激闘編36話 整地作業



ザラゾフ自らが率いる第1師団の猛攻を薔薇十字が撃退した事によって形成は大きく動いた。


ゴッドハルト元帥は総攻撃を命じ反攻に打って出たが、負傷をおして指揮を執るザラゾフ元帥も粘り強く抗戦する。


バーバチカグラードの会戦の雌雄を決したのは一つの命令、すなわち右翼に展開する師団の指揮権が最後の兵団へ委譲された事であった。


指揮権を委譲された「煉獄」のセツナは、瞬く間に陣容を再編し、粘る同盟軍を切り崩しにかかった。


兵団の攻勢で起点を確保し、攻勢点を構築すると、波状攻撃を繰り返して同盟軍を疲弊させる。


疲弊した同盟軍に対するフィニッシャーも、やはり最後の兵団であった。


「ロウゲツ大佐の戦術指揮は卓抜していますね。そして最後の兵団はチャンスメーカーでありフィニッシャーでもある。やはり彼らが機構軍最強の精鋭です。」


薔薇十字軍旗艦パラス・アテナの艦内で戦況を見守るローゼ姫の感想に、死神は辛辣な口調で応じた。


「最初から右翼師団をセツナに任せていれば、ザラゾフに中央突破されずに済んでいた。」


「はい。父はザラゾフ元帥を私達に撃退させてから、勝利したかったのですね。ロウゲツ大佐にさせない為に……」


「そういう事さ。ザラゾフ元帥を撃退したのは自分の娘が指揮する薔薇十字、これなら軍広報の一面を飾るのはセツナでなくともいい訳だ。戦術家ではなく政治家の発想だな。」


「……そんな政治的思惑で、死ななくてもいい戦死者が出た。父のやり方を手本にはしません。私達は違う道をゆきましょう。少佐、お疲れ様でした。」


ローゼ姫の労いの言葉を賜った死神は、自らの船、信天翁アルバトロスへと帰還していった。


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バーバチカグラードで勝利した機構軍ではあったが、ザラゾフ師団を無力化させた訳ではなかった。


最後の兵団を軸に据えた追撃部隊によって、少なからぬ被害を出しながらも、軍団としてのていは保ったまま撤退に成功する。


撤退したザラゾフ元帥は予備兵力として後方に展開していた兎我、カプラン師団と協力し、防衛ラインを形成にかかった。


その動きを見たゴッドハルト元帥は、ロウゲツ大佐に指揮権を預けた3つの師団に、後方から合流した2万の予備兵力を合わせた計5万の軍団を編成、同盟軍の再侵攻への備えとした。


そして自らは5万の軍勢を率い、グラドサル方面に向かって転進する。


ゴッドハルト師団の動向は同盟軍に察知され、フォート・ミラー要塞から出撃していたシノノメ師団は要塞へと引き返し、同盟軍の侵攻は停止した。


フォート・ミラー要塞から最も近い巨大都市マウタウに到着したゴッドハルト元帥は、都市防衛の強化を薔薇十字に命じ、自らは第一師団を率いてリリージェンへと帰投していった。


戦役は膠着状態に陥ったのである。


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「クリフォード、同盟軍に動きはありますか?」


「いえ、ヒンクリー師団をフォート・ミラーに残し、シノノメ師団はグラドサル方面各都市の治安回復と再建にかかったようですな。整地が始まったようです。」


整地?


「囲碁の整地のようなものですか?」


「まったく同じです。勝負が済んだ後に、勝った地点、負けた地点を整理し、陣地を確定させる。囲碁の盤面が戦地に変わっただけですな。」


という事は、この戦役は終わった、と言っていいのかな?


「申し合わせたように停戦したのはそういう事ですか……」


「はい。同盟は切り取った陣地を確定させたいと考え、我々は態勢を整え直したいと考えている。双方の思惑が一致しております。陣取りゲームは小休止、という事になりますな。」


そして態勢を整えた機構軍は奪われた領土を奪回にかかり、同盟軍は迎撃する。もしくは再度の侵攻をかけてくる同盟軍を機構軍が迎え撃つ事になるのかもしれない。


こんな事の繰り返しでは、戦争が泥沼化するばかりだ。いつまでたっても終わるはずもない。


現状を打開する方策は後で考える事にしよう。今は目の前の状況に対処せねばならない。


「クリフォード、新たにマウタウの防衛計画を策定します。フォート・ミラー要塞が陥落した以上、この街が最前線に立つ事になる。都市総督にアポを取ってください。」


「都市総督と防衛計画について協議するのですな。了解しました。」


「協議などしません。こちらの要求を一点のみ、了承してもらうだけです。」


「どんな要求ですかな?」


「防衛計画は全てこちらで策定するので黙って従いなさい、です。」


「ほう? それはなかなかローゼ様らしからぬ剛腕ですな……」


「先行してもらった亡霊戦団に、この街の防衛部隊やその指揮系統を調べてもらったのです。レポートの結論は"当事者能力なし"でした。良い銘柄のワインに酸化したワインを混ぜれば、粗悪品が出来上がります。そんな愚は犯せませんから、防衛計画は我々だけで策定します。少佐に防衛計画の基本コンセプトを策定してもらって、肉付けを皆でやりましょう。」


「少佐にですか?」


ギンが不思議そうに質問してくる。そっか、少佐が技術者上がりなのを知ってるのはボクだけだった。


「八岐大蛇を製作したのはドウメキ博士ですが、発案したのは少佐です。少佐は兵器工学に秀でた軍人でもあるの。」


「ええっ!」 「なんと!」


うんうん、ビックリするよね。怠惰~な感じの少佐のやる気のなさそうな立ち振る舞いを見てると、すごいギャップがあるもん。


「ものぐさな少佐ですから肉付け作業まではやってくれないでしょう。でもレシピがあれば料理は作れます。みんなで頑張ろうね!」


「キキッ!(頑張るの!)」


ボクは指揮シートから立ち上がって、窓に近付いた。ガラス越しに眺める夜空には星々が煌めき、月の周りを彩っている。


「綺麗な星空……明日はきっといい天気だね。」


「左様ですな。」 「きっと晴れるでしょう。」 「キキッ!(晴れなの!)」


カナタはまだグラドサル地方にいるのだろうか?……きっといる。ボクにはわかる。




……今、ボクとカナタは同じ夜空を眺めているんだ……


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アルバトロスの艦長室では煙草を咥えたトーマがノートパソコンを前に作業中だった。


「キカ、この数式を解いてくれ。」


プリントアウトした数式をキカに手渡すトーマ。プログラムにない複雑な数式を解くのはキカの仕事である。


「うん!……こうなるよ!」


「……やっぱダメかよ。マグナムスチールじゃ強度が足りん、と。となると高精製マグナムスチールを使うしかないが、そうなるとコストが問題だよなぁ。」


「私達が負担する訳じゃなし、コストは度外視でいいんじゃない?」


別机で作業を手伝っていたコヨリが無責任な意見を言い、トーマは閉口する。すぐに開かれた口から出たのはコヨリへの苦言だった。


「そのコストを負担する事になるマウタウ市民の生活はどうでもいいのか?」


「……ごめんなさい。トーマの言う通りね。コストが跳ね上がれば総督達は増税に踏み切るに決まってるわ。」


「機構軍から支給される臨時防衛予算の範囲内で収めなきゃそうなるんだ。……架台の強度が不足してんなら上物の軽量化を図るしかねえな。上物の設計をやり直すぞ。」


「ねえトーマ、父をマウタウに呼んだ方がいいんじゃない?」


「ダメだ。この街はいつ最前線になってもおかしくない。博士を呼ぶのは危険すぎる。」


「そうね。じゃあ研究所へ上物のデータを送ってアドバイスを聞きましょう。送るデータをまとめるわね。」


「軽量化の方法は博士に頼ろう。博士の意見を聞くまでは、他の検討課題に対処するか。地雷原の構築と索敵範囲の拡大計画だが、優先すべきは索敵範囲だな。こっちからかかるぞ。」


「その前にお茶にしなよ。濃い珈琲を淹れてきたぜ。」


ハムスター柄のエプロンを身に付けたミザルが、執務机にコーヒーカップを並べ始めた。


あんちゃん!チョコクッキー!チョコクッキーも!」


せがむ妹に兄は手作りクッキーの盛られた皿を差し出した。様々な動物型のクッキーを見たキカは目を輝かせる。


「……キカの今日の気分は……イチゴ牛乳ではなくミルクセーキと見た!」


「むう!見抜かれちゃったのだぁ!できるな、おぬし!」


「あたぼうよ。何年おめえの兄貴をやってると思ってんだ?」


ミルクセーキのカップをキカの前に置いたミザルは、仏頂面で画面を見つめるトーマを気の毒げに見守る。


「おひいさんも人使いが荒いな、少佐。なにが適当にダラケさせるだ、思いっきり使い倒されてんじゃねえか。」


「いい事じゃない。今までダラケすぎてたのよ、トーマは。」


この戦役で死神が異名兵士達の頂点部の住人である事は認知された。薔薇十字に参戦した「死神」トーマは、一戦闘における最多殺傷記録を塗り替え、「災害」ザラゾフを退けたのだから。


コヨリとミザルにとっては喜ばしい事である。トーマにとっては不本意極まりない事なのだが……


「そういや少佐、赤衛門はどうしたんだ? 戦役の間、姿を見せなかったけどよ。」


「ああ、俺が別件の仕事を頼んだんだ。ミザには話しておくべきだったな。」


「かまやしねえよ。土雷衆は少佐が好きに使えばいいのさ。」


「みゅ? そのサジリんが戻ってきたよ!」


足音と心音、息遣いで人間を判別出来るキカの耳は、艦長室にやってくる猿尻赤衛門の存在を察知したらしい。


艦長室のドアを開けた赤衛門にキカはおいでおいでしながら、チョコクッキーを頬張る。


「帰投しました、少佐。」


敬礼した赤衛門の顔には、やや緊張が見られた。


「ご苦労だった。ま、座って茶でも飲みなよ。」


トーマはそう言って変わり身の達人を労ったが、赤衛門は席には座らず、上官の傍まで歩いて耳打ちする。


「少佐、兵団レギオンの狙いが分かりました。彼らは**を狙っています。」


「なんだと!」


低い声とゾワッとした空気に、一同はトーマの顔を見つめる。


死に鯖の目に光が戻り、トーマは死神の顔になった。


「ここが落ち着き次第、俺はしばらく留守にする。コヨリ、後は任せたぞ。」


「俺もいくぜ、少佐。」 「キカも!」


「ミザ、キカ、これは俺の個人的な問題だ。」


「ンなもん知るか。少佐が行くなら俺も行くまでよ。」


「それにしょーさが一人で行ってもな~んにも出来ないよ? ね、兄ちゃん!」


「おう。少佐あっての俺達だが、俺達あっての少佐でもある。」


「ミザルの言う通りだ。俺も行きます。多分、俺が一番役に立つでしょう。今回ばかりは少佐の命令でも従えない。説得は無駄です。」


普段は宥め役の赤衛門にまでそう言われると、トーマには分が悪い。最後の望みは副官であるコヨリだったのだが……


「気をつけて行ってらっしゃい。私はみんなが帰るところを守るわ。だから必ず帰ってくるのよ?」


これで万事休すである。


「……わかった。巻き込む以上、おまえ達には事情を知る権利があるな。」




死神はマスクを外して、腹心達に語り始めた。



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