激闘編37話 勝利の後は即、宴会



「ひゃっほう!勝った勝ったぜ!また勝っちゃったんだぜ、俺達は!!」


ビールジョッキを片手に猛るゴロツキ達。


グラドサル地方の各都市での占領作業も終わり、配属されてきた部隊への引き継ぎも済んだ。後の仕事は祝杯を上げるだけだ。


という訳で、グラドサルの兵員宿舎に併設された大食堂では、グラドサル方面派遣軍の祝勝会が催されていた。ここにいるのは師団幹部とアスラ部隊の幹部だけだが、祝勝会自体は兵舎全体で行われている。師団全員でドンチャン騒ぎをしても治安は問題ないってコトの証左でもあるな。


テーブルに並ぶ色とりどりの豪華な料理、これが同志磯吉の調理だったら、もっとよかったんだけど。


「皆、よくやってくれた!「吹雪の老人ジェド・マロース」が戦死し、ザラゾフ師団は敗北したが、シュガーポットを陥落させ、グラドサル地方を丸々切り取る事に成功した。この戦役は6:4、いや、7:3で同盟軍の勝利だと言える。」


司令の宣言に、バクラさんが同調する。


「おう!けどよイスカ、俺らだけなら10:0だろ?」


「そう、そこが重要なのだ。我々だけが完勝したという事実がな。そしてめでたい報告はまだある!ヒンクリー准将が少将に、オプケクル大佐が准将に昇進する事が内定した。」


総指揮官であるシノノメ中将の昇進はないのか。……たぶん大将への昇進を辞退する代わりに、アスラ閥の中堅どころを昇進させる事で手を打ったんだろう。


「叔父上、いや、中将からのご挨拶がある。皆、行儀よく拝聴しろ!」


主賓席の中央に座っているシノノメ中将は苦笑いした。シノノメ中将が昇進を望まないのは司令が上に立つ日を見据えての事でもあるんだろうな。大将に昇進してしまうと追い抜く為には司令が元帥になるしかない。


立ち上がったシノノメ中将は、いつものように穏やかな口調でゴロツキ達に語りかけた。


「偉大なる「軍神」アスラの名を冠する精鋭達、そしてグラドサル方面派遣軍に属する全ての将兵達よ、この度はよく戦ってくれた。私は諸君らを誇りに思う。これからもイスカの為に戦って欲しい。これは同盟軍中将としての命令ではなく、御堂アスラから愛娘を託された一人の男としての頼みだ。」


シノノメ中将ってホントに謙虚な御仁だよなぁ。オレ達みたいなゴロツキでさえ、背筋を伸ばして拝聴したくなるこの説得力よ。


「軍神アスラは私の師であり、兄であり、友であった。その志に惹かれ、私は彼に付き従い、戦った。夢の途中で帰らぬ人となった御堂アスラの志は、イスカに受け継がれている。友の夢見た世界の実現の為に、私達は戦おう。相手がどんな敵であろうともだ!」


どんな敵であろうとも、か。そう、敵は機構軍だけじゃない。同盟軍にも敵がいる。


「今回の戦果によってヒンクリー准将は少将に、オプケクル大佐は准将に昇進する。……そしてイスカもまた、准将へ昇進する事になった!」


マジで!? 司令がとうとう将官になるのか!いよいよ天下取りに動くんだな!……なるほど、シノノメ中将が昇進が見合わせる訳だ。一人の大将より二人の将官、名より実を取ったってコトか。


「中将、アスラ部隊の司令の椅子はどうなるんだい?」


マリカさんの質問は、皆が聞きたかったコトだ。オレらにとっちゃ一番大事なコトだからな。


「私が兼任する。マリカ、おまえが座るというなら椅子を譲ってもいいが?」


よかった、司令は司令のままらしい。マリカさんが司令ってのも悪くはないけど。


「御免だね。こんなゴロツキどもの頭なんかやれるか。」


ですよね~。うちじゃシグレさんぐらいだもん、真っ当な軍人は。


「00番隊の大隊長も兼任し、アスラ部隊の指揮は引き続き私が執る。今まで通り、荒稼ぎ出来る地獄を用意してやるから安心しろ。さあ、皆で乾杯しよう!我らの栄光に!」


今までとなにも変わらず、か。一安心だぜ。将官になった司令がガーデンを空けるコトは多くなるだろうが、司令抜きで戦えない雑魚はガーデンにはいないから問題ない。


乾杯を済ませた後に始まるのは無礼講。……いつも無礼なオレ達ではあるが。


「カナタ君、クランド中佐は昇進しなかったみたいだねえ。」


「アスラ閥から二人も将官が出てますから配慮したんじゃないですか。しかしヒムノン室長、わざわざガーデンから祝杯を上げに来ちゃっていいんです?」


オレの左隣に座っているのはガーデンマフィアの弁護人、ヒムノン室長である。右隣は言うまでもなくちびっ子参謀だ。


「祝杯だけを上げに来る訳がないじゃないかね。シノノメ中将がグラドサル総督に就任するにあたって、"執政官として新総督を補佐せよ"と辞令が出たのだよ。……グラドサルが落ち着くまではガーデンに帰れないな。」


なるほど。シノノメ中将は昇進の代わりにグラドサル総督の椅子を貰ったんだな。まさに実を取った訳だ。……そして奪取したシュガーポットの要塞司令にはヒンクリー少将が着任するに違いない。ヒンクリー、シノノメのホットラインは強力だ。この布陣は司令の差し金だろう。さすがだな、やるコトにソツがないぜ。


「ヒムヒムも使い倒されてるわねえ。……ん? でも大都市グラドサルの執政官なら栄転も栄転じゃない。念願が叶ったというべきで、ガーデンと縁切りした方がいいんじゃないの?」


リリスの言う通りだな。軍政の執政官なら軍官僚としては、ほぼ最高位だ。


「少し前までの私なら、なんとしてでも執政官を続けたいと思ったのだろうが、どうもカナタ君達に毒されてしまったらしくてね。区切りがついたら政務を後任に引き継いで、私はガーデンへ帰っていい。そういう約束を司令と交わしてるのだよ。」


そりゃ物好きなコトで。ヒムノン室長もえらく人が変わったもんだ。


「ヒムヒムの貧相な顔は見飽きてきたんだけどなぁ。」


「生憎まだまだ見続ける事になるよ、リリス君。」


「……元気そうだな、ペーパーナイフ。」


ヒムノン室長のテーブルの前には、いつの間にか分厚い体が立っていた。


「ヒンクリー准将!……いえ、少将でしたね。壮健そうでなによりです。」


「お互いな。どうも俺は道具の扱い方を間違っていたらしい。」


「いえ、ペーパーナイフがサバイバルナイフの真似をしようとして、勝手に刃毀はこぼれしたに過ぎません。」


「……色々あったが、俺達は同じ船に乗ったようだ。これからは……」


「はい、互いに協力し、共に歩みましょう。」


鍛えられた武骨な指と、細く繊細な指、対照的な手を持つ二人だけど、しっかりと握手してくれた。一件落着だ。


「手打ちも済んだコトですし、一緒に飲みましょう。……今日はいい日だ。」


オレがそう言うと、世話焼きの権化であるシオンが手際よくグラスを並べ、シャンパンを抜く。


「待ちなさいよ、デカパイ!オッサン二人はどうでもいいけど、少尉のグラスに注ぐのは私よ!」


「リリス、胸は関係ないでしょう!」


「少尉は"私の酌で飲むお酒が一番旨い"って言ってるの!だから注ぐのは私!」


怖い目で睨まないで、シオンさん!そこのオッサン二人、悪い顔でニヤニヤしながら眺めてないでフォローしようよ!


「おやおや~、カナタ君はどうしたいのかね?」 「剣狼~、大ピンチだなぁ?」


心底楽しそうだな、アンタら!……え~と、どうしよう?


「……リリスの酌でシオンと飲む酒が一番旨い。だからリリスが注いた酒をシオンと飲む。」


どうだ!これなら問題あるまい。


……ハッ!背中にあたったこの貧乳の感触は!


「……私は? いらないコ?」


さりげなく首に回された腕。返答を誤れば首が絞まるな、これは……


「ま~だピンチは終わってないようだぞ、剣狼~。」 「ナツメ君はどうするのかね? カナタ君は悪い男だねえ。」


だからアンタらなんでそんなに楽しそうなんだよ!ちょい悪親父ならぬ、めちゃ悪親父どもが!


「……え~と、リリスの酌でシオンと飲む酒が一番旨い。そんで二十歳になったナツメと一緒に飲むのが一番楽しみ!これで問題ないでしょう!」


「……剣狼は口先の魔術師だな。」 「……カナタ君がなにかやらかしても私の弁護は必要ないかな?」


うっさい!修羅場を乗り切る為ならナンボでも詭弁ぐらい弄しちゃるわ!


「……アタイはどういう扱いなんだい? カナタ、まさかアタイを二番に回したりしないよねえ?」


……マ、マリカさん。なんでこんな時に来るんですか!


「……カナタが師弟の交わりをどう考えているのか、知りたいものだな。」


……シグレさんまで……どないせえっちゅうんだよ!どないもこないもなるワキャねえじゃん!




巨人に囲まれた調査兵団の気分がよく分かりました。こんなん無理っすわ!


──────────────────────────────────────


強者どもが夢のあと。宴会場には酔い潰れたゴロツキどもの水死体ならぬ、酔肢体が転がっている。


酒は飲んでも飲まれるな、なんて教訓はここには存在してないらしい。


この戦場を生き残ったのはウワバミの中のウワバミどもである。さほどウワバミではないオレが生き残ってるのは要領の良さなんだが。度数の弱い酒のみをチョイスするという小賢しさで、今だ健在だったりするんですね、これが。


本来、良心回路になるべきシノノメ中将が、司令の奸計によって真っ先に酔い潰れてしまったのだから、こうなるだろうと思っていた。


司令ときたら"叔父上、私の注いだ酒が飲めないと仰るのか!"と恫喝して、中将に無理矢理、酒を飲ませまくったのだ。


……普通は逆なんじゃねえかな? 歳も階級も上のオッサンが若い姉ちゃんに無理矢理飲ませるもんだろう。もちろん、そんな現場に居合わせたら問答無用で殴るけど。パワハラにはパワーで応えるのがアスラ部隊の流儀だからな。


ウワバミーズの一角であるシオンが、オレのグラスにクレイジーターキーを注いでくれた。文句を言うはずのリリスはこっそり飲んだ酒でもう酔い潰れている。


「……クレイジーターキーか。」


「嫌いでしたか?」


「いや、キャンベル曹長が好きな酒だったな、と思ってね……」


「私はあまり面識がありませんでしたが、隊長はよく知ってる方ですものね……」


……ああ、よく知ってるさ。隊は違ってたけど、シオン達が引っ越してくるまでお隣さんだったからね。


兵舎棟に越してきたばかりのオレに色々親切にしてくれたよな……


アスラ部隊は完勝したと言っても戦死者がゼロだった訳じゃない。キャンベル曹長はもういないんだ。


曹長はシュガーポット制圧戦で異名兵士を相手に戦い、戦死してしまった。仇はアビー姉さんが取ってくれたから、憎む相手もいない。


「キャンベル曹長ってどんな人だったんですか?」


「キーナム中尉の部下で、細マッチョだけど神経は太い。ガーデンの外れで草笛を吹きながらクレイジーターキーを飲むのが日課だった。歌は下手だったけど草笛はホントに上手だったよ……」


あの格好いい音色を奏でる草笛……いつか教わろうと思ってたんだけどな。


笹の葉寿司に付いてた笹を使って草笛を吹いてみたけど、うまく鳴らない。そんな簡単なもんじゃないのはわかってるけど、葬送曲代わりに鳴らしてあげたかった。


「ヘッタクソだねえ。カナタ、草笛はこうやんだよ。」


オレの拙い草笛を聞いていたアビー姉さんが笹の葉を咥えて、器用に草笛を吹いてみせてくれた。


「……上手ですね。」


「キャンベルに教えてやったのはアタシだからね。……いい奴だった。」


アビー姉さんの奏でる草笛をキャンベル曹長は草葉の陰で聞いているだろうか?


「少し夜風にあたってきます。」


大食堂を出たオレは綺麗な星空を眺めながら安堵する。このままマウタウへ向かって進撃するなんて事態になんなくてよかった。マウタウには薔薇十字が、ローゼがいる。




今回もなんとか生き残ったな。明日にはガーデンへ帰投を開始する。……帰れるんだ、オレ達のガーデンへ!



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