照京編8話 父と子



「うまくいきましたよ、コウメイ。」


アジトに帰ってきたバートの声は弾んでいた。


「よくやってくれた、バート!」


照京を突然襲った地震。被害にあった被災者には悪いが、私にとっては幸運だった。御鏡家の邸宅にも被害が出たのではと予想した私は、バートに頼んで仕事をしてもらったのだ。


出入り業者の電話を傍受する仕掛けは以前から施しておいたが、まさかこんな形で役立つとはな。


傍受していた電話で御鏡家が屋敷の修理を行う事を知った私はバートに計画の概要を伝え、バートはすぐさま実行にかかった。


工作の得意なバートは水道管のパーツの中にインセクターを仕込み、御鏡家に出入りする配管工のパーツとすり替えてくれたのだ。


パーツの中に忍ばせたインセクターは邸内に侵入し、地震の影響で警備システムに異常が出ていないかチェックしにやって来たセキュリティ会社の人間と一緒に宝物庫へと侵入した。


小型炸薬と電波欺瞞装置の組み込まれたインセクターが宝物庫の中でスタンバイ。これで鏡を奪取する準備は整った。インセクターの内蔵電池が切れるまでにカナタがこの街に来てくれればいいのだがな。


「バート、インセクターのバッテリーはどのぐらい持つんだ?」


「スリープモードにしていれば3週間以上。カナタさんはもうリグリットを去っているでしょうから、バッテリー切れより早くこの街にやって来るでしょう。」


海神わだつみで撮影出来たカナタの新しい軍服は間に合いそうか?」


カナタが照京へ来るならリグリットを経由するだろうと思っていた。


だからリグリットの居酒屋「わだつみ」にもつるかめ屋に仕掛けたのと同じ仕掛けを施しておいたのだ。


「間に合わせます。カナタさんの制服の色が変わっていたのは予想外でしたね。縁取りのある階級章からみて、なんらかの特命任務を受けているようですが……」


現在のカナタは特務少尉だ。……拝命した特命任務とはなんだろう?……いや、カナタはヒムノン室長の罠にかかったのだ。


「おそらくなんの特命任務も受けてはいないよ。カナタは一杯食わされたんだ。」


「一杯食わされた? どういう事です?」


「ミドウ司令はカナタを部隊長にしたいと考えている。だがクリスタルウィドウに愛着のあるカナタは少尉以上への昇進は固辞するだろう。そこで軍法に精通したヒムノン室長は、特務少尉という裏技を考え出した。同盟軍では"大隊指揮官は大尉以上を以てあたる"という決まりがあるのだが、特務少尉は大尉としての扱いを受けるのだから、大隊指揮官になる事も出来るという理屈さ。」


「そんな理屈が通るんですか?」


「軍法の不備をつくやり方だが、脱法は違法ではない。同盟軍軍法にはこうある。"特命任務にあたる将校は二階級上の地位と権限の全てを保有し、行使する事が出来る。また特命任務を命じた将官以外の命令が特命任務の障害にあたる場合は、命令を拒否出来る"とね。二階級上の地位と権限の全てを保有している以上、大隊を指揮する権限も保有していると解釈するのが妥当だ。」


「ですがコウメイ、その解釈を通せたとしても、特命任務が終われば大隊を解散しなければなりませんよ? 特命将校は期間限定の地位のはずです。」


「そこにも法の不備がある。特命将校の従事期間に関する規定なのだが"特命任務を遂行するか、当該将官による任務中止の命令が下されるまで"としか書かれていない。カナタに特命任務を命じたのは准将に昇進したミドウ司令だろう。つまり司令が任務中止を命ずるまでカナタは特命将校であり続ける、という訳だ。最長任務期間を明記しておかなかった同盟軍法務部のミスだな。」


想定されていない事態への対応力不足という役人特有の欠点を、ヒムノン室長は熟知しているようだ。財務官僚をやっていた時に部下に欲しかったものだな。


「同盟軍軍法をもう諳んじているんですか。さすが元財務官僚と褒めるべきですかね?」


「元官僚は関係ないよ。私は覚えるつもりで目を通せば、なんでも暗記出来るというだけだ。」


「インテリ界の怪物ですねえ。しかし法の不備を悪用された場合、法務部は法改正を行うでしょう?」


「同盟参加都市には同盟憲章に定められた法の不遡及の原則がある。これは軍法にも適用されるという判例が既に出ているのだ。」


ん? 相棒の表情が物凄く微妙だが……


「法の不遡及の原則の説明がいるかね?」


「いえ、不遡及の原則は知っています。同盟憲章も諳んじ、その判例まで知っているコウメイに呆れていただけですよ。」


「法律講座はここまでにして、私達も行動に移ろうか。私は予定通り、ミコト姫の公館近くのホテルで待機する。」


「了解、私も御鏡家の屋敷近くの下水道内に作ったアジトで待機します。カナタさんの新しい軍服のダミーは仕上がり次第、コウメイの泊まるホテルの部屋に届けさせますよ。」


「わかった。ミコト姫との交渉が決裂した場合、鏡を奪って逃走する事になる。そっちの準備は出来てるか?」


「もちろん。出掛ける前にこのアジトの始末をすれば終わりです。パソコンと現金だけ持ち出せばいいでしょう。」


「そうだな。じゃあ行動に移ろうか。」


バートと私はアジトの後始末を開始した。


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市内中央にあるミコト姫の公館近くのホテルで私はカナタを待っている。


長期滞在するビジネスマンを装って部屋を取ったが、偽造の身分証明書だとバレずに済んで一安心だ。


頭からシャワーを浴びたいが、バートの施してくれたメーキャップが剥がれても困る。体を洗うだけに留めるべきだな。


市街中心部にあるミコト姫の屋敷近くのホテルだけあって格式は高く、部屋も調度品も豪華だ。下水道内のアジトで待機しているバートに申し訳ない。バートのアジトはルームサービスどころかシャワーすらあるまい。


机に設置したノートパソコンのディスプレイには「つるかめ屋本店」の入り口前がモニタリングされている。


私は椅子に座り、今後の為に都市法の本を読み始めた。政商を始める為には基礎知識がないといけない。


───────────────────────────────────────


待機開始から6日目の午後、ティーカップから上がる湯気を顎にあてながら、読書する私の目の端に移った白い軍服。


栞を挟む事なく本を置き、ディスプレイを凝視する。


……カナタだ!カナタに間違いない!三人の女の子達と一緒だ!


私はここにいる!!カナタ、私は……この星にいるんだぞ!!


息子の姿をずっと眺めていたいが、今は妻子の為に行動しなくてはいけない。


私はハンディコムを取り、バートに電話する。


「……ウルフ、ウルフ、ウルフ。繰り返す、ウルフ、ウルフ、ウルフ。」


「……了解。」


これでバートは鏡奪取のスタンバイに入った。


私は急いで軍服を着て、ロングコートを身に纏った。出来る事なら荒事は避けたい。


さあ行こう、私が上手くやればバートはリスクを負わずに済むのだ。


─────────────────────────────────────


ホテルから出て路地裏に入り、メーキャップとロングコートを脱ぎ捨て、軍用コートを羽織る。


そして公館近くまでやって来た私は、物陰から公館の庭の様子を窺う。


庭にはためく龍の旗、これはミコト姫が在館している事を現している。これで第一関門はクリアだ。英国王室にも同じしきたりがあったが、危機管理的には問題だろう。私にとっては好都合なのだが。


ミコト姫の公館前の衛兵二人が私の姿に気付いて敬礼したので、私も敬礼を返した。


「天掛少尉、どうかされたのですか?」


「ちょっと忘れ物をしちゃってね。取りに戻ってきたんだよ。入ってもいいかな?」


ここが勝負どころだ。身分証の提示を求められたら万事休す。頼む、通してくれ!


「天掛少尉はミコト様の仰っていた通りの方なんですねえ。」


「オレの事をなんと仰っておられるんだい?」


「姫様曰く、"切れ者なのにどこか抜けている、そこが可愛い"のだそうで。」


「返す言葉もないな。別にオレは切れ者じゃないと思うけど。」


可愛いという評価には同感だ。私にはとっては可愛い息子で、ミコト姫にとっては可愛い弟なのだろう。


「同盟に名を馳せる剣狼殿が何を仰るのやら。さあ、どうぞ。」


二人の衛兵は左右の定位置に戻り、私は公館内に入った。




よし、第二関門もクリアだ!後はミコト姫に会い、なんとしても説得せねば!



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