休暇編3話 ネコ耳かウサ耳か、それが問題だ



オレは雑貨屋でブックカバーを買い、本に装着する。この本を痛めたくないし、誰かにタイトルを見られたくない。


とって返した図書館の片隅でオレは謎の送り主から贈られた本の読破にかかった。


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本の内容は大変有用なモノだった。書かれた内容は次の戦いまでに戦術化して活かそう。謎の送り主もそれを望んでいる。


この本の隠し場所をどうするべきか。木の葉は森の中に隠す、つまりこの図書館だ。誰も読まない哲学書のコーナーの本とすり替えるのがいいか?……危険だな。シグレさんやイッカクさんなら哲学書だって読みかねない。


……やはりあそこか。その壱と書いてある以上、その弐、その参があるかもしれない。あの隠し場所の収納スペース的に……5冊までなら問題ないが、それ以上となると新たな方策を考える必要があるな。だがそれは後で考えればいいコトだ。


オレはガーデンの外れにある墓地へと向かった。


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ガーデンの墓地にある誰のものでもない墓石、それがオレの秘密の隠し金庫だ。


ロックタウンの石工に頼んで作ってもらった特注品で、中には小型のタブレットがしまってある。タブの中身はこの世界にきてから記している日記だ。部隊への入隊時に書いたオレの遺書には、日記の存在を記してなかった。自分が死んだ後のコトなんてどうでもいいと思っていたからだ。だけどオレの仲間達にはオレの真実を知る権利があると思って遺書は書き直した。……そんな配慮は役に立たないコトを願うぜ。


墓石に手をあてるとゆっくり墓石の横面から棚がスライドしてきた。オレはそこに本を収納する。


さて、ブツは隠し終えたし、納豆菌に働いてもらうとするか。


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自室へ帰る道すがら、オレは本の送り主について考えを巡らせる。


あの本の著者は権藤杉男という男らしい。後書きに名を記していたが、おそらく偽名だろう。だがヒントにもなる。


この世界に藤原道長はいない。つまり藤姓はイズルハでは一般的じゃない。加藤とは加賀の藤原、というように元の世界に藤姓が多いのは藤原氏が力を持っていたからだ。


権藤の姓は送り主が地球人である事を裏付け、偽名にしても彼が日本人である事を示唆していると考えていいのかもしれない……


兵法書の原典を読める語学力、解説に使用した難解な日本語……外国人だとしても相当に長い間、日本にいた事があるはずだ。いや、日本での在住歴が長い外人タレントでも漢字には難儀していた。学者レベルの語学力のある外人の可能性はあるが、日本人だと考えるのが自然だな。著述していた戦術家も日本の武将に偏っていたし。


性別は……名前通り、おそらく男だ。女である可能性もあるが、その可能性は低い。もし、権藤杉男が女だとすればジャンヌ・ダルクの記述があってもいい。……これは根拠としては弱いか。だが関ヶ原の戦いの記述で淀君が秀頼出陣を認めなかったコトを「雌鶏歌えば家滅ぶ」という諺で表現していた点は見逃せない。浅知恵に男女の区別はないが、と前置きは入れていたが、女性であるなら使わなかった諺なんじゃないか? 少なくともオレが女なら使わない。


……権藤杉男は日本人で、かなりの知性と知識を持ち、文章力もある中年以上の男性。性格は自信家ではあるが、他人の心情をおもんばかる気遣いも感じられる。人物像はそんなところか。


そして権藤杉男はオレのおかれた状況をかなり把握している。本が戦術指南書であるというだけでなく、著述の重点が小規模戦術に特化しているあたりは絶対に偶然じゃない。まるでオレが中隊指揮官になるのがわかっていたみたいだ。まだ同盟軍広報誌にも1,1中隊の記事は出てないはず……


明日にでもロックタウンに行って、この本を渡した男のコトを調べてみるか?……無駄だな。これだけの知能を持ったヤツだ、そこらでポカはしないだろう。


ミコト様に心転移の術は違う性別の体にも行使可能か聞いてみる必要はあるな。オレは近いうちに照京へ行く、電話で話せるコトじゃないし、直接聞くのがいいだろう。


権藤杉男は17号の体に宿った日本人、この考えで当たっているはずなんだ。


研究所を壊滅させた誰かがいて、その後に地球から来た人間からの本が届いた。偶然の一致ではあり得ない。


……待てよ? アギトの体に宿ったとすれば、八熾に近しい人間なのかもしれない!


……アホくさ。その条件に該当するのは親父だけじゃないか。あの親父がオレの為に全てをなげうって戦乱の星に来る訳がない。出来の悪い息子の死なんざ気にも止めず、出世レースに励んでいるだろうさ!


!!……そうだ!ミコト様が言っていたじゃないか!爺ちゃんは二十歳になったオレに届くように友人に手紙を預けていたって!


爺ちゃんが大事な手紙を託す友人とは物部の爺ちゃんに違いない!物部の爺ちゃんは義理固い性格、チラシだらけのポストに手紙を放り込んで、はいお終い、なんてコトはしない。手紙がオレの手に渡ったかどうかを確認したはずだ。そしてオレの死を知れば、手紙は持ち帰ったんじゃないか? 全てが記された爺ちゃんからの手紙を!


権藤杉男は物部の爺ちゃんなのだろうか?……なんにせよ物部の爺ちゃんが関わっているのは間違いない。


だからこそ権藤杉男はオレに本を贈ってくれたんだ。


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「カナタ、遅いの!」


帰宅して早々、卓袱台の前に鎮座したナツメに文句を言われる。


「ナツメ、先に食べててくれればいいんだよ。無理に待たなくていい。」


「みんなで食べるの!今夜はお鍋なんだし!」


「さ、鍋を火にかけましょう。隊長はビールですよね?」


コンロに火を点けたシオンは、冷蔵庫から瓶ビールを取り出してくれた。


「少尉、今夜のメニューは磯吉さんからレシピを聞いた胡麻豆乳鍋にしてみたの。豚肉のいいのも貰ったから、お味に乞うご期待よ?」


「リリスの手料理はなんでも旨いけど、今夜は特に期待出来そうだな。」


「私にゴマをすらなくていいの。するのはこの胡麻よ。」


オレは手渡されたすり鉢の胡麻をゴ~リゴリとすってみる。すり立ての胡麻のいい香りが鼻腔をくすぐり、食欲をかき立ててくれる。


煮立ち始めた鍋を前に、大人ビール2つと子供ビール2つで乾杯する。楽しい鍋パーティーの始まりだ。


「リリス、私が奉行やるの!」


「シャラップ!豆板醤から手を離しなさい!ちゃんと柚子胡椒を置いてあるでしょ!辛くしたいならそれを自分の椀にいれる!」


「豆板醤も合いそうだけどな。ナツメ、鍋の準備をしたリリスが奉行だ。今夜は与力で我慢しなさい。」


「……むう。そこの豚肉とお豆腐、御用だ、御用だ!」


十手代わりのお箸を使って具材の下手人をお縄にしていくナツメ。可愛い与力もいたもんだ。


「フクースナ!(美味しい!)胡麻豆乳鍋はお酒にもご飯にも合いますね!」


シオンさん、丼とビールジョッキがもう空ですね。幸せそうでなによりです。


「あ、そうだ。少尉、明日は1,1中隊に取材が入ってるみたいよ?」


「取材ねえ。気が進まないな。拒否権はないのか?」


「そんなものをイスカが認めると思う?」


「やれやれ、仕方ねえな。」


「司令は"今回の取材に限っては、カナタも喜ぶはずだ"と仰っていましたけど……」


シオンはビールからウォッカに切り替えたか。オレも熱燗にするかな。


「おおかた広報担当官が超美乳だとでもいうんだろうがな。」


……あら? 冷たい視線でロックオンされちゃったぞぉ。参ったな。


「……コホン。ま、仕事なんだからせいぜい頑張ろうじゃないの。」


殺し屋の目をしたリリスが人差し指の爪を噛んで、キィーーーと単分子鞭を引っ張り出した。


三味線屋の勇次を彷彿させるその姿は、オレの背中に冷たい汗を流させる。


「……落ち着け、リリス。食事中に物騒なモンを出すな。」


「カナタ、浮気は許さないのにゃ!」


ナツメさんの頭に、……ネ、ネコ耳が生えてるぅ~!


「超ラブリー!どったの、その耳は!」


「変異型戦闘細胞を仕込んだの!」


「ビーチャムみたいに念真髪を使うのか?」


ナツメはふるふると可愛く首を振った。


「ううん、単なるアクセサリー。カナタが好きそうだから。」


はい!大好きです!ネコ耳サイコー!


「ちょっと!ネコ耳キャラは私のキャラでしょ!真似しないでよ!」


対抗してネコ耳を生やしたリリスがナツメに食ってかかる。マズい、このままじゃネコ耳キャラ争奪戦が始まっちまうぞ!


「待て!リリスが元祖、ナツメが本家、それで手を打ちなさい!どっちも似合ってますから!」


「隊長、老舗の煎餅屋じゃないんですから……」


シオンさん、煎餅屋の暖簾争いとは次元が違います!これは人類の明日を左右しかねない問題なんです!


「シオンのも破壊力があるよ?」


「え? ナツメ、シオンもネコ耳を仕込んでるの!シオンさん、超見たいんですけど!」


「……ナツメに誘われて半ば無理矢理。は、恥ずかしいので見せたく…」


「見せて見せて!お願いだから見せて!ちょっとだけでいいから!」


「す、少しだけですよ? すぐに引っ込めますからね?」


「うんうん!」


シオンの金髪が形状変化し、ピョコリと耳が立った。……こ、これは……


「ウ、ウサ耳だとぉ!これが麗しの金髪バニーさんなのか!」


シオンさんは真っ赤な顔で少し俯き加減になり、ウサ耳の片方がペコリとお辞儀する。


なんたる高等テクニック!生きてて、生きてて本当によかったぜ!




口八丁手八丁でシオンさんを説得したオレは、ネコ耳とウサ耳に囲まれた至福の時間を過ごせた。我が人生に悔いなし。素晴らしきかな、人生!!



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