照京編7話 忍者は正義を執行する



「やっとのんびり観光出来るわね。また邪魔が入らなきゃ、だけど。」


御鏡屋敷から出るなりボヤくリリス。茶会に退屈しきったナツメは背伸びしてる。


「まだ一カ所ぐらいなら観光出来るさ。どこへ行く?」


「つるかめ屋に行きたいけど、さっき茶菓子を食べちゃったし……」


パパが通ってたつるかめ屋本店に行きたかったナツメは恨めしそうだ。


「隊長、つるかめ屋本店には必ず行きましょうね。ガーデンのみんなにお土産も買わないといけないのだし。」


「もちろんだ。本店にしかない京菓子を土産に買おう。ん? シュリ夫妻からメールが来た。秘匿通信で連絡する必要があるな……」


「さっそく邪魔が入ったわね。さすがよ、少尉。」


「皆は観光してていいよ。晩メシ時に落ち合おう。シオン、引率を頼む。オレはリンドウ中佐のオフィスへ行く。」


「はい。……そうですね、山岳道にある展望台のレストランで落ち合いましょう。私だけ行けてませんから。」


「いいね。照京の夜景を眺めながらディナーを楽しもう。」


「待ってるの!」 「チャオ、少尉。」


公館で借りた車に乗り込んだ三人娘を見送ったオレはタクシーを拾ってリンドウ中佐のオフィスへと向かった。


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「ようご夫妻、新婚旅行を楽しんでるかい?」


「新婚旅行じゃなくて探偵旅行よ!そもそも誰の依頼でしたっけ?」


ちょいオコの顔もキュートですよ、ホタルさん?


「オレだったな。トンカチの親父さんの件に関する名探偵夫妻の見解を聞きたいね。」


いつものように真面目くさったマジ眼鏡のシュリが、深刻げな声で調査結果を教えてくれる。


「カナタ、トンカチのお父さんの件なんだけど、冤罪の可能性が出てきた。」


「どういうコトだ?」


「火元になった火薬庫にトンカチのお父さんがいた事は間違いない。だけど爆死するより前に死んでいた、いや、殺されていた可能性があるんだ。」


「なんだと?」


「四散した遺体の写真を入手したんだけどね。腕の破片に裂傷らしきものがあった。それも複数だ。」


「防御創ってコトか?」


「だと思う。遺体を検死したドクターは爆発の影響で付いた裂傷だろうと報告を上げているんだけど……」


腕に複数の裂傷があったってのに防御創の可能性を疑わなかったのか?……そのドクターがボンクラなのか、それとも……


「シュリ、ホタル、そのドクターを洗ってみてくれ。ボンクラなのか、訳ありなのか、どっちかだ。」


「……なるほど、そういう事か。」 「検死をしたドクターもグルだなんて。……許せない!」


「まだそうと決まった訳じゃない。今のところはただの可能性だ。」


オレの心証的には限りなくクロだがな。もしトンカチの親父さんに罪を被せた連中がいるんなら、タダじゃ済ませねえぞ。


「カナタ、そのオフィスに現在の調査資料を送る。なにか気付いた事があったら連絡してくれ。」


「わかった。面倒な事を頼んですまない。」


「水臭い事を言うなよ。僕らは友達だろ?」


おまえの笑顔はホントに頼もしいぜ。男前だな、友よ。


「そうだな。頼んだぜ。」


「任せてくれ。」 「また連絡するわ。」


忍者夫妻の姿が画面から消え、代わりに調査資料が送られてきた。


オレは戦術タブレットにデータを転送し、送られてきたデータはデリートする。


展望レストランでリリス達と相談しながら夕食にしよう。タクシーを拾わないとな。


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「なるほど、少尉ってばそんな事を調べていたのね。」


夜景の代わりにタブレットの画面を覗き込んだリリスは、すぐにデータを記憶してシオンにタブレットをパスした。


ナツメは考えるのは自分の仕事じゃないとばかりに、フォークを二刀流でパスタの大皿に戦いを挑んでいる。


「屯田曹長の買い物履歴まで調べたのね。さすがはシュリ夫妻、念の入った事だわ。……隊長、これを見てください。変だと思いませんか?」


事故の起こった日の三日前に小型カメラを5つも買ってるようだが……


「小型カメラを5つ? なんに使うつもりだったんだ?」


「トンカチが盗み食いしないようにように、冷蔵庫の周りに仕掛けるつもりだったんじゃない?」


「ンな訳あるか。ナツメさんは黙ってパスタでも食べてなさい。」


……盗み食い?……なんか引っ掛かるな……


「ぶー!……あ!カナタ、ロブちんの事、司令に頼んでくれた?」


「リンドウ中佐のオフィスに行った時に暗号電文を送っといたよ。ハシバミ先生が司令に宛てて転送してくれるはずだから問題ない。」


「カナタ、司令ならロブちんの事、なんとかしてくれるよね?」


「司令に出来なきゃ誰にも出来ない。その手の裏工作は司令の最も得意とするところだから大丈夫さ。今はロブちんのコトより……ロブちん?」


……ロブちん……盗み食い……


「どうかしたのですか、隊長?」


「シオン黙って!……少尉の集中を乱しちゃダメ。」


……ロブちんの生業は軍需品の横流し。ロブちんは武器は扱わなかったけど、本来一番需要があるのは武器弾薬だ。……屯田曹長は火薬庫の責任者。自分の勤務する基地で武器弾薬の横流しがあったとすれば……盗んだ犯人を……突き止めようとするんじゃないか?


監視カメラを使って現場を押さえた屯田曹長は、横流し犯を捕まえるか、自首させるつもりだった。だけど返り討ちにあってしまって……


屯田曹長を殺してしまった横流し犯はどうする? 高く売れる武器弾薬を大量にガメて、火薬庫を爆破するんじゃないか? 火薬庫が爆発すれば大量の武器弾薬を盗んだコトも、屯田曹長が殺されたコトも隠蔽出来るんだからな。


なぜ屯田曹長はヒンクリー少将に相談しなかったんだ? トンカチの話では屯田曹長は責任感の塊のような軍人。火薬庫の責任者だった屯田曹長は、武器弾薬の盗難を自分の不始末だと考えたのかもしれない。


疑わしいのは屯田曹長の部下達だ。彼らは火薬庫に自由に出入り出来た。自分の部下を疑ったからこそ、屯田曹長は自分だけの手で始末をつけようとしたのか……


「少尉、納豆菌のお仕事は済んだみたいね。」


「ああ。例によって推論の上に推論を重ねた結果だけどね。」


「聞かせて、どういう考えに至ったのかを。」


オレは推論の結果を三人に聞かせてみた。


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「ありそうな話ね。シュリ夫妻に連絡をいれておいた方がいいわ。」


デザートのチーズケーキをフォークの先で突っつきながらリリスがため息をついた。


「そうね。帰る前にリンドウ中佐のオフィスに寄っていきましょう。」


特に苦くはない珈琲だが、シオンには苦く感じられるらしい。苦々しいのはオレもだ。もし今の推論が当たっていたなら、横流し犯には地獄を見せてやる!


「……トンカチの家、隅々まで調べた方がいいと思うの。」


「なんでだ、ナツメ?」


「私だったらヒンクリー少将とトンカチ宛に手紙を残しておくの。……万が一の時の為に。」


「ナツメの言う通りね。私でもそうするわ。」


寂寥感がいっぱいの声で応じるリリス。ド汚い現実に耐性のあるリリスでも、身内の話は堪えるらしい。


「そうだな。確かにオレでもそうするだろう。まだトンカチの生家が残っているなら、家捜ししてみる価値はある。」


「デザートも食べ終わった事だし、オフィスへ行きましょう。私が運転します。」


シオンが立ち上がり、オレ達は後に続いた。


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翌日、公館で朝食をとっている時にシュリ夫妻からメールが届いた。


「シュリ夫妻からのメール? 少尉、結果はどうだったの?」


「終わったよ。屯田曹長のかつての部下達は身柄を拘束された。」


「やはり隊長の推測通りでしたか。」


「検死したドクターは金でも掴まされてたの?」


ナツメの問いかけにオレは首を振った。


「違う。横流しの主犯が基地の軍医だった。武器弾薬から医療用麻薬まで、手広く商っていたってコトらしい。」


「軍医も身柄を拘束されたんですか?」


シオンの問いかけにもオレは首を振った。


「いや、軍医は拘束されていない。」


「どうして!主犯なんでしょ!」


「ナツメ、を拘束する意味はない。どこにも逃げられやしないんだからな。」


追い詰められ、逃亡した軍医を捕縛するなんてコトは、あの二人なら容易い仕事だったはず。


だが、二人はトンカチに代わって落とし前をつけた。……それでいい、どうせ銃殺刑になるべき男だ。


軍医は身分のある家の出だけに助命される可能性があった。その芽を摘んだ判断は正しい。


オレは二人宛にメールを送信する。


「ご苦労様。ゆっくり婚前旅行を楽しんでくれ。」と、これでよしだ。




忍者カップルの見つけ出した手紙は、じきにトンカチの元へと届くだろう。……父親が愛する息子に宛てた、最後の手紙が……



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