休暇編4話 軍法の抜け穴



昨夜は素晴らしい時間を過ごせた。三人娘をおだてまくって、またケモ耳鍋パーティーをやろう。


オレは固い誓いと共に朝日に向かって敬礼する。


気は進まないが、今日は広報部の取材を受けにゃならんらしい。


ナツメにくだんねえコト聞きやがったらグーで殴ろう。今後の為にも、な。


……取材の時間までにはまだ余裕がある。先にリリシオコンビのまとめてくれた報告書を提出に行くか。


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1,1中隊はクリスタルウィドウの部隊なので報告書の提出先はマリカさんだ。


正確にはマリカさんに代わって書類を決裁するラセンさん。さらに正確に言えば、書類の下読みをするのはシュリ、ホタル夫妻なのだが。


オレはハンディコムでアスナさんの攻略対象であるチャッカリマンに電話を入れる。


「あろー、カナタです。今から戦役の報告書を提出に行きますね。」


「報告書は直接司令のところへ持っていけ。」


「目を通さなくていいんですか?」


「いい。カナタが作成したなら添削が必要だが、どうせシオンとリリスに作らせたんだろう?」


「自動車があるのに自転車に乗る人間はいないでしょ?」


「自分を過大評価しているようだな、三輪車。」


「ホタルとシュリを補助輪に使ってるラセンさんに言われましても……」


「シュリとホタルは火隠れの将来を担う人材だ。先を見据えて様々な経験を積ませておくのも上忍筆頭の仕事だからな、以上。」


………モノは言い様だね、ホント。


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「……入れ。」


司令室のドアをノックした直後に返ってきた不機嫌なお声。中の情景が目に浮かぶぜ。


「失礼します。報告書を提出に参りました。」


司令室の中には紫煙の煙が霧のように立ち込め、霧の向こうには書類の山脈が見える。思った通りだ。


「また私の仕事を増やしてくれるようだな?」


「万夫不倒の司令といえど、書類だけは苦手なようで。」


「アビー、カーチス、トッドにバクラ、このあたりの報告書は書類ではなく日記だからな。アビーなど本当に絵日記を提出してきた事がある。」


……アビー姉さん、なにやってんですか。8番隊は総じて大雑把だからなぁ。書類が得意な人材はいなさそう。


「トッドも酷いんじゃぞ? これを見てみい、カナタよ。」


中佐に渡された報告書を流し読みしてみた。


……バキューンバキューンとカッコイイ俺様は、カッコよく敵兵を哀れな死体へと変えてやった。さらに迫る敵兵どもに素早くリロードを終えたカッコイイ俺様は、貴婦人が見たら一発で惚れるであろうスマートな銃技で……


「……タイトルを付けるなら"その男、トッド・ランサム"ですかね?」


「ベーシックに"戦場のガンマン"でもいいかもしれんの。読むに耐えん三文小説じゃが。」


「クランド、三文小説だってこんな駄文と比較されたら気を悪くする。根本的に認識がおかしい点も見受けられるしな。間違ってもトッドはカッコよくはない。」


司令はトッド先生の力作の表紙に"発砲馬鹿トリガーハッピーの鬼畜漫遊記"とタイトルを書き込んだ。


クランド中佐がレポート用紙を折って下帯を作り、推薦文を書き込む。


「なになに……"全アスラ部隊兵士が泣いた。文体の支離滅裂さとあまりの馬鹿馬鹿しさに"ですか。中佐も手厳しいですね。」


「まだ加減してやった方じゃ。イスカ様、ロールマリーを呼びますぞ?」


ロールマリーこと、マリー・ロール・デメル少尉か。金髪縦ロールがお嬢様っぽい00番隊狙撃手で、付いた渾名がロールマリーだ。まんまだな。


いかにも有能そうな人だけど、書類にも強いのか。


「ああ。書類の始末はマリーに任せよう。気は進まんがリグリット行きの準備もあるしな。」


司令は統合作戦本部で行われる任官式に出席するんだな。となればしばらくは留守か。


「それではオレはこれで。」


「少し待て。カナタにはまだ用がある。おまえの階級の件だが……」


「昇進なら勘弁してください。」


アスラ部隊で中尉の階級は副隊長を意味する。うちには最強副隊長のラセンさんがいて、地位は鉄板。そんな状況で中尉に昇進したら他の部隊へ配属変えになりかねない。そもそもオレが副隊長の器とは思えないし。


「シオンやシズルは准尉のままでいいというのか? おまえが出世に興味がないのはいいとしても、部下まで巻き込むのはどうかと思うが?」


「う……しかし……」


コトネは少尉に昇進してアスナさんの中隊を引き継いだんだよな。コトネと同等の力があるシオンやシズルさんを准尉に留めておくのはオレの身勝手だろうけど……


「心配するな。軍法に精通したヒムノンが解決策を考えてくれた。カナタは今日から「特務少尉」だ。」


特務少尉!?……将校カリキュラムで習ったな。特命任務に従事する将校に与えられる階級で、任務に従事中は二階級高い地位と見做される。少尉であれば大尉と同等の扱いになる訳だ。そして特務将校を任命出来るのは将官のみ。


「……特務少尉ですか。しかし期間限定の地位ですよね?」


「そうだ。だが軍法には明確な期間の規定はない。特命任務を遂行するまで、としか書かれていないのだ。つまり、任命した私の裁量次第という事だな。」


ガーデンの悪徳弁護士が見つけた軍法の穴か。特務少尉なら少尉を部下にしていても問題ない。制度的には大尉と同じに扱われるんだから。


「了解しました。有難く拝領します。」


「うむ。特務少尉はカナタ向きの地位だ。特命任務に従事している間は、特命を下した者以外の命令に従わなくてもよいのだからな。他部隊の高官の理不尽な横槍は、特命任務を理由に跳ねつけろ。フフッ、ヒムノンも上手い手を考えてくれたものだ。」


「なるほど。ヒムノン室長は有能なワルですね。」


「特命の内容は"この戦争を勝利に導け"とでもしておくかな。特命任務の内容は中将以上の将官に報告すればよいのだし。」


シノノメ中将に報告して、そこで握り潰される、と。軍法を悪用する司令の横暴に、中将はため息をつくんだろうな。


「……シノノメ中将も大変ですね。」


「他人事みたいに論評するな。昇進を嫌がるカナタが原因だろう。」


「軍法を悪用する司令も共犯では?」


「フフッ、正式な任命は私がリグリットから帰ってからになるが、先に専用階級章を渡しておこう。」


司令から渡された少尉の階級章は黄金で縁取られていた。黄金の縁取りが特務軍人の証らしい。オレが階級章を交換しようとすると、クランド中佐から待ったがかかった。


「イスカ様、先に新しい軍服を渡しておくべきでは?」


「そうだったな。1,1中隊専用の装甲コートと軍服を作らせたのだ。今日からこれを身に纏え。」


渡された軍服はベースが純白、腕と脚には黄金の二本線が入っている。一番隊カラーの赤とは様変わりだな。


「オレはクリスタルウィドウの隊員ですよ? なんで純白なんですか?」


「白狼衆のカラーに合わせてやれ。これはシズルたっての願いでな。今日からカナタにはパーソナルカラーの使用を認める。白地に金がカナタの色だ。」


「パーソナルカラーの使用許可が下りるのは部隊長からのはずでしょう?」


「その決まりはアスラ部隊の慣習で、文面化されている訳ではない。私の胸先ひとつなのだ。」


出たよ、オレ様イスカ様が……


「しかし純白ってのは軍服としてどうなんですかね?」


汚れが目立つし、敵の目も引く。クリスタルウィドウでは任務によって明、中、暗の3色の赤を使い分けてたけど、白だとそうはいくまい。


「目立って敵をビビらせてやるのが主眼だ。隠密行動にも対応出来る仕掛けが施してあるから心配するな。論より証拠、袖を通してみるがいい。」


司令にパンツを見られるぐらい、どうというコトはない。オレは赤の軍服を脱いで、白の軍服に袖を通した。


「襟の内側にソフトスイッチがあるだろう? 押してみろ。」


……ソフトスイッチ、これか。


スイッチを押すと純白の軍服が迷彩柄に変化した!


「わっ!この軍服ってカラーが変化するんだ!」


「その軍服は新開発のカメレオン繊維ファイバーで編まれている。状況に応じて12色のカラーから選択可能だ。お任せ機能を作動させておけば、背景にもっとも近いカラーを選択し、さらにそこから背景に近付ける修正まで行ってくれる優れモノだぞ。非常に高価なのが難点なのだがな。」


「アスラ部隊全員に配布出来ます? これ、スゴい有用な機能ですよ。」


「もう手配したさ。」


さすが同盟最高の億万長者ミリオネア。太っ腹だぜ。


「お金持ちって素晴らしいですね。」


「金ならグリースバッハが出してくれた。私が言うのもなんだが、しこたま貯め込んでやがったよ。まだまだ余裕があるから、何を買おうか物色中なのだ。もちろんカナタ達にも配当を出すぞ、楽しみにしておけ。」


「嬉しいなぁ。稼ぎ方に善悪はあっても、金に善悪はないですからね。」


「全くだな。それから私は准将の任官式の為に明日からリグリットへ行く。他の野暮用もあるからしばらくはここを空ける。私もヒムノンも不在なんだ、面倒は起こすなよ?」


「努力はしてみますが……」


あいにくオレは面倒事に好かれる体質なんだよなぁ。

 

「期待薄だが、努力を結果にしてみせろ。話は以上だ。行ってよし。」


新しい階級章を付けた真新しいコートに着替えたオレは敬礼し、司令室を後にした。




軍法の穴を見つけるワルに、独裁者の上前をはねるワル、そしてそのおこぼれにあずかるワル、か。


アスラ部隊ってワルばっかりだな。


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