第十四章 休暇編 ひとときの休息、騒がしき日常

休暇編1話 準適合者、剣狼



「ねえカナタ。卵かけご飯を考えた人って天才だと思わない?」


「ナツメもそう思うか? 覇国の生んだ二番目の天才だと思うね。」


丼飯に盛大に卵をかけながらシオンが聞いてくる。


「隊長、一番は誰なんですか?」


「ナマコを食ってみようと考えたヤツさ。」


「少尉、それはカテゴリー「天才」じゃなくて「変人」に分類すべきじゃない?」


肉球柄の可愛いお茶碗で卵かけご飯を食するリリスの意見には一理ある。


「確かに。あの風体の生き物を食おうってんだから天才というより変人だよな。しかも生でだぜ?」


「生で食うナマコ。……ふふっ、傑作。」


ナツメがジョニーさんの物真似を披露したが、シオンがバッサリと斬り捨てる。


「ナツメ、あまり似てないわよ?」


「ジョニーみたいに真面目に不真面目をやるのは難しいの……」


真面目に不真面目をやるって矛盾してねえか? 確かにジョニーさんはそんな感じだけどさ。


「卓袱台を囲んで朝食を食べていると、ガーデンに帰ってきたんだと実感出来ますね、隊長。」


「そうだな。」


卓袱台を囲んで食べる朝飯で帰還を実感するってのも妙な話だけどさ。


「ご馳走様。オレはメディカルチェックがあるから出掛けるよ。シオンとリリスは報告書の作成よろ。」


「はい、隊長。」 「任せて、ハニー。」


「私は?」


「ナツメには重要な任務がある。」


「なになに!重要な任務って!」


期待に溢れるキラキラお目々、だがその期待はへし折ってやろう。


「二人の邪魔はするな、以上。」


「ぶー!カナタの意地悪!」


オレもだけどナツメさんも書類の相手は苦手でしょ。足手まといに出来る最良の方策は「邪魔をしない事」なの!


──────────────────────────────────────


「ま、こんなところでしょうね。」


パソコンのモニターを覗き込んだヒビキ先生は平静そのものだった。


「大して変わってませんでしたか?」


「戦闘細胞適合率92%、念真強度130万nよ。おめでとう、準適合者のカナタ君。部隊長を除けば、適合率も念真強度もラセン副長に次ぐ単独二位に浮上ね。」


……マジっすか。


「また爆上がりしてんじゃないですか!」


「ええそうよ!だからなに!私だって毎回毎回ビックリしてられないの!毎年毎年"今年は異常気象です"なんて言われてるとね、じゃあ何時が正常だったのよって言いたくならない?」


……それは確かに。


オレが頷くとキレ気味のヒビキ先生はさらにまくし立てる。


「だからカナタ君に関してはもう異常が正常だと思う事にしたのよ!この成長チート!医者殺し!能力デパートメント!」


ヒデえ言われようだよ。オレは生き残る為に戦っただけだってのに。……最後の台詞はなんなんだ?


「能力デパートメント?」


「カナタ君の新たな希少能力が判明したの!劣化超再生、とでもいうべき能力ね。」


「劣化超再生? 超再生の劣化版ですか?」


「そうよ。超再生ほどの速度はないけれど、並みの兵士よりは遥かに回復が早いわ。だから劣化超再生。ただ気になる点はある。」


「気になる点?」


「キッドナップ作戦の時には、この能力を持ってなかったと推定されるの。適合率の上昇によって会得、もしくは封印が解除される希少能力がある、という推論のもと、論文を書いてるから協力してね♪」


「モルモットにする気満々じゃないですか!」


「論文が完成したらおっぱいを触らせてあげるわよ?」


「……ヒビキ先生の、ですよね? そこの人体模型のおっぱいとかじゃなく?」


「…………」


その顔は図星だな!マリカさんには引っ掛けられたが、同じ手は食わない。聖闘士に同じ手は二度通用しないのだ。オレが白銀聖闘士的存在だとしてもな。


……白銀聖闘士って不遇だよな。位は青銅聖闘士より上のはずなのに、咬ませ犬臭がハンパない。似たような存在に男塾二号生ってのもいる。まさに不遇の双璧だな。でもミスティや赤石みたいに不遇の組織にだって光る人物はいる。同盟軍高官にだってシノノメ中将やヒンクリー少将がいたんだからな。


「……仕方がないわね、推論を立証出来たら、私のおっぱいを触らせてあげる。優しくしてよ?」


「ベルベットを触るように優しくタッチしますよ。ところでビーチャムの成長振りはどうでした?」


「彼女は成長チート2号ね!今回の戦役で一番適合率が伸びたのはビーチャムよ。類が友を呼んだ、という事かしら?」


ま~たテンションが上がっちゃったぞ。ビーチャムもヒビキ理論を破壊したみたいだが……


「あの~ヒビキ先生、適合率に親でも殺されたんですか?」


「殺されたのは我が子よ!二人揃って今までの成長分析研究をぶっ壊して楽しい? きっと楽しいんでしょうね。長年、蓄積してきた私の研究データをひっくり返すのは!……私はね、兵士の戦闘細胞適合率の成長曲線を推定する事に関しては同盟一の権威だったのよ? それがカナタ君達のお陰で今や、権威(笑)なのよ!」


「誰もそんな事言ってませんよ。被害妄想が激しすぎませんか?」


「全ての兵士はすべからく私の算出した成長曲線に従って成長すべきよ!例外なんて欲しくない!」


……ヒビキ先生がシジマ博士の従兄弟なんだって理解しました。人間性のタガがはまってるか、外れてるかの違いはあってもね。あ、そういやシジマ博士が鉄格子のついたホテルにいるのをヒビキ先生は知ってるのかね?


「ヒビキ先生、聞いてます? シジマ博士のコトなん……」


「イスカから聞いたわ。完全におかしくなったらしいわね。それがどうかした?」


うわ~、一欠片ひとかけらの同情もないですよ。オレもだけど。むしろいい気味。


「隊長殿!おられますか!ビーチャムであります!」


噂をすれば影、か。話題のビーチャムさん参上ですな。


「ああ、いるよ。なにかあったのか?」


医務室に入ってきたビーチャムは敬礼してから報告してくれる。


「隊長殿を訪ねてこられた方がいます。」


「オレを訪ねてきた? 誰だ、いったい?」


「ギデオン軍曹とか名乗る悪人顔の中年であります。たぶん、悪人であります。」


「ビーチャム、顔で他人様を悪人呼ばわりすんな。ウォッカはどうなる?」


「ウォッカさんは鬼瓦みたいな顔ですが悪人顔ではありません。胸毛が素敵なナイスガイであります。あの胸毛なら念真髪の搭載さえ可能ではないでしょうか?」


……ビーチャムもガーデンの水に染まってきたようだな。


「胸毛の件はさておき、客がきたのはわかった。案内してくれ。」


「了解であります!それではヒビキ先生、失礼します。……フフッ。」


「その笑いはなに!なにが可笑しいのよ!」


「いえいえ、入隊時にヒビキ先生からもらった成長予想図ってアテにならないなぁと思っただけであります。」


勝ち誇った顔のビーチャムにヒビキ先生のテンションがまた跳ね上がる。


「ビーチャム!顔のそばかすが消えてから大口を叩きなさい!」


「いい洗顔クリームを研究してください。血税の有効利用になるかと思います。あたらない成長予想図なん…」


オレはビーチャムをかっ攫って医務室から逃げ出した。戦役が終わったばっかりだってのに、ガーデンで局地戦が始まりそうだからやむを得ない。


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「あのなぁ、ビーチャム。ヒビキ先生をおちょくるのはよせ。怪我した時にちゃんと診てもらえなくなるぞ?」


「ヒビキ先生はそんな方ではありません。日頃はどうあれ、怪我人には真摯な治療を行ってくださいます。」


「だからといって、甘えるのはよくない。」


「ヒビキ先生が白衣の時にはノーブラなのをバラした隊長殿に言われたくありません。」


「それはおっぱい革新党幹事長としての責務だ。しかしなんで仕事中はノーブラなんだろうな?」


「手術中にブラが外れた事があるらしいのです。それであやうく手術に失敗しかけたんだとか。」


「スポーツブラにすりゃいいじゃん!」


「自分みたいにですか?」


「え!? ビーチャムさんはスポーツブラしてんの?」


ナツメもスポーツブラを愛用してるけど、ビーチャムもそうなのか……貧乳の嗜みってヤツなのかねえ。


「秘密ですよ? その驚いた顔、自分がスポーツブラ愛好家なのが意外だったみたいですね。もっと可愛らしいブラを付けていると思っていましたか?」


「いやいや。ビーチャムにもブラが必要だったんだな~って思…痛え!」


思いっきり軍靴の踵で足を踏んづけやがった!


「ギデオン軍曹は中でお待ちです、ごゆっくり!」


プンスカしながらビーチャムは大股で立ち去っていった。


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待合室の中で待っていた悪人顔のギデオン軍曹とやらは気まずそうに声をかけてきた。


「……久しぶりだな、剣狼。」


オレは席に座ってから重々しく答える。


「ああ。ところで……アンタ誰?」


悪人顔は綺麗に椅子から転げ落ちた。なかなかのリアクションだ。仰向けになってジタバタしてんのも堂に入ってる。しかも糸で引っ張られた人形みたいに立ち上がりやがった。


……芸人レベルが高い。デキるな、こやつは。


「忘れたのかよ!ロックタウンのテンガロンハウスで会っただろーが!」


……テンガロンハウス?……あ、思い出した!


「あの時のガイア(仮)か!いや、オルテガ(仮)だったっけ?」


マッシュ(仮)じゃないのは確かなんだが……


「訳がわかんねえ事言ってんなよ!真面目に話しかけてる俺がアホみてえだろ!」


「スマンスマン。どうも雑魚顔とか悪人顔はどれも一緒に見えちまってな。アンタだって金魚鉢の出目金デメキンの顔はどれも一緒に見えるだろ?」


「見えねえよ!金魚の世界はあれはあれで奥深えもんなんだ!俺なんかとは違ってな!……あれ?」


コイツはアホだな。うん、アホだ。大事なコトだから二度言いました。


「んで、雑音軍曹はオレになんの用だ?」


「ギデオン軍曹だ!確かに俺は五月蝿いかもしれんが!」


ノリのいい悪人顔だな。もういっちょヒネってみるか。


「あ、部屋の空調が効きすぎてるよな? すぐに調整するから…」


「室温でもねえ!ギ・デ・オ・ン・だ!いいか!ギターのギ!デブのデ!オッパイのオ!……ンから始まる単語なんかねえじゃねえか!どうしてくれんだ、コラァ!」


「お、おう。それで用件はなんだ?」


「ハァハァ、なんで用件を切り出す前にこんなに疲れてるんだ……」


乗せたオレも悪いが、乗ったアンタも悪いと思うぞ?


「これをあるお方から預かったんだ。剣狼に渡してくれってな。」




ギデオン軍曹から渡されたのは、見覚えのある金のペンダントだった。



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