照京編6話 紳士的な恫喝
ハシバミ少将との会談を終えたオレ達は、今度こそ照京見物に出掛けるコトにした。
ミコト様は明後日の夕刻に公館に戻られる。ミコト様が決断されたのなら照京見物どころではなくなるからな、羽を伸ばすなら今のうちだ。
龍の島一の古都だけあって名所はたくさんある。リリスさんのお勧めスポットを順に巡っていくかな。
評判の饂飩屋で昼を済ませ、いざ観光と張り切った時にオレのハンディコムが鳴った。
リンドウ中佐みたいだけど、なにかあったのか?
「アロー、こちら葬儀屋ですが、棺桶が御入り用ですか?」
「カナタ君、今どこにいる?」
「斑紋町の饂飩屋「無々卯」の店先ですけど?」
「悪いが直ぐに迎えをやる。観光は明日にしてくれ。」
「なにかあったんですか?」
「貴族院議長がカナタ君に会いたいんだとさ。」
貴族院議長? この国のナンバー2、御鏡雲水か。元老院議長であるガリュウ総帥の腹心、悪く言えば「提灯持ちの言いなり宰相」……いい予感はしねえな。
「いきなり鉛玉で歓迎されたりしないでしょうね?」
「議長は内務の人で荒事には関わらない。害するつもりなら屋敷に呼んだりはすまい。」
「午前は防衛司令、午後は貴族院議長、スケジュールだけ見れば大物っぽいですね。」
中身は平凡な元大学生なんだけどな。
「ぜひ、大物らしく振る舞ってくれたまえ。迎えは10分後に到着する。」
やれやれ、オレはいつになったら照京見物が出来るんだ?
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この国のナンバー2らしい豪華な邸宅に案内されたオレ達だが、
儀礼は守られているが、目を合わせようとはせず、態度は相当よそよそしい。
豪華な屋敷の豪華な応接室では、家具に位負けしそうな主がオレを待っていた。
「キミが八熾カナタ君、だね? まあ掛けたまえ。」
「
誤りを訂正しながらオレ達は着座した。
「照京に来たというのに、なぜ総帥や私に挨拶に来ないのだ? 長く都を離れていると礼節も風化するという事かね?」
「議長、私は都から離れているというより、来たコト自体がありません。辺境育ちの田舎者の無礼が気に障られたようですが、照京は災害に見舞われたばかり。総帥も議長もさぞお忙しいはずだと思いまして、遠慮をしておりました。」
そもそもアンタらこの国のナンバー1とナンバー2だろ。一介の少尉が面会を申し込んだとして受けんのか?
……ああ、面会を申し込まれたが袖にした、もしくは勿体ぶってから面会に応じたってコトにしたかったのかもな。大物気取りの考えるコトはよくわからんぜ。おっと、ナツメの忍耐がもう切れそうだな。
(ナツメ、不満を顔に出すな。)
(呼びつけといてこの態度!コイツ何様よ!?)
(議長様なんじゃね? ま、度が過ぎるようなら、紳士的な恫喝ってのを見せてやるから見物してろよ。)
オレの弁明は議長様の自尊心を満足させたらしい。尊大に足を組んだ議長は、鷹揚に頷いてから返答してくる。
「なるほど、身の程を弁えたという事なら結構な事だ。私の事は血縁のイスカから聞いているだろうが…」
雲水の叔母が司令の祖母、そんな血縁関係だったはずだが……
「いえ、まったく聞いておりません。」
「なにぃ!イスカは私の事を何も話していないのか!」
「はい、一言も。」
ウソじゃねえよ? 司令はホントにただの一度だって、血縁者であるアンタに言及したコトはないんだ。アスラ元帥だって身分も血縁関係もあるアンタが健在だってのに、娘の後見人に選んだのはシノノメ中将だった。
つまりアンタはその程度の人間ってコトだよな?
「イスカめ!本家の当主である私をなんだと思っておる!」
知らんよ。アンタらの家庭事情なんざ。
「議長、それで私にどんなご用件がお有りなのでしょうか?」
「端的に聞くが、キミは何をしに照京へ来たのかね?」
「ただの観光ですが?」
「観光だと!? なにを呑気な!八熾宗家がかつてクーデターを企んで粛正されたのは知っているのだろうね!」
「知っていますが、私が企んだ訳ではありません。なにか問題でも?」
実は問題は大アリなんだがな。現在進行形のクーデター計画にオレは加担してんだから。
「問題に決まっているだろう!キミは叛逆者の系列なのだぞ!」
「なるほど。では私をこの街に招いたミコト様にも問題がありますね?」
「バッ、バッ、バカな事を言うな!御門家への誹謗中傷はこの私が許さん!」
おや? どうやら本気で憤慨してるみたいだ。この男、御門家への忠誠心は本物なのかな?
「誹謗中傷したつもりはありませんよ。用件がそれだけならもういいですか? 観光に戻りたいので。」
議長様はパンパンと手を打ち、その手でオレを制する。
「まあお茶ぐらい飲んでいきたまえ。じきに用意させるから。」
面倒くせえなぁ。だいたい人を呼びつけてんだから、前もって茶ぐらい用意しとけよ。
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御鏡家ご自慢の庭を披露してくださるとかいう有難くない申し出を受けて、オレ達は庭園へと移動した。そういや御鏡雲水は邸宅に凝る男だって噂だったが……
なるほど、庭園を自慢したくて客間で茶を出さなかったんだな?
「なかなかいい庭ね。センスがある。」
芸術分野にお強い元伯爵令嬢のお墨付きが出たんだから、いい庭なんだろう。オレにはどっかの寺のパンフレットで見たような庭だな、としか思えないんだが……
「分かるかね? そう言えばキミは伯爵令嬢だったと聞いたが、やはり氏より育ち、そして氏も育ちも良いに越した事はないという事かな?」
ご自慢のお庭を褒められた屋敷の主はまんざらでもなさそうだ。でも今の言葉はオレへの皮肉だよな?
「ここは少し日が陰ってますね。陽当たりのいい所へテーブルを移動させましょう。」
オレは庭に置かれたデカいテーブルを、指二本で持ち上げて移動させた。
「……見かけと違ってずいぶん力持ちなんだね、キミは……」
「うちの部隊じゃ普通ですが?」
「……」
「おっと。少し力を入れすぎて、指型がテーブルに残ってしまいました。議長、もっと硬い木のテーブルを設えさせた方がよろしいですよ?」
「……硬い樹種のチーク材だよ、このテーブルは。」
知ってるよ。アンタをビビらせる為にやったんだから。
「請求書は公館に回して下さい。オレが払いますから。」
「いや、キミの来訪記念として残しておくとしよう。」
ずいぶん大人しくなったようだ。しかしこの男、ホントにあの司令と血縁関係があんのかね? 覇気がなさすぎだろ。
穏やかな恫喝が済んだのを見計らっていたかのように、執事らしい男がティーセットと茶菓子を載せたトレイを持ってやってきた。
ん? 執事と一緒に高そうな身なりの女の子もいるが……
「お父様、八熾の当主様がお見えなんですって?」
お父様、というコトはこのコが御鏡稲穂だな。歳はリリスより上、リムセより下ってところか。
御鏡雲水は晩婚で、娘のイナホとはえらく歳が離れているとは聞いていたが……
「紹介しておこう。娘のイナホだ。」
幸運にも父親とはまったく似てない娘さんは、ペコリと可愛くお辞儀をしてくれた。
「御鏡イナホと申します。あなたが八熾の当主様ですね?」
「私は当主ではありません。」
その気もないのに担がれそうになってる被害者、が正しい。
「でもミコト様はあなたが八熾の当主様だと仰っておいででした。弟のような存在だとも!」
このコはミコト様に可愛いがられているみたいだな。
「ミコト様はそのように仰っておいでなのか……まあ、話は座ってお茶を飲みながらにしよう。」
いくぶん口調が穏やかになった議長が、皆を促し茶会を始めた。
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話してみた印象で言えば、御鏡雲水という御仁は尊大ではあっても悪人ではないようだった。
有能無能で言えば無能に近いのだろうが、丸きり無能という訳でもない。
要するに御鏡雲水という男は、精神的にはシズルさんの従兄弟、御門家への絶対忠誠マシーンなのだ。
担ぐ神輿が悪なら黒く染まり、善なら白く染まる、ただそれだけのコト。
全ての判断基準が主家にしかなく、忠誠を貫くコトこそが正義と信じて疑わない、担がれる側としてはまことに都合のいい人物。ガリュウ総帥が重用する訳だぜ。
「八熾の当主様、噂に聞く「狼の目」を見せてくださいませんか?」
イナホさん、その"八熾の当主様"って呼び方、ヤメてくれません?
「イナホ様、隊長の狼眼を覗き込んだら痛い目にあってしまいますよ?」
イナホさんとは少し打ち解けてきたシオンが忠告した。うちの年少連中に姉みたいに慕われてるだけあって、シオンさんは姉力が高い。
「跳ね返すから平気です!」
跳ね返すだと? じゃあこのコは鏡眼を持っているのか!
「イナホ!邪眼の事を口にしてはいけないと言っただろう!」
「議長、鏡眼のコトは知っていますから。」
「……そうか。イスカも御鏡の血を引く娘だったな。……私に力さえあれば……」
この様子では雲水は鏡眼を持っていないな。鏡眼を持っているのは司令とイナホ、どっちが神器を持っているんだ?……神器の継承が力の優劣であるとすれば、やはり司令か……
間違いない。……私に力さえあれば……の台詞の続きは……神器が流出せずに済んだものを……だろう。
気乗りしない会見ではあったが、得る物は多かった。だが雲水の扱いはどうすべきか? ガリュウ総帥の悪政のお先棒を担いだのは間違いないんだが、主家の命令に従うのが彼の正義だ。失脚は避けられないが、助命すべきなのかもしれない。そして間違っても、革命の余波をイナホさんにまで波及させちゃいけない。このコにはなんの罪もないんだから。
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