照京編5話 蠢く思惑
「シグレのパパりんもなかなかの曲者だったわね。」
「トゼンさんに剣の理合を仕込んだらどうなるか見てみたかったとか……怖いコトを実行しちまったもんだよな。」
赤信号で停止した車内で、オレは外から見えないようにハンディコムを操作し、ナツメに任務を送信する。
それから車を適当に走らせてから、山岳道路へと向かった。
(少尉、やっぱり食い付いてきたわね。)
バックミラーには常にバイクが映っている。全部で3回、入れ替わったな。
(こまめに尾行車両を入れ替えるあたり、手慣れたもんだ。だが1回は車を挟むべきだったな。少し慎重さが足りない。)
(少尉が用心深すぎなのよ。でもあのバイク、尾行で間違いないの?)
(3台ともライダーはフルフェイスのミラーシェードだった。"顔を見られたくありません"は、道場で顔を見られてるってコトなんだろうよ。)
さっき道場にいたのは高弟のみだって言ってたな。トキサダ先生が改革派の首魁である可能性も頭に入れておこう。
(それでどうすんの?)
(山岳道路の途中に展望台のあるサービスエリアがある。そこにナツメが先行してるはずだ。)
(オッケー。バイクで待機はそういう意味だったのね。)
オレとリリスが展望台に登れば尾行者もバイクから降りてついてくるだろう。その間にナツメがバイクに発信器をつける。バイクから降りなきゃそのまま逆尾行、これでいいはずだ。
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サービスエリアに着いたオレはリリスを連れてソフトクリームを買い、街を一望出来るという展望台に登った。
夕日に照らされた古都らしい街並みが綺麗だ。僻地にあるガーデンじゃ見れない光景だもんな。
(カナタ、バイクに発信器は取り付けた。逆尾行はどうする?)
(しなくていい。)
(でも慎重な奴なら帰ってから検知機を使うかも……)
(だったらなおいい。発信器に気付けば、行動を自重するか、直接オレに接触してくるか、どっちかになってくる。改革派に余計なコトをさせないのがコッチの狙いだ。彼らを摘発したい訳じゃない。)
(了解。先にオフィスに戻ってるね。)
「ドライブはここまでにして、オレ達も戻るか。」
「そうね、行きましょ。」
尾行のバイクはオフィス近くまで着いてきていたが、駐車場前で去っていった。リンドウ中佐とオレが繋がっているところまでは教えてやってもいい。後々を考えればな。
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オフィスに帰ってきたのはオレ達が最後だった。中佐は珈琲を載せたトレイをテーブルの上に置き、労をねぎらってくれる。
「ご苦労様、尾行はお帰りになったみたいだね。」
「ええ、連中、なかなかの手際でしたよ。しかしガリュウ総帥の配下はなにしてんだ? オレの動向調査をしなくちゃいけないだろうに……」
「それは私がやってるから。」
なる、ガリュウ総帥はリンドウ中佐にオレの動向調査を命じたのか。んで二重スパイの中佐は適当な報告を総帥にしてる、か。
「中佐、叢雲家に隠し子はいそうですか?」
「こんな短時間の調査ではなんとも言えない。少なくとも叢雲家に関わりのあった人間からの聞き取り調査では、そんな話は全く出なかった。それに斬魔様の人となりから考えても、隠し子の類はいなかったと思うよ。シオン君の方はなにか分かったかい?」
「病院の記録を調べたのですが、叢雲討魔さんの死亡は確実だと思われます。ガリュウ総帥は複数の医師に鑑定を命令していて、その中には利権を侵され、叢雲家とは反目の立場にある医師もいました。嘘の報告書の可能性はないでしょう。」
コッチは確定情報か。叢雲討魔の死亡が確実なら、やはり死神はオレの同類とみていい。問題はこのコトを話せる相手が司令と……ミコト様だけだってコトか。
「となれば死神は叢雲家とは関係ないって可能性も出てきたな。オレの考えすぎだったかもしれない。隠し子の調査は引き続き中佐にお願いするとして、今後のコトを相談しときますか。リンドウ中佐、ミコト様は今夜公館に戻られますか?」
「照京周辺の衛星都市を慰問で回っておられるから、何日かは公館には戻られないはずだ。天災相手に怒っても仕方がないが、余計な時に地震がきてくれたものだよ。」
「ミコト様が照京へ戻られたらすぐに話をしようかと思います。それより先にハシバミ少将に会っておきたいな。中佐、手配をお願い出来ますか?」
「わかった。私から少将にアポをいれておくよ。ブラックマーケットの件でお忙しいだろうから、長い時間を割いては下さらないだろうけど。」
「ただの顔合わせですから短時間で構いません。少将と腹を割って話すのはミコト様が決意されてからになります。」
「そうだね。明日の午前中に防衛司令部を訪ねてみてくれ。改革派の動向もこちらで調査しよう。なにかわかったら連絡する。カナタ君に接触してくるかもしれないが、その時の対応は任せるよ。」
「了解です。じゃあ公館に帰ろうか。」
……やれやれ、結局、照京見物どころじゃなかったな。
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翌日の朝、三人娘を連れたオレは防衛司令部に向かった。
リンドウ中佐がアポをとっていてくれたお陰で、すんなり中へ通される。
司令部の廊下を歩きながら、オレはシオンから紙袋を受け取った。
「それってハッシーからお兄さんへのお土産だよね? 中身はなんなの?」
ロブちんの次はハッシーかよ。心の殻を脱ぎ捨てたナツメさんはフレンドリーすぎだぜ。
「先生お手製のヘイゼルナッツ。らしいっちゃらしいよな。」
「??」
「ナツメ、ヘイゼルナッツは
リリスが意味を解説し、ナツメはパチンと指を弾いた。
「あ、そっか!」
シオンが納得顔で頷く。
「そういえば榛の木もガーデンにありましたね。」
「本格的な家庭菜園といい、ほとんどプロ農家だよな。」
ハシバミ先生はガーデンに滞在中は、晴耕雨読な生活してんだよねえ。たまにロックタウンへ往診に行くみたいだけど。
そんな話をしている間に司令室の前に着ていた。ガーデンと違って直立不動の衛兵が二人、ドアの前に立っている。
「同盟軍少尉、天掛カナタだ。リンドウ中佐からアポが入っているはずだが?」
「お伺いしております。少将閣下、天掛少尉がお見えになりました。」
「通せ。」
落ち着いた声の返答を聞いた衛兵は、回れ右してドアを開けてくれる。
「どうぞお通り下さい。」
室内に入ったオレは三人娘を後ろに従え、少将閣下に敬礼した。
「アスラ部隊第一番隊、コンマ中隊所属の天掛カナタです。後ろの3名は私の部下、シオン・イグナチェフ、雪村ナツメ、リリエス・ローエングリンであります。」
「無頼で通っているアスラコマンドでも、よそ行きの服は持っているようだね。」
にこやかに笑った少将閣下の顔立ちは、軍医とよく似ていた。紛うことなく兄弟だな。
「ハッ!精一杯、よそ行きの対応をとってみました。お見苦しい点もあるかとは思いますが。」
「堅苦しいのは私も苦手だ。掛けてくれたまえ。」
応接用のソファーを勧められたので並んで着座する。
執務机からソファーに移動してきた少将はオレ達の真向かいに座り、口を開いた。
「弟は元気にしているかね?」
「はい。軍医にはいつもお世話になっております。軍医から"これを兄に渡してくれ"と頼まれました。」
オレはヘイゼルナッツの紙袋を机の上に置いた。
「ヘイゼルナッツか。弟の作ったヘイゼルナッツを食べると市販品が不味く感じられるのが難点だよ。いっそ農夫になればいいものを。」
「それでは我々が困ります。」
「ハハハッ、確かに弟は医者としても腕がいいようだからね。それで? 同盟に名を馳せる異名兵士、「剣狼」が私に会いにきた理由はなにかな?」
少将に高圧的な態度は全くない。今まで会った高官で言えば、シノノメ中将に似た印象を受ける。……腹の中も紳士的で温厚な人物だといいんだが……少しカマをかけてみるか。
「私の家系のコトはご存知ですよね?」
「いきなり本題を切り出してきたか。もちろん、よく知っているとも。八熾宗家に生存者がいたとは僥倖だった。では私も本題を切り出そう。天掛少尉、君はどういう腹積もりなのかね?」
「私に御門家に対する逆心はありません。」
半分ウソで半分本当だな。ガリュウ総帥を引きずり落とすつもりではあるが、殺す気はない。そしてミコト様はなにがあろうと護る。
「その言葉を額面通りに受け取れというのかね?」
「私はミコト様から格別に目をかけて頂いています。照京に参りましたのも、ミコト様のお招きによるものです。」
「……君
君
「都に新たな龍の時代が到来すれば、我ら一族の帰参が叶うかもしれない、と期待はしておりますが……」
御門家に叛意はないが、ガリュウ総帥の治世に満足はしていない、というスタンスを汲み取れる返答のはず。
さあ、少将はどうでる?
「新たな龍の時代、か。……天掛少尉、その時の到来が待ち遠しいものだね。」
重みのある言葉だが、確実な言質を取れた訳ではない。ただ、今の照京の有り様に満足している訳ではないコトは確認出来た。ファーストコンタクトとしては十分だろう。
……後はミコト様の決断次第だな。ミコト様が天を目指して飛翔するというなら、オレが支えるまでだ。
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