脱出編3話 QBだろうがタックルは出来る
「勾玉ちゃん、だいぶ元気になってきたね~。」
ベトナムの民族衣装アオザイを着込んだアイリはいつにも増して可愛らしい。
「アオザイが気に入ったみたいだね。」
「うん!ベトナムは楽しかったね。」
「楽しかったな。そうだ、今度はグァム島にでも行こうか。」
「ホント!約束だよ!」
グァムにも射撃場があったはずだ。もう少し銃の練習をしておきたい。………嘘をつけ。
本当はまたこの娘達と一緒に旅行に行きたいんだろう?
アイリも風美代も私の家族ではないと分かっているのに……馬鹿な男だな、私も。
「ああ、約束だ。勾玉ちゃんはようやく元気の半分ってところかな?」
「光平おじさんにもわかるの!」
「アイリに教えてもらったからね。分かるようになった。」
最初に航路を発見してもらえば、後に続く者はその軌跡を辿ればいい。
アイリのくれたヒントのお陰で、私は念真力を感じ取れるようになってきたのだ。
今では心を澄ませて集中すれば、勾玉の鼓動さえ聞こえるような気がしている。
天掛神社の御神体であるこの勾玉は金属のような質感だが、生きているのかもしれないな。
半分チャージが出来たのなら、惑星テラとの交信を試してみよう。
あれから二ヶ月近くが経ってる、カナタの近況も知りたいが、ミコト姫との交信が先決だ。
「光平さん、デパートに買い物に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」
「ああ、車を出そう。アイリも外行きの服に着替えてくれるかい?」
「は~い。ちょっと待っててね!」
軽やかにリビングを出たアイリが階段を登る音が聞こえる。あの娘の無邪気な仕草に私は救われているな。
さて、久しぶりに車を動かすか。気分転換にも丁度いい。
ガレージを開いて車を玄関前まで移動させる。
冬休みが終わった為に警護のバイトの大学生達はもういない。
代わりに空手の有段者である権藤が居候してくれているのだが、今日は珍しく取材で不在だ。
警戒対象の苫米地は一度自宅に押しかけてきたが、あいにく私達は不在で、バイトの大学生に撃退された。
それ以来、あの臆病な青びょうたんは自宅に引きこもっているようだから、護衛が私だけでも心配あるまい。
「光平さん、体は大丈夫?」
「おかげさまでね。ベトナムで雨宮が言っていただろ? なにが私を支えているか分からないが、病状の進行はさほどではない。驚異的な事だって。」
「なにが光平さんを支えているか、雨宮さんには話した方がいいかもしれないわね。」
「そうしたいが信じてくれるかな?」
「ふふっ、精神科医を紹介されたりして。」
「それが怖い。」
「光平おじさんお待たせ!さ、行こう~♪」
久しぶりに握るハンドルか、たまには悪くないものだ。
デパートの地下で食材を買い込み、車に積んでからまた店内に戻る。
祭日だけに、どこもかしこも人だらけだな。
4階の婦人服売り場のベンチ前で風美代に切り出される。
「光平さんはここで待ってて。少し疲れたでしょ?」
「病人扱いは止めてくれ。付き合うよ、荷物ぐらいは持てる。」
病人扱いもなにも、私は紛れもなく病人なのだが。
「え、え~と。買い物というのは私とアイリの下着なんだけど……」
「ごゆっくり。私はここで休んでるから。」
「光平おじさん、まったね~♪」
風美代の袖を掴みながら、空いた方の手を振るアイリに、手を振って応えてから自販機で缶コーヒーを買う。
ふむ………不味いな。一昔前よりずいぶんマシにはなったが。
ベンチに腰掛け、不味い珈琲を味わっているとスマホが鳴った。
権藤?……なにかあったのか? 急ぎの用に決まっているか。権藤は今、我が家の居候なんだから。
「天掛だ。権藤、なにかあったのか?」
「天掛!今どこにいる!」
「風美代とアイリを連れてデパートに買い物に来てる。慌ててるようだが、どうかしたのか?」
「すぐ風美代さん達を連れて戻れ!苫米地が消えた!」
私はスマホにイヤホンとマイクを付けて立ち上がった。
「苫米地が消えた? どういう事なんだ? 失踪でもしたのか?」
「10年前に渋谷で少年が誘拐された。後日、千葉の山中で遺体が発見されたんだが、犯人はわからずじまいで迷宮入り。だが被害者の遺体に歯形が残っていた。犯人は少年を噛む性癖があったんだ。」
「おい、まさか……」
「その事件の担当刑事が苫米地の米国での売春事件の事を調べた。そして分かったんだ!苫米地にも少年を噛む癖があるってな!」
下着売り場はどっちだ! 風美代、アイリ、どこにいる!
「苫米地の実家は確か千葉だ!じゃあ奴は殺人事件の容疑者なのか!」
駆け出しながら私は叫んだ。
「容疑者なんてもんじゃない!ホンボシだよ!少年の遺体に残された唾液のDNAが苫米地と一致したんだ!」
クソッ!なんて事だ!苫米地の奴が殺人犯だったなんて!
「逮捕状が下りる事を奴はどこかで知ったようだ。それで姿を消した!」
「後でかけ直す!」
「待て天掛!奴はりょ…」
下着売り場はここか!……見つけた!風美代とアイリはまだ無事……
私の目に幽鬼のように二人に近づくロングコート姿の苫米地が見えた。
「苫米地ィ!二人に近寄るなぁ!」
「天掛ぇ!貴様から殺す!」
苫米地がコートの裾をまくり上げる前に、私は大学時代にアメフトで鍛えたタックルをお見舞いした。
ポジションはQBだったが、タックルは得意な方でな!
死に物狂いのタックルを喰らった苫米地は綺麗に吹っ飛び、床に転がる。よし、病人にしては上出来だ。
「光平さん!」 「光平おじさん!」
倒れた苫米地は、口から吐しゃ物を床にぶちまけ、激しく
私は背後の二人を振り返って無事を確認する。
「二人とも無事なんだな!よかった……」
「おじさん後ろ!」
叫んだアイリの指差す先、私は背後を振り返る。床でもがく苫米地がコートから取り出したのは……猟銃だった!
「……五月蝿いガキからだ。死ね!」
「させるか!」
私は床を滑りながら、スライディングキックで猟銃を蹴り飛ばしたが……発射を止める事は出来なかった。
銃声と共に脇腹が焼けるように痛む。だがまだ死なんぞ!
倒れ込んだまま苫米地の髪を掴んで、思いっきり額を床に叩きつけてやった。
「貴様に!貴様如きに!私の家族を奪わせはせん!」
叫びながら何度も何度も額を床に打ちつけてやる。ドロリとした血が顔に跳ねてきたが手は緩めん!
「………やめてくれ………もう、やめ………」
「だったら最初からこんな事するな!この人でなしが!」
駆けつけた警備員が苫米地と私を引き離さなかったら、私は苫米地を殺していたに違いない。
警備員に取り押さえられた苫米地は、両脇を二人がかりで拘束され、連れられていく。
「あなた大丈夫? 大丈夫なの!」
「……君とアイリこそ無事なんだろうな?」
「私達は無事だから!酷い血、脇腹を撃たれたのね!!」
「光平おじさん、お腹からいっぱい血が出てるよ!!だいじょうぶ!?」
「大した事はないさ。ちょっとかすった……だ……け……」
大した事はない、そんな訳はなかった。私の意識はここで途切れているのだから。
「ここは………病院か?」
目に映ったのは真っ白な壁紙と真っ白なカーテン。最近見慣れてしまった病室のようだ。
「天掛、君はスーパーマンの従兄弟かなにかかい?」
ベッドに横たわる手のかかる患者に、笑顔の主治医は質問してきた。
「いや、私の従兄弟はバットマンさ。」
「バットマンは蝙蝠のコスプレをした只の人間じゃなかったかな?」
「只のじゃないね。金持ちの御曹司だ。」
「それは普通の人間って言わないか?」
黒い全身タイツを着込んで、道楽で人助けをする人間は普通じゃないさ。
「雨宮、思うになんでアメリカンヒーローは全身タイツが好きなんだろうな? スーパーマンにバットマン、スパイダーマンにキャプテンアメリカ。代表的なヒーローはみんな全身タイツだぞ?」
「言われてみればそうだね。例外はアイアンマンぐらいかな………そうじゃない。なんで病室でヒーロー談義をしてるんだ僕らは!」
話題を振ってきたのは雨宮だろう。これが「逆ギレ」というヤツかな?
「苫米地に撃たれたのは覚えている。多分、奴の使った散弾実包が鳥撃ち用の小型で威力が低かったので助かった、というところかな?」
詰めの甘い苫米地の事だ。散弾銃の弾丸には狩猟鳥獣に合わせて、いくつも種類がある事には考えが及ぶまい。
生まれは千葉の山奥でも、中学からは東京育ちだったらしいしな。
「その通りだけど、助かった最大の要因は射撃が逸れた事だよ。鳥撃ち用の散弾だって人間を殺すには十分なんだ。」
カナタの仲間は44口径を筋肉で止めてみせたが。……いや、彼が異常なんだ。
「タックルは上手くいったんだがな。スライディングキックがイマイチだった。サッカー部にも入っておけばよかったよ。」
「……それだけ減らず口が叩けるなら、体の方は問題なさそうだね。」
そうでもない。結構腹の傷が痛むからな。
「どのぐらい入院せねばならん?」
「最低でも二ヶ月は。散弾は全部摘出出来たんだけどね。一部が内臓に食い込んでたんだ。」
「そうか。おっと、礼が遅れたな。雨宮、また助けてもらった、ありがとう。」
「どういたしまして。でもあまり手を焼かせないでくれよ?」
そうはいかんのだ。しばらく病室から動けないとなると、雨宮にも協力してもらわんとな。
どうやら雨宮にも共犯になってもらう時が来たようだ。
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