照京編2話 死神の正体
リリスのピックアップした観光名所を巡って、夕方にハシバミ少将に会いに行ってみる。今日の予定はそれでいいだろう。
公館の車を借りたオレ達は、シオンの運転で市内へと繰り出した。
丁度お昼だし、まずは腹ごしらえからかな?
「リリス、お昼を食べるならどこがいいんだ?」
「割烹料理の「磯銀」ね。」
「割烹料理ねえ。あんまりご縁がない場所だな。お高いんじゃないのか?」
戦役の報奨金と株の売り抜けで懐には余裕がある。ちょっとばかり贅沢してもいいんだが……
「照京一の老舗料亭よ。公館から予約を取ってもらっておいたわ。」
「……堅苦しそうなの。」 「敷居が高そうね。」
まったくだ。照京一の老舗料亭なんて、政治家や財界人の御用達っぽいぞ。
「だから公館から予約してもらったんじゃない。いいでしょ、たまには!」
「ま、予約をとっちまってるんだ。いってみようじゃないの、老舗料亭とやらにさ。ガーデンへの土産話にはなるだろう。」
ただの大学生だったオレが、燕尾服を着て社交界に顔を出してみたり、公館の客になって老舗料亭に行ってみたりとはね。人生、何がどう変わるかわかったモンじゃねえな。
─────────────────────────────────────
老舗料亭「磯銀」は照京一の老舗というだけあって、サービスもお料理も最高だった。
でもこの味、なんだか懐かしいような……どこかで食べたコトがあったっけ?
デザートを持ってきてくれた仲居さんが、解答を教えてくれた。
「お客様、ちょっとお伺いしてよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「磯吉さんは元気にしていますか?」
「磯吉さんを知ってるんですか!」
「はい、磯銀で包丁を握っていましたから。」
そういうコトかよ。覚えのある味のはずだ。磯吉さんはこの店の板前だったんだな。
「奥さんのおマチさんと一緒に元気に暮らしています。しかし磯吉さんは老舗料亭の板前だったのか。そんなコトは一言も言わなかったなぁ。」
したり顔でお茶を飲んでるリリスはご存知だったみたいだが。
「うちを贔屓にしてくださっておられるミドウ様が、どうしても磯吉さんをお抱えにしたいと仰って。それで磯吉さんは基地専属の料理人になったんです。」
ここでも司令の剛腕炸裂かよ。欲しいと思ったら無茶苦茶するなぁ。
「そうでしたか。司令のヘッドハンティングは軍人だけじゃなかったんですね。」
「磯吉さんは技法、伝統にこだわらずに色んな料理を創作したいと考える料理人でしたから、渡りに船だったのでしょう。元気にしているのなら安心です。そうそう、天掛様にお会いしたいと仰る方がおられるのですが、お通ししてよろしいですか?」
「オレに客、誰です?」
「照京軍中佐を務めておられるリンドウ様です。」
「ああ、中佐ですか。通してください。」
「もうすぐ到着されるそうですから、お待ちください。」
そう言って仲居さんは部屋を退出していった。
───────────────────────────────────────
食後のお茶を飲みながら、オレ達はリンドウ中佐の到着を待った。
手持ち無沙汰なオレは、退屈しのぎにぐるりと部屋を見回してみる。
老舗料亭だけあって年季の入った造作の和室だなぁ。床の間には渋い花瓶に数輪の花。年代物の掛け軸もさぞお高いに違いない。お高いんだろうというコト以外はよくわからんけどな。水墨画に限らず、オレには芸術を見る目なんかありゃしないんだし。……ん? なんで掛け軸の隅に和紙が貼ってあるんだ?
よく見てみるとうっすら揮毫が透けて見える。そして揮毫の上には紋様、これは家紋かな?
揮毫と家紋を隠す為に和紙を貼ってあるのか……揮毫は……達筆すぎて読めねえ。
「なあ、リリス。これってなんて読むんだ?」
日本人がガルム人に漢字の読み方を聞くなんて恥ずかしいけど、読めないんだから仕方がない。
「う~ん、和紙が邪魔で読めないわね。えいっ!」
「おいっ!剥がすんじゃない!お高い掛け軸だぞ、これ!」
「後で貼り直せば問題ないでしょ。私、気になる事があったら眠れなくなる性分なのよね。」
だからっていきなり剥がすなよ!相変わらず無茶苦茶しやがる。
「……叢雲雹魔、って書いてあるわ。そっか、500年程前の叢雲家当主だった叢雲雹魔って水墨画の名人でも知られてるのよね。早世しちゃったせいで、残した作品は多くはないんだけど。……少尉、どうしたの?」
この紋様が叢雲家の家紋……どっかで見たような……
両刃剣だけに十字架のようにも見える……十字架!? †のマークを浮かべた目……まさか!
司令の鏡眼は鏡のように相手の姿を映した。オレの天狼眼には二つの勾玉が浮かび上がる。
死神の目に浮かんだ紋様、あれは十字架じゃなくて剣だったんだ!
神虎眼を持つという叢雲宗家、その生き残りが死神の正体!
「どうしたんですか、隊長?」
「……死神の正体がわかったかもしれない。」
「死神の正体はカナタが暴いたの。スペック社のエージェントでしょ?」
ナツメ、そうじゃない。わかったのはヤツの現在じゃなくて、ヤツの過去なんだ。
「みんなも覚えてるだろ? 死神と殺りあった時のヤツの目を。似てないか、この家紋に?」
「言われてみれば……似てますね。あの時は十字架みたいだと思ったのですが……ナツメはどう思う?」
顔色が変わったシオンも考えを巡らせ始めたようだ。
「野獣みたいな目だと思ったの。人食い虎の目っていうか……」
……そうだ、オレもあの時、そう思ったんだ。コイツは人食い虎なんだって。
「私もそう思ったわ。八熾家の守護獣は天狼、御鏡家は霊鷹、そして叢雲家は……神虎。……あの時感じた印象の通り、死神は死を司る猛虎だったのよ。」
リリスの言う通り、叢雲家の守護獣は神虎……やっぱりヤツは……
「しかし隊長、叢雲一族は宗家ごとガリュウ総帥に滅ぼされたはずでは?」
ああ、その
「ガリュウがポカをやった可能性はあるでしょ?」
「リリスの言う通りなの。全滅したはずの八熾宗家だって、生き残りのカナタがいたんだもの!」
沈黙が場を支配し、オレ達は思案顔になった。
たぶん、みんなオレと同じコトを考えてる。
一族郎党を皆殺しにされた叢雲宗家に生き残りがいたとしたら……機構軍に走って復讐戦を挑んでくるに違いない。それって責められるコトだろうか?
まさかだろ? オレだってそうする。許せる訳がない。
───────────────────────────────────────
「どもども~。カナタ君の心の友、リンドウ中佐が参上したよ~。」
「………」 「………」 「………」 「………」
「あれっ? 盛大にスベっちゃったかな? お通夜みたいな空気だねえ。そんなに今のジョークは寒かったのかな? それとも離婚調停の最中だったりして?」
「……リンドウ中佐、座ってください。」
「カナタ君、どうしたんだい? いつもの君なら"まだ結婚してませんよ!"ってツッコんでくれるはずだろう?」
「死神の正体がわかったかもしれません。」
「なんだって!」
真剣な顔になったリンドウ中佐は座布団に座り、謀議に加わった。
「…………という訳なんです。リンドウ中佐はなにか知っているコトはありませんか? 隠し事はナシです。わかっていると思いますが…」
「ああ。もし、死神の正体が叢雲宗家の人間だとすれば、復讐の相手はガリュウ総帥だ。……あの怪物が総帥を狙っているとなると……ただ事ではない。だがそんな事はあり得ないんだ。叢雲一族は間違いなく全滅している。」
「本当にですか? 叢雲一族は本当に全滅したんですか?」
「間違いない。当主の斬魔様、奥方の永遠様、それに嫡男の討魔様を始め…」
「待った!叢雲家の嫡男は
死神の偽名は桐馬刀屍郎……これは偶然の一致なのか?
「討魔様が生きておられれば25になったはずだが……」
髑髏マスクのせいでハッキリわからなかったけど、死神はオレよりもちょい上ぐらいの歳だと思った。年齢も合ってんじゃねえのか?
「叢雲宗家の持つ神虎眼の能力とは?」
「神虎眼の能力は叢雲宗家しか知らない。分かっているのは短命になる呪いでもあるという事だけなんだ。」
「もし、それが本当ならほっとけば死神はくたばるはず……タイムオーバー勝ちを狙うのが最善手か……」
「カナタ君、まず私の話を聞いてくれ。死神=叢雲討魔ではあり得ないんだ。12年前、叢雲一族が誅殺された時に宗家の血を引く者は当主の斬魔様と嫡男の討魔様だけだった。斬魔様は屋敷に突入した照京兵達を自分と永遠様もろとも焼き尽くした。即死だけは免れた三人の兵士が
三人の兵士の死に際の証言が同じなら信じてもいいだろう。それに叢雲斬魔は生きていれば壮年、死神と年齢も合わない。
「叢雲討魔はどうなんです?」
「屋敷の地下室で遺体が見つかったよ。上半身が木っ端微塵だったから、手榴弾で自決されたようだ。残った下半身のDNAを照合した結果、本人だと確認されている。サイボーグでもない限り、上半身を切り離して生きているはずはない。」
名家の御曹司がサイボーグなはずはない。叢雲討魔は死んでいるとみて間違いないな。いや……
「そのDNA鑑定は誰がしたんです? 嘘の報告を上げた可能性がある。」
「本人に直接聞いてみるといい。鑑定を行ったのはクリスタルウィドウの軍医なのだから。」
「クリスタルウィドウの? うちの軍医のハシバミ先生ですか?」
「そうだ。遺体の鑑定を終えたハシバミ先生は照京を去って行った。仁医として慕われていた先生は、ガリュウ総帥のやり方に嫌気がさしたんだろう。」
そうか。先生の腕を惜しんだ司令がアスラ部隊にスカウトしたんだな。妙なところで色々繋がってるなぁ。
でもハシバミ先生が叢雲討魔を庇った可能性はある。ガリュウ総帥のやり方にも批判的だったみたいだしな。
リンドウ中佐に頼んで盗聴の危険のない通信施設を貸してもらおう。
もし死神が叢雲討魔なら、叢雲一族がされたように、御門家を根絶やしにしようと目論んでいるかもしれない。ガリュウ総帥が死神に殺されようが知ったコトじゃないが、ミコト様はオレが護る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます