結成編28話 光平version



「はじめまして、空蝉修理ノ助君に灯火蛍君。私は権藤杉男、カナタのパートナーだ。教授と呼んでくれると有り難い。どうぞよろしく。」


私がそう挨拶すると、シュリ君とホタル君は、ポカンと口を開けたまま絶句した。これがドッキリ企画だとすれば大成功だろうが、あいにくコメディー番組の収録ではない。フフッ、権藤の奴、今頃地球でくしゃみをしてそうだな。


「二人にはカナタが世話になっているようだ。……驚かせてしまったかな?」


「教授、ドッペルゲンガーを見れば誰だって驚くさ。それとオレがこの夫妻の世話になってるのは確かだけど、なんで保護者でもない教授がお礼を言うんだよ。それは余計なお世話ですぅ。」


唇を尖らせたカナタが不平を漏らす。私にとっては息子でも、カナタにとってはそうではない。保護者ヅラをされれば面白くはないか。


「保護者ではないが、年長の協力者ではある。何かある度に二人に調査を依頼しているのは誰だ? 私は事実を指摘し、謝意を示しただけだ。何か問題があるのかね?」


「ありますぅ~。教授はオレのお父さんですかぁ?」


ああそうだ!私はおまえの父親なんだよ!……まったく、人の気も知らないで……


「フフッ。カナタ、秋芳寺中尉の駄洒落癖だけでなく、此花少尉の神難弁も移ったようだな。」


む、頬が緩んでいる。いかんいかん、カナタは聡いんだ。それにこの部屋の様子は風美代とアイリも見ている。あまり楽しげにしていると"お父さんだけズルい!"と娘に叱られそうだ。


「……シュ、シュリ、カナタが二人いるんだけど……」


「……だいたいの事情はわかったよ。カナタ、地球から来たのはカナタだけじゃなかったんだね?」


カナタが頷くと、息子の盟友は憤慨しながら、ため息をついた。


「はぁ……まったく!まだ僕に隠し事をしてたんだな!」


「仕方ないだろ。教授に黙って事情を話す訳にはいかない。」


「それはそうかもしれないけど、納得いかないぞ!僕とカナタは…」


シュリ君は椅子に座った息子に詰め寄り、カナタは椅子ごと後退った。


「なにがなんだかわからないけど、一つだけわかったわ。シュリは私に隠し事をしてたのよね!!」


ホタル君の憤慨は、シュリ君以上だった。最愛の恋人と大切な友人の二人に隠し事をされていたのだから、怒りも倍化しようというもの。当然の帰結だな。


「う、うん。でもこれには事情があって…」


シュリ君の旗色が悪い。弁護してやりたいが、私は部外者だからな。


「それにカナタもよ!!二人で私に隠し事をしてた!間違いないわね?」


怒りの矛先は息子にも向いたか。まあ、頑張れ。


「ホタルさん、お説教は後にしてオレの話を聞いてくれないかな?」


「いいでしょう!聞かせてもらいます!全部、ね!」


おっと、灰皿をテーブルから退避させよう。私が灰皿を持ち上げた直後に、ホタル君は繊細な指を固めた拳でテーブルを叩いた。


「え~と、どこから話したものかなぁ……」


「どこから話してもいいけど、洗いざらい話しなさいよ? さあ、どういう事なの!何を隠してたの!」


「かいつまんで言えば…」


「洗いざらいって言葉の意味はご存知? 今日は休日だから時間はたっぷりあるわ!事情説明の後は反省会だからね!」


眉をひそめて怒るホタル君。怖い怖い。……この調子だと、反省会には私も参加させられそうだな。


────────────────


カナタは自分の事情と私の存在を二人に説明する。補足説明を入れながら、カナタの疑念も解いておくか。夢見の力を私が持っていた事は話せない。正確には私ではなく、勾玉の能力なのだが。……天掛神社の御神体は「夢見の勾玉」、こちらに来てから調べて判明した事だ。夢見の力については、物部さんに肩代わりしてもらおう。これで私がカナタの近況や、基地の状況を知っていた事に対する答えになる。


カナタの事情を知ったホタル君の目から涙が溢れ、彼女は濡れたままの瞳でカナタの手を取り、謝罪した。


「……ごめんなさい。平和な日本からいきなり戦乱の星に飛ばされて、辛い思いをしてるカナタに、私がとんだ言いがかりをつけて冷たくあたって……本当にごめんなさい!」


「いいんだ。それにオレは辛い思いなんかしていない。いや、戦場は過酷で辛いコトもあったけど、この星に来て良かった。シュリやホタルにマリカさん、それにリリスにナツメにシオン、ミコト様に……言いだしたらキリがないな。とにかくオレはみんなに出逢えた。地球では孤独だったけど、この星で家族や友達、仲間が出来たんだ。もし、地球に帰れる方法が見つかってもオレは帰らない。」


「でもカナタ、日本は戦乱なんて記憶の彼方にしかない国だったんだろ? 平和な故郷が恋しくないのかい?」


「そうよ。それにカナタの両親だって地球にいるんでしょう?」


この会話の流れはマズい!!風美代やアイリに様子を見せるのではなかった!


「オレを捨てたお袋や見放した親父なんかに未練があるかよ!!」


……すまない。……カナタ……本当にすまない。気持ちはわかるが、風美代は責めないでやってくれ。風美代はおまえを連れて家を出るつもりだった。だが私が、孫が可愛くて仕方がない親父やお袋の為に、強引に親権を奪ったんだ。


「……けどな、嫌いな親父だったが、いいコトも言ってた。その一つが"現実が気に入らないからといっても嘆くな、気に入らない現実があるのなら、自分の手で変えてみせろ"だ。上等だ、やってやろうじゃねえか。至る所でドンパチやってて生き辛え? だったら力ずくでも止めるまでだ!」


……私の言った事を覚えていてくれたのか。どんな親でも、共に過ごせば何か一つぐらいは我が子に残せる。私は親権だけでなく、そんなささやかな喜びまで風美代から奪ってしまった……


「やろう、僕達の手で戦争を終わらせるんだ。」 「ええ、私達ならきっと出来る!」


ああ、キミ達ならやれる。私も影ながら、文字通り影から、力を貸すぞ!


「うむ。私もカナタの言う"場合によっては力ずく"を、影からサポートさせてもらおう。事情説明は終わったし、作戦会議に移行しようか。小さな事からコツコツと、という訳ではないが、ファーストミッションは犯罪組織が相手だ。アンチェロッティファミリーというマフィアが存在する。彼らは……」


私は机の上にホログラムビジョンを表示し、アンチェロッティファミリーについて説明を始める。相棒の家族を奪った男には、制裁を加えねばならん。


────────────────


解説を聞き終えたホタル君は、協力してくれる気になったようで、恋人に提案してくれた。


「シュリ、また探偵旅行をしましょう。」


「そうだね。アンチェロッティファミリーの情報は僕らで集める。作戦はカナタと教授で立ててくれ。」


「わかった。アンチェロッティのとるであろう行動を予想しておこう。消去屋ロッシが消された以上、ドン・アンチェロッティは後釜探しに奔走するだろう。教授の話じゃドンの息子アンジェロが抗争を指揮したがっているようだが、アンジェロはリーダーの器じゃない。ロッシの別荘で見つけたレポートによると「アンジェロ・アンチェロッティは粗暴で短気、言動行動も直情径行が目立ち、指揮官の適性は著しく低い」とあった。ドンからの依頼で息子の軍事教育を任されたロッシの評価が当たっているなら、必ず後任を探すはずだ。」


狼の目になったカナタが、ドンの行動を予測する。この手の分析はカナタの十八番おはこ、納豆菌の独壇場だ。


「雇われの身分でずいぶん言いたい放題だね。ドンの不興を買わないのかな?」


「シュリ君、ロッシは遠慮なくドンに直言出来る立場だった。そしてロッシの忠告が的を射ているからこそ、ドンはロッシを賓客として遇していたのだ。」


ロッシはファミリーの軍事顧問というだけではなく、シチリアマフィアでいうところの相談役コンシリエーリも務めていた。相談役の地位は幹部カポより上、事実上のナンバー2だったのだ。


「教授、ドンからの依頼を受けそうな軍人崩れのリストは用意出来るか?」


首魁ドンがロッシの後任を探すであろう事は予想出来ていた。当然、リストは作成してある。


「軍事顧問の候補になりそうな人間のリストは既に用意してある。元軍人、というフィルターを通せばさらに絞り込めそうだが……間違いないのか?」


「ドンは武闘派気取りの犯罪者チンピラと、本物の軍人の違いを知っている。必ず元軍人を雇おうとするだろう。人間は成功体験を忘れる事は出来ない。個人的な見解を言わせてもらえば、覚えておくべきは失敗した経験で、成功体験こそ早く忘れるべきなんだがな。少し違うか、"失敗そのものは早く忘れてしまえ、じゃが失敗した原因だけは忘れるでない"って爺ちゃんは言ってたよ。」


カナタが断言するなら間違いないな。ドンは元軍人の後釜を探す。誰に依頼するつもりなのかを特定出来れば、先に始末しておくのもありか……


そうなれば、またカナタの手を借りねばならんかもな。


「さすが八熾家当主の羚厳様、お言葉に含蓄があるわね。」


よかったな、親父。京人形みたいに綺麗な女性に褒められてるぞ。


「カナタの頭に納豆菌を仕込んだのは羚厳様だったんだね。知恵者に育つ訳だよ。」


カナタの人格を醸成したのは親父だろうが、私だって少しは……


「……カナタの知恵の全部が全部、八熾羚厳の薫陶によるものとは限らんと思うが……」


私に集まる三つの視線。……いかん!自分からボロを出すところだったぞ。上手い言い訳を考えろ。


「ゴホン。カナタは師事した火隠大尉や壬生大尉の影響だって受けているだろう。もちろんキミ達の影響だってある。カナタは周囲の人間みんなに育てられて、剣狼になったのだよ。」


これは言い訳ではなく事実だな。だが事実であればなおいい。嘘はどこまでいっても嘘なのだからな。


「僕とホタルが? う~ん、あまり僕達がカナタに影響を与えてるとは思えないんだけど……」


「ンなコトねえ。二人から学んだコトだっていっぱいあるさ。」


「そう思うなら軍服のボタンはちゃんと留めて頂戴。部隊長なのにだらしないわよ?」


「イヤですぅ。だらしないのが好きなんですぅ~。」


このだらしなさは私の影響ではない。ズボラで無頼な親父の影響、いや悪影響だ。


「……子供か。話を戻そう。シュリ君、ホタル君、来月の13日に作戦を開始する。なのでアンジェロの13日の所在地を優先して掴んで欲しい。」


「教授、子供のオレにはわからないんだが、その日に何かあるのか?」


本当に子供か。ガーデンの兵士達に納豆菌と揶揄されるだけあって粘着質だな。


「そうむくれるな。来月の13日は金曜日、相棒が家族を奪われたのは13年前、……13日の金曜日だった。」


バートの暮らす教会にやって来たのはチェーンソーを持った怪人ではなく、機関砲チェーンガンを持ったマフィアだったがな。


「わかった。今作戦を「13日の金曜日」と呼称する。オレ達は序盤だけの参加で、その後は教授が作戦を遂行してくれ。公共の敵でオレ達の敵には、世界から退場してもらおう。」


ああ、この仕事の仕上げは私と相棒バートでやる。ドン・アンチェロッティは教会育ちの復讐者リベンジャーの手で地獄に送られるのだ。


「了解。謀殺は気が進まないけど、やむを得ないわね。」


「市民に理不尽を強いてきた連中が、理不尽を強いられる側になるだけだ。無関係の人間を巻き込まない為にも、僕達の働きが重要だね。」


市民に犠牲を出す事なく、復讐劇をフィナーレまで導く。シュリ君とホタル君が協力してくれれば不可能ではない。


「抗争に市民を巻き込まないよう全力を尽くす。もし市民に犠牲が出てもそれは私の責任で、キミ達に責任はない。作戦開始だ!」


私は号令をかけ、全員が席を立った。頭の中でマフィア映画の最高傑作、そのテーマが奏でられる。この名曲をバートにも聴かせてやろう。音楽家の風美代がいるから、再現は容易い。




教会を殺戮の場に変えた不心得者、ドン・アンチェロッティ……待っていろよ? 教会育ちの復讐者が、おまえの息の根を止めにいくからな!



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