照京編4話 達人トキサダ
「少尉、ここみたいよ。」
鏡水次元流本部道場はいかにも道場といった風情の古式ゆかしい建屋だった。
「行こうか、相棒。」
「ええ。」
オレはちびっ子パートナーを伴って本部道場の門をくぐった。
─────────────────────────────────────
オレ達を出迎えてくれた門弟に事情を話すと、道場へ案内された。
「達人」トキサダは門弟達に稽古をつけていらっしゃるようだ。
案内された道場に靴を脱いで上がり、奥に座っている壮年男性に頭を下げる。あの方が壬生トキサダ先生で間違いない。
「皆、稽古の手を止めたまえ。お客様が来られたようだ。」
30人ばかりいた門弟達はすぐに手を止め、道場の左右に正座する。いい面構えの連中だ。さすが達人トキサダの弟子達だぜ。
「同盟軍少尉、天掛カナタと申します。ご挨拶に参上しました。」
「遠路はるばるよくこられた。シグレから話は聞いているよ。自分の弟子の中では最強の男だとね。」
ここでも過大評価かよ。参ったね。
リリスは視線を動かさないが、左右の門弟達を観察している。改革派の炙り出しはリリスに任せて、オレはトキサダ先生から目を切らないほうがいいな。
「それはシグレさんの過大評価です。オレはそんな大層な人間ではありません。」
トキサダ先生は訓練刀を手に立ち上がり、道場中央まで歩み出る。
「過大評価か否か、実際に試してみよう。一手、手合わせ願えるかな?」
うえっ!大師匠と手合わせかよ!……いや、チャンスでもあるし興味もある。お言葉に甘えて試させてもらおう。
「喜んで。それでは訓練刀をお借りします。」
オレは壁に掛かっている訓練刀を一振り借りて、道場の中央で達人と相対する。
「持てる技、能力、全て使ってよろしい。遠慮なく、かかってきたまえ。」
「はい。ではいざ尋常に……」
「勝負!」
掛け声はかかったがトキサダ先生は動かない。後の先こそが次元流の極意だからだ。
相手は達人、出し惜しみはナシだ。オレが変位夢想の構えを取ると、門弟達から"おおっ"と声が上がる。
「夢幻一刀流、変位夢想の構え……相見えるのは数十年ぶりだな……」
なんだって!達人は夢幻一刀流を知っているのか?
「夢幻一刀流をご存じなのですか?」
「諸国を巡って修行していた折、八熾……いや牙門シノ殿と立ち会った事があってね。恐ろしい使い手だったよ。自分の生存は内密にしてくれと頼まれたが、もう鬼籍に入られた事だし、話しても構うまい。」
アギトの母、牙門シノも既に亡くなっていたのか。……いや、今は勝負に集中しよう。
「いざ参るっ!」
払い斬りは寸差で躱され、予想通り、正確無比のカウンターが飛んでくる。返した刀で受けて、更に追撃してみたが、引き潮のように自然な動きで躱されてしまった。
オレは刀を目の前にかざし、遮蔽に隠した狼眼で不意をうってみたが、これは予測されていたらしい。構えた刀で視線を防がれてしまった。
まあ、読み合いで勝てるとは思っていない。欲しかったのは刀で視界を隠す一瞬の隙だ。
長丁場になればオレに勝ち目はない。出し惜しみはしないと決めていた!今持てる最高の技で勝負を賭ける!
「こっ、これは!狼滅夢幻刃!」
一の太刀から九の太刀を必要に応じて組み合わせ、技の隙間を狼眼で補う、狼滅夢幻刃は終焉を除けばオレの最大奥義だ!この技が通じないなら他の技も通じない!
達人は怒濤の連続攻撃を受け、躱し、凌ぎ続ける。無限のように長く感じられた時間だったが、実際は5分ほどだっただろう。
……オレの攻撃は全て躱し切られてしまった。
「お見事!……ここまでにしておこう。久しぶりにいい汗をかいた。」
「参りました。狼滅夢幻刃を見切られたのではどうしようもありません。」
「見切ったのなら返しの刃を入れていたよ。全力の力を以てしても、躱すのが精一杯だったのだ。」
ホントかねえ。オレに花を持たせてくれただけなんじゃないかなあ?
額に光る汗は演技じゃないみたいだけど……
「刀を握って半年足らずだと聞いていたが信じられん。今、ここにいるのは高弟ばかりなのだが、カナタ君に敵う者はいまい。トゼン君以来だね、ここまでの才能に巡り会ったのは……」
「やはりトゼンさんは別格でしたか?」
「別格も別格、十代半ばの我流剣士に殺される寸前まで追い詰められたよ。あの時は経験の差で私が勝ったが、今立ち会えば敵うまい。少し水を入れよう、ついてきたまえ。そちらのお嬢さんもおいで。」
リリスからタオルを受け取って汗を拭きながらオレはトキサダ先生の後についてゆく。
─────────────────────────────────────
渡り廊下の先には茶室があり、トキサダ先生はくぐり戸を開けて茶室へと招いてくださった。
そしてトキサダ先生は炉に火を入れ、茶を点じ始める。
「うん、なかなかうまく点じられたようだ。久しぶりのいい稽古で気力が充実しているお陰かな?」
「いただきます。」
シオンに茶会の真似事をしてもらっといてよかったな。それでも作法はなっちゃいないんだろうけど。
トキサダ先生はお茶を飲みつつ、剣の道についてあれこれ教えてくださり、話の流れでトゼンさんの道場時代の話も聞けた。
少年剣鬼、トゼンさんの斬り落とされた腕は一度は病院で接合されたらしい。なのにトゼンさんは自分で引き千切って病院から脱走、隻腕になって道場へと帰ってきたのだそうだ。
「トゼンってバカなの!? なに考えてんのよ!」
話を聞いたリリスが素っ頓狂な声を上げた。確かに折角くっついた腕を自ら引き千切るとか常軌を逸してる。
「ハハハッ、確かに馬鹿げているね。でもそれがトゼン君の凄味でもある。常人には理解出来ない彼の美学なんだよ。命を賭けた勝負に敗れ、片腕を失った。その片腕を元通り接合されるのは"施し"だと思ったんじゃないかな?」
トゼンさんならさもありなん。でも間違いなくイカレてる。
「でも一年とはいえ、トゼンさんによく下働きなんて務まりましたね?」
「トゼン君は命を賭けた約束は必ず守る男だからね。」
「でもなんでトゼンなんかを下働きに使おうと思ったの? 道場破りを繰り返した罰ゲーム?」
リリスさん、相手は達人ですよ。ちゃんと敬語を使いなさい。
「リリス、ちゃんと敬語を使え。どこでも無頼が通ると思うな。」
「フフッ、構わないよ。天才少女さんの事もシグレから聞いている。トゼン君に下働きをさせたのはね、見てみたかったのだよ。この少年剣鬼に剣の基本を教えれば、どんな規格外の修羅が出来上がるのかをね。理を知らぬ我道と、基本を知り、あえて我道を征くのとは大きな違いがあるからだ。」
トキサダ先生!涼しげに笑ってますけど、怖いコト言ってますよ!
「修羅になるってわかっておいでで、剣を教えたんですか!?」
「もちろんだよ。トゼン君が修羅以外のなにかになれるとでも思うのかね?」
そりゃそうだろうけどさー。
「なんて恐ろしいコトを……」
「そう、それだ。怖いモノ見たさとでもいうのかな? いやぁ、取り返しのつかない事をしている背徳感はなかなか楽しかったね。トゼン君は私の期待以上の修羅に化けてくれたみたいで、満足している。そんじょそこらの達人名人が束になろうと手に終えない「人斬り」の誕生に私は一役買ったのだよ。いい買い物だった。」
剣術版のフランケンシュタイン博士かよぅ。トキサダ先生もちょっとイカレてないか?
「ここで一句、"人斬りや、ああ人斬りや、人斬りや"といったところかな?」
ビミョーな顔のリリスがテレパス通信で話しかけてくる。
(ねえ、少尉。今のってまさか俳句のつもりじゃないでしょうね?)
(壬生トキサダは紛れもない剣の達人。だが壬生観流斎はヘボの極み、シグレさんはそう言ってたよ。)
(ヘボなのに観流斎なんて大層な俳号を名乗ってるわけ!?)
(言うな。誰にでも欠点はある。アブミさん曰く"師匠のセンスは俳人ではなく廃人と称すべき"だとさ。)
(ガーデンに来ても違和感のない奇人変人だった訳ね。……頭が痛くなってきたわ。)
オレもだよ。ぱっと見に威厳も風格もあるだけにギャップがスゲえ。
「カナタ君も俳句を始めてみないか? 俳句はいい、心が洗われ…」
洗われるどころか汚染されます!そもそもさっきの句は季語もないから俳句になってないでしょう!
「おっと、もうこんな時間か。リリス、そろそろお暇しよう。」
「そうね。チャオ、達人。」
「カナタ君もなかなか忙しいようだね。またいつでも訪ねてきたまえ。」
オレとリリスは狂気の俳人から逃げ出すコトにした。
世の中上には上がいる。トキサダ先生の俳句に比べりゃジョニーさんの駄洒落なんざ可愛いもんだぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます