兵団編20話 薔薇十字軍、出撃!



「………状況はこんなところね。全般的に機構軍は劣勢な状態にある、と言えるでしょう。」


アマラさんは状況説明をそう締めくくった。


「今回の攻勢は同盟にしては統制が取れておる。各師団の連携を崩すところから始めんといかんな。」


バクスウ老師がそう言うと、隣の席のリットクさんが頷く。


「その前にテコ入れが必要では? 連携を崩す前に瓦解しそうな前線がいくつかありそうです。」


魔術師の言葉にはロウゲツ大佐が答えた。


「アルハンブラ、守勢に回った友軍の立て直しにかまけていると、終始に渡って同盟の攻勢に晒される事になる。」


「ではどうされます?」


「前線の立て直しと連携の寸断を同時にやる。」


「団長、前線は超広範囲に跨がっています。全てをどうにかはできないでしょう?」


オリガさんの声にいつもの刺がない。オリガさんも大佐は別格だと認めているようだ。


「オリガ、私は全ての戦線をどうにかするなどとは言っていない。これから討議するのは、どの前線を救うか、だ。」


皮肉気な表情を浮かべたザハト君が混ぜっかえす。


「モノは言い様だね、団長。ハッキリ言おうよ。討議するのは、どの前線をか、だろ?」


ザハト君は嘘は言ってない。選択して救うという事は、見捨てる対象を選ぶ、という事でもあるから。


言わなくてもいい事実をあえて言うあたりが、この少年が嫌われる原因だと思うけど。


「言わずもがなの事を言って得意顔をするな、糞餓鬼が。団長、立て直しと寸断を同時にやるって事は兵団を二つに分けるって事だよな? 誰が別働隊の指揮を執る?」


バルバネスさんの問いかけに、ロウゲツ大佐は言葉ではなく、視線で答えた。ボクの方をじっと見つめてきたのだ。


「なるほど、そういう事ですか。」


ユエルンさんが頷きながらそう言い、バルバネスさんはオーバーに被りを振る。


「おいおいマジかよ!世間知らずの小娘に別働隊を任せる? 団長、なにを考えてる。仮装パーティーの次は学芸会かぁ?」


「バルバネス!言葉を慎みなさい!ローゼ様は帝国皇女にあらせられるお方ですよ!」


「皇女だか女王だか知らんが、こんな小娘に別働隊の指揮が取れる訳ないだろう!パパに貰った階級章が血で染まらんうちにお城へ帰って、侍女とお遊戯ママゴトでもしてればいい!」


アマラさんが叱責してもバルバネスさんは納得しない。それはわからないでもないんだけど。


「別働隊は薔薇十字、これは決定事項だ。」


ロウゲツ大佐が静かに言ったが、バルバネスさんはなおも食い下がる。


「しかし団長……」


「黙れ。貴様の意見など誰が聞いた! 討議するのは戦地の選択のみだ、思い上がるな!」


「…………」


兵団の王たる大佐に一喝され、蛮人は不平顔で沈黙する。


「と、いう訳です、ローゼ姫。別働隊の指揮をお願い出来ますか?」


ボクの覚悟を試すかのように大佐に問われたので、自信に満ちた顔を作って返答する。


「承りました。別働隊の指揮は私が執ります。お任せ下さい。」


「兵団から大隊を二つ、薔薇十字へ回します。姫のご希望は?」


え~と、どうしよう? アクの強い部隊は避けないと………ってみんな一癖あるんだけど!


(姫、爺さんとリットクだ。それ以外の選択はない。)


そ、そうだね。バクスウ老師は人格者だし、リットクさんは物堅そうだし。


「それではバクスウ老師とリットクさんを増援に回して頂けますか?」


「老師はそれでよろしいか?」


知道了わかった。微力を尽くそう。」


「リットクはどうだ?」


「………承知した。」


納得してもらえたみたいでよかった。


「ではローゼ姫、そういう事です。」


「ロウゲツ大佐、ありがとうございます。」


「トーマ、ローゼ姫と別働隊を頼んだぞ。」


「ああ、死なない程度にはやってみるがね。」


ロウゲツ大佐としては別働隊の指揮はトーマ少佐に任せたつもりなんだろうな。当たり前だけど。


そこからの作戦会議はどの方面へ出撃するかの検討になった。





「トーマ少佐、軍事作戦にも政治が絡むんですね。」


薔薇の城へ帰る途中の車内でボクはトーマ少佐にそう聞いてみた。


「軍事と政治は切り離せんものだ。もっとも機構軍の場合は重要戦線、戦略的要地云々うんぬんではなく、誰が生き残るのが自分にとって都合がいいのか、に集約されているんだがな。」


「………そうなのですか………」


「だから物量に劣る同盟にいつまでたっても勝てないのさ。同盟の方も四分五裂してるがね、機構軍ときたら九分十裂って有り様だからな。無能と無能の比べ合いなら機構軍に分がある。」


無能の比べ合いで分がいいなんて最悪です!


「兵士さん達には不幸な話ですね。」


「人道屋共は人の命ほど重いものはないなんて能書きを垂れるがね、実際には人命ほど軽く扱われるものもない。」


「人道ですか……」


「平和主義者の全部がそうだとは言わん。だが声高に人道だの友愛だのを掲げる輩は命を大事にしてるんだろう。志を成し遂げようとはしない。安全地帯からアヒルみたいに騒ぐだけだ。」


………耳が痛い。たぶん以前のボクも人道屋だったんだろう。平和を願ってはいたけれど、行動はしてこなかったのだから。


でも戦争を終わらせる為に戦争に加担する今のボクと、ただただ平和を願うだけだった以前のボク、正しいのはどっちなのかな?





薔薇の城へ戻ったボクはアシェス達に作戦概要を説明し、薔薇十字の騎士達に召集をかける。


トーマ少佐はリリージェンのスペック本社に企業傭兵の出動を依頼した。


ボクが以前におねだりしたのは500名だったのに、やり手の執行役員ベニオさんの手腕で1500名もの兵員が派遣されてきた。


さらに5隻もの陸上戦艦、10隻の陸上巡洋艦までも。ボクも本気だけど、スペック社も本気だ。


これに薔薇十字の騎士達1400名に亡霊戦団を加えた1500名、さらに兵団の第5、6大隊が200名、総勢3200名もの軍団を構成できた。


艦船の合計は陸上戦艦12隻、巡洋艦20隻、護衛艦20隻、それに戦闘ヘリも多数、この陣容はもう一大勢力と言っていい。


今日中に全ての兵員召集は完了する、明日には出撃だ。




翌日の朝、白夜城の城外に集結した大軍団の勇姿がパラス・アテナの大スクリーンに映し出され、ボクの心を高揚させる。


目映まばゆい朝日を受けて輝く大艦隊は壮観の一言だ。


「スペックも奮発したもんだな。アデル皇子にトロン社が送った兵隊より多くって見栄もあるんだろうが。」


物事の裏を読む少佐がスクリーンに映り、素直じゃない感想を口にする。


「ベニオ部長が頑張ってくれたんでしょう。感謝しないと。」


「戦果を上げるのが最大の返礼さ。」


うん、そうだね。これは遊びじゃない。本物の戦争なんだから。


「はい。必ず戦果を上げ、そして生きて戻りましょう!」


「まずシュガーポットへ向かおう。そこで博士を降ろして、補給する。」


「はい、それから苦戦中の第7師団の救援に向かう、ですね。」


「予定通りにいけばな。」


「そうはならないかもしれないのですか?」


「シュガーポットは最前線に近い、到着した時点で戦況が変わっている可能性がある。シュガーポットに着いた時点で状況を再分析し、行動を決定するべきだ。」


「わかりました。各艦の指揮官をパネルに出して。」


ボクがオペレーターに指示を出すと、大スクリーンが細かく分割され、部隊長達が映し出される。


「守護神」アシェス、「剣聖」クエスター、「美髯の」クリフォード、それに薔薇十字の誇る騎士隊長達に加え、兵団から派遣されてきた「鉄拳」バクスウ、「戦鬼」リットク、さらにスペック社が増員してくれた企業傭兵の部隊長達……


………そしてボクの指南役である「死神」トーマ。


これだけの面々が揃えば怖い者はない。ボクの号令を皆が待ってる。


ボクは誓いを立てる為に、鉄斎先生から貰った剣を腰から引き抜く。


先生はボクの為に洋剣を打ってくださったのだ。


「人殺しの道具に洋の東西はないからの。」と鉄斎先生は仰ったけど、ボクはこの剣をただの人殺しの道具にするつもりはない。


淡い金色の光を放つこの剣に、ボクは天の狼、ヒンメルヴォルフと銘をつけた。


みんなの前で、この護身剣に誓いを立てよう!


「薔薇十字の騎士達に企業傭兵の精鋭達、それに最後の兵団からの増援部隊の皆さん、よく私の旗の下に集ってくださいました。私、スティンローゼ・リングヴォルトが皆さんの旗頭を務めさせて頂きます。未熟な我が身ではありますが、共に命を懸けて戦う事をここに誓います!」


スクリーンパネルに映った精鋭達はボクの言葉を受け、あるものは言葉で、あるものは力強く頷いて応えてくれる。


トーマ少佐だけはやる気のなさそうな顔で欠伸あくびをしたけど、見なかった事にしておくね!


「ローゼ様、出撃の下知を!」


アシェスの言葉にボクは頷き、大きく息を吸ってから号令を下す。


「薔薇十字軍、出撃!目標は機構軍要塞シュガーポット!」




さあ始めよう。………ボクの戦いを!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る