脱出編7話 心転移の儀式
「たっだいま~、お父さん!」
ホテルから帰った中年男三人の耳に、我が家のドアが勢いよく開かれる音と可愛い少女の声が聞こえた。
「お姫様のお帰りだぞ、お父さん?」
うるさいぞ、権藤。しかしお父さん、か。……悪くないな。………いや、最高だ。
「おかえり、アイリ。」
リビングに入ってきたアイリを抱きしめた私に、買い物袋を下げた風美代が言葉をかけてくる。
「あなた……いよいよ今夜ね。どうしても行くの?」
「無論だ。惑星テラへ行き、為すべき事を為す。私に黙って死を待てと言うのか?」
「………わかってる。あなた自身が生きる為に、そしてカナタやアイリの為に、あなたは行かなきゃいけない。それはわかってるんだけど………心配だわ。」
「大丈夫だ。私は上手くやる。」
実は私も不安なのだが、男としてここは見栄を張らんとな。
やせ我慢をしながら、私は精一杯威厳のある顔付きをつくって見せた。
「風美代さん、天掛は官僚機構の頂点に立てた逸材だよ。如才なく、上手くやるさ。」
「日頃の行いが悪かったのか、頂点手前で病魔に邪魔をされたがね。」
雨宮が風美代を励ましてくれているのに、権藤がいらぬオチをつける。まったく一言多い男だ。
産流新聞の偉いさんが、権藤を持て余すのがよく分かる。
「権藤さん!私の不安を煽って面白いの!」
風美代の抗議に権藤はバツの悪そうな顔になった。
「スマンスマン。昔から一言多い性分だと言われちゃいるんだが、どうにも治らんみたいだ。」
「惑星テラの科学力でも、権藤のねじ曲がった性格は治せないだろうな。嫌われ者として一生を送ればいい。」
「おくればいい~♪」
アイリが私を援護してくれる。娘よ、ナイスアシストだ。
「父子で糾弾されちゃ分が悪いな。降参降参。」
「前哨戦に勝利したところで手順を確認しておこう。皆は私の退院祝いのパーティーを開いた。宴の最中に私は突然意識を失い、倒れる。」
「僕と権藤さんがその証人。天掛に外傷や薬物反応は一切なく、事件性は欠片もない。光平、波平親子に偶然、同じ悲劇が起こっただけ。」
「テレビ屋共の好きそうなネタではあるがな。天掛は昏睡状態のまま、病院に送られる。表面上は悲劇の親子となった風美代さん達は、天掛からの連絡を待つ。」
「連絡を受けるのは勾玉ちゃんを持ってるアイリ!お父さん、必ずアイリとママをわくせーテラへ呼んでね!」
「………ああ、必ず呼ぶよ。それまでママの言う事をよく聞いて、いいコにしてるんだぞ。」
「うん!」
アイリに嘘をつくのは辛いが……治療法が見つかれば地球で暮らして欲しい。安全なこの日本で。
「儀式は夜を待って行う。風美代、アリバイ作りのパーティーの準備を頼む。」
「任せて。アイリ、ママを手伝って。」
「は~い♪」
キッチンに立つ母子、いや、私の家族に聞こえないように権藤に囁く。
「権藤、約束通り頼む。治療法の件と、復讐の事もな。」
「任せておけ。」
私をコケにしてくれた連中への復讐計画は権藤に託した。私は執念深い
水木を筆頭に、特権に胡座をかいてるだけの連中は破滅させる。泣きっ面を拝めないのは、いささか残念だが。
「天掛の事だから準備は万端なんだろうけど、忘れてる事はないかい?」
「問題ないよ、雨宮。冒険野郎マクガイバーは全話見た。」
新たに製作されたリブート版も含めてだ。リブート版も良かったが、やはりオリジナルが最高だ。
「特攻野郎Aチームも見たんだろうな?」
権藤はAチームのファンか。Aチームはむしろカナタに見せてやりたいものだ。
曲者揃いのチームを率いるリーダー、今のカナタのポジションはハンニバルそのものだからな。
「Aチームか。劇場版は見たよ。」
「オリジナルを見ろよ!最高だろう、特攻野郎Aチームは!」
「僕は昔から不思議だったんだけど、なんであの手の海外ドラマの邦題には「特攻野郎」とか「冒険野郎」とかつけるんだろうね?」
確かにアメリカ版ではThe・A-teamだな。
「さあ? 理由はよく分からんが、様式美みたいなものだろう。」
「そこへいくと僕のお気に入りのナイトライダーはなんとか野郎とかつける必要もない。やはりナイトライダーが一番だよ。」
雨宮はナイトライダー派だったか。
そこから男3人は、どの番組が最高かの議論を始めた。
議論は白熱したが、誰も譲らず結論は出ない。そこに香ばしいケチャップの匂いと共に、鉄板焼ナポリタンをトレイに載せた風美代が現れた。
男3人は無駄と知りつつ、風美代に意見を求める。
鉄板焼ナポリタンをテーブルの上に並べた風美代は、人差し指を頬に当て、少し考え始めた。
風美代の答えを固唾を呑んで見守る男3人の思惑は同じ。多数決で勝負を決める気なのだ。
「……う~ん、ちょっとわからないわね。」
それはそうだ。古い上に女性が見るドラマではない。
「だって私が好きなのは「超音速攻撃ヘリ エアーウルフ」だから。」
………とんだ伏兵がここにいたか。エアーウルフはマニアックすぎるだろう………
喫茶店風の鉄板焼きナポリタンは私の大好物だ。
具にはタマネギとグリンピースに缶詰のマッシュルーム、それに真っ赤なソーセージ、目玉焼きも忘れて欲しくない。
お袋の得意料理だった鉄板焼きナポリタンは今や絶滅危惧種になりつつある。
私の地球での最後の食事は、風美代が再現してくれたナポリタンと決めていた。
「懐かしい味だねえ。最近鉄板焼きナポリタンを出してくれる喫茶店はずいぶん減っちまってる。」
「権藤の実家は喫茶店じゃなかったか?」
「ああ。だが両親ともに料理が下手なんだ。」
よく潰れんな。珈琲は出さない上に、料理も下手な喫茶店が……
「疑問に答えよう。なぜだかクッキーだけは旨いんだ。料理の腕をクッキーと紅茶だけに全振りした喫茶店なんだよ。メニューにも紅茶とクッキーしかない。ついでに言えば立地もいい。」
なるほど。納得だ。
「学生時代に天掛とよく食べたナポリタンだね。安いつくりなんだけど美味しいな。」
「ものの価値は金じゃない。金など人生を円滑に回す潤滑油に過ぎんよ。」
「その通りだと思うけど、官僚時代は真逆の事を言ってなかったかい?」
「君子豹変す、と言うがね。君子でなくとも豹変はするのさ。」
私はナプキンでケチャップまみれのアイリの顔を拭いてやる。
「自分で拭けるのにぃ~!」
笑顔で抗議するアイリ………私の可愛い娘。そう、金など家族に比べれば、まさに紙切れほどの価値しかない。
家族や友と過ごす最後の晩餐。だが突然、インターフォンが鳴り、私達は顔を見合わせた。
「誰だろう。友達のいない天掛を訪ねてくる奴なんか、俺達以外にいないはずだが?」
一言多い病の患者の発作が出たな。
「その通りだが、実に失礼だぞ、権藤。」
「事実だとしても言っていい事と悪い事があるね。」
雨宮は天然なところがあったな。悪意がないだけダメージがデカい。
「旦那様は深く傷付いてるようだから、私が出るわ。」
あまり同情してくれてる風ではない風美代が、立ち上がってテレビフォンを受ける。
「あなた、訪ねてこられたのは物部さんと言う方よ。」
物部さんが? 京都からわざわざ上京してこられたのか。
「風美代、お通ししてくれ。」
和服姿の物部さんはリビングに入ってくるなり、鼻をヒクヒクさせた。
「いい匂いですな。」
「物部さんもお召し上がりになりますか? 今時珍しい喫茶店風のナポリタンですが。よく来て下さいました、どうぞお掛け下さい。」
「ありがたく頂こうかの。翔平が好きだったナポリタンを。」
権藤が引いた椅子に腰掛けた物部老人は、風美代が持ってきたナポリタンを懐かしそうに食べ始めた。
「物部さん、どうして我が家に。」
「翔平に頼まれた、ような気がしての。」
「親父に?」
「翔平の奴め、死んでからも面倒をかけよるわい。………夢を見たのじゃよ。翔平夫妻が夢に現れての、息子を助けてやってくれ、だと。」
親父、お袋………私を見守ってくれているのか?
「どうやらワシの気のせいでもなかったようだの。京都に訪ねて来なさった時はあえて聞かんかったんじゃが、状況が変わったようじゃ。ワシも力になりたい、事情を聞かせてもらえるかな?」
私は物部老人にも事情を話す事にした。
「なるほど、翔平は別世界の人間じゃったか。カッカッカッ、納得じゃわい。あの変人ぶりは異星人じみておったからの。じみたどころか本物の異星人じゃったか。」
物部老人は楽しげに笑い、真剣な顔になった。
「それで光平君も惑星テラとやらに行くのじゃな?」
「はい。妻と娘を救い、息子に罪滅ぼしをする為に。」
「天掛神社の隠し部屋にあった祭器は持ってきてあるかの?」
「空き室に儀式の準備をしてあります。」
「世界は違えど同じ神職、ワシが見てみよう。翔平の書き残した儀式の手順はこれじゃな。」
物部老人はいくつかの祭器の場所を手直しし、部屋を塩で清め、祝詞をあげてくれた。
「波平君の場合は術そのものは翔平が勾玉に込めておったようじゃから問題なかったが、光平君の場合は自力で術を成功させねばならんな。危険な博打じゃのう。」
「そうなりますね。」
「光平君、二人で少し転移の祝詞の練習をしておこうか。」
「お願い出来ますか?」
「その為に来たのじゃからの。」
それから二時間ばかり、私は物部老人の指導で祝詞の練習をした。
「なかなか筋がいい。光平君は官僚ではなく神職になるべきじゃったの。」
それはありえません。惑星テラでは殺人も辞さない覚悟の私は、神職とは縁遠い人間なのです。
「儀式ではワシも共に祈らせてくれ。なんの役にも立たんかもしれんが、翔平の時にもそうしてやりたかったのじゃ。」
親父の親友だった物部老人は、親父を見送るだけだった事を後悔していたらしい。
神職として、せめて共に祈りたかったのだろう。
「ありがたい。是非お願いします。………では私は友に別れを告げてきます。」
祝詞の練習で時間を使った。そろそろ予定の時刻だ。
風美代達はまだ分からないが、少なくとも権藤と雨宮とはこれでお別れか。………正直、寂しい。
「権藤、雨宮、いろいろと世話になったな。」
「水臭い事を言いなさんな。俺達は共犯、いや友達だろう?」
「天掛ならきっと上手くやる。僕は信じているから。天掛と最後に本当の友達になれてよかったよ。」
私は権藤、雨宮と固く握手をしてから抱擁した。
「風美代、アイリ、暫しのお別れだ。体に気をつけるんだぞ。」
「はい、あなたこそ気をつけて。無事を祈ってます。」
「お父さんからの連絡を待ってるからね!」
ああ、間違いなく連絡はする。願わくは連絡だけで済めばいいのだが………
「では行ってくる。息子の生きる世界へ!」
これ以上話していると涙が出そうだ。家族の前では見せかけだけでも強い父親でありたい。
家族や友への募る想いを振り切り、私は物部老人の待つ部屋へと向かった。
「別れは済んだようじゃの。」
「ええ。始めましょう。」
私は親父の残してくれた手紙に記されていた通りに、儀式を始める。
親父、お袋、どうか私に力を貸してくれ。
待っていろ、カナタ。今おまえの生きる世界へ行くからな!
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