休暇編7話 時代錯誤なお出迎え



シズルさんの運転するハンヴィーは、赤茶けた荒野を疾走する。


「ロードギャングを警戒する必要のないドライブは快適ですね、お館様。」


「この近辺をウロつくヒャッハーは皆無だからなぁ。ヤツらがいくらバカでも命は惜しいらしい。」


砂埃の向こうにロックタウンを囲む壁が見えてきた。久しぶりだな、この街に来るのも。


八熾一族の居留エリアはロックタウンの外郭部にあった。八熾一族は街の用心棒も兼ねてるから当然か。


ゲートをパスして市街地に居留エリアに入る。西部劇みたいな市街地の一画にある純和風な街並み。まさに和洋折衷ですね。


「八熾の庄? それがこの居留エリアの名前なの?」


「はい。ここはお館様のご所領でもありますから。」


……はい? 今のは聞き捨てならないお言葉ですね。


「あの~シズルさん、ご所領ってのはどういう意味なんでしょう?」


「ロックタウンは25の区画で構成されていますが、新設されたこの第25区の区長はお館様なのです。司令殿から聞いておられないのですか?」


「聞いてねえよ!またやりやがった、あのアマァ!」


心の声ではなく、リアルな声で司令をアマ呼ばわりしてしまったが、同情の余地はあるだろう。


それにいくら地獄耳の司令でも、リグリットにいれば聞こえまい。


「区長は市長によって任命されます。夕刻から任命式がありますので、心得ておいてくださいませ。」


「待って待って!そこは選挙で選ぼうよ!」


「同じ事です。25区の住民は八熾一族だけですよ? 支持率100%でお館様が区長になります。封建制を甘くみてはいけません。」


ドヤ顔で開き直らないでもらえます?


「あのねえ!行政経験ゼロのオレに、区長なんかやれっこないだろ!」


「このシズルが名代を務めますので問題ありません。」


「だったらシズルさんが区長でいいじゃん!」


「同じ事を言わせないで下さい。封建制を甘くみてはいけません。」


「封建制のせいにすんなぁ!シズルさんのせいでしょうが!」


「シズルはシズルの為すべき事を為しているだけです。文句は運命に仰ってください。」


オレの脳裏に炎上する本丸の姿が見えた。も、もはやこれまでか……


────────────────────────────────────────


ハンヴィーは武家屋敷のような建物の駐車場に停車した。……もうイヤな予感しかしない。


「ここがお館様の下屋敷でございます。」


やっぱりかよ。なんだよ下屋敷って!


「言っとくけど、中屋敷や上屋敷は要らないからね!」


「市街中央に上屋敷、繁華街に中屋敷を用意しようかと思っておりましたが……」


「ノーサンキューでございます。断固拒否致します!」


ガチャリとドアが開けられ、侘助さんにお辞儀される。


「侘助さん、勘弁してください。ドアぐらい自分で開けます。」


「お館様、約束をお忘れですか?」


そうだった。侘寂兄弟に"さん"を付けたらバカ殿って呼ばれるんだったよ。


「侘助、大仰な出迎えは必要ないから。」


バカ殿が絵になるのは志村師匠だけだからな。オレがバカ殿なんて呼ばれたら、本物のバカにしか見えない。


「大仰な出迎えとはあのようなものですか?」


指し示されたのは駐車場から玄関の間にズラリと並ぶ時代錯誤人達の縦列陣形だった。


……もうガーデンに帰りてえよ。なにやってんだよ、みんなして。


「皆の者、我らのお館、八熾カナタ様のご到着である!」


シズルさんはノリノリだ。頼む、誰か止めてくれ!


だがこの場を支配しているのは封建制の空気、白装束達は深々と一礼してから、オレを期待に溢れた目で見つめてくる。


だ~か~ら~、そういうのはやめろって。アンタらが期待するのは勝手だけどな、期待に応えなきゃならない義理はオレにはねえぞ!元の世界でも勝手に期待して、結果が思わしくなけりゃあ期待外れだったなんて嘆く輩がいたけど、そんなの期待された側からすりゃあ、いい迷惑なんだからな!


2列に並んだ白装束の間をシズルさんと並んで歩く。寂助が露払い、後ろの侘助は太刀持ちを務めている。


はぁ……横綱の土俵入りじゃねえんだからさぁ。居心地悪いったらねえぞ。


しかもこの下屋敷、無闇にデカくて建屋も多い。司令もシズルさんもやり過ぎだ。これって税金で作られてんだろ?


「シズルさん、これはやり過ぎだろう。敷地も上物もデカ過ぎる。」


「問題ありません。この下屋敷は区役所でもあります。25区の行政はここで運営されるのです。」


「ああ、そういうコトね。……ん? 行政? 行政は市議会で行われるはずだろ?」


「この25区は行政特区でもあります。他の区とは違い、かなりの裁量権を与えられていますから、事実上の独立区だと言っても過言ではありません。お館様のご所領、と言ったのはそういう意味です。」


それも司令の意向だろう。ロックタウンは御堂財閥の城下町みたいなもんだ。市長は御堂家の代理人みたいなもんだし、この程度のゴリ押しはお茶の子さいさいだったんだろうな。


……司令も余計なコトをしてくれるぜ。いいボスだって認識は撤回、悪いボスだよ。


オレが嫌がるのはわかってんだろうに!


─────────────────────────────────────────


無闇に和風な下屋敷兼区役所だったが案内された執務室は洋風のオフィスだった。この世界でも和風って言葉は通じるんだよな。和服が通じたから調べてみたら、覇国風は和風とも言うらしい。


そんで……これまた豪華な執務机を用意してくれたもんだな。


撞木鮫の指揮シートといい、艦長室の椅子といい、最近豪華な椅子に座る機会が多いぜ。


豪華な椅子にチョコンと腰掛けたオレに、シズルさんが25区の概要を説明してくれる。


「……まだ建設中のエリアも多いのですが、建造計画はこのような予定になっております。25区のあらましは理解して頂けましたか?」


「区内の建造計画は理解した。行政はどうなってる?」


「各家から代議員が選出され、選出された代議員による合議制で施政がなされます。八熾家伝統の寄合会議を現代化したものと思ってください。」


若年寄を代議員に置き換えた行政システムか。


「わかった。所帯が小さい間は、それで問題ないだろう。」


「もちろん合議でどんな結論が出ようと、お館様が否と仰れば否決されます。」


「オレがカラスは白いと言えば?」


「カラスは白になりますね。この25区を飛ぶカラスをペンキで白に塗り替えまする。」


無茶すんな。カラスさんが大迷惑だろ。


「……はぁ。とりあえず25区でしか適用されていない法のリストを出してくれ。目を通してみる。」


「お館様が左様な事をなさる必要はありません。雑事は我らにお任せください。」


「……シズル、執務室に飾る置物が欲しいなら、どこかでマネキンでも買ってこい。名目上でもオレが区長だっていうんなら責任も持たせろ。それともオレの仕事はなにか不都合が生じた時に、"麻呂にはわからぬ、よきようにはからえ"と言うだけなのか?」


オレが語気を荒げるとシズルさんは頭を下げた。


「申し訳ありません。シズルが浅慮でございました。これが25区専用の条例です。」


紙束を受け取ったオレは難しい文言の条例に頑張って目を通す。


……参ったな。リリスを連れてくりゃあよかったぜ。


─────────────────────────────────────────


読み込みに結構な時間がかかったが、なんとか法文を読み終えた。


特殊条例に概ね問題はないが、問題がなくはない。


「代議員を出せる家が決まってるようだが、この条例は撤廃してくれ。」


「しかしながらお館様、一族眷族にも家格というものが…」


「家格がなんの役に立つんだ? 人望と能力のある人間が代議員になるべきだ。」


「ハッ、お館様がそう仰るならば。」


「世襲が悪だなんて言う気はないが、血筋だけで代表ヅラされても困る。これはオレにも言えるコトだがな。……だからサッサとオレを降ろしてください。お願いします。」


偉そうな台詞を言ってから、頭を下げて懇願してみた。


「断固拒否します。我らのお館は八熾カナタ様以外にあり得ません。」


もう!この石頭め!しかも苗字が変わってんじゃん!


……しかし世襲問題は条例を撤廃しても解決すまい。主家への遠慮や慣習で、家格が高い者が代議員に選ばれてしまうだろう。だが風穴だけは開けておきたい。思えば民主主義を標榜する日本ですら世襲議員がはびこってたんだ。これはそう簡単にはいかない問題だ。


「この書類はガーデンに持ち帰って精査するよ。」


外付け検算装置リリスさんに読んでもらって、要点を説明してもらうのが早い。持つべき者は天才のパートナーだ。


「それには及びません。お館様のパソコンにデータを送っておきます。」


「オッケー。ところで区長の任命式は何時からなの? 終わったらガーデンに帰るからね。」


「一時間後です。そろそろ礼服にお召し替えして頂きますね。ああ、それと本日はガーデンにはお帰り頂けません。任命式の後は一族眷族の代表が挨拶に参りますので。その後は25区内の視察、それから白狼衆候補生への訓示と教練、最後に一族郎党を交えた懇親会と予定が詰まっておりますから。」


……誰か、誰か助けてくれー!


反射的に椅子から立ち上がって逃亡態勢に入ろうとしたが、背後に佇立していた侘寂兄弟に両脇を固められる。


「逃がしませんぞ、お館様。」 「左様、お諦めなされ。」


「侘助、寂助、後生だ。見逃してくれい!」


悪足掻きをするオレの両腕はガッチリとホールドされ、執務室から連れ出される。




……なんでこんなコトに。オレの人生ままならなさ過ぎだろ!おい、神サマ!いるんなら出てこい!グーで殴っちゃる!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る