脱出編5話 少女の決断



風美代が病室を訪ねてきたのはそれから数日後の事だった。


その間に二度ほど権藤が来たのだが、事情は伏せておいた。


権藤はジャーナリストとしての本分、苫米地の余罪を洗うのに忙しかったから邪魔をしたくなかったし、結論が出てから事情を話しても遅くはない。


権藤の話では余罪も殺人らしく、おそらく苫米地は死刑か無期懲役になるだろうとの事だった。


とんだ人でなしを部下に持ったものだな。小悪党だと思ってはいたが、まさかド外道だったとは。


病室の椅子に腰掛けた風美代の顔には決意の色が浮かんでいた。なんらかの答えが出たのだろう。


「アイリに事情を話したわ。」


「そうか。理解は出来たのか?」


信じてもらえたのか、と聞くべきだったかな? 


いや、賢い娘だから理解したのは分かっているのに、私もつまらない質問をしたものだ。


「ええ。アイリは光平おじさんと一緒に惑星テラに行きたいって。危険な星でも、病の影に怯えて生きるよりはいいもん、そう言ったわ。」


「………そうか。だが本当に危険な星なんだがな。」


「あのコはボスニアのスラムにいたから、それはよくわかってると思うわ。」


「そうだったな。平和な日本で暮らしてきた私達より、よほど分かってるのかもしれん。」


「危なくなっても光平おじさんが守ってくれるから、とも言ってたわよ。ずいぶん信頼されたわね、スーパーマンさん?」


「よしてくれ。私はスーパーマンでもバットマンでもない。死の影に怯えるただの中年男だよ。」


「それでね、一つだけ……」


「条件がある。君も惑星テラに行く、だろう?」


「どうしてわかったの?」


「分かるに決まってる。親と離別したい子がどこにいる。」


「あの子も………波平もそうだったでしょうね………」


「そうだろうな。だから風美代、私と一緒に惑星テラへ行って影ながらカナタを見守ろう。」


「そうね。私はカナタの前に出るべきじゃないし、その資格もない。でもあなたはそうじゃないわ。ちゃんとあの子を育てたんだもの。」


「途中まではな。いや、その途中とやらも自己顕示欲を満たす為に名門校に入学させようとしただけだ。実際には金を出していただけで、到底育てたなどと言える立場じゃない。君と同じだ。」


「…………」


「そんな顔をするな。久しぶりにカナタの近況を覗いてみたんだが楽しそうだったよ。ちょっとばかりツキはないようだが、頼もしい仲間に囲まれててな。しかも女の子にもモテてるんだ。どうにも優柔不断で見てる私がモヤモヤしているのだが。」


「あら、あの子もなかなかやるものね。是非そのモテっぷりをこっそり覗いてみたいわ。」


「先に言っておくが、君やアイリが惑星テラへ行くにはリスクがある。心転移の秘術は術者だけでなく、他人にも行使可能なようだが、なにせ行使するのが門外漢の私だ。」


「たとえ無理でも無理を通してもらうしかないの。アイリだけでなく、私がキマイラ症候群から逃れる為にもね。」


なんだと!?


「どういう事だ?」


「勾玉に触れる前から、アイリは念真力の存在を認識していたみたい。そのアイリが教えてくれたの。私にも念真力があって、少しずつだけど、って。」


カナタと同じ特異体質!なんて事だ!カナタの特異体質は風美代から受け継いだものだったのか!


「親父は何故気付かなかったんだ!」


「18年前はお祖父様でも気付かないほどの微弱な念真力だったんだと思うわ。私が天掛家の人間だったのは2年ほどだし、お祖父様達とは別居していたのだもの。」


………そうだ。風美代と別れてから両親と同居を始めたのだった。私が育児ではなく、仕事に集中したかったから。


それから18年の間に、風美代の念真力は成長し続け、………そして私達はもう若くはない。


キマイラ症候群は念真力を支える体力が無くなった時に発症する………このままでは風美代まで………


「光平さん、そんな顔をしないで。私はキマイラ症候群と無縁であろうと、アイリと一緒に惑星テラへ行くつもりだったのだから問題ないわ。カナタの時と同じ過ちはしない。今度こそ家族と、娘と寄り添って生きるの。」


家族と寄り添って生きる、か。カナタは私や風美代を、もう家族と思っていまい。それは自業自得なのだが……


風美代、実は私も決意した事がある。同じ過ちを犯したくないのだ、私も。


「ところで風美代………」 「あのね、光平さん………」


私達は同時に言葉を発してしまった。気まずい沈黙が病室に漂う。


「え~と、何かしら?」


「君から話せよ。なんなんだい?」


「光平さんから話して。男でしょ?」


「男女平等だ。性別は関係ない。」


「こんな時だけズルくない?………たぶん、光平さんは私と同じ事を言おうとしているんだと思う。」


心から………心からそう願うよ。


「………あ~、その、なんだ。………今更こんな事を言えた義理じゃないのは分かっている。過去に君にした事を思えば厚顔無恥もいいところだとも思う。おまけに死病まで患っている男が言っていい事でもないんだが………いや、やっぱりやめておこう……」


……馬鹿馬鹿しい、私は何を考えている。虫がいいにも程があるだろう!


「私達………再婚してみる?」


「あ、いや……その………」


「違う話だった?」


「そうなんだが、私にそんな事を言う権利はないと思うし、言えた義理でも……」


「権利とか義理とか、そんな小難しいお話かしら? かつて夫婦だった中年男と中年女がよりを戻して移住する、世間じゃよくある話じゃない。」


移住先が異世界なんて例は私達ぐらいだ、よくある話じゃない。


しかし私も情けない男だな。カナタの優柔不断にモヤモヤしていたが、私の方がよほど臆病じゃないか。


肝心な事を風美代に切り出させて、背中を押してもらわないと決断出来ないとは。


「わかった。是非そうさせてくれ。アイリには話したのかい?」


「まだよ。話したのは惑星テラへの移住の事だけ。」


風美代は再婚の事は二人で話すべき事、と考えたのだな。確かにそうだ。


「風美代、介添えを頼む。今からアイリの病室に行く。」


私は風美代の助けを借りて、アイリの病室へと向かった。




子供を相手に話をするのに、こんなに緊張したのは初めてだ。


話す前から両手に汗が滲み、話す声も上擦っていて、気恥ずかしかった。


そんな自分をみっともないとは思わないが。なにせアイリに「娘になって欲しい」、とお願いしている訳なのだから。


「………そういう訳なんだ。私はアイリや風美代の家族になりたいのだが、アイリの考えを聞かせて欲しい。」


つっかえながら話し終えた私を、ベッドの上のアイリは真剣な顔で見上げてきた。


強い光を放つ瞳に気後れしそうになる。この子はやはり只者ではない。


「………アイリにはもうパパがいるから。」


………ダメだったか。アイリに拒絶された時の事は、風美代とは話し合っていない。


話し合うまでもないからだ。アイリが嫌なら、この話はナシだ。


「………だから………お父さんでいい?」


!!!


「アイリ、本当にいいのかい?」


アイリは微笑みながら頷いてくれた。


「だって、パパの事を忘れろって話じゃないもん。アイリのパパはいつまでもヘンリー・オハラ。それでね、アイリにはお父さんも出来た。新しいお父さんは天掛光平、アイリにはパパとお父さんがいる、それでいい?」


「もちろんだよ。ありがとう、アイリ。」


「それに向こうの世界には、アイリのお兄ちゃんがいるんだよね!」


そうか。私がアイリの父親になったなら、カナタはアイリの義理の兄だ。本人は知る由もない話だが。


カナタよ、私達の事は親だなどと思わなくていい。だが願わくば、アイリだけは妹だと認めてやってくれ。


「ああ、天掛カナタというんだ。頼りになるお兄ちゃんだよ。」


「会うのが楽しみだなぁ。早くアイリを異世界に呼んでね、光平おじ……お父さん!」


私は不覚にも子供の前で、涙を見せてしまった。




それから数日後、病室を訪ねてきた権藤に私は事情を話した。


事情を聞かされた権藤は、喜んでいいのやら悲しんでいいのやらと言った顔で祝福?してくれた。


「なんと言えばいいのやらだが………やっぱりおめでとう、なのかね?」


権藤もアイリの病魔や風美代の抱えたリスクの事がなければ、素直におめでとうと言ってくれたのだろうが……


「ありがとうと言っておこう。という訳でな、私は必ず惑星テラへ行く。家族を救う為にな。」


惑星テラへ行き、まず妻とアイリを救う。それから息子カナタの力になるのだ。


「天掛ならきっと出来るさ。そうそう、苫米地の事だがな。余罪が2件あった。どっちも殺人だ。」


「………そうか。」


………3人も手にかけていたのか。おそらく死刑になるだろう。


「死刑になって当然のクズだが、例によって弁護人は精神疾患を訴える気だ。惑星テラへ移住する天掛達には、苫米地がどうなろうと関係ないだろうがね。」


「そうでもない。苫米地は刑務所で最後を迎えてもらわんと都合が悪いんだ。」


「どういう事だ?」


「惑星テラは地球より科学が進んでいる。癌の特効薬が存在するぐらいにな。だからキマイラ症候群に効く特効薬も存在するか、開発可能かもしれん。」


「特効薬があったらどうするんだ? こっちへ持ってくる訳にもいくまい。」


「製法を伝える事は出来るかもしれん。そうすれば風美代とアイリは地球で暮らせる。わざわざ戦乱の星に行く必要はないだろう?」


「………天掛はそれでいいのか?」


「ああ。………それでいいんだ。………権藤に頼みがある。」


「わかったよ。製法の目処がついたら、今の話を風美代さん達に伝えろってんだろ。天掛、俺に貧乏籤を引かせてる自覚はあるんだろうな?」


うまく事が運べば惑星テラへは呼び寄せないという話を、いま風美代達にする訳にはいかんのだ。諦めて貧乏籤を引いてくれ。


「すまんな、戦友。」


「戦友ときたか。悪い気はせんな。さて、頼まれたモノはこれだ。著作権切れの文学、音楽のリストだったな。」


「助かるよ。法学部は出たが、著作権法は専門じゃないんでね。だが新聞社ならプロだからな。」


「一応遵法精神はあったんだな。」


「このリストの文学、音楽が売れなければ手段は選ばん。選ぶ、それだけの事だよ。」


著作権アリの文学、音楽を売りさばくのは最後の手段だ。特に著作権アリの新しい音楽をカナタが聴けば、他の転移者の存在に気付かせる事にもなりかねん。文学にもリスクはあるが、カナタの読書傾向は掴めたからな。


カナタは相当な読書好きだが、読むのは興味のあるものだけ。趣味外の本ならば、まずバレまい。




地球の音楽家や文豪への礼節を守りたい、なんてのはつまらない拘りだと分かってはいる。


惑星テラに行けば、なんらかの犯罪行為に………いや、おそらく殺人にさえ手を染める事になるのだから。



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