第十一章 戦役編 剣を牙とし戦う狼、その真価が試される

戦役編1話 貧乳サンドと迎える朝



小鳥のさえずりと頬にあたる朝日が、一日の始まりを告げる。


オレの腕の中で丸くなってるちっちゃな体、甘く息づくちっぱいの鼓動………リリスめ、また寝床に忍び込んできたな?


密着してくるスレンダーボディ、背中で感じる貧乳の感触………ナツメもいるのか。


これが649号室名物、「貧乳サンド」だ。


バンズに挟まれた具材であるオレの耳が思いっきり引っ張られる。ここまでがお約束、と。


「隊長!またナツメとリリスと同衾してたんですね!いいですか!軍人として、いえ、一社会人としてのモラルというものを……」


「シオン、糾弾すべきは侵入された側じゃなく、侵入した側じゃないかと思うんだけど……」


「………静かにして………もうちょっと寝てたいの………」


「ナツメ!また下着姿なの!パジャマを着なさいと何度も言ったでしょう? それにちゃんと自分の部屋で休みなさいとも!」


「………お小言はシュリだけで十分なの。羨ましいならシオンも真似すればいい………」


「べ、別に羨ましくなんかありません!」


「………も~………朝っぱらからうっさいわねえ。私が朝に弱いって事ぐらい、いい加減覚えてよ………シオンはおっぱいだけじゃなく、脳味噌にも栄養を送りなさい。あ、ナツメはちっぱいだけど脊髄反射だけで生きてるわね。どこに栄養がいってるのかしら?」


諸悪の根源の小悪魔様が被害者面でそうのたまい、三つ巴の戦争が開始された。




激しい戦火がようやく下火になり、栄養補給の必要性を感じた女三人は一時の停戦に合意する。


そしてリリスとシオンが朝メシの調理を始め、ナツメは食器を卓袱台に並べ始めた。


オレは剣のレリーフの首飾りに、シュリから貰った緋水晶の勾玉とドッグタグを通し、首にかける。


「綺麗な勾玉!それにこれは剣のレリーフ? ねえねえ、どこで買ったの?」


オレのアクセサリーに興味を持ったナツメが、胸に輝く金飾りと勾玉を覗き込んでくる。


「どっちも貰い物だよ。緋水晶の勾玉はシュリの里帰りの土産さ。」


剣のレリーフは貰い物じゃなくて、忘れ物なんだけど。


「業炎の街で売ってるの? 通販で買えるかな?」


「無理だ。シュリのヤツ、納得がいく品がなかったからって、わざわざ造らせたんだとさ。土産物選びぐらい妥協すりゃいいもんを、どこまで律儀なんだかな。」


ま、オレのはついでなんだろうがな。シュリとホタルがお揃いの勾玉を下げてるらしいから。


仲のよろしい事で。そういや同志アクセルがロックタウンをペアルックで歩く二人を見たって言ってたな。


どこまでベタなカップルなんだよ。さっさと結婚しちまえ。


「別にドッグタグなんかしてなくても、胸の傷で少尉の死体だってわかるのに。」


おいリリス。朝っぱらから縁起でもない事言うんじゃない!


「不吉なコトを言うのはヤメなさい、言霊にすると実現しちゃうんだぞ!」


「全身丸焦げの焼死体になるかもしれないの。焼夷だけに。」


ナツメまで縁起でもないコト言うな!オレは少尉だっつーの!


駄洒落坊主のジョニーさんじゃあるまいし、何度も同じネタを使い回すな。


「この照り焼きチキンみたいにか? 冗談じゃねえぞ、死ぬのは美人の腕の中でって決めてんだ。」


「……胸の中、じゃないの?」


ナツメさんはいい事も言うね。


「胸の中ならなおいい。」


おっぱい革新党の幹事長としては、正直に答えるしかない。


おっぱいに関しては嘘はいけない。おっぱい革新党の党則でそう決まっているのだ。


「おっぱいマニアの少尉さん。一つ質問なんだけど、この三人の誰の胸の中で死ぬのがいいのかしら?」


リリスがいらない質問をしてくる。え、え~と………


もちろん私よね、とばかりに卓袱台越しに身を乗り出してくる三人娘………誰かを選べば地獄が待ってるよな。


「………あのですね………そのぉ~………その答えに関しては………前向きに善処いたしたく………」


「優柔不断ね!このゴミクズ!普通に考えれば超絶美少女のこの私に決まってるでしょ!」 


「……煮え切らない童貞ってサイッテー。」


「……はぁ。戦場では果断な決断が出来るのに、どうしてプライベートではダメダメなんですか?」


怒り、呆れ、諦めの3連コンボを朝からもらって、一気にライフゲージが半減する。


今は酷評に耐えよう。酷評……でもないか。オレが優柔不断のダメ夫さんなのは事実っぽいんだし。





オレ達アスラ部隊は明日の朝、戦地に向かって出撃する。ガーデンとは暫しのお別れだ。


基礎トレーニングは終わった事だし、麗しの薔薇園を散策しようか。


そうだ、シグレさんに預けたビーチャムはどうしてるかな?


道場に行ってみるか。




シグレさんの道場では、大勢の隊士達が訓練に勤しんでいた。


「あ、エッチ君や!」


「あ~……キミは凜誠の……このバカマジや、だったっけ?」


「サクヤ!此花このはなサクヤや!ぜんぜん合うてへんやん!おもろいんは顔だけか自分!」


いいリアクションだよ。さすが上方ならぬ神難かみがた出身なだけはある。


「カナタさん、サクヤはバカではありませんよ?」


やんわりとアブミさんに窘められたので、お姉さんキャラに弱いオレの腰はあっさり砕ける。


「すみません。」


「せやねん!副長、もっと言うたり言うたり!エッチ君には礼節が足りてへんねん!」


「サクヤはバカではなく、おバカ。さらに正確を期すなら「アホのコ」なのです。」


「ズコーッ!」


綺麗にずっこけるサクヤ。見事なリアクションだ。リアクション芸人としては、オレより上手か?


強力なライバルの出現に戦慄するオレに、コトネがそっとフォローを入れてくれる。


「大丈夫どすえ、カナタはん。カナタはんは「人生そのものがギャグ」どすさかいに。」


「誰の人生そのものがギャグやねん!」


「せやけど入隊してからこっち、不幸続きちゃいますのん? よお生きてはりまんなぁ。」


確かに。自分の生き汚さには感心するよ。災難のバーゲンセールの中、よく生き残ってるよな、オレ。


神聖な道場で繰り広げられる漫談を、奥の席で聞いていたシグレさんが立ち上がった。


「元気が余っているようだな。アブミ、コトネ、稽古をつけてやろう。」


「きょくちょー、ウチはハミゴなん?」


「サクヤは一度カナタと手合わせしてみろ。お互いに得るものがあるだろう。ビーチャム、よく二人の戦いぶりを見ておけ。ビーチャムはサクヤと似たタイプだ。感覚型が思考型にどう手玉に取られるか、見ておくといい。」


シグレさんの台詞を聞いたサクヤはキッとオレを睨みつけてきた。


「局長、ウチはカナタに負けたりせえへん!確かに才能はあるんやろけど、まだ新兵ですやん!局長に見せたげるわ、ウチこそ本物の天才やって!」


シグレさんはワザと焚きつけてんだよ。そうやってすぐムキになるのが見え見えだから。


「ほう、なかなか言うな。……全員手を止めろ。剣狼と飛燕の戦いを拝見するとしよう。」


訓練を中断した凜誠の隊士達は道場の左右に正座して座り、見学モードに入った。


「飛燕」のサクヤ、一度戦ってみたいとは思っていたが、こうもギャラリーが多いとはな。


だがここまでお膳立てされちゃあ逃げられない。やってやるか!




訓練刀を持って対峙するオレとサクヤ。審判はシグレさんだ。


「カナタ、サクヤ、持てる技と特技の全てを使っていい。大怪我をすると判断した時は私が止める。」


「ええんですか、局長? もうじき大規模戦役ですけど?」


サクヤの言う通りだ、大戦役を前に大怪我は洒落にならない。


「戦地到着まで時間があるからな。よほどの怪我でなければ回復する。………始めっ!」


シグレさんの掛け声とともに、サクヤは一気に間合いを詰めて連撃を繰り出してくる。


速い!手数の多さと正確さはナツメと五分五分、自分を天才と言うだけの事はある!


崩すのは………ここだ!払い斬りを五の太刀・啄木鳥で落とし、突きの連撃である六の太刀・百舌神楽で反撃する。


サクヤは驚異的な反射神経で、後退しながら突きを見切って躱す。上段への連撃で上に意識を振っての脛払い、一の太刀・平蜘蛛も燕のように跳んで躱された。


互いの距離が離れ、再び対峙し睨みあうオレ達。


「やるやん。おっぱいだけやなく、剣術にも興味があったんやな。」


「まーね。死んだらおっぱいが拝めなくなるからな。」


「せやけど上には上がおるって教えたるわ!」


自信過剰なヤツだ。オレも人の事は言えねえか。死神に天狗鼻を折られるまでは、思い上がってた。


それから何十合と打ち合ったが、互いに均衡を崩せない。


連撃の合間に狼眼を捉えようとしてみたが、燕のような俊敏さで距離を取られる。


サクヤはサクヤで一気に畳みかけようとしても、狼眼のせいで連撃を中断せざるを得ず、決定機を掴めないようだ。


少し、サクヤの息が上がってきたな。だが仕掛けるのはまだ早いか。


「……ウチの息が上がるんを待っとったんか。ムッツリスケベらしい戦法やわ。」


気付いたか。速さに勝り、距離を選択出来る自由は、距離を維持するスタミナを消耗するって事でもあるんだぜ?


「しゃあないな。ウチのとっておき、見せたげるわ!」


風を巻くような速さで襲いかかってくるサクヤ!いや、本当に風を巻いてやがる!颶風のパイロキネシスか!


元から速かったがさらに速い!自ら生み出したジェット気流に乗ってるんだな。


鎌鼬にして切り裂く以外にも、こんな利用法があるとはな!


全スタミナと念真力を注ぎ込んだ怒濤の連撃!このままじゃ崩されるのは時間の問題だ。


だが、オレにも策はあるんだぜ!


オレの刀を跳ね上げ、勝者の笑みを浮かべるサクヤ。次の瞬間、勝利の確信は体ごと後方へ吹っ飛ばされていた。


無様にひっくり返ったりはしなかったが、片膝を着いて剣を杖に身構える。


「いったいなんなん!」


「念真衝撃球さ。サクヤみたいに軽いヤツには有効なんでね。」


死神みたいな一点豪華主義でもない限り、引き出しの多さが雌雄を決する。


オレの念真衝撃球はまだ一流半なんだが、小柄で軽量級のサクヤ相手なら十分武器になる。


実戦投入出来るまでに成長出来たのは、練気の達人であるイッカク先生にコツを教えてもらったお陰だな。




猛攻が不発に終わったサクヤの息は十分あがった。さて、オレのターンだ。



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