脱出編8話 戦乱の星に吠えろ!
「17号!いったい何をするつもりなんだ!」
「今度喋ったら即座に殺す。おまえが喋っていいのは、私の質問に答える時だけだ。主任1号、わかったか?」
私が銃口を向けると主任1号はコクコクと頷いた。
深夜の上に手際よく警備兵を倒せたので、まだ警報も鳴っていない。この部屋には監視カメラもあるというのにちゃんとモニターしていないようだ。
モニターを見ていなかろうと、銃声は聞かれてもおかしくないのだが、監視員は麻雀でもやっているのだろうな。
ルーズな警備兵に感謝しよう。室内に主任1号達に被せられそうな段ボール箱もあるし、どうやら私はツイている男のようだ。
これなら特別研究室までは問題なく到着出来るかもしれん。
警備兵の死体を引きずって監視カメラの死角に移動させ、主任1号の白衣を奪って羽織り、段ボール箱を被せて男二人を偽装した台車を押す。床の血痕は気になるが、さすがに拭っている時間はない。
怒りに任せて銃でトドメを刺したのは我ながら迂闊だった。死角に移動させてナイフで殺すべきだったな。
………いや、まだ直接この手で人を刺し殺すのに躊躇いがあったのだろう。狼眼や銃のような飛び道具ならまだしも。
後悔は後だ。落ち着け、研究所内の監視カメラの位置は全て把握している。
ここから特別研究室に向かうまでに6つの監視カメラがあるはずだ。事前に練ったプランでは壊す事を想定していたが、予定変更だな。
モニタリングしていないか、見る目がフシ穴である可能性に賭ける事にしよう。
………賭けに勝った。監視カメラ前を通過したが警報は鳴らない。いける、いけるぞ!
さて、第一関門の
「ゲートを開けろ。」
「ぼ、僕のアクセス権限じゃこのゲートは……」
嘘をつけ。カナタを特別研究室に案内したのはおまえだろうが。
私は主任1号の拘束バンドをナイフで切断し、襟首を掴んで主任1号をゲート前のロック解除装置の前に立たせた。
そして引き裂いた白衣を丸めて主任1号の口に突っ込み、それから右手の小指を逆方向に折り曲げてやる。ボキリと骨の折れる音がした。
「~~~~~!!」
声を上げられない主任1号は、額に脂汗を浮かべ、悶絶する。
「開ける気になったか? チャンスは後9回、いやパネルを操作する指を引いて後8回だ。」
観念した主任1号は網膜認証とパスコードをクリアし、ゲートを開けた。
次が問題だ。特別研究室の前には警備兵詰め所があったはず。狼眼で突破するしかあるまい。
強化ガラス越しにでも狼眼は効果を発揮する。カナタの教えてくれた知識だ。
「主任1号、私はテレパス通信を探知出来る。通信すれば頭を吹き飛ばす。」
指の頑丈さから考えて、主任1号はおそらくバイオメタルだ。
警備兵詰め所に近づけばテレパス通信で助けを求めるに違いない。
「テレパス通信の探知は技術的に不可能……」
「嘘だと思うならやってみるがいい。私は人の心が読める。そうだな……おまえは天掛カナタと名乗ってる実験体を特別研究室に案内した事があるだろう? 賄賂の見返りにな。」
「どうしてそれを!!」
「心が読めると言ったはずだ。」
その顔は信じた顔だな。シジマよりはマシなようだが、主任1号も十分チョロい部類だ。
生まれ変わったら腹芸でも覚えてくるのだな。
通路の曲がり角で私は立ち止まり、警備兵から奪ったナイフをかざして詰め所の様子を窺う。
人数は4人、以前と変わってないな。ん? 全員がモニター前に集まってきたぞ。
!! 床の血痕に気付いたか!だが警報ボタンは押させん!
台車を詰め所に向かって蹴飛ばして走らせ、一瞬、間を置いて通路に躍り出る!
やはりこっちを向いていたな!私は全力でダッシュし、距離を詰めながらガラス越しに狼眼をお見舞いして殺しにかかった。
目と耳から血を吹き出しながら警備兵達は倒れ、台車をキャッチした私は特別研究室に向かって疾走する。
横目で詰め所の中を見てみると、奥にあるテーブルの上にカードが散乱していた。麻雀ではなくカードに興じていたか。
いくら間抜けな警備兵ばかりだとしても、ここまでやれば警報が鳴るのは時間の問題だ。手早く事を済ませなければ!
もう1本、主任1号の指を折る必要はなかった。最初に折った小指と一緒に心も折れたらしい主任1号に特別研究室のドアを開けさせ、最重要機密の入ったコンピューターも起動させる。
クソッ。コンピューターの立ち上がりの遅さは元の世界と同じか!早く、早く立ち上がってくれ。
「クローン体の製造方法をメモリーチップにダウンロードしろ。急げ!」
「そ、それはこの研究所の……」
最後の抵抗をする主任1号の薬指を掴む。
「わかった!やる!やればいいんだろう!」
ダウンロードにかかる時間まで元の世界と同じか!
その時、研究所全体に響き渡りそうな大音響で警報音が鳴り出した。さっきの警備兵が生きていたのか、発見されたかだな。いよいよ時間との勝負だ!
「ダウンロードは終わったな!よし、次はこの研究所の外部へ通じるゲートを全てロックしろ!」
「そんな事をしてどうするつもり……」
「いいからやれ!」
銃口を頭を突き付けてゲートをロックさせる。よし、これでこの研究所の全ゲートは封鎖された。
「最後の仕事だ。自爆装置のパスコードを教えろ!貴様が知っているのは分かってる!」
「ダメだ!それだけはダメ……」
私は銃をナイフに持ち替え、主任1号の手の平をデスクに串刺しにしてやった。
「いひゃああぁぁぁぁ!!」
「貴様が喋らんならシジマを叩き起こして聞くまでだ!もう一度だけ聞く!パスコードは!」
「……37564、だ。」
37564……皆殺し、か。いい数字だ。この人でなしの城から生存者など出すものか!
私は自爆装置を起動させ、パスコードを入力。デスクに迫り上がってきたレバーを思い切り引く。
「自爆装置が起動しました。全職員は研究所外に退避して下さい。爆発までの時間は10分です。繰り返します。自爆装置が起動しました………」
たったの10分か!職員ごと機密を葬り去るつもりだとしか思えんな!
私はクローン体の製造方法をダウンロードしたメモリーチップを引き抜き、用済みのコンピューターに向かってマシンガンの掃射を浴びせる。
それから主任1号を台車に引き倒して、屋上のヘリポートへ向かった。
「もう僕に用はないだろう!解放してくれ!」
「足を折ってから、ここに置いて行こうか?」
そう言うと主任1号は黙り込んだ。
……クローン体の製造方法はメモリーチップにダウンロードした。
主任1号もシジマも、もう用済みと言えば用済みなのだが、データだけでなく、どちらかを生かしておけばクローン体製造に利用出来るかもしれんからな。
研究員や職員、警備兵達は職務より命が大事だったようで、爆発する研究所から逃げ出す事を選んだようだ。
ゲートは封鎖してあるから逃げられはせんのだが。
命大事の人でなし達のおかげで、私はヘリポート前の詰め所の警備兵を殺すだけで済んだ。
他の人間がヘリで脱出出来ないように、壁に掛かっていた起動スティックをまとめて盗んだ私は、台車を押して屋上に出る。
よし、あのヘリを頂こう。全速力でヘリに駆け寄り、スライドドアを開けた時に、銃弾が私の頭をかすめた。
当たり前か、ヘリで逃げたいのは私だけじゃない。
「撃つな!僕は主任研究員の……」
カナタと違って、まだ念真障壁を形成出来ない私は主任1号を盾にして、さらなる銃撃を防いだ。
銃弾の雨を浴びた主任1号は、ゴボッと口から血の塊を吐いて絶命した。
銃撃を人間の盾で防いだ私は警備兵達に向かって狼眼で反撃し、全滅させる。
主任1号の名前は分からずじまいだったな。どうでもいいが。
……少し目が霞んできた。狼眼の副作用というヤツだな。急がねば!
私は気絶したままのシジマをヘリの貨物室に放り込み、操縦席に座ってオートパイロット機能を起動させた。
そしてマニュアル通りに操作を行い、ヘリを屋上から飛び立たせる。
「ここはどこだ? 17号!キミはいったいなにを……」
シジマが目を覚ましてしまったか。
面倒だが放っておく訳にもいかない。オートパイロットが起動しているから操縦席を離れても問題ないな。
私は自分で思っていた以上に、シジマに殺意を覚えていたらしい。
シジマは研究に、私は官僚の仕事にかまけ、周囲を顧みてこなかった。かつての私とシジマは同類で、同族嫌悪は憎悪の中でもタチが悪い。他者への憎しみに、自己嫌悪も乗算されるからだ。
「ヒィィ!痛い痛い痛い!」
そんな訳で、私はうっかり狼眼でシジマを睨んでしまったようだ。
シジマはヘリの床で痙攣しているが、生きてはいるようだ。別に死んだところで惜しくはないのだが。
私の網膜ディスプレイに表示されている時間が間もなく10分になろうとしている。
この男に自分の城の落城を拝ませてやるか。
私はシジマの腕を掴んで立たせ、眼下の光景を見せてやる。
屋上では起動スティックもないのに、われ先にとヘリへ乗り込もうとする者、このヘリに向かって懸命に手を振り、声を嗄らして叫ぶ者、さんざん命を軽んじてきた癖に、自分の命だけは守ろうとする魑魅魍魎達の足掻く姿が見えた。
「17号!スタッフだけでも助けないと研究が頓挫してしまう!ヘリを戻して……」
私はシジマの細首を掴んで睨みつける。狼眼の極小威力は、こうやるのかな?
視界が霞みかけているのに狼眼を使うべきではないのは分かっている。だが怒りが収まらんのでな!
「ギヒャアァァ!痛い痛い!17号、もうやめてくれーーーー!!」
「17号? 私を番号で呼ぶな。カナタをコケにした報いは受けさせてやるぞ。」
私は力任せにシジマの顔を窓ガラスに押し付け、そう耳元で囁いてやった。
「どうして12号の事を知って……」
シジマの台詞を遮るように轟音が鳴り響き、研究所が爆発した。その衝撃でヘリも大きく揺れる。
炎と共に瓦解してゆく己の城を目の当たりにしたシジマは、放心した顔でペタンと床に座り込む。
「………研究所が………僕の研究所が………これは夢だ………そうだ!悪い夢に違い……」
「いーや!現実だ!これは紛れもない現実だ!シジマ!貴様の研究はこれで終わりだ!!」
「………キミはいったい何者なんだ?」
焦点が定まらなくなりつつある眼差しで、最後の理性を振り絞るようにシジマは質問してくる。
心が壊れる寸前だな。………私にも覚えがあるから分かる。
聞こえるぞ? 積み上げてきた全てが崩壊し、心に亀裂が入った音がな!
「哀れな貴様に一つだけ教えてやろう。貴様の実験は全て失敗していた。私もカナタも貴様が生み出した訳じゃない!身の程をしれ!貴様はただの人でなしだ!!」
「………ウヒッ!!………キヒヒ………ヒャハハハハハッ!………僕は神だ………神なんだ…………ヒャーハッハッハッ!!」
焦点がズレた目で、耳障りでけたたましい笑い声を上げ続けるシジマ。………気が触れたか。
マッドサイエンティストらしい結末だな。自業自得だ。
ヘリを二時間ほど飛ばし、ほどよい地点にまで到着した。あまり街まで近づきすぎてはいけない。
私はヘリを森の中の開けた場所に着陸させ、惑星テラの大地に立つ。
私の後を追うように、けたたましい笑い声を上げるシジマがヘリから踊り出てきた。
そのまま意味不明の言葉を叫びながら、危なっかしい足取りで森の奥へと歩いて行く。
殺しておくか。私は銃口をシジマの背中に向けたが、止めておく事にした。
あの狂気は演技ではない。気の触れた研究者が生きて街に辿り着く事はないだろう。
シジマは殺す価値すらない男だ。勝手に森の獣のエサにでもなるがいいさ。
私は遠くなっていく狂声には構わず、ヘリから物資を取り出し、カナタが魔女の森で見せてくれた手順通りに、ヘリの自爆準備を始めた。
10分後、爆発し、炎上するヘリを横目に、私は地図を取り出しながら街を目指して歩き出す。
カナタが遭難した魔女の森に比べればイージーもいいところだな。地図が頭に入っていて、着陸地点も把握し、コンパスが機能するのだから。ハンデは目が少し霞む事ぐらいだ。
だが大変なのは街に着いてからだ。まずは照京に行く事を目指すべきだろう。
照京のミコト姫に会えれば協力を仰げるかもしれん。そうすれば風美代とアイリのクローン体の作製はクリア出来る。
身分保障もない根なし草の私が、どうすれば一国の姫君と内密に会えるだろうか?
………前途は多難だな。だが必ずやり遂げるぞ。固い意志を誓いの言葉にしておくか。
叫ぶなら高い場所がいい。宣言は高いところからするのが作法だし、気分も出る。
数時間後、森を抜けた私は小高い丘に登り、惑星テラの赤茶けた大地に向かって叫ぶ。
「緑乏しき戦乱の星よ!私は地球からやってきた天掛光平!私は必ず目的を果たす!心あらば照覧を!!」
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