結成編29話 手のかかる小僧



帰りの車のハンドルはシュリが握る。オレはシートを倒して靴を脱ぎ、グローブボックスに足を乗っけた。


「もう!カナタは本当にお行儀が悪いわね!それでも侯爵なの?」


さっそく後部座席から飛んでくるお小言。


「ホタル、お小言は後にして、例の写真をカナタに見てもらったら?」


「そうね。カナタ、これを見てくれない? 教授とは関係のない話なんだけど、少し気になって……」


後部座席から身を乗り出してきたホタルの手には戦術タブレット、なにか写真が表示してあるな。どれどれ、と。タブレットに映し出されたのは生っ白くはないが、白すぎる手の拡大画像。この手は……


「鍛えられた白すぎる手、これはKの手の拡大画像か。ホタル、インセクターでオレの様子を窺ってたんだな?」


「シオンに頼まれたのよ。"観艦式の間は席を外してくれと頼まれたけれど、隊長が心配なの"って。あまりシオンに心配かけちゃダメよ?」


オレが珍しく真剣な顔をしてたもんだから、シオンを心配させちまったか。自分の力に自信が出てきたせいで、シオンが尽くしたがりの心配性だってのを忘れてたな。


「インセクターでの追尾はオレがザラゾフ元帥と戦艦に入るまでだな?」


「もちろんよ。戦艦内のセンサーは誤魔化せないから。それより、さらに拡大するから画像をよく見てみて。」


赤い指型がうっすら付いてる。オレと力比べをした時に付いたんだな。


「カナタの握力はスゴイからね。肌も病的に白いし、指型ぐらいは付くだろう。でもいくら痛くても、顔に出すのは未熟だね。……妙だな。兵士としての能力が高ければ高いほど、痛みにも強くなる。この程度で顔を歪めるのは…」


ホタルは頷きながら恋人の言葉に相槌を打つ。


「そう。ガーデンなら顔に出す兵士はいない。でもKはカナタと力比べをした時に、ハッキリと痛がる素振りを見せたわ。そして…」


「元帥の前だってのにポケットに手を突っ込んだ。そうか、オレに赤染んだ手を見せたくなかったんだな。……Kの弱点がわかったぞ。」


「ええ。Kは神難郊外の戦いで名のある異名兵士5人を相手に無傷の完勝を収め、一躍、凄腕兵士の仲間入りを果たした。名のある兵士を倒す事が名を上げる早道、Kは最短距離で兵士ピラミッドを駆け上がった訳だけど……」


自動運転機能をオンにしたシュリは、オレとKが握手という名の力比べをしてる動画を見ながら頷いた。


「なるほど。"無傷で完勝した"、それは事実だけど、"無傷で勝たなきゃいけない"のかもしれないって事か。漂白したみたいに白い肌といい、Kは絶対にタフじゃない。そしておそらく"痛み"にも弱いんだ。痛覚への耐性は常人レベル、下手をすれば痛覚過敏なのかもしれないね。」


そう、痛がりの虚弱体質、Kが絶対防御の引き換えに背負った弱点だ。


「倒された兵士の顔触れから察するに、帝国の「守護神」アシェスをも超える防御能力ってのはフロックじゃない。おそらく守護神の搭載している「ガーディアンGBS」を研究し、さらなる性能の向上を図った戦術アプリと補助デバイスを開発したんだ。だが性能は向上したが、欠点もあった。お豆腐ボディの痛がり屋になっちまうって欠点がな。」


それでも異名兵士5人に完勝出来るなら価値がある。量産しないのはコストの問題か、それともKしか成功例がいなかったか……おそらく両方だな。機構軍でもガーディアンGBSを搭載してるのは神盾と守護神の二人だけ。特殊な適性を必要とする戦術アプリなんだ。


「それだと継戦能力も低そうだね。ガーディアンGBSは念真障壁をブーストする機能を持った戦術アプリで、念真力そのものの消費は激しくなるらしいし、その上虚弱体質となればなおさらだ。」


「シュリの言う通りだろう。強力な兵士ではあるが、連投は効かない。痛みに弱いがダメージの回復力は高いってコトも考えずらい。逆に傷の治りも遅い可能性すらある。重度の糖尿病患者みたいに、な。ホタル、シュリと二人でこのコトを司令に報告してきてくれ。」


「了解。でもKは一応、味方なのよ?」


「今はな。だがくびきが外れればすぐさま敵になりかねんヤツだ。超人兵士作製計画は犯罪者をベースに実験してるってザラゾフが言ってた。」


「了解。顔写真もあるから、犯歴も調べておくわ。」


「いや、顔ではわからない。バイオメタル化する前に整形しているだろう。ヤツの犯歴を調べる必要はない、重犯罪者なのは確定してるんだから。詐欺や窃盗なんて犯歴の人間を、死にかねない実験のモルモットに使うほど、ザラゾフは狂ってない。」


"技術が確立されれば、兵士にも転用するつもりだ"、ザラゾフはそう言った。兵士の安全に留意する男が、完全にトチ狂ってるとは思えない。元帥はかなり低いハードルではあるが、モラルの欠片を持っている。


「報告を済ませた後はドレイクヒルに向かうよ。僕達はミコト様とも話をしておいた方がいいだろう。」


「そうしてくれ。ミコト様の滞在してるフロアー周辺はクリーンだ。ロブが徹底的に調べたからな。」


「了解。ロブはそんな特技も持ってるのか。優秀な工作員だね。」


Kの分析を進めている間に目的地に到着、車はシャングリラホテルの玄関前に停車した。


「伊達に「便利屋」なんて呼ばれてないさ。シュリ、ホタル、また後で。」


乗客二人を降ろした後、運転席に移動したオレはドレイクヒルホテルへの帰途につく。


二人を待つ間、ガラクとトシゾーに稽古でもつけてやるか。


─────────────────


ドレイクヒルホテルの屋上も高層ホテルの例に漏れず、ヘリポートになっている。頑丈な造りで広さもあるし、特設リングに使うにはピッタリだな。


「ガラクとトシゾー組VSオレとビーチャム組で2on2だ。ハンデとしてビーチャムは訓練刀は使用不可、オレは刀に加えて邪眼とサイコキネシス、左手を封印しよう。」


「お館様とビーチャム隊長を相手に2on2ですか……勝負はおろか、稽古にすらならないんじゃないですか?」


始める前から弱気なトシゾーに対して、ガラクは意気軒昂だ。


「やってみなきゃわかるもんかよ!お館様もビーチャム隊長も素手、俺達二人は訓練刀ありの勝負なんだぞ!」


「隊長殿、自分のハンデは素手だけでよろしいのでありますか? 隊長殿みたいに片手ぐらいは封印しないと、あっさり勝ってしまいそうですが……」


「いくら中隊長でも16の女の子にこれ以上ハンデをもらえるかよ!俺とトシゾーは18だぞ!」


「自分はもう17だ。それに戦場では年齢や性別など関係ない。そんな事を言ってるあたりが半人前の証なんだよ。」


超高級ホテルで17の誕生パーティーを済ませたばかりのビーチャムは、格下相手にはですます調を使わない。そのあたりは見事に体育会系だ。


「ガラク、口で突っかからずに、腕前で突っかかってみろ。……始めるぞ。」


オレはトントンとステップを踏みながら腕一本で構える。その構えを見たトシゾーが怪訝そうな顔になった。


左構えサウスポー!? お館様は右利きだったはず……」


ダッキングしながら踏み込んで、おしゃべりな口を目がけてジャブを繰り出す。


「うわっ!」


かろうじて身を逸らしたトシゾーは、バックステップして距離を取る。


抜刀したトシゾーは、得物の長さを活かして素手の攻撃範囲の外から反撃してきた。オレは刀の平を拳で叩いて打ち落とし、懐に飛び込む。


「両手持ちの刀を片手で軽々打ち落とされるだなんて!パワー差がありすぎる!」


トシゾー、半分だけ正解だ。正解は、元来のパワー差に加え、繰り出してるのが利き手のジャブだからだ。右利きの左構えの利点は、強いジャブを速く、正確に繰り出せるコトにある。


"アンちゃんみたいにパワーがある奴はあえて左構えってのもいい手なんだぜ? アンちゃんならジャブだけでノックアウトが狙えるし、相手が左構えに慣れたら右にスイッチって戦法も取れる"とはガーデンきっての名ボクサー、パイソンさんのアドバイスだ。キング兄弟は二人とも両手利きで、ナイフと素手って違いはあるが、スイッチ戦法に習熟してる。


ベースになるのは夢幻一刀流の徒手格闘術、それにパイソンさんに習ったボクシング、マリカさんから教わったキック、それに師匠に仕込んでもらった合気柔術をミックスし、オレ式の格闘術は完成した。イッカクさんから習った六道流の重打術は隠し味だ。ここぞの場面では練気した重~い打撃をお見舞いするぜ。


「トシゾー、交代だ!お館様の相手は俺が…」


右手一本で完封されそうなトシゾーの様子を見たガラクは、マッチアップをスイッチしようとしたが、それを許すビーチャムではない。上段回し蹴りのフェイントを入れてから、足払いでガラクを転がし、交代を阻止してのけた。追撃のストンピングは転がって躱し、片手で倒立したガラクは、カポエラみたいな旋風蹴りで反撃しながら立ち上がる。


……ガラクはボディバランスもいいようだな。それに練習したコトもない技を、咄嗟の機転で繰り出せるあたりは、やはり非凡だ。


「今のは蹴りはまあまあだ。有効打と認めようかな?」


旋風蹴りを両腕でブロックはしたが、軽い体を仰け反らされたビーチャムは、お褒めの言葉を口にした。


「ナメんなよ!シズルさんならまだしも、小娘なんかに負けてたまるかぁ!」


やっぱり謙虚さが足りんな。さっきビーチャムが"戦場では歳も性別も関係ない"って教えただろうが……




おまえがそんなだから、定期的に鼻っ柱を折っておかなきゃいけないんだよ。素質はあるが手のかかる小僧だぜ。



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