脱出編4話 あまりに理不尽すぎないか!



「それで? 雨宮さんはあなたの言う事を信じてくれたの?」


見舞いに来てくれた風美代が器用に林檎を剥いていく。これが林檎の皮が一枚に繋がっている、という達人技かな?


「半分はね。」


「半分?」


半信半疑なのだから半分だろう?


「もうじき残りの半分も埋まる。」


私がそう言うと同時に、規則正しいノックの音が響く。雨宮が病室にやってきたようだ。


「天掛、入るよ。」


「ああ、どうぞ。」


微妙な表情で入室してきた雨宮は、風美代の姿を見て相好を崩す。


「風美代さんが来ていたのか。これはお邪魔だったかな?」


「なにを言っている。私はとうの昔に風美代に捨てられた男だぞ。」


「人聞きの悪い事を言わないでくださる?」


「では逃げられた、かな?」


「私にこらえ性がなかったにせよ、逃げられるだけの事をなさいませんでしたか?」


野心を満たす為に仕事にかまけ、家政婦じみた扱いをしてきた過去の記憶が甦る。


いくら私が都合のいい思い込みが得意でも、残念ながら弁護のしようがないな。


「言葉もない。それで雨宮、どうだったんだ?」


雨宮から勾玉を返されたので首に掛ける。この勾玉があると落ち着くな。御守りのようなものだ。


「地積学が専攻の友人に頼んで調べてもらったんだけど、その勾玉は隕石まで含めても、地球上にはない物質で出来ている。天掛の言った通り、正体不明の新物質だった。もっと詳しく調べさせてくれと懇願されたけど、なんとか言いくるめて帰ってきたよ。」


「私の言った通りだっただろう?」


「そうだね。……風美代さんは天掛の話を信じているのかい?」


「もちろん信じているわ。」


「じゃあ僕も信じる事にするよ。」


おいおい、私はずいぶん信用がないのだな。………今までの行いを考えれば当然か。


「という訳でね。雨宮にも協力して欲しい。」


「どんな協力が必要だい?」


「波平がそうだったように、惑星テラへ魂を転移させれば、この体は回復不能の脳死状態になる。風美代達に迷惑がかからないように取り計らって欲しい。」


「心転身の秘術とやらを使う時に、風美代さんのアリバイを確保すればいいんだね?」


察しがよくて助かるな。私の死に疑問があれば、疑われるのは遺産を相続する風美代だからな。


「ついでに死亡診断書も頼む。もし使える臓器があれば誰かの為に使って欲しい。どうせ地球に帰ってくる事はないんだ。この体を使って救える命があるなら、救ってくれ。キマイラ症候群に冒された体なんて誰も欲しがらないかもしれんが。」


「そんな事はない。後でドナー提供の書類にサインしてくれ。」


「わかった。後は医師として出来うる限りの延命治療を。少しでも時間があれば、それだけ惑星テラへ行ける可能性が上がる。」


「それは言われるまでもない。あらゆる手を使って天掛に時間を作るよ。」


「ありがとう。そう言えばアイリはどうしたんだ?」


「あんな事件を見てショックを起こしたみたい。熱を出して寝込んでるわ。」


「だったら私の見舞いになんて来てないで、娘の傍についていてやらきゃ駄目だろう。早く帰りなさい。」


「はいはい。どうせ私は母親失格ですとも。アイリが光平おじさんありがとうって言ってたわ。光平おじさんは銃弾から庇ってくれたスーパーマンですって。」


アイリがそう言ってくれるならバットマンではなくスーパーマンの従兄弟でもいいな。


「苫米地の件の原因は私だ。むしろ君達を巻き込んでしまってすまなかった。」


人を軽くみて失敗した癖に私も学習しない男だ。小心者だと思っていた苫米地は殺人犯だったんだからな。


だが奴はもう拘置所、そして刑務所に行く。風美代達に危害を加える事は不可能だ。


痛い目をみたがこれで安心だ。惑星テラへ行く為のヒントをくれたアイリが無事で本当によか……


待てよ? 勾玉に念真力が篭もってる事を教えてくれたのはアイリだ。


という事はあのコは念真力を感じとれる。………中東で亡くなった父親からの最後のメッセージを聞いたとも言っていた。………ミコト姫が使えるという天心通に似てはいないか?


もしそうなら………アイリは図抜けた念真力を持っているという事になる!


「風美代!すぐにアイリをこの病院に連れてくるんだ!」


「急にどうしたの? ただのショックよ。朝ごはんもちゃんと食べたし、大事をとっただけだから……」


「いいから連れてくるんだ!雨宮、精密検査の準備をしてくれ!」


「あ、ああ。それは構わないが、どういう事なんだ?」


「風美代、勾玉の秘密はアイリが教えてくれたと言っただろう。」


「ええ。あのコには昔から不思議なところがあるから……」


「アイリは中東で亡くなった父親からのメッセージも受け取った。つまりあのコは尋常じゃない念真力を持ってるかもしれないんだ!キマイラ症候群の原因は念真力なんだぞ!」


「ま、まさかアイリも!」


「それを確認するんだ。アイリをここに連れてきて検査を受けさせよう。何事もなければそれでいい。」


「わかったわ。雨宮さん、精密検査の準備をお願いします。」


風美代は慌てて部屋を出ていく。


頼む、私の思い過ごしであってくれ!





「結論から言おう。キマイラ症候群、ステージ1だ。」


雨宮の沈んだ声、目の前が真っ暗になる。そんなバカな!そんな事ってあるのか!理不尽過ぎるだろう!


キマイラ症候群の発症は早くても30代後半からのはずだ!


「雨宮、何かの間違いの可能性は?」


「ない。僕も間違いであって欲しいと思っているが、医師として培ってきた全てが、間違いないと告げているんだ。」


「そんな!アイリが!アイリが………」


泣き崩れる風美代。慰めたくとも、なんと言葉をかけていいのか分からない。


「ステージ1なら命に関わる事はないんだろう?」


「もちろんだ。肝臓を少しだけ切除すれば問題ない。だけど………」


そうなのだ。今はそれでいいが将来はどうなる?


キマイラ症候群の発症は、ほとんど私ぐらいの年代からだ。キマイラ症候群の発症時期は、念真力を支える生命力が衰え始める頃だからだ。


だが、私とは比較にならない念真力を持っているアイリは、現時点で既に発病のリスクを負っている事になる。


………いや、既に発病してしまっているのだ。


「今はどうにかなっても発病のリスクはどんどん大きくなってゆくのでしょう? アイリは長くは生きられない、そういう事なんでしょう?」


風美代が雨宮に質問するが、雨宮は答えられない。


「風美代、こまめに精密検査を受ければ早い段階で発見出来る。長く生きられないなんて事はないさ。」


「そうだとしても!病の影に怯えながら生活して、見つかる度に手術を受けて………アイリはそんな生き方をしなくちゃいけないんだわ!いえ、幼い体で何度も何度も摘出手術を受けて長く生きられるのかしら………ああ、どうすればいいの!」


「………雨宮、もしキマイラ症候群の原因が親父の仮説通りだったとしてだ。何度も摘出手術を受けて長く生きられるものなのか?」


「………今回のように発見が早ければ、体にかかる負担は最小限に留められる。長く生きる事だって可能だと思う。」


「思う? 気休め抜きで専門家としての意見を聞かせてくれ。頼む。」


「もし過大な念真力がキマイラ症候群を引き起こすというなら、アイリちゃんの念真力は相当に強いと推測出来る。黙っていたがアイリちゃんはキマイラ症候群の発症事例としては、群を抜いて最年少なんだ。少なくともキマイラ症候群と確認された中ではね。」


アイリと同年代で発症した人間はいないか、いても確認前に死亡している、という事か。


アイリはこのままでは長く生きられない、波平にも発病リスクはあったようだが、事態はより深刻だ。


風美代も同じ事を考えたのだろう。顔を覆って嗚咽し始めた。


「………アイリを救う方法はある。」


私の言葉に風美代は涙に濡れた顔を上げた。


「方法があるの? それはどんな方法? 教えて!」


「私と同じ方法だ。惑星テラにはキマイラ症候群は存在しない。」


「!!」


「手順としてはこうだ。まず私が惑星テラに行き、アイリの為のクローン体を用意する。そしてアイリが地球では長く生きられそうにない、もしくは病の影に怯えながら生きていくよりも、戦乱の地でもいいから惑星テラへ行きたいと願うならば、私が惑星テラからアイリを呼び寄せる。」


「……………」


「………よく考えて決めてくれ。まだ時間はある。」


「………わかったわ。少しだけ時間を頂戴。」


「雨宮、アイリの手術、よろしく頼む。」


「任せてくれ。風美代さん、アイリちゃんの病室へ行こう。風美代さんに会いたがっているから。」


風美代は雨宮に連れられて病室を出て行った。


これは風美代達親子の問題だ。他人である私が口出しすべきではない………


だが、もしアイリが惑星テラへ行くというのなら、私も決意した事がある。




今は答えを待とう。どんな答えが出ても、私はその答えを尊重し、賛同するつもりだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る