結成編31話 姉さんは代表弁護人



「……そうですか。ホタルさんにもカナタさんの事情を話したのですね。」


ミコト様の吐息が湯飲みから上がる湯気をかき消す。


「はい。教授からそうするべきだと助言されて、オレもそうだと思いました。」


「そうですね。私も教授の仰る事が正しいと思います。ホタルさん、カナタさんの秘密は他言無用、わかって頂けますね?」


「はい。ですが、少し気がかりがあります……」


「気がかりとは何ですか? 遠慮なさらず仰ってください。」


ホタルはミコト様ではなく、オレの方を向いて問いかけてきた。


「ねえカナタ、シオンやナツメ、リリスには秘密でいいの? あのコ達はカナタを心から信頼してる。まず秘密を打ち明けるべきは私達じゃなく、あのコ達だったんじゃない?」


耳が痛い台詞だ。シュリに打ち明けたのだって、感付かれたからだからな。オレが自分で覚悟を決めれた訳じゃない。


「そうすべきなのはわかってるんだ。でも今は話せない。一つだけ懸念がある……」


懸念があるのはホントだが、台詞そのものは嘘だな。本当のところは、ただ、オレが臆病で勇気が出ないだけだ。三人娘に拒絶されたら、オレは戦えなくなるだろう。そうなったらミコト様はどうなる……


「懸念とは、ナツメの気質の事だね?」


友の言葉にオレは頷く。


「そうだ。ナツメは頭がいいが、平時には緊張感を保てない。危険を察知すれば即座にスイッチが入るから、普段はのほほんとお気楽極楽に過ごしてくれればいいんだが……」


子猫みたいなナツメの日常がオレは大好きだけど、子猫じみてるだけに腹芸とは無縁。根が素直なだけにじきに感情が顔に出る。


「カナタさん、ではシオンさんとリリスさんにだけ…」


ミコト様の言葉をオレは遮る。


「それはしたくありません。シオンとリリスにだけ話してナツメだけ除け者にするのは……それにナツメがオレの秘密を知れば、姉であるマリカさんに話したがるでしょう。マリカさんは親友であるシグレさんに隠し事はしたくないでしょうし、家族同然のラセンさん達にだって……」


「信頼関係が連鎖してキリがなくなる、か。じゃあカナタ、私と約束して。時が来たら必ず自分から秘密を打ち明けるって。」


そう、全てを失うかもしれないが、オレはそうしなくてはならない。本当は先延ばしだってよくないんだ。


「わかってる。時が来ればオレの口からみんなに話すよ。約束する。」


「カナタ……その言葉、僕達が証人だからね。」


「ああ。仲間全員にオレの真実を信じて欲しいが、そうはいかないかもしれない。そうなればクローン実験のコトが明るみに出て、地球の存在を信じない者は、オレをただのクローン兵士と見做すだろう。爵位や領地、軍での地位を失うだろうが、そんなもんはどうでもいい。だが今は"そんなもん"を失う訳にはいかないんだ。」


爵位も領地も地位も欲しくない。秘密に関係なく、戦争が終われば全て投げ捨てるつもりだ。オレが失いたくないのは仲間からの信頼と、三人娘だけ。それがオレの全てなのだから。


「世間がどう言おうとカナタさんは私の弟です。不平を漏らす者がグループ内に出れば、その者を放逐してでも、私がカナタさんを守ります!」


「ありがとうございます。ミコト様、秘密を打ち明ける時がくれば、いの一番に三人娘に明かすつもりです。シュリにホタル、そん時にゃ絶対に怒られるから、三人で弁護団を結成してくれ。」


「はい。代表弁護人は私が引き受けますね。」


姉さんが代表弁護人とは頼もしいな。


「やれやれ。弁護人の僕達にもリリスが本気の毒舌を披露しそうだね。」


シオンも鬼検事になるだろうな。……ナツメはどうだろ? 案外気にしてなかったり……しねえだろうなぁ……


「心情的には検察側に立ちたいのだけど、シュリがカナタの弁護をするんじゃ仕方ないわね。私も弁護を手伝ってあげるわ。話すべき事を話せないでいるカナタの気持ちはわからないでもないし……」


そっか。ホタルはある意味、オレの一番の理解者なんだよな。失うのが怖くて前に進めないオレの心の弱さ、逃げる気持ちを察してくれてる。


おい、チキン南蛮ならぬチキンバンバンの天掛カナタさんよ。戦争が終わったら、逃げるのはよせよ? それはホタルの友情への裏切りになるんだぜ?


──────────────────


臆病な被告が弁護団を結成し、その後はサンブレイズ財団理事長と三人の理事に戻って財団の運営方針を相談する。明らかに職業を間違えた女、ホタルさんは孤児の支援に熱心でそっちの部門を拡充したいようだ。キッドナップ作戦で救出した子達にもえらい懐かれてたし、戦争が終われば戦災孤児支援事業を本業にしてもらえればな……


「孤児支援事業の拡充には賛成だが、問題は財源だな。御門グループは分野によっては、事実上の寡占を行っているから、財源は豊富な方だが、豊富とは無限という意味じゃない。」


「ねえカナタ、教授ならなんとかしてくれるんじゃない?」


「教授だって打ち出の小槌を持ってる訳じゃない。錬金術じゃあるまいし、無から有を作り出すのは無理だ。」


理念や理想だけでは世界は回らない。先立つモノが必要なんだ。


「カナタ、現在、御門グループが支援を行ってる事業を財団に移行させるにあたって、事業内容を精査してみないか? 無駄な支出があると思うんだ。」


「それだ。シュリの言う通り、不要不急の事業、過度な支援が必ずある。無駄を見直すだけでなく、新たな財源も確保しよう。」


「カナタさん、新たな財源とはなんですか?」


「広告塔です。同盟市民に人気のある人間に名誉理事になってもらって寄付を募る。具体的に言えばマリカさんとダミアン。」


「名誉理事なら実務はほとんどないし、いいかもしれないね。でもカナタ、マリカ様は子供が苦手だぞ?」


わかってるさ。でもな、シュリ、苦手と嫌いは違うんだ。


「あやすのが苦手なだけで、嫌いな訳じゃない。ダミアンは本当に嫌いっぽいが、託児所で働いてくれって話でもないだろ? 基金を集める顔になってくれって言ってるだけなんだから。」


その時、コンコンと部屋の扉がノックされた。控えの間にいる寂助の声がインターフォンから聞こえてくる。


「寂助でございます。マリカ様がお見えになられました。」


「入ってもらってくれ。」


いいタイミングだな。これぞ天佑だ。


部屋に入ってきたマリカさんは軍服姿だった。リグリットでは私服で過ごすマリカさんなのに、何かあったのか?


「姫、ウチの若いのと雁首付き合わせて何の悪巧みだい?」


「マリカさん、悪巧みではありません。を交えて有意義なお話をしています。」


さりげなくオレに椅子を寄せてくるミコト様。真紅の目と龍の目、二つの視線が交錯する。……お願いですから、不穏な空気を醸し出すのはヤメて頂けませんか?


「有意義ねえ。おっぱい小僧、いや、龍弟侯だっけか。なんの話をしてンだい?」


「え~と、実はマリカさんにお願いがあったりしまして……その~……なんと言いますか~……」


澱む口調にしびれを切らしたのか、ホタルが息せき切る勢いで話し出す。


「マリカ様、私の我が儘を聞いてください!」


「こりゃ驚いた。ホタルがアタイに我が儘を言うのは初めてじゃないか? なんだい、言ってみな?」


ホタルから話を聞いたマリカさんは、あっさり了承してくれた。


「マリカさん、いいんですか? 子供をあやせなんて言いませんが、一緒に記念写真ぐらいは撮ってもらわないといけない訳ですが……」


「火隠の里にだってガキはいる。子供はアタイの天敵って訳じゃない。なんつーかな、ホタルみたいな慈母の笑顔ってのが苦手なだけだ。どう顔を作ればいいのかよくわからん。」


ホタルが子供に見せる笑顔は地上に降りた地母神さながらだからな。表情を作ろうとか考えてる時点で、絶対出せない微笑ほほえみだ。


「ありがとうございます、マリカ様!ホタルは戦災孤児を…」


「わかってるわかってる。どうせ色男のダミアンにも目ェ付けてんだろ。面倒ついでにダミアンの説得もアタイがやってやるよ。」


「出来ますか? ダミアンは本当に子供が嫌いっぽいですけど……」


「だろうよ。だがな、ダミアンだって"子供がどうなってもいい"なんて思っちゃいないさ。自分は欲しくない、積極的に関わる気もない、だが幸せに暮らして欲しいって気持ちは矛盾しちゃいない。だろ?」


確かにそうだ。結婚しても子供を作らない夫婦もいるけど、子供がどうなってもいいなんて思っちゃいないよな。引き取れとか育てろとかいうならまだしも、少し手を差し伸べれば救えるっていうなら、助ける人がほとんどだろう。


ウロコさんも言ってた。"親になる前に、自分が人の親になれる人間かを自省すべきなんだよ。ウチのチンピラどもみたいな人でなしは、どんなに子供好きでも親になるべきじゃない。けどね、子供を害する輩はアタシら以下のクソだ"って。アスラは4番隊でもそうなんだ。孤高の男、ダミアンだってそうさ。


「面倒事を引き受けたんだし、今度はアタイの言う事を聞いてもらうよ。カナタ、シュリ、ホタルはアタイの別荘で特訓だ。シュリは芸なしでも一流相手に勝てる力を持たないといけない。ホタルはそもそも戦闘能力に劣る。カナタはアタイとどこまで殺り合えるようになったか、見てやんよ。」


マリカさんの言葉に理事三人の体が固まる。この目、マジで痛めつける気だ。それで軍服なのか。


「マリカさんの別荘ってヘリで向かう距離にある離島ですよね。あんまり大怪我をしたら……」


「……カナタ、マリカ様の別荘には医療ポッドも完備してある。」


マジっすか!こりゃ手加減はしてくれそうにないぞ……


「シュリ、カナタ、覚悟を決めましょう。」


悲壮な決意を固めたっぽいホタル。完全適合者が相手のガチマジバトルか。とんだイベントが発生しちまったもんだな。


「みたいだな。マリカさん、特訓は明日の昼以降にしてもらえます?」


「構わないけど、財団の用事でもあんのかい?」


「財団の用事より重要です。三人娘のお出掛けに付き合う約束がありまして。」


リグリットに来てからあまり相手を出来てない。そろそろご機嫌取りをしとかないと、危険水域に入りかねない。


「いいだろう。しかし威厳のない部隊長だねえ。あの三人、一応は部下だろうが……」


「残念ながら威厳だけは一生身に付かないでしょう。オレの柄でもないし、ね。」


「それはどうかねえ。ま、地獄を見せてやるから、せいぜいリフレッシュしときな。理事三人は明日の15:00にシャングリラホテルのヘリポートに集合だ。」




こりゃマジで地獄を見せる気みたいだ。でも、ちょっと楽しみでもあるな。今のオレの力が、最強の兵士にどこまで通じるのか試してみたい気持ちもある。やると決めたら全力だぜ。マリカさんにいいトコ見せたいしな!



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