結成編30話 同じタイプの兵士
「ガラク、僕が粘るだけ粘る!ビーチャム隊長をなんとか出来るか!」
うんうん、トシゾーは冷静だな。マッチアップを入れ替えようとして隙を作るより、自分が粘った方がいいと判断したか。では加減した攻撃で思惑通りに粘らせてやろう。
「任せろ!俺が小娘を仕留めるまで頑張ってくれ!」
「自分も無頼のアスラコマンドだから細かい事を言う気はないが、小僧に小娘呼ばわりされるのはいただけないな。」
オレみたいに素手で両手持ちの刀を弾くパワーのないビーチャムは、機敏な動きで避けに徹する。
「反撃してから言ってみろ!防戦一方じゃねえか!」
「おまえこそ刀だけでなく、しょっぱい氷結能力も使って戦え。足を止めなきゃ話にならんぞ?」
ビーチャムの見切りのセンスはシグレさんが感心するレベルだからな。避けに徹したら、粗さの目立つガラクの剣は当たるまい。
「言われるまでもねえ!お館様には力ずくで振りほどかれたが、小娘の力じゃそうはいかねえだろ!」
ビーチャムの軍靴に次々と襲いかかる霜柱、刀で意識を上に振りながら足元には氷結攻撃、上下に打ち分けるコンビネーションはなかなかだ。同じ能力を持つシオンにレクチャーさせた甲斐はあったようだな。
「……氷結攻撃は特殊能力……あ!!」
刀を盾に、懸命に粘るトシゾーの顔色が変わった。ようやく気付いたか。
「捉えたぜ!もらったぁ!!」
やっとのコトでビーチャムの足を捉えたガラクに、罠に気付いたトシゾーが警告する。
「待て、ガラク!それは罠…」
懸命の叫びが終わる前に、ビーチャムの赤毛がガラクの両腕を絡め取っていた。上半身ごと首を振ったビーチャムは、ガラクの体をヘリポートの床に叩き付け、グルグル巻きに縛り上げる。
「くっ!僕とした事が…!!…」
忠告してやるのはいいが……ガラクに気を取られ過ぎだ、トシゾー! 顔面にジャブ×2&顎にフックを喰らったトシゾーに膝を着かせて、勝負あり、だ。
「うぐっ!……しまった……」 「……念真髪だとぉ……待てよ、ルールじゃ……」
軍靴を覆う氷を抜いた刀で叩き割ったビーチャムは、蓑虫みたいに転がされたガラクに氷水よりも冷たい言葉を浴びせた。
「おまえの頭は頭突き専用らしいな。おい、ガラクタ。隊長殿のお言葉を聞いていなかったのか? 隊長殿は訓練刀と左手、狼眼もサイコキネシスも封印すると言われたが、自分が言われたのは"訓練刀の封印"だけだ。」
「じゃあなんで最初っから使わねえ!勘違いするだろうが!」
首を振りながらフラつく膝を腕で支えたトシゾーはなんとか立ち上がり、相棒を窘める。
「ガラク、よせ!そんな台詞は"僕は間抜けです"って言ってるようなものだよ。お館様は僕とガラクが言葉の罠に気付くかどうか、試されていたんだ。」
「そういうコトだ。ガラクはともかく、トシゾーなら気付くかと期待したんだがな。」
気付きはしたが遅かった、というべきなんだろうが。
「……申し訳ありません。」
「二人に言っておく。戦場では考えナシのバカは早死するぞ。特にガラク、おまえは考えが浅すぎる。」
「………はい。」
やれやれ、目は口ほどにものを言うって諺があるが、顔もそうだな。天羽の爺様は次席家老を務めてきた家の当代らしく、腹芸も得意なんだがなぁ。
「ビーチャム、髪をほどいて尋常に一勝負してやれ。納得してない顔だ。」
「そ、そんな事は……」
「顔に書いてある。"正々堂々の勝負なら負けてないのに"ってな。再戦にもハンデが欲しいか?」
拘束を解かれたガラクは、体のバネだけで勢いよく立ち上がった。
「いりません!なんでもありのガチで戦わせてください!」
この負けん気の強さは評価出来るんだがな。思慮が追いついてないのが問題だ。
「では再戦はなんでもありのガチ勝負だ。ガラク、この勝負に負けたら二度とビーチャムを小娘とかナメた呼び方をするな。年下だろうが、女の子だろうが、おまえの上官だぞ!」
「イエッサー!タイマンなら俺は負けねえ!」
負けるって。おまえも素質はあるが、ビーチャムの素質はおまえ以上だ。本格的な軍務に就いてから中隊長昇進まで半年足らず、これはガーデンが設立されてからの最短記録なんだ。素質だけが全てではないが、その差を埋める心根の強さでも、おまえは負けている。
「隊長殿、どの程度まで痛めつけていいですか?」
「未熟な小僧だが、強靭さは高い。ヤバそうならオレが割り込むから、好きにやれ。」
「イエッサー。かかってこい、頑丈な坊や?」
「誰が坊やだ!ちょっとばかりお館様に目ェかけられてるからって頭に乗るな!」
坊や呼ばわりされたガラクは、頭に血が昇ったまま、猛攻を仕掛ける。……ダメだ。何も学習しちゃいない。頭に乗ってるのはおまえだ、ガラク。ビーチャムはおまえの沸点が低いのを見越して挑発してンだよ。それぐらい気付け!
「ガラク、落ち着いて!ビーチャム隊長はわざと怒らせてるんだ!」
助言はナシだと言いたいが、おまえ達はニコイチだからな。助言ぐらいはよかろう。
「まあ見てろ!怒り心頭のオレは100万馬力だぜ!」
「馬力はあっても、行き先が断崖絶壁じゃ自殺行為だぞ? ほら、足元がお留守。」
こっそり地面に伸ばした数本の髪に足を絡められ、ガラクは前につんのめる。ただでさえ人間の髪は丈夫に出来ているってのに、ビーチャムのはさらに特殊だ。数本束ねれば、大の男だろうとすっ転がせる。
「実戦ならこれで死んでいる。まだやるか?」
前のめりに倒れたガラクの後頭部を剣先でつついて、ビーチャムは冷たく言い放った。
「やらいでか!……いや……お願いします!」
よし、一つ学んだな。そうだ、年下だろうが、体が小さかろうが、強者は強者。戦場では見た目に惑わされず、相手の力量を把握しろ。
慢心せずにビーチャムに立ち向かったガラクだったが、やはり異名兵士「赤毛」には歯が立たない。死線をくぐり抜けた者とそうでない者には、数値では計れない差があるのだ。
3度目の敗北を喫し、首筋に訓練刀の切っ先を突き付けられたガラクは歯軋りしながら呟く。
「……なんでだ。どうして勝てねえ……」
平時に見せる人懐っこさを捨てた赤毛は冷笑する。
「八熾の庄では候補生を相手に無敵を誇ってきたんだろうが、候補生と幹部を一緒にするな。これが"格の差"だ。」
新兵に身の程をわからせたビーチャムは納刀し、オレの傍まで戻ってきた。
「隊長殿、こんなものでよろしいですか?」
「ご苦労だった。ガラク、トシゾー、今の戦いにおける反省点をレポートにして提出しろ。ビーチャム、オレの部屋で夕食にするか。このホテルのルームサービスはかなりイケるぞ。」
「ご相伴に預かりますです。」
片膝を着いて敗北を噛み締めるガラク。少し可哀想な気もするが、これもおまえの為だ。今のおまえが異名兵士に突っかかれば、無為に死ぬだけ。……天羽の爺様に孫の戦死など伝えたくない。
────────────────
「はむはむ、やっぱりホテルと言えばカレーであります!カツも上品な味付けで、はむはむ、ルーも絶品。それにルーの容器が別なのもいいでありますね。このランプみたいな容器って名前はなんていうんだろ……」
食いながら喋るのはビーチャムの癖だな。ホタル先生がいたらお小言を喰らっちゃうぞ?
「グレイビーボート、もしくはソースポットっていうらしい。言うまでもないが、ラセンさんから教わった。」
書道とカレー用食器の収集がラセンさんの趣味だ。皿が数十枚、スプーンに至っては何百本とあるんだとか……
「ラセン副長のカレー好きはほとんど病気でありますね!」
「ほとんどじゃない、完全に、だ。今頃、オレ達みたいにシャングリラのホテルカレーを食べてんだろうな。」
「はむはむ。ところで隊長殿、さっきの訓練の意図ですが"スケアクロウの中隊長で一番格下のビーチャムでさえ、ガラクを圧倒出来る力がある事をわからせる"といったところでありますか?」
「そうだ。ウチの5人の中隊長の中でおまえを格下に見ている者は多い。支援型のギャバン少尉よりは強いだろうが、シオン、リック、ロブよりは弱いだろう、と。でもな、ビーチャム、オレはおまえを格下だなんて思ったコトはないぞ?」
「わかっているであります。でも自分が尋常にお三方と勝負すれば、
さすがだ、ビーチャム。おまえにガラクの相手をさせたのは、まさにそれが狙いだよ。それに"まだ敵わない"か。現状を正確に認識し、さらなる高みを目指す心掛けもいい。おまえを中隊長に抜擢したのは正解だった。
「物事の裏が読めるのはいいコトだ。」
「"どんな時も考えるコトを怠るな"隊長殿が常々仰っておられる事であります。それに自分は隊長殿と"同じタイプの兵士"でありますから!」
「そうだな。ビーチャムはオレと同じタイプの兵士、間違いない。」
「えへへ。隊長殿、一つ訊いてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「ガラクの才能に期待するのはわかりますが、いささか贔屓が過ぎるのでは? 一人の身勝手は部隊全体を危うくしますです。」
「そうさせない為に、ガラクを慎重屋のトシゾーと組ませ、指揮中隊に配属した。オレとシズルさんが目を光らせていれば、我が儘小僧の手綱を取れる。ガラクの祖父、天羽の爺様は黒子に徹して八熾の庄をまとめてくれている。オレとシズルさんが戦地に赴く時は爺様に庄を預けるしかない。そんな爺様の心配事は孫のガラクが頭領の器ではないコトだ。次席家老、八熾流に言えば次席家人頭を務める天羽家は外様の家臣団の長、ガラクがあのままでは、他家に御役目を譲るしかないと嘆いていてな。惣領のオレとしては、なんとかしてやりたいのさ。」
「なるほどであります。しかし天羽の当代殿は立派なお方でありますね。孫がその器にあらずとなれば、他家に地位を譲る事もやむなしとは……」
八熾って結構面倒な決まりが多いんだよな。当主、惣領はお館のみの尊称で、家臣の家は当代、頭領を使う。普通は家老と呼ぶ身分は、家人頭って呼んでるし……
ん? 部屋の備え付け電話が鳴ってる。忍者夫妻がミコト様の部屋に参内したか。
「ビーチャムはカツカレーのおかわりでもしててくれ。」
「隊長殿はお出掛けですか?」
「ミコト様と話がある。話が済んだら戻るから、引き続きミコト様の警護を頼む。」
「
二人でアニメ鑑賞してんのかよ。どう過ごしてくれても構わないんだけどさ。
執事室を出たオレは真向かいのミコト様の部屋のドアをノックする。
全部の事情をホタルにも話したコトをお伝えして、その後に御門グループのアレコレを相談しとかないとな。
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