照京編3話 冥府から甦った男



磯銀を後にしたオレ達は、リンドウ中佐のオフィスへ向かった。


他国相手の諜報任務に従事するコトもあるリンドウ中佐は、隠密性の極めて高い通信施設を持っているからだ。


オフィスに到着したオレは、さっそく中佐にガーデンへの通信を繋いでもらった。


「カナタ君か。無事に照京へ着いたようだね。兄には会えたかい?」


呼び出されたハシバミ先生は土いじりの最中だったのだろう、タオルを首に巻き、野良着姿だった。


「いえ、まだです。先生、単刀直入に聞きたいんですが、叢雲討魔の遺体は本人に間違いありませんでしたか?」


「……なんだね、唐突に?」


「重要なコトなんです。教えてください!」


「……本人に間違いない。確かだよ。」


「叢雲討魔を庇っての嘘ではないですよね?」


「ガリュウ総帥と違って、叢雲家は医療に携わる者に理解があった。医療施設の設立や人材の育成に多大な援助を行ってくださったのだ。だから私のみならず、多くの医療従事者が恩を感じていたよ。もし、討魔様が生きていらして"庇って欲しい"と頼まれたなら、私は喜んで嘘の報告書を上げて逃亡の幇助をしただろう。そうであれば、どれほどよかったか……」


沈痛な表情で答えるハシバミ先生。……嘘じゃない。叢雲討魔は本当に死んでいるのだ。


……じゃあ死神は何者なんだ?……死人が生き返るはずもないし……


!!!……戦死した最強兵士……その複製体に宿ったのがオレ……


叢雲家に嫁いだ鷺宮トワは生体工学の天才だったが、ガリュウ総帥に殺された。生体工学の奇跡を起こしたという百目鬼ラボはかつて照京にあった。そのラボを率いた百目鬼兼近博士は機構軍に亡命……


愛弟子を殺された百目鬼博士にだって復讐の動機は十分じゃないのか?


軍人ではない百目鬼博士は、自らの手で復讐するコトは出来ない。だったら、自分に代わって復讐してくれる者を


叡智の双璧と呼ばれた弟子二人を育て、生体工学の最高権威と謳われる博士なら、シジマ博士には出来なかったコトが出来たのかもしれない。材料だって難しくはない。叢雲討魔の髪の毛が一本、あればいいんだから!


叡智の双璧の師である百目鬼博士は、弟子の研究成果を知り得る立場でもある。弟子二人の研究成果をベースに、造り出したんじゃないのか? 御門家に復讐の鉄槌を下す、超人兵士を!!


それならなんで死神を量産しない? あんな超人がワラワラ襲ってきたら一発で戦争は終わるはずだ。


百目鬼博士は戦争の行く末なんか、どうでもいいのかもしれない。もしくは何十、何百と作製し、ただ一体の成功例が死神だったのか……


どちらにせよ、十中八九、桐馬刀屍郎は死んだ叢雲討魔、もしくは斬魔のクローンだ。なんてこった、ヤツはオレの同類だったのか。


もしそうなら死神も悲しい男だ。生まれながらに復讐という宿命を背負わされた兵士。


……死せる叢雲一族の怨念が冥府から呼び起こした復讐の神、か。……ヤツはその異名通り、本物の死神だったんだ……


「どうしたの、少尉? 顔色がよくないわ?」


心配げにオレの顔を覗き込んでくるリリス。だが思い至った答えを教える訳にはいかない。


「大丈夫だよ、ちょっと考え込んじまってたな。リンドウ中佐、叢雲斬魔には隠し子がいたかもしれません。早急に調べてもらえませんか?」


そう、叢雲斬魔に隠し子がいた可能性もある。大貴族に隠し子は珍しくない。短命の当主が多い叢雲家ならなおさらだ。


「確かにその可能性はあるね。わかった、調べてみよう。もし死神が叢雲宗家の生き残りなら、御門家に復讐戦を挑んでくるだろう。彼の素性は確かめておく必要がある。」


「例の計画はどうなってます?」


「ハシバミ少将の部下の誰と誰が計画に乗らなさそうかの調査中だ。発動前にご注進されて、少将が防衛司令を解任されてしまっては全て水の泡だからね。」


それ以前にミコト様が決心してくださるかどうかって問題があるんだが……


「観光は後回しにして、オレ達も死神の素性を洗ってみよう。まずは検死を行った病院の記録からかな?」


「カナタ君には別件で頼みたい事がある。鏡水次元流本部道場へ行ってもらいたいんだ。」


リンドウ中佐は円流の師範だから、次元流とも付き合いがあるはず……なのにオレに何をさせたいんだ?


「オレはシグレさんの弟子ですから、もともと挨拶には行くつもりでしたが……」


「そうか、「達人マスター」トキサダはカナタ君にとって師匠の師匠、大師匠になる訳だね。」


「達人」トキサダは同盟軍の剣術指南役を務める名誉軍属で、シグレさんの実父だ。鏡水次元流の歴代継承者の中でも最強と謳われ、その名を知らぬ者はいない。シグレさんも"私の剣術など父に比べれば児戯に等しい"なんて言ってるぐらいだ。ガーデンきってのテクニシャンであるシグレさんの剣術が児戯なんてのは、いくらなんでも謙遜が過ぎるんだろうけど、達人の名に恥じぬ使い手であるコトは間違いない。ウロコさんがこっそり教えてくれたんだけど、トゼンさんの片腕を斬り落としたのは大師匠らしいからな。それでトゼンさんは"壬生の親父の話はするな!"なんて不機嫌になるんだろう。


「はい。それで大師匠にお会いしたオレが、挨拶以外になにかするコトでもあるんですか?」


「用があるのは観流斎先生にじゃない。その門弟達にだ。彼らの中に改革派がいるようでね。」


照京改革派か。悪い言い方をすれば現体制を打倒しようとしてるテロリスト、だとも言える。


成功すれば革命、失敗すればテロ、歴史は結果でしか判断しないからなぁ。


現体制に都を追われた八熾家、その当主と目されるオレが次元流本部道場に行けば……改革派は心穏やかではないだろう。現体制に与する敵か、それとも革命の同志なのか、見極めようとするはずだ。


「つまりオレにオトリ捜査をやれってコトですか。気乗りしませんね。」


「気持ちは分かるけど、カナタ君にやってもらうしかないんだ。今の段階で武力蜂起でもされたら鎮圧するしかなくなる。計画がうまくいけば彼らは新生照京の力になってくれる人材達だ。今は隠忍自重してもらうのが理想、それは分かるだろう?」


改革派と話をつけるための道筋をつけたいってコトか。


「止められなかったらどうするんです?」


「身柄を拘束し、政治犯収容所に送る事になるね。計画達成後に放免する事になるだろう。」


そんな事態は避けたいな。次元流をどの程度習得しているかにもよるが、弟子達はかなりの手練れだとみていい。拘束する際に死人でも出たら、後々尾を引くかもしれない。


「やるだけやってみます。ですが相手が慎重だったら接触はしばらく様子見てから、という判断をするでしょう。空振りに終わる可能性も高いですが……」


「私が少尉と一緒に行くわ。改革派の全員が全員、動揺をまったく顔に出さないなんてのは難しいはずよ。少尉の顔を見て目の色、顔色が変わるとか、些細な変化を私なら見逃さずに一発で記憶出来る。」


「カナタ君が周囲を観察するよりその方がいい。リリス君、頼めるかな?」


「ええ、シオンとナツメは病院の方をお願い。」


「そっちには部下を同行させよう。僕は隠し子の調査にあたる。すぐには結果は出ないだろうけどね。」


「ミコト様には早めに話をしてみます。話が話だけに即断は出来ないかもしれませんが……ミコト様が決意され次第、動ける準備をしておいてください。」


復興支援でお疲れのミコト様に負担をかけたくないが、あまりのんびりもしていられない。


「そうしてくれ。気になる情報があるから少し計画を早めたい。」


「気になる情報?」


「僕が戦役に行っている間に、ブラックマーケットの武器の値が高騰していたんだ。武力蜂起を考えている連中がいる可能性がある。」


なんだって!?


「マズイですね。死神のコトは後回しにしてソッチに集中すべきでしょう。」


「推定される量を鑑みても体制を脅かす程ではない。言いたくないが、照京ではよくある事でね。闇武器の件はハシバミ少将が対応にあたっておられるから任せていい。悪くても治安の悪い区域で小規模な暴動が起きる程度で済むだろう。」


本来、小規模だろうと暴動なんか起こっちゃいけないんだがな。理想論を言ってても仕方がない。


「じゃあ行動に移りますか。リンドウ中佐、ここの車両を1台、借りて行きます。ナツメは病院の調査じゃなくて、ここで待機。バイクを準備してオレの指示を待て。中佐、またこのオフィスに集まって情報交換をしましょう。」


「了解だ。」 「では私は病院に行きます。」 「私は指示を待ってるの。」


行動開始だな。オレはリリスを連れて駐車場へと向かった。




……しかしややこしい状況だな。道場までのドライブがてら、頭を整理しておかないと。


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