伐だって参加しない。
「君を魔導師長の後任に推す声も多いよ?」
セビリノは皇太子殿下の覚えがよく、実績も実力も十分。まあ、家柄だけがイマイチになるかな。伯爵以下が魔導師長になった記録は、確かないはず。解りやすい基準だわ。
「殿下に打診されましたが、謹んでお断りいたしました。国から出づらくなりますので。私はまだ、師の下で学びたいのです」
「学ぶなら、立派な宮廷の施設があるじゃないですか……」
私がそう苦言を呈すると、セビリノは首を振る。
「お
いや、貴方こそ何を言ってるんでしょう……?
親しくなると会話に出てくる、彼独特の比喩はむしろ解りにくいんだよね……。今回のは特に理解できないぞ。火がない火じゃ、何もないじゃない。
煙のない炎なら解るんだけど。あ、これだと天使になっちゃうわ。
「そういえば第二騎士団の連中って、なんで皆して君をファーストネームで呼んでるの?」
返答に詰まっていると、エクヴァルが質問で会話の流れを変えてくれた。
「それですか。それは、師にファーストネームで呼んでもらう為です」
「え!? 私っ?」
これは初耳だぞ。そういえば最初は皆アーレンス様って呼んでたのに、気が付いたらセビリノ様とかセビリノ殿だった。単に仲良くなったからではないの?
「師が私を超える、崇拝に値する魔導師だとは、すぐに解りました。しかしその魔導師からアーレンス様と呼ばれ、私はファーストネームで呼ぶしかない……、これがあまりにも不条理で!」
「私は家名がないから、不条理ではないですよ?」
「不条理です! 大地の下に空が広がるほど、理不尽な話です! なので、ファーストネームで呼んで頂く為に、まずは騎士団の連中に許可しました。皆が呼んでいれば、不自然ではないでしょう」
そんな理由だったとは……! それを胸を張って口にするとは……! エクヴァルも半笑いだ。
さらにセビリノは何を考えたのか、私がいかに素晴らしいかを誇らしげに語り始めた。宮廷魔導師の採用資格とされている、エリクサーの作製に協力した辺りから、師として尊敬するようになっていたらしい。かなり初期の頃なんだけど……!?
他にも色々と私が忘れていたような出来事まで喋って、今まで言いたくても言えなかった分とばかりに
恥ずかしくて聞いていられない……。た……助けて……。
「……セビリノ殿がおかしい、どうして急に師匠なんて言い出したのかしら……」
いた
「国にいた時から、副官みたいな態度だったって話じゃない。君、本当に何も気付いてなかったの?」
こんな風に見られていたなんて、全く思いもしませんでした……!
お友達って紹介しても怒られないかなって、考えていたくらいで。何かを通り過ぎてしまった……。
セビリノは今晩、ウチに泊まることになった。お客が来てもベッドがなかったので、家具屋さんで買っておいて良かった。
★★★★★★★★★★
参考文献
錬金術大全 東洋書林 ガレツ・ロバーツ著 目羅公和訳
「錬金術」がよくわかる本 PHP文庫 澤井繁男監修 クリエイティブ・スイート編著
前者が神秘学っぽくて、後者が錬金術師の紹介などがあって読み物っぽい。もちろん文庫の方が安いし、ちょっと見るなら読みやすくておすすめ。
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