脱出編2話 元官僚の官僚答弁

※作者より 脱出編1話より、少し時間が遡ってます。



「ままならぬのが現実とはいえ、こうもままならんとはな。」


リビングのリクライニングチェアに深々と座り込んだ私がボヤくと、権藤はポケットから煙草を取り出しながら太い眉根を寄せる。


「また上手くいかなかったのか? 照京のお姫様とやらとの交信は。」


「ああ、親父の手紙に記してあった通りの時間に交信を試みたが返事がない。なにか問題があるのだろう。こっちの問題なのか、向こうの問題なのかは分からんが。」


少し脱力感があるから、天心通の儀式そのものは上手くいっていると思うのだが……


「交信はお姫様が龍石の前にいなきゃならんのだったな。」


「そうだ。龍石が親機、この勾玉が子機のような関係らしい。」


私は胸から下げた勾玉を指先で摘みながらそう答えた。最近はこの勾玉をさわるのが癖になってるな。


「単純にお姫様が龍石の前にいないって事じゃないか?」


「ミコト姫は波平、いやカナタの意思を確かめる為に決まった時間に龍石の前にいるはずなんだ。」


権藤は新品の空気清浄機のスイッチを入れ、床に座り込んで煙草を吹かし始めた。


「となると、ミコト姫はもうカナタ君と出会っているのじゃないか? それで交信の時間に龍石の前にいない。」


「カナタの様子は夢で追っている。ミコト姫とはまだ接触していない。」


バタンとリビングのドアが開き、アイリが勢いよく部屋に入ってくる。


「たっだいま~!あ、権藤のおじちゃん、こんにちわ!」


「おかえり、お邪魔してるよ。」


「今日は雨宮のおじさんと一緒に水族館に行ってたんだっけね?」


雨宮はアイリを水族館に連れていく約束をしていたらしい。面倒見のいい事だ。


「うん、光平おじさんも一緒にくればよかったのに!」


「おじさんは大切な用事があってね。今度一緒に行こうな。」


「ホント!約束だよ!あれ、また勾玉ちゃんの元気がなくなってるね!」


私が指で挟んだ勾玉を見て、アイリは不思議な事を言った。


「勾玉に元気がない? どういう事だい?」


「天掛、子供の言う事だぞ。真に受けるなよ。」


「ぶ~!アイリは嘘なんて言ってないもん!」


そうだ、アイリは正直な子、感じたままを言っているはずだ。子供の言う事などと軽んじてはいけない。


それにアイリは勘が鋭く、不思議な面もある。


「この勾玉がどう元気がないんだい?」


「う~んとね、昨日見た時は寝転んでたのに、今日は寝込んでる、みたいな?」


昨日は寝転んでたのに、今日は寝込んでる? 同じ事のようだが………そうか!


「……原因が分かったよ、権藤。」


「なに!本当か!?」


「光平さん、なにがわかったの?」


遅れて入ってきた風美代に私は答えた。


「アイリちゃんは救世主だったって事だ。」


「光平おじさん、アイリにちゃんはいらないよ!たにんぎょーぎでしょ!」


「そうだね、アイリ。おじさんはアイリからとてもいい事を聞かせてもらったんだ。お礼にケーキを買ってこよう。」


「わ~い!アイリね!苺ショートが好きなの!苺ショートがいい!」


「わかった。ちょっと角のケーキ屋まで行ってくる。」


「俺はチーズケーキな。」 「私はモンブラン。」


いい大人が子供に相乗りするものじゃない。……私もガトーショコラでも買うとしようか。





子供らしくお昼寝タイムに入ったアイリを除いた大人三人は、買ってきたケーキを食べながら会話する。


「つまり、エネルギー切れって事なのか?」


大酒飲みの癖に左党でもある権藤がチーズケーキを飲み込んでから聞いてきた。


「そうだ。親父の手紙に書いてあっただろう、人間の持つ念真力は有限だと。使えば消耗し、時が経てば回復する。この勾玉もおそらく人間と同じなんだ。」


そんな大事な事こそ手紙に記しておくべきだろうに、しょうがない親父だ!


「波平を惑星テラへ送った事によって勾玉の念真力は枯渇していたのね!」


元から甘い物好きの風美代の皿はもう空だ。


「ああ、自然に回復はしていってたのだろうが、私が夢でカナタの足跡を追っていたせいで、溜まる分をすぐに吐き出してしまっていたのじゃないかな。」


「向こうとの交信にはエネルギーを大量に使う、それで交信出来なかったのか。」


権藤がポケットに入れようとした手を風美代が掴む。


「権藤、アイリが傍で昼寝してるんだぞ。煙草はNGだ。」


「へいへい、しかしその仮説に従うなら難しい選択を迫られるな。」


「ああ、勾玉が念真力を溜め込むまで、夢でカナタを追うのはやめておく。」


「あのコは大丈夫かしら?」


心配気な風美代に私は理屈を言ってみる。


「私が夢でカナタの動向を見ていたところで、なにかをしてやれる訳ではない。カナタの運命はなにも変わりはしないんだ。カナタの力になる為には、なにがなんでも惑星テラへ行くしかない。」


行ったところで私になにが出来るのか、という問題はあるのだが。


カナタは戦乱の星に恐ろしい早さで順応し、精鋭である仲間たちからも一目置かれつつある。


万難を排し、私が惑星テラへ行ってみたところで足手まといにしかならないのかもしれない。


いや、必ず役に立ってみせる。カナタにはカナタの戦い方があるように、私にだって私なりの戦いが出来るはずだ。


まず、手始めの一歩を踏み出そう。


「風美代、お願いがあるんだがいいかな?」


「あなたは本当に変わったわね。あなたの口から「お願い」なんて言葉を聞けるとは思わなかったわ。」


私はそんなに尊大な人間だったのだろうか?………だったのだろうな。たぶん今でもそうだ。


そしてこれからも、だろうな。人間の本質は変わらんものだ。


いいさ、善良で無能な人間より、尊大でも有能な人間の方がカナタの役に立つはずだ。


「雲行きが怪しくなってきたような………風美代さん、洗濯物を取り込んだ方がよくないか?」


うるさいぞ、権藤。


「それでどんなお願いなの、光平さん?」


「キミはプロの音楽家だろう? 私に楽譜の読み方を教えて欲しいんだ。」


「あなたも楽譜は読めるでしょう? あれだけクラシックが好きなのだから。」


「趣味の延長で覚えた不確かな知識じゃなく、ちゃんと勉強したいんだ。」


「おい、天掛。今のおまえさんは音楽にかまけてる暇はないんじゃないのかい?」


わかってないな、権藤。これは惑星テラへ行く準備の一環なんだよ。


「趣味で学ぼうというのではない。なにをするにもまず金がいる。それは惑星テラでも同じ事だ。」


「それはそうだが、惑星テラへは財産なんて持っていける訳が………あ!天掛、おまえまさか!」


「金の延べ棒や宝石のような財産は持っていけない、承知の上だ。」


「………でも知識、知的財産なら持っていける。あきれた、光平さん、著作権って知ってる?」


「もちろんだ。だが著作権が生ずるのは地球でのみ、だ。著作権法に惑星テラは規定されていない。つまり合法、合法なのだよ。」


私の官僚答弁に善良な市民の風美代と、あまり善良ではない市民の権藤は顔を見合わせて笑った。


「聞きましたか、奥さん? これが官僚答弁ってヤツですよ。小賢しいったらありゃしない。」


「しかも合法って強弁したわね。どう言い繕っても脱法がいいとこだと思うんだけど。」


「法に抵触していなければ、いや、多少法に触れていようが強弁して言い繕うのが官僚の仕事でね。流行歌から不朽の名作までチョイスしてくれ。惑星テラで売り裁いて財産を作る。」


「はいはい、わかりました。旦那様、いえ元旦那様の言いつけ通りにいたします。」


「天掛がワルなのは分かってたが、本当に悪だな。霞ヶ関でも出世出来る訳だ。」


お褒めに預かり恐悦至極。地球の音楽家達には申し訳ないが、手段を選んでいられないのでね。


いや、惑星テラに地球の素晴らしい音楽を広められるのだから、悪い話ではあるまい。


私は自分に都合のいい思い込みは得意なんだ。


地球の知的財産を元手に財を為して権力を握り、カナタの力になってやるからな。




カナタの動向を追えず、ミコト姫との交信も出来ない。勾玉の念真力の回復を待つだけの日々を、私は勉強に費やした。


知的財産の学習のみならず、剣術も銃器の扱いも、戦乱の星で生きる為に必要と思われる全てをだ。


暇な権藤を誘って、風美代達とベトナムに旅行にまで行った。雨宮までが主治医としての責任があるからついて行くよ、と言い出したのには驚いたが、喜んで一緒に来てもらった。


死ぬにせよ、惑星テラへ行くにせよ、皆と過ごせる時間はもう長くない。


仮初めの友情でも20年以上付き合ってきた雨宮と、ちゃんとした思い出を作っておきたかった。


内心ではずっと小馬鹿にしてきた癖に我ながら勝手なものだ。


ベトナムへの渡航の目的はもちろん射撃演習場だ。そこで自動小銃から拳銃まで、種類を問わず射撃訓練に勤しんだ。


事情を知らない雨宮に、拳銃自殺でもするつもりじゃないだろうね、と詰問されたのには参ったが。


折りをみて、雨宮にも事情を話した方がいいのかもしれない。


上辺の付き合いしかしてこなかったのだから分からなくて当然だが、雨宮は医者の仕事に熱心で、思いやりのある好漢だった。医師として有能なのはもちろんだ。


自分の有能さを鼻にかけ、周りを見下していたから価値に気付かっただけ、か。


今更そんな事に気付く私は、なんて寂しい人生を送ってきた事なのだろう。


そんな寂しさを息子にも……カナタにも味合わせてきたのだな。ろくでもない父親だ。





惑星テラに行けたとしても、カナタに会って親父面するつもりはない。


姿を見せる事はせず、影からカナタの力になろう。


そして死ぬ時に私は変われた、人間として生きた。心からそう思えれば、思い残す事はなにもない。



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