激闘編35話 災害VS死神
「消えい、小娘!」
「消してみるがいい!出来るものならな!」
迫る巨岩を帝国の守護神は障壁を展開して防ぐ。
彼女の搭載しているガーディアンGBSは鉄壁の守りを見せ、迫る巨岩を全て受け止める事に成功した。
視界を巨岩で塞がれた守護神は、バックステップして敵将の姿を探す。
ザラゾフはどこだ? 重力使いの攻撃に巻き込まれないように敵味方共に引いて、一騎打ちを見守っている。
このフィールドにいるのは自分とザラゾフだけ、あの巨体を見失うはずが……
コンマ1秒、遅ければアシェスの人生はここで終わっていた。
ザラゾフは飛ばした巨岩の上に立っていたのだ。
「……ぐぬぬ!」
アシェスは渾身の力でハルバードを押し戻そうと試みるが、押し戻すどころか刃はジリジリと彼女の身に迫りつつあった。パワー勝負はザラゾフに分があるらしい。
「ガーディアンGBS、臨界起動!」
フルパワーの防衛システムでハルバードを止め、アシェスはザラゾフの刃を逃れる。
離れ際に念真衝撃破をお見舞いしてみたが、岩の防壁に阻まれてしまう。
……これは覚悟が必要な相手だな。
百戦錬磨の守護神は並々ならぬ敵手を相手にし、覚悟を決めた。
何合が打ち合うも、守護神は決定打を放てない。いや、押されつつある。
「来るな!」
守護神を援護しようと動く騎士達を制する。近付けば範囲攻撃の餌食になるだけだ。
部下達の目にも私は劣勢に見えている、という事か……
アシェスは打ち合いながら考える。
ザラゾフは重力級だが身が軽く、動きは速い。完全適合者であるがゆえの身体能力の高さに加え、重力操作で自重を軽減しているからだ。その上、浮かせた岩を足場にサイコキネシスで自身を操作し、立体戦闘を挑んでくる。
重力磁場に念真力で抵抗してはいるものの、私の体は重く、要所で混ぜてくるサイコキネシスでの四肢の固定にまで警戒せねばならない。
一兵士としてなら「軍神」以上との噂すらあるこの男をどう倒せばいい……
「かかったな、小娘!」
「!!」
ザラゾフだけに気を取られてはいけない!巨岩の護衛兵もいるのだ!
前後左右から高速で迫る巨岩、守護神はザラゾフの目論見通りの位置に立たされてしまっていた。
ガーディアンGBSによる全面防御で難を逃れたが、4つの巨岩に挟まれた守護神はその場から動けない。
そして岩の隙間から念真重力破を穂先に纏ったハルバードが突き入れられる。ザラゾフ渾身の一撃はガーディアンGBSの形成した念真重力壁を破り、アシェスの左腕に突き立った。
「グッ!」
「手応えあった。四肢を全部潰してから頭をすり潰してやろう!」
窮地に陥ったアシェスを挟む巨岩の一つが、念真重力砲によって破砕された。
好機を見逃すアシェスではなく、転がり出て岩の包囲から脱出する。素早く立ち上がって剣を構えたが、左腕は上がらない。
「……俺が相手だ、「災害」ザラゾフ。」
「貴様が「死神」トーマか……」
漆黒のバイクから降りて災害ザラゾフに対峙した死神にアシェスは強がりを言った。
「トーマ、まだ私は負けていない!」
「ああ、だが災害の首は俺に譲ってくれ。今月は金欠なんでな、飲み代が欲しい。」
「……わかった。譲るのだから私にも奢ってくれ。勝利の美酒をな。」
「約束しよう。」
後退したアシェスが見守るなか、完全適合者と完全適合者の戦いは始まった。
飛来する巨岩を念真重力破を纏ったパンチで粉砕し、距離を詰めるトーマ。ハルバードと刀が火花を散らせ、空いた手で拳を打ち付け合う。拳打のぶつかり合いからそのまま拳を組んでの力比べ、ザラゾフの額に汗が滲んだ。
「な、んだと……このワシが……」
2mを越える巨体のザラゾフ、その鍛え上げられた腕も丸太のように太い。だが押されているのはザラゾフの方だった。
「ガタイだけは立派みたいだが……肉を食え、肉を。」
「小癪な!」
ザラゾフはアシェスのウェストより太い足の前蹴りを食らわせ、死神を吹き飛ばした。
靴底から砂煙を上げながら水平移動したトーマだったが、膝を着く事もなく宝刀武雷を構え直す。
「……貴様も完全適合者か。」
ザラゾフの問いにトーマは肩を竦めて答える。
「いや、俺は社会不適合者だ。だからこんなところにいる。」
「その減らず口を叩けんようにしてやろう!」
宙に浮いたザラゾフの周囲に大量の巨岩が集まってゆく。
「これが貴様の墓石だ、死神。……死ねい!」
高速で飛来する巨石群を前に死神は呟く。
「……重力を軽減させた巨岩を集め、飛ばしてから能力解除か。器用な真似をするもんだ。退役後は石工のバイトでもやるんだな。」
嘯く死神の体は襲い来る巨岩で覆われた。ザラゾフはさらに巨岩を集め、四方八方から追い打ちをかける。
1分後、戦場には巨大な岩が積み上げられたオブジェが完成していた。
「古代の王は岩の建造物を墓標にしたらしい。少し小さいがまずまず立派な墓標だろう? 満足したか、死神?」
造り上げた岩のオブジェを叩きながら勝ち誇るザラゾフ。災害の異名を持つ元帥の勇姿に、同盟兵士達は歓声を上げた。
オブジェに背を向け、歓声に応えるザラゾフの動きが止まった。バチバチと雷光を纏う刃が、巨体の脇腹から突き出ている。
「…………俺の墓には立派過ぎる、元帥閣下の墓標にしたらどうだ?」
「き、貴様………」
岩のオブジェを叩き割って死神が姿を見せた。マスクからは血が滴っており、無傷ではない。
「圧殺されんのは御免なんでな。初撃の岩を地面に貼り付けてみた。重力はアンタの専売特許って訳じゃない。」
獲物を逃がすまいと後ろ髪を掴んだ死神だったが、ザラゾフは頭皮が捲れるのにも構わず振りほどき、サイコキネシスで加速して距離を取った。刀の引き抜かれた脇腹から鮮血が噴き出し、ザラゾフの顔に苦悶の表情が浮かぶ。雷光を纏った刃はザラゾフの内臓を焼いていたのだ。
「管理職は大変だな、後頭部にデカいハゲが出来てるぜ!」
重力、サイコキネシスの影響を受けない火炎攻撃を繰り出した死神だったが、ザラゾフは岩のシールドで防護し、体を宙に浮かせた。
「この借りはいずれ返す!」
空中で身を翻すザラゾフを死神は追いかけるが、ジョークは忘れない。
「戦場での買い物は現金払いで頼むぜ、閣下!現ナマの心臓を置いてきな!」
空中のザラゾフを重力磁場に捕らえた死神だったが、ザラゾフは反重力磁場を形成し、打ち消した。
重力磁場の発生と同時に地面から突き出した巨大な氷槍をザラゾフはヒラリと躱し、さらに距離を取る。高速で戦域から後退したザラゾフの姿を見たトーマは追撃を断念した。コンポジネシスの能力範囲から離脱された以上、詰め手がない。さらに長距離を攻撃出来る念真重力砲はあるのだが、彼の砲撃精度ではザラゾフに当たるはずもない。
「見事だ、トーマ!だが大魚を逸したな。」
駆け寄ったアシェスに肩を叩かれたトーマは煙草を取り出し、火を点ける。
「重量級なのにあの高機動だ。逃げにかかられると、ちょっとどうしようもないな。」
「ああ、災害と恐れられるだけの事はある。……体は大丈夫なのか?」
「肋を何本か持ってかれたが、どうという事はない。数時間で治るだろう。」
一気に煙草を根元まで吸いきったトーマは二本目を取り出そうとしたが、アシェスに手を抑えられる。
「もう一服しただろう。まだ仕事は終わっていない。反撃に出るぞ!」
「怪我人なんだぜ、俺は?」
「どうという事はない、と言ったのは卿だ。」
「主従揃って人使いが荒いねえ。」
「帰投してから秘蔵のワインを開けよう。妥当な対価だろう? サービスで酌もしてやるがどうだ?」
「軍服の第三ボタンまで外してくれるかい?」
「……第二ボタンで妥協してくれ。」
「交渉成立だ。ここは任せた、俺は左翼に回る。」
脳波誘導で呼び寄せたバイクに跨がった死神は、新たな戦場へと疾走する。
その後ろ姿を見送りながら守護神は呟いた。
「フン、スケベ男め。……だが大した男だ。ありがとう、トーマ。」
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