休暇編2話 帰ってきたペンダント



剣のレリーフが刻まれた金のペンダント。これはローゼに返したはずの……


「これを預けたのはローゼ姫だな?」


「ああ。俺と坊ちゃんはこないだの戦役で捕虜になっちまったんだが、解放する条件としてこのペンダントを剣狼に渡して欲しいと託された。」


渡して欲しいってコトならオレにくれるってコトだよな。だったら有難くもらっとくか。


オレはペンダントを受け取り、以前のようにドックタグと勾玉を通して首からかけた。


「確かに受け取った。」


「ローゼ姫からの伝言がある。なかなかの傑作だぞ?」


「その傑作とやらを聞かせてくれ。」


「"今度逢ったら引っぱたく"だとさ。ローゼ姫になにやったんだ、剣狼?」


いろいろだよ。引っぱたかれてもいいから、もう一度逢ってみたい気もするな。


……この戦争が終わったら逢えるだろうか?


「オッケー、お役御免だ、ギデオン軍曹。しかしアンタも妙なヤツだな。律儀に届けにくるとはねえ。」


「受けた恩だけは必ず返す事にしてんだ。チンピラなりのルールさ。」


「そりゃ感心な心掛けだな。メロン中尉とつるんで悪さするのは、ほどほどにしとけよ?」


「坊ちゃんはもうそれどころじゃねえんだ。深刻な問題があってな。」


「メロン中尉がどうかしたのか? オレの狼眼を喰らった後遺症で、障害を負っちまったとか……」


「そうじゃねえから心配すんな。それと坊ちゃんはメロンじゃなくてビロンだ。シモン・ド・ビロン少将閣下の御令息、ロベール・ド・ビロン中尉。坊ちゃんの問題ってのは、その少将閣下に見放されちまった事なんだよ。」


……親父に見捨てられた息子か。戦役でビロン少将は薔薇十字相手に惨敗を喫した。ギデオン軍曹とビロン中尉はその時に捕虜になったんだろう。惨敗の原因が中尉に過ぎない息子にあったはずはない。おそらくスケープゴートか八つ当たりかだ。


「聞かせてくれ。なにがどうマズい?」


「なんでそんな事を聞きたがる? 剣狼には関係のない話だ。テンガロンハウスでの一件なら、もう仕返しは済んだだろう? この上、坊ちゃんの窮状を笑いたいのか?」


「そういうつもりはない。オレに出来るコトがあるなら力になってもいいと思っただけだ。」


「どうしてだ? 剣狼の嫌いなタイプだろう、うちの坊ちゃんは。」


「ああ、嫌いだね。ただオレにそうする理由があるというだけのコトだ。アンタが気にする必要はない。窮地を脱する術があるなら話さなくてもいいが、藁にもすがる状況だってんなら話せよ。これ以上状況は悪化しないだろ?」


ギデオン軍曹は暗い表情で話し始めた。


「あの敗戦の責任は坊ちゃんにはないはずなんだ。いや、将校なんだから全くない事はないんだろうけど、将官の少将の責任のがデカいはずだろう? なのによぉ、なんでだか知らねえが少将は坊ちゃんに敗因があると言い出した。あれだけ可愛がってた坊ちゃんなのに……あんまりじゃねえか!」


「少将はビロン中尉を可愛がってはいたが、自分より可愛い訳じゃなかったって話だ。しかしビロン中尉は家督を継ぐ息子じゃないのか?」


「そのはずだったんだ。けど妾腹の息子が他にもいる。その息子はピエールってんだが、奴は正式にビロン家に迎えられ、坊ちゃんの部隊も奴が引き継いだ。坊ちゃんは"僕はお払い箱という事らしい"と大層嘆かれてな。確かにピエールは勇猛で優秀な兵士らしいが、俺の坊ちゃんだって捨てたもんじゃねえ。ちゃんとした前衛さえいれば有能な指揮官なんだ!あの「鉄拳」バクスウを相手に食い下がったんだぞ!」


「……そうかもな。」


「嘘じゃねえ!ホントの話なんだ!火事場の馬鹿力かもしれねえけど、坊ちゃんがあそこまでやれるだなんて俺だって思っちゃいなかった。前衛の俺らがしっかりしてりゃあ、坊ちゃんはもっと……」


「嘘だなんて言ってない。信じる根拠もある。」


「根拠?」


「テンガロンハウスの一件さ。あの時、オレの本気の狼眼を至近距離で受けたってのに死ななかった。不意討ちだったのにだぞ? かなり念真強度のあるヤツじゃなきゃそうはならない。」


あの時、オレは相当な殺意を持って狼眼を使った。しかもかなりの間、狼眼を浴びてたはずなんだ。実戦経験に乏しいビロン中尉は邪眼への抵抗術も知らなかっただろう。今思えばあの状況は、並のヤツなら即死、並以上でも再起不能になるはず……


だがビロン中尉は後遺症もなく前線に復帰出来てる。施術したヒビキ先生の腕が良かったにせよ、ポテンシャルはあるヤツなんじゃないか?


「剣狼、坊ちゃんはどうなると思う?」


「ビロン家の家督を継ぐのは絶望だろう。ピエール坊ちゃんとやらがぱっと見、筋肉隆々で強そうに見えてるならなおさらな。」


「長身のマッチョガイだ。見栄えだけなら坊ちゃんの完敗だよ。」


「そうか。戦役は終わったからオレはしばらく休暇を取るつもりだ。オレがビロン中尉に会ってみよう。」


「坊ちゃんに会ってどうするんだ?」


「オレがどうこうするって話じゃない。オレはただのなんだ。結局はビロン中尉に懸かってる。名家の負け犬として飼われるもよし、牙を剥いた野良犬として生き抜くもよし。彼次第だ。」


「バカにもわかるように言ってくれ。自慢じゃねえが俺には学も教養もねえんだ。負け犬と野良犬のどっちかしか坊ちゃんは選べねえってのかよ!」


「わかりやすく言えば、アンタと同じ気持ちなんだ。ビロン中尉はこのままじゃいけない、オレもそう思ってるのさ。」


「よくわからんが、なんとなくわかった。剣狼を信じよう。信じる根拠もある。」


「根拠?」


さっきのやりとりが裏返ったな。だがギデオン軍曹の根拠ってのがホントにわからん。


「なんせ剣狼は帝国の姫君直々に"今度逢ったら引っぱたく"と言わしめた大物だ。小物は大物の言うように動くべきだろう。来る時には連絡をくれ、俺が坊ちゃんに引き合わせる。」


まったく妙な男だよ。このギデオン軍曹ってヤツはさ。


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ケッタイな再会を終えたオレは、いつものようにトレーニングをこなし、図書館で戦術記録を見ながら1,1中隊用の戦術プランを考案する。


この新戦術はショットガンと命名しよう。タレントが揃ってる強みを活かした散開戦術だ。


クォーターバックはシオン、ランニングバックはナツメかな?


人殺しの戦術を楽しんで考案してるあたり、オレも立派な戦争中毒だよな。


そんな自分に自己嫌悪を抱くコトもなく、オレはマイルームへと帰ってきた。


卓袱台の上にビニールシートにくるまれた本が置いてある。


……ロックタウンにオレが置き忘れた本だと同封のメモに書いてあるが……オレの本じゃない。


罠か? いや、罠かもしれないが爆発物とかじゃない。ガーデンのセキュリティは万全だ。


読んでみるか? 墓穴を掘らずんば墓地を得ずって諺もあるしな。


「ば~か、墓穴を掘ってどうすんだよ。オレもアホだな……」


独り言を呟きながらビニールシートをめくり、メモを外すと本のタイトルが目に飛び込んできた。


「明日の為の兵法書 その壱」ときたか。著者は丹下段平か?


著者は……東郷平八郎だと!世界三大提督の一人、アドミラル・トーゴーはこの世界には存在してない!


ま、まさかこの本は……


震える手で本を開いて前書きを読む。


「同じ世界から来た同胞として、この書が君の役に立つ事を願う。この書には私の知る戦術家達が実際に使用した白兵戦術を網羅しておいた。この世界の戦争において有用と思われる戦術を系統立てて………」


オレは本をパラパラ開けて内容を飛ばし読みする。


武田信玄、毛利元就、新選組からカール12世まで著述してある。間違いない!これを書いた人はオレと同じ地球人なんだ!


オレの緩い涙腺が決壊して、涙がポロポロこぼれた。誰かはわからないけど、この惑星テラにオレ以外にも地球人がいる!


この本の存在をガーデンの人間に知られてはならない。図書館に戻ってじっくり読もう。


本棚を見れば、その人間がわかるという。これは至言だ。確かに本棚の本には、その人間の嗜好や性格、そのあらましが浮かび出ている。




……ならばこの本の中には、正体不明の差出人の手掛かりもきっとあるはずだ。



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