脱出編6話 天掛光平の再婚
結婚式は二度目なのだが、一度目の結婚式より、よほど緊張した。
退院した私は京都の物部さんに頼んで知り合いの神父さんを紹介してもらい、都内のホテルで風美代と簡単な結婚式、いや再婚式を挙げた。
出席者は権藤と雨宮だけ、式を終えた私達はホテルの客室に移動し、祝宴をあげた。
「風美代さんのドレスは素敵だったね。」
「キレイだったよ、ママ!」
人格者組の雨宮とアイリが風美代を褒め、捻くれ組の権藤が私に皮肉を言ってくる。
「白スーツの天掛はマフィアの構成員にしか見えなかったがね。」
「せっかくの式に、いつものヨレヨレのコートを着てきた権藤に言われたくないぞ。他に服を持ってないのか?」
権藤がファッションに興味がない事ぐらいはもうよく分かってるが。
なんだかんだでこの男との付き合いも、もう半年近くになるんだな。
「こうして天掛と飲むのも最後になるんだね………」
雨宮がしんみりした口調でグラスを上げたので、軽くグラスを合わせる。
「ああ、全ての準備は整った。明日、決行する。」
勾玉に力は満ちた。旅立ちの時が来たのだ。
「しかし波平君、いや今はカナタ君だったか。カナタ君はツキがないみたいだけど、天掛には運があるんだね。脳死状態のクローン体が研究所にあるだなんて。」
雨宮の言う通り、私はツイている。いや、幸運ではない。カナタがもたらしてくれたのだ、私に機会を。
「ツキじゃない。カナタが私にチャンスをくれたんだ。」
私の意見に権藤が同意する。
「そうなのかもな。俺は運命論者じゃないが、今は運命ってヤツを信じてもいい気がしてきた。カナタ君が研究所へ戻って、脳死状態の17号の存在を教えてくれるだなんてな。勾玉に力が満ちる前に、カナタ君がミコト姫と接触した時はもうダメだと思ったもんだが。」
ミコト姫と交信出来なかった理由は分かった。ミコト姫はカナタからの交信を待っていたが、カナタは無意識のうちに惑星テラへ転移してしまい、空振りに終わった。
何度か、龍石の前で待機していてくれたようだが、カナタからの交信はなく、ミコト姫からこちらへの交信も出来なかった。それでミコト姫はカナタが親父からの手紙の内容を信じなかったか、地球に残る選択をしたのだと判断した。
私が交信を試みても、カナタの魂を転移させた事で念真力が枯渇した勾玉では交信出来ず、勾玉の念真力が回復した頃には、ミコト姫は同盟軍の機関紙の記事によってカナタの存在を知り、波平だと確信した。故にカナタに直接会う機会を窺い、手紙に記された交信方法を放棄していたのだ。
その時はなんて間の悪いと歯噛みしたが、カナタが突破口を開いてくれた。
勾玉の念真力回復量を把握した私は、時間を置きながらカナタの動向の観察を再開し、重要な出来事が起こればつぶさに観察を続けていた。
そしてカナタが教えてくれたのだ。研究所にある脳死状態の実験体17号の存在を!
値千金のこの情報のお陰で、私は一か八かの博打を打たずに済む。明確に狙いを定めて、心転移の秘術を行えるのだ。
勾玉に力が満ちる日時を計算した私はXデーを明日と定め、あらゆる準備をし、いよいよ決行前夜を迎えた。
アイリを寝かしつけてから、大人達はホテルのスィートルームで歓談しながら酒を飲む。
雨宮と権藤は気を利かせてくれたらしく、日付が変わる前に自室へ引き揚げて行ったので、今、この部屋にいるのは奥の部屋で寝ているアイリと、並んで東京の夜景を眺める私達だけだ。
「東京の夜景を眺めるのもこれで最後かと思うと感慨深いな。」
「惑星テラは地球より科学が進んでいるんだから、きっと似たような夜景が見れるわよ。」
「そうだな。」
カナタが訪れたリグリットは、東京に劣らぬ大都会だった。夜景は異世界でも楽しめるだろう。
「光平さんは大都会の夜景を見るのが好きよね。」
「ああ、「いずれこの手に握ってやる!」なんて
ステレオタイプな悪党は、都会の夜景を見下ろしながらワインを嗜むというのが相場だ。
今の私のように、な。
「あら怖い。そんな事を考えていたの?」
「ジョークだよ、と言いたいが事実だ。我ながら悪い男だよ。理由は違えど惑星テラでも同じ事をするだろう。もう一度権力を握る戦いに身を投じる理由は野心じゃないがな。………カナタと君達の為だ。」
「………あなた………」
キマイラ症候群の治療法を研究させるにも、風美代達のクローン体を製造させる為にも権力と財力が必要だ。
しかもあまり時間をかける訳にもいかない。となれば方法が荒っぽく、あくどくなるのはやむを得ない。
剣狼と呼ばれ、異名兵士として頭角を現しつつあるカナタのように、戦士として大成する事は私には出来まい。
兵士として生き抜く息子を観察してきて分かった。カナタは乱世の英雄………いや、英雄の卵だ。
出来の悪い息子どころか、私にはない稀有な才能があったのだ。
だが私には官僚として霞が関で生き抜いてきたノウハウがある。
カナタのように剣を牙には出来ずとも、策謀を牙としてのし上がってやる!
………剣狼カナタ………剣を牙とし生き抜く狼、か。我が子ながら格好いいじゃないか。同じ男として憧れるぞ。
おまえを見限った私が言うのもなんだが……カナタ、おまえは大した男だ。こうしておまえを誇りに思う事ぐらいは許してくれ。
翌日の朝、私達の部屋に雨宮と権藤がやってきた。朝食会議の時間だ。
男三人は惑星テラでの方策を話し合う。汚い話もするので風美代達には出掛けてもらった。
まずは状況確認からだ。
「私は脳死状態にある実験体17号の体に転移、そこから研究所からの脱出を図る。」
「
雨宮の言葉を権藤が引き取る。
「だが天掛にはカナタ君にはないアドバンテージがある。基地の全見取り図がここにある、という事だ。」
机の上にはカナタに背後霊のようにつきまとって盗み見をし、暗記した研究所の見取り図が置いてある。
惑星テラに比べれば科学力に劣る地球でも、フリーの製図ソフトを使えばこの程度は造作もない。
「カナタの取った脱出法をプランAとする。カナタが驚異的な戦果を上げているから、可能性はゼロではない。」
「それは難しいと思うよ? 臨床試験はカナタ君がやっているという事だもの。研究者達は17号、つまり天掛はなんとしても手元に置いておこうとするだろうね。」
雨宮の言う通りだな。
「合法的な脱出が無理なら非合法な方法になるな。17号の体があるのは、この特別区画にある第二ラボだ。ヘリポートに近い。」
権藤がシガレットチョコを齧りながら、フケだらけの頭を掻く。せっかく皆にスィートルームを用意したんだから風呂にぐらい入れ。
「カナタはヘリが墜落して酷い目にあった。私の読み通り、学習能力が高いカナタは、基地へ戻ってからヘリの操縦マニュアルを読んでいる。いずれはヘリの操縦を覚えるつもりだろう。」
「天掛、マニュアルを盗み見しただけでヘリの操縦が出来るのかい?」
「雨宮、惑星テラのヘリは地球のヘリより進んでいる。目的地を入力すればオートパイロット機能で離陸から着陸までやってくれるんだ。案の定、カナタはまずオートパイロット機能の使い方から学び始めた。」
「だが長いフライトは撃墜される危険があるのじゃないか? 研究所は相当な僻地にあるんだろう?」
権藤の懸念はもっともだな。だが手はあるんだ。
「研究所から少し飛んだら、強制着陸機能を使えばいい。目標はこの街の近くの森だ。」
「少し遠くないか?」
「地球なら人工衛星であっという間に位置を補足される。だが惑星テラの人工衛星は全てコントロールアウトの状態だ。追尾されない限り、そう簡単に位置は掴めん。」
「そうなると基地からの追っ手のヘリをオートパイロットで巻けるかが問題か。」
「それも問題ない。基地は木っ端微塵に破壊する。」
「破壊する? どうやって!」
雨宮が悲鳴のような叫びを上げたが、私は落ち着いて答える。
「カナタが基地に隠された自爆装置の事を調べてくれたんだ。起動に必要なパスコードだけが分からんが、シジマとかいう博士と、主任二人がそれを知っている。」
「基地が爆発するドサクサに紛れて逃げ出す、か。プランBはそれだな。」
「プランBを成功させる為にはシジマ博士か主任のどっちかの身柄を確保する必要があるね。」
「私が17号の体で目覚めれば、シジマはすっ飛んでやって来るだろう。だからプランBを本線とする。プランCはプランBが不可能だった場合に、カナタのように従順なフリをして研究所で過ごし、隙を見てパスコードとヘリを奪取する、かな。」
「プランBの難点はぶっつけ本番なところか。」
「でもプランCだと特別居住区画に送られる。見取り図で見る限り、かなり厳重だよ。」
「どっちのプランでいくかは、現地の状況を見て私が判断するしかないな。だが必ずやり遂げる。」
このミッションに失敗は許されない。必ず成功させて、私は私の戦いを始める。
妻と娘を救う手立てを見つけ、剣狼と呼ばれる息子を陰ながら支える為に……私の全てを賭けよう。
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