結成編32話 1%の差
リグリットに着いてからはなかなか多忙な日々だ。御門グループの再編作業もあれば、政界財界の要人との会見もある。それは私設秘書を務めるシオンとリリスも同様で、久しぶりの大都会だってのにお出掛けするのもままならない。……ナツメだけは呑気にしてるけどな。
今日も昼食が終われば、シュリ夫妻と一緒にマリカさんの別荘行きだ。そんな訳でオレは三人娘を連れてハーフマラソンならぬハーフデートに出掛けた。軍だけではなく財団の仕事まで手伝わせてる2人と甘えんぼの末っ子体質のご機嫌は取っておかないと、ストレスが爆発しかねない。爆発すれば真っ先に爆死すんのはオレだしな。
そしてオレは買い物袋を山ほど抱えて、三人娘の後を歩くハメになってる、という次第だ。
「リリス、いくらなんでも買い込みすぎよ。隊長、私が半分持ちましょうか?」
大荷物を抱えたオレを労ってくれるのはシオンさんだけらしい。リリスとナツメは振り返りもしやがらねえ。
「大丈夫だ。新方式の筋トレとでも思うコトにする。」
「カナタはもうシオンより力持ちだから平気なの。体重はシオンより軽いけど。」
「重くて悪うございました!……私の適正が重量級だっただけで、好き好んで重くなった訳じゃ……」
「体重は私が最軽量だけど、少尉の中の存在感なら私が一番重いのよねえ。いい女は辛いわ~。」
少なくとも買い物した荷物の重さはおまえがダントツだよ。でもリリスには我が儘でいて欲しいってのが、オレの我が儘なんだよな。
「あら、それはどうかしら? ね、隊長?」 「カナタ、私が一番重いよね?」
「みんな大事でみんな重みがある。心の軽重を計るセンサーなんてないし、単純な優劣はつけられないな。」
肯定も否定もせず。それが一番賢明な対応だとオレは学んだ。実際、オレはどうしたいんだか自分でもわからない。リリスとは運命共同体だけど、"じゃあシオンやナツメは違うのか?"と自分に問いかければ、それでいいと思っている。シオンやナツメが"オレの為に死んでもいい"と思ってくれてるかはわからないが、オレはそうだ。三人娘の為なら死ねる、今ンとこ、オレの中で出てる答えはそれだけだ。
「姉さんの別荘に行くなら私も行きたかったな~。私は暇だし、姉さんに頼もうかな~。」
「午後はシオンとリリスの予定が詰まってる。ナツメはビーチャムと一緒にミコト様の護衛を頼むよ。大師匠がドレイクヒルにいるから問題ないとは思うが、ミコト様の直近の護衛は女性がいいんだ。湯浴みや寝所での護衛も可能だからな。」
「了解なの。カナタの姉さんは私の姉さん。……ふふっ、また姉さんが増えた。」
マジで姉さん集めに貧欲だな、おい。仲良くしてくれてるのは嬉しいけどさ。
「ナツメ、ついでにマリカとミコトの間も取り持ちなさいよ。あの二人、事あるごとに邪眼でガンを飛ばしあってるんだから。」
ちびっ子の提案にナツメは能天気な口調で答える。
「それに関してはカナタが悪いの。ん~、どっちが姉かで張り合ってるんだから、カナタが姉さんを嫁にすれば解決かな?」
「ちょっと!何を言ってるの!」
シオンがツッコんだが、ナツメは聞いちゃいない。そしてとんでもないコトを呟く。
「姉さん女房、同い年女房、年下女房、ロリ幼妻、キャラ分けは出来てる……」
ナツメさん、いくら愛のカタチにこだわんないからって、盛りすぎですよ、それ。だいたいロリ幼妻は犯罪です。……いや、考えてみれば、それって最高なんじゃないか……
「私が正妻でいいなら考えてもいいけど。でも具材4つの義姉妹丼は無理なんじゃない?」
「姉妹丼とか生臭いコト言うんじゃありません!リリスさん、まだお日様が高い時間ですよ!」
まったく、隙あらばエロワードを会話に挟んできやがるな!ま、三人娘が義姉妹みたいな関係なのは事実だけど。……だが夢は夢、リリスの言が現実だな。マリカさんは司令みたいに野心と所帯を持ってる訳じゃないが、攻略難易度は世界最高だろうし、シオンはシオンで至極真っ当な倫理観の持ち主だし……
「だよねー。やっぱり三人で暮らす事になるのかな~。」
「ナツメ、どうして私を数に入れてるの? 言っておきますが、私はそんな
「シオンは私と暮らすのイヤ? 絶対ダメなの?」
出たよ。ナツメの無邪気アタック。お姉さんポジの人間には弱いナツメだが、この一刺しはマリカさんやシオンに効果覿面なんだよなぁ。
「ぜ、絶対ダメって訳じゃないわ。で、でもね、正常な男女関係というのはね…」
「絶対ダメじゃないなら、いいって事だよね? カナタ、ゴージャス姉妹丼の完成に向けての姉さん攻略、ガンバ♪」
「だからナツメ、いくら天然ジゴロの少尉でもマリカは無理よ。少尉、ナツメの戯れ言を真に受けて、別荘で夜這いなんかかけないでよ?」
「そんな余裕がありゃいいがな。マリカさんはドレイクヒルのスィートルームから医療ポッド用の治癒液を手配してた。」
本気で痛めつける気満々だとしか思えない。骨の一本や二本は覚悟しといた方が良さげだ。
「……生きて帰ってきてね?」
「……努力はしてみる。」
愛しの三人娘との今後はおいおい考えるとして、今は完全適合者「緋眼の」マリカと、どう戦うかのシミュレートをしておかないとな。一晩ぐらいのポッド入りはしゃあないが、漬け物じゃないんだから、あまり長く治癒液に浸かるのは勘弁だ。
──────────────────
「……特訓前に死ぬほど疲れた。」 「……ええ、死ぬかと思ったわね。」
危なっかしいフライトに付き合った夫妻は、ヘリがガタつきながら着地すると後部座席でため息をついた。悪かったな。ヘリの操縦が死ぬほど下手で。
「カナタはヘリの操縦も特訓したほうがいいね。暇な時にアタイが教えてやるよ。」
わーい。マリカさんとフライトデートだぁ!ヘリの操縦が下手っぴでよかったぜ~!
「片道3時間のフライトの甲斐はありましたね。この島全部がマリカさんの別荘ですか。」
リグリットの湾内はお世辞にも綺麗とは言えないが、この島は緑に溢れ、周囲の海の水も澄んでる。ラビアンローズのテロ事件の時、マリカさんやナツメ、同志アクセルといった面々がこの島に来てたせいで苦労したんだよな。マリカさんやナツメがいれば、オルセン一味をサクッと暗殺って手も取れたんだ。
森の外れに建てられた別荘は、大き過ぎず小さ過ぎず、派手でもないが地味でもない、まことマリカさんの好みに合う瀟洒な屋敷だった。海を見下ろす断崖にも近いから、南側の窓からは海を一望出来そうだな。つまり、立地も完璧ってコトだ。
屋敷のガレージから軍用車を出したマリカさんは、屋敷と車のキーをオレにパスした。
「カナタとシュリはヘリのカーゴから、治癒液を取ってきて地下室の医療ポッドを起動させときな。ホタルはアタイと晩メシの準備だ。カナタ、食材の入った木箱を寄越せ。」
オレは肩に担いだ木箱をマリカさんに渡し、エンジンのかかった軍用車の運転席に座った。
「行こうぜ、シュリ。」
「オッケー。」
野郎二人はヘリまで取って返し、カーゴスペースに載せてあった治癒液のタンクを車に載せる。
「どうしたんだ、シュリ? ササッと作業を済ませないとマリカさんは短気だぜ?」
友はタンクの前から動かない。なにやってんだ?
「どうしたもこうしたも……このタンクは500キロもあるんだぞ!一人で楽々持ち上げてるカナタがおかしいんだよ!僕の力じゃこの重さは持ち上げられる限界値に近いんだ!」
「そっか。じゃあタンクの運搬はオレがやるよ。シュリはポッドの整備と起動をよろ。」
「……了解。カナタはずいぶんパワーも上がってるんだね。限界値はどのぐらい?」
「限界値は知らん。エスカルゴなら片手で持ち上げられるけどな。」
エスカルゴはホバーバイクの代表的車種だ。座席の後ろに円形のホバー装置が縦に取り付けられていて、炎素エンジンが起動すると左右に開く。ホバーバイクだけに水上も走行可能で、駐車する時にスペースを取らないから、兵士達に人気がある。
「エスカルゴって車重550キロだよ。……どれだけパワーアップしてるんだよ……」
「アビー姉さんに比べりゃ可愛いもんさ。今度限界値を測っておくかな。」
荷物を積み込んだオレ達は屋敷に戻り、二つのタンクを地下室に運び入れる。
5つの医療ポッドが設えられた地下室は、ワインセラーを兼ねているようだ。動力無限の炎素エンジンのお陰でワインセラーは年中稼働中らしい。
「シュリ、ポッドを4つ起動させる必要あるか? オレら三人の分でよくねえ?」
「いや、マリカさんから"人数分起動させておけ"と言われた。……カナタはもうそういう域まで到達したんだね……」
オレが最初に戦った完全適合者はトゼンさんだった。でも今はわかる。オレとナツメを同時に相手取ってなお、トゼンさんは本気じゃなかった。人でなしの人殺しだけど、オレとナツメを成長させる為に、手加減してくれてたんだ。……だが、もう誰が相手だろうと手加減なんかさせない。
オレの適合率は現在99%、完全適合者のマリカさんに"1%の差"がどれだけ重いか、教えてもらおう。
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