第十章 脱出編 元官僚は戦乱の星に吠える

脱出編1話 実験体17号



体の重さを感じない世界で、目映い光の回廊の彼方を私は目指す。


回廊の向こうにゲートが見えた!


あの輝く扉の向こうに天掛カナタの生きる世界、惑星テラがあるのだ。


もう贖罪の為だけの旅路ではない。私はカナタを………家族を救う。


扉の向こうにどんな苦難が待ち受けていようとだ!




若干の違和感と共に体の重みを感じる。どうやら成功したらしい。


違和感の正体は新しい体への不慣れさと、培養液とやらが肺にまで入っているせいか。


カナタのジョークが実現していたら女の体だったのだから、別人の体とはいえ男なだけありがたいと思わねばな。17号ではなく、18号だったら本当に女だったかもしれん。


薄目を開けて状況を確認、………予想通りに調整用ポッドの中だな。


「!!……こ、これは!すぐにシジマ博士に連絡しろ!」


主任チーフ、もう夜中の二時ですよ? 夜が明けてからじゃいけないんですか?」


「17号から脳波が出てるんだ!早くしろっ!」


「は、はい!………博士!すぐにラボに来て下さい!17号から脳波が出ています!」


この慌てふためきようは滑稽だな。失敗続きの実験に光明が見えたつもりなのだろうが。


「おい、17号!おまえ意識があるのか!どうなんだ?」


……番号で呼ばれるのは本当に苛つくな。生憎私にモブと会話する趣味はない。


呼びかけを無視し続けてしばらく経つと、ドアの開閉音と共に貧相な声が聞こえた。


「17号から脳波が出てるって?」


間違いないな、この貧相な声はシジマとかいう貧相な博士だ。


「17号!聞こえないのか!僕が君を造ったシジマだ!頼む、目を開けてくれ!」


リクエストに応えて目を開けてやるか。……近くで見てもやっぱり貧相な顔だな。


「17号!意識があるんだね!やった!やったぞ!やっぱり12号と同じように一度脳死状態にするのが鍵だったんだ!」


「博士、とうとうやりましたね!」 「おめでとうございます!」


おめでたいのはおまえらだ。私は人でなし共の実験の成果じゃない。


目を開けたついでに周囲の観察をするか。よし、カナタの見た部屋のままだ。


という事は、ここは特別区画にある第二ラボで間違いないな。


ありがたい事にカナタが研究所に戻った時に、全見取り図を見てくれたからな。瞬間記憶の特技を持っていて本当によかったぞ。


………この体には戦術アプリとやらが、まだインストールされていないようだ。


翻訳アプリはなくとも語学には自信があるが、他にも便利なアプリが色々あったな。


「………あ~………ううぅぅ………」


「喋った!喋ったぞ!見たか、みんな!17号が喋った!」


クララが立った訳でもあるまいし、一々オーバーに反応するな、鬱陶しい。


「………あぅ~………ああぁぁ………」


ほら、気付け。何が足りない? カナタと同じようにすればいいんだぞ?


「そ、そうか。翻訳アプリがインストされていないから言葉が分からないんだ!すぐにインストールを開始してくれ!12号にインストしたアプリも全部だ!」


そうそう、それでいい。分かってくれて何よりだ。カナタの評価通り、扱い易い馬鹿で助かるよ。


………眠くなってきた。鎮静剤とやらが投与されたな。


とりあえず戦術アプリを貰ってから、行動を開始するとしよう。





まどろんだ意識をハッキリさせてくれたのは、シジマと主任とやらの会話だった。


「博士、17号の実験成功の報告をしなくていいんですか?」


「まだ早い。完全な成功を確認出来るまで報告はしなくていいと、上から言われているだろう。報告するのは17号と会話による意思疎通が出来てからだ。」


失敗の報告ばかりで、上とやらもウンザリしてるのさ。


失敗続きの人間にありがちな事だが、大した進展もないのに大袈裟な報告を入れていたんだろう。財務省にもそんなのがいた。


おっ、網膜に直接文字が表示されてきた。これが戦術アプリというヤツだな。


いいぞいいぞ、これで色々やりやすくなる。まずは時間だ。今は02:13か。


戦術アプリのインストールに丸一日かかった事になるか。複数のアプリをインストールしたのだから、さもありなん、だな。


「博士、17号の脳波が覚醒状態を示しています!」


「17号!目覚めているのか? 聞こえてるなら返事をしてくれ!」


そろそろ返事をしてやるか。ポッドの中にいたのではどうにもならんしな。


「………出して……くれ………ここから………出して………」


「聞いたかい!ここから出してくれって確かに言ったよ!すぐに出してあげるから……」


「待って下さい博士!警備兵を呼んでからです!」


チッ、主任とやら、余計な事を言うな。まあいい。結果に変化はない。


「やった!とうとう実験に成功したんだ!僕は神に、神になったんだ~!」


今のうちにせいぜい喜んでおけ。天にも昇る気持ちなのは、今だけなのだから。


じきに………地獄に突き落としてやるぞ。




マシンガンを携えた警備兵に囲まれながら、私はポッドの外へと出された。


「17号、僕がキミを造ったシジマだ。言葉が分かるかい?」


私はシジマの言葉に頷きながら、キョロキョロと周囲を見渡す。監視カメラがあるな。


ここに来るまでにいくつかの脱出プランは練っておいたが、プランBでいくなら今だ。


カナタが既に実戦投入されている以上、カナタの使った手であるプランAは難しい。


基地の見取り図を暗記している事を利用し、隙を見て脱出するプランC……


カナタと同じ扱いを受けるとすれば、特別居住区画の奥に押し込められる事になる。


あそこからだと、いくつものゲートを通過しなくては外塀まで辿り着けない。


運良く外塀まで辿り着けても、念真障壁を飛び石に使って脱出するには難がある。


私がカナタのように、上手く念真力を行使出来るようになるとは限らないのだ。


………プランBでいこう。大丈夫、出来る。理由は十分なのだ。


日本に残してきた家族の為にも、私に失敗は許されない。戦場で生きるカナタのように躊躇うな。……躊躇えば死、だ。


「17号、初めて見る世界は物珍しいかい?」


「ああ、とても珍しいよ。シジマ博士、だったか。私を生み出してくれてありがとう。」


私が突然流暢に話し始めたので全員がビックリした顔になった。


「………こういう時は握手、だったかな?」


首をかしげる演技をしながら私が右手を差し出すと、シジマは両手で強く私の手を握ってきた。


実験の成功がよっぽど嬉しかったのだろうが……馬鹿め。


カナタが理性的だったからといって、私もそうだとは限らんのだぞ?


「ところで博士、私はここから出ようと思うのだが?」


「……17号。悪いけどそれは出来ないんだ。キミには実験に協力して貰わないといけなくてね。」


「それは……御免被る!」


私はシジマの手を思い切り引っ張って貧相な体を引き寄せ、人間の盾にする。


モヤシみたいに貧弱なシジマの体とはいえ、全くと言っていいほど重みを感じない。軽く力を入れるだけで、足掻くシジマを簡単に抑え込める。凄い力だ、この体は!これが人間兵器の能力なのか。オマケに若いときたものだ。


老いの影が忍び寄ってきていた元の体とは大違いだな。


「博士!17号、博士を離すんだ!でないとここで死ぬぞ!」


主任の叫びと同時に一斉に私に銃口が向けられる。


「17号!博士を離して両手を上げろ!それからゆっくり地面に伏せるんだ!」


5人の警備兵の中で一人だけ腕章をつけた男にそう言われたが、応じるつもりはない。


「……お前等………私に武器がないと思っているだろう?」


「17号!キ、キミが生まれながらの兵士でも、ここから逃げ出すのは無理だ。投降するんだ!僕が悪いようにはしないから!」


「博士、場合によっては博士ごと射殺します!お覚悟を!」


「そ、そんな……」


死にはせんよ。今はな。……私の息子をモルモットとして扱った貴様には十分ながあるとしてもだ!!


「ガッ!」 「ヒギィィィ!」 「ギィアァァァ!」 「オゴッ!」 


「グガッ!……バ、バカな!……邪眼……だとぅ……」


五つの悲鳴があがり、目と耳から血を流した四人の警備兵が倒れた。


腕章を付けた警備兵だけは目を押さえてうずくまり、その影に隠れていた主任は無事なようだ。


私はシジマを主任に向かって突き飛ばし、膝を着いている警備兵の顎を蹴り上げる。


空中で一回転した警備兵が着地する前に、落ちていたマシンガンを拾う。


安全装置は外れてるな。私は無造作な動きで、倒れた警備兵達に向かって銃弾をお見舞いしてやった。


銃弾の雨を喰らった五人の体は、陸に打ち上げられた魚のようにビクンビクンと跳ね上がる。


弾倉が空になったので銃を投げ捨て、死体から新しい銃を拝借した。


「ヒイィィィィ!!……17号、自分が何をやっているか分かってるのか?」


ほう、目を合わせてるのに死なない。狼眼のオフはうまくやれている、という事だな。地球でイメージトレーニングをしてきた甲斐があった。


この程度は出来て当然だがな。私はぶっつけ本番と土壇場にあれほど強いカナタの父親なのだから。


鶏みたいな悲鳴を上げた後、虚脱状態になったらしい主任に向かって答えてやる。


「害虫を駆除しただけだ、問題あるか?」


今度は金魚みたいに口をパクパクさせ始めた主任に向かって銃口を向ける。


「馬鹿みたいにシジマの体を支えてないで、非常ベルを鳴らすとか、サッサと逃げるとかいう選択肢はなかったのか?」


「おま、おま、おまえはいったい………何者なんだ?」


ガチガチ歯を鳴らしながら問われたが、答えるつもりはない。いや、少しサービスしてやるか。


「私は実験体17号じゃなかったか、チーフ1号さん?」


銃口を向けたまま、警備兵の死体から結束バンドを奪い、チーフ1号の体を拘束する。


シジマが静かにしてるなと思っていたが、白目を剥いて気絶中か。


間近で銃声を聞いたぐらいで失神するとは情けない奴め。


「17号、な、何をする気なんだ!」


「自分のすべき事をさ。さてチーフ1号、一緒に来てもらおうか。」


私はラボにあった台車に結束した白衣二人を乗せて、さらに台車と二人を結束した。




脱出劇の開演だ。チーフ1号には特等席で見学してもらおうじゃないか。



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