結成編33話 緋眼VS剣狼
新婚前家庭に何度も招待されたオレは、ホタルが料理上手なのは知っている。でもマリカさんもホタルに負けず劣らず、いや、ホタル以上の料理上手だった。プロのシェフと家庭料理を比較するのはアンフェアなのかもしれないが、マリカさんは料理人としても一流になれる腕前みたいだ。
「カナタ、種明かしをしてあげるわ。私はマリカ様から料理を教わったの。いまだ師匠を超えられない不肖の弟子なんだけどね。」
なるほど。忍術だけでなく料理もマリカさんに習ってたのか。
「そんな事はないよ。僕はホタルの肉じゃがは世界一美味しいと思う!」
ほっくほくのジャガイモを箸でつまんで味を確かめたマリカさんは、弟子の上達振りを称えた。
「旦那の意見は贔屓の引き倒しって訳じゃないみたいだねえ。店で出す料理ってンならともかく、家庭料理じゃホタルが上だ。」
「私なんてまだまだです。マリカ様、私の料理って、マリカ様みたいに味が安定しないんです。同じように作ってるのに微妙に味が違うような……」
「ホタル、プロの料理人に男が多いのはなんでだと思う?」
「料理人の世界は男社会だから、ですか?」
師の質問に弟子は答えるが、自信はなさそうだった。
ここは一流料亭の元板前で、現在は無国籍料理の達人、同志磯吉が唱えた説を開陳してみるか。
「温度差の問題だって磯吉さんは言ってたよ。」
「温度差? 料理に対する情熱に男も女もないと思うけど……」
シュリはホントに優等生だな。でも磯吉さんは"料理人は男の世界"なんて狭い了見で包丁を握っちゃいないさ。
「情熱の熱量じゃなくて、体温の差だ。女性は男性に比べて平均体温が高い。だから振れ幅も大きくなる。磯吉さんの話じゃ、"料理する手の温度差が少ないほど、料理の味は安定する"んだそうだ。だから常に同じ味を求められるプロには男が向いている。でも毎日外食する人間なんてまずいないからな。いつも口にする家庭料理は、少しだけ味に変化があった方が飽きがこなくていい。だから"お袋の味"に勝る料理はない、とも言ってた。」
お袋の味、か。……顔も覚えていないお袋は、どんな料理が得意だったんだろう……
「ま、板長のご高説が真理だったとしてもだ、女でも手水で体温を調整したり、経験則で塩梅を調整すれば、一流の料理人にはなれる。料理の才能ってのは結局のところ、センスと味覚、その両者を具現化する手業に収束されるからね。でも、シュリ専属の料理人ホタルは、今のままでいいのさ。」
マリカさんは忍者刀や手裏剣だけじゃなく、刃物全般の扱いが巧みだからなぁ。包丁も例外じゃありませんか。
「そうそう。僕はホタルの料理が一番好きだ。」
どストレートなシュリの言葉に、ホタルの頬が赤くなった。
「まだ食い終わってねえけど、"ご馳走様"って言った方がいいか?」
ガーデンに帰る頃にはミコト様のお社も完成してるだろう。キミ達はサッサと結婚しちまえよ!
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夕食を終えた4人は戦闘装備を整え、すっかり暗くなった屋敷の外に出た。
「シュリとホタルは先に出発しろ。どこに潜んで、どんな罠を張ってもいい。1時間後、アタイが追跡を開始する。カナタは屋敷で待機だ、戻ってから相手してやんよ。」
ブービートラップの名手、シュリの得意とするシチュエーションか。マリカさんは二人の全力を見てみたいんだな。
「了解。行くよ、ホタル!」 「はいっ!」
インセクター60機を搭載したケースを肩に担いだシュリは、森に向かって駆け出し、ホタルも後に続く。
二人の姿が森の中に消えてから、マリカさんに尋ねられた。
「あの二人、どこに潜んでると思う?」
「十中八九、森です。森林はブービートラップを仕掛けるのに最適な環境、ですが本命の罠は別な場所に張ってあるでしょう。」
「どうしてそう思うンだい?」
「相手がマリカさんだからです。ありきたりの戦法じゃ太刀打ち出来ない。追い詰められたと見せかけ、一番罠を仕掛けるのに不向きな……そう、遮蔽物のない砂浜あたりに何か仕掛けてそうですね。」
「いい読みだ。以前のシュリなら己が磨いた最高の罠を森に仕掛けて勝負を挑んできただろう。だがカナタと出会って、シュリは機転と意外性の重要さを学んだ。罠の中に罠を張る狡猾さを覚えたんだ。勤勉な優等生から脱却出来たかどうか、見定めさせてもらおう。」
瞑目したマリカさんは集中を高めながら時を待ち、腕時計のアラームが鳴ると同時に赤い疾風となって駆け出した。
あっという間に闇に溶け込んだマリカさんは、上忍二人の追跡を始めただろう。
……シュリ、ホタル、頑張れよ。
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1時間後、シュリを右肩、ホタルを左肩に担いだマリカさんが戻ってきた。最高のパートナーと力を合わせて挑みはしたが、最強兵士の壁に跳ね返された、か。
「二人とも気絶してるってのに、しっかり手を繋いでるあたりが、なんともらしいですね。」
「コイツらを繋ぐ赤い糸はナイロンザイルどころか、ワイヤーロープよりも頑丈みたいだな。カナタ、地下室に行くぞ。アタイとした事が、ちょっとばかりやり過ぎたらしい。」
「それだけ健闘したってコトでしょ。シュリはオレが担ぎます。ええい、気絶してまでイチャつくんじゃない!」
地下室の医療ポッドに二人を入れて、負傷度合いをスキャンさせる。
「マリカさん、シュリは7カ所も骨に亀裂が入ってます。」
シュリはしこたまアネキックをもらったな。内出血はないみたいだが、打撲もかなりある。
「ホタルは3カ所だ。擦過傷や打撲もあるし、半日はポッドでお休みさせとかないとだな。」
「やれやれ。マリカさん、嫁入り前の娘に、やり過ぎですよ。」
「もう嫁入りしてるみたいなもんだから問題ない。さて次は……カナタの番だねえ?」
おお、怖。とはいえ、入隊した時みたいにゃいかないぜ?
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マリカさんは1時間ばかり、医療ポッドで傷と疲労を回復させてから、オレを伴って屋敷の中庭に出る。庭園がライトで照らされて、ガチバトルの準備は整った。
「マリカさん、レギュレーションは?」
「訓練刀を使用する以外はなんでもアリだ。ただし、時間制限をつける。10分経って勝負がつかなきゃ引き分け、こうしとかないとアタイが熱くなりすぎるかもしんないからね。」
「了解。始めますか?」
「ああ。腕時計のアラームが鳴ったら……勝負開始だ。」
ピピッと腕時計のアラームが鳴った。勝負開始だな、マリカさんの初手は読めてる。
世界最速の足が唸りを上げ、一気に距離を詰めてくる!そして……やっぱりサイドキックがきた!
オレは両手を交差させて夢幻一刀流徒手空拳術、十字守鶴でキックをブロック、多少押されはしたが、初手を受け止め切った。
「……懐かしいですね。入隊したばかりのオレはこの蹴りがまったく見えなくて、訓練場の壁に激突したんだった。」
「へえ、覚えてたのかい。」
「マリカさんとの思い出を忘れる訳がないでしょう。」
今までの全部を瞼に焼き付けてあるさ。……特におっぱいとか。
「じゃあ……今夜も忘れられない思い出をくれてやるよ!カナタの骨身に刻んでな!」
「あいにくですが、そう簡単にはいきませんよ!」
振り抜かれた刀を刀で受け、鍔迫り合いに持ち込む。スピードはマリカさんが上、でもパワーなら、今のオレのパワーなら……マリカさんより上だ!
「やるじゃないか!アビーが"カナタはガタイは並だが、実はパワータイプだ"って言ってたがマジでそうらしい。けどねえ……爆縮は足だけって訳じゃないんだよ!」
これは……腕の爆縮か!一気にパワーを増したマリカさんに押し倒される間際、オレは足の裏をマリカさんの下腹にあて、巴投げの要領で投げ飛ばした。
宙を舞ったマリカさんだったが、
「器用な真似をするもんだね。それも夢幻一刀流の技かい?」
「ええ。夢幻一刀流、
オレの足元にはマリカさんの投げた手裏剣が刺さっている。高速でスピンしながら正確に、オレに向かって投げつけていたのだ。咄嗟に刀で弾きはしたが、油断も隙もねえな。
「カナタ、よくぞこの短期間でこれほどの力を身につけたな……」
おマチさんなら"オバチャン、感無量だよ!"って褒めてくれてるトコかな?
「マリカさんのお陰です。もちろんシグレさんも…」
「アタイとシグレだけじゃない。イスカに三バカ、それにアビーやイッカク……ガーデンのゴロツキどもが総出でおまえを鍛え上げたんだ。」
「はい!オレは十二神将最後の男、剣狼カナタ。出会った人達全ての薫陶を受け、牙を磨いた狼です。」
オレの返答を聞いたマリカさんはニヤリと笑って、口上を述べた。
「名乗りを上げるのが遅れたねえ。……アタイは火隠忍軍頭目、火隠マリカ。流派は火隠流忍術。」
「オレは八熾一族惣領、天掛カナタ。流派は夢幻一刀流にその他色々。」
マリカさんの色違いの目がスッと細まり、殺気が増してゆく。
「剣狼カナタ、相手に取って不足なし!……いざ尋常に……」
「勝負だ!」
刃を潰した訓練刀、それでも噛み合う白刃は火花を上げ、蜘蛛と狼は
いくぜ!憧れの存在、生涯の恩人、そんな想いは今は忘れろ!
……眼前に立つ偉大な敵手よ、我が剣を見よ!!
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