兵団編19話 少しは仲良く出来ないの?
ボクは新しい拠点、ローゼンシュタイン城の執務室で同盟軍の侵攻状況を確認する。
「破壊の嵐」と同盟が呼称している作戦は、同盟軍のほぼ全ての師団による多方面への同時侵攻、100万以上の兵士が動員された大戦役だ。
対する機構軍も動員可能な師団を全て動かし迎撃、すでに先発部隊同士が激突している。
ボクがディスプレイで状況を確認している隣で、タッシェは鉛筆みたいな武器を構えたり、弾頭を入れ替えたりして忙しい。
モンキーバズーカ、ダンジョーさんが造ってくれたタッシェ専用の武器で、弾頭を変える事によって様々な役割をこなせる汎用兵器だ。
タッシェはバイオメタル化によって、人間並みの知能と高い身体能力を得た。
もう可愛いだけのトモダチじゃない、頼もしいトモダチだ。なんたって念真障壁まで使えるんだから!
「キッ!(見てて!)」
タッシェは窓の外の樹の、一枚だけ変色した葉を指差す。
「アレを狙うの? 結構距離があるよ?」
タッシェはモンキーバズーカに先の尖った弾頭を装着し、構えてから発射する。
パシュンと音を立てて発射された弾は見事に葉を撃ち抜いた。
「キキッ!(褒めて!)」
「すごいすご~い!上手だね!」
テーブルの上のタッシェはうやうやしくお辞儀して、得意顔だ。
「キッ、キキキッ!(的がおっきいから楽勝なの!)」
そっか。ボクには普通でも、タッシェにしたらここは巨人の世界なんだ。
「タッシェもボクと一緒に戦ってくれるの?」
「キッ、キキッ!(姫たまを守るの!)」
任せろと言わんばかりにタッシェは胸を張った。うん、ホントに頼もしいよ。ボクを守る
「姫、いいかい?」
ドアがコンコンとノックされる。トーマ少佐だ。
「はい、開いてますからどうぞ。」
「邪魔するぜ。お、勇ましいボディーガードを連れてますな。」
褒められて調子にのったタッシェは、トーマ少佐にシャドーボクシングを披露する。
「なかなか芸達者なおチビちゃんだ。姫、兵団の作戦会議が開かれる。セツナが参加してくれだとさ。」
「はい。もちろん保護者同伴で、ですよね?」
ボクが上目遣いでトーマ少佐を見つめると、少佐は煙草を咥えながら頷く。
「キッ、キキッ!(ここは禁煙なの!)」
「……咥えただけだよ。行こうか、姫。」
「はい。タッシェ、ボクが戻るまでこの部屋の安全を確保してて。」
「キキッ!(あいあいなの!)」
……敬礼まで覚えたんだ。ホントにタッシェは芸達者になったね。
少佐の後にくっついて、ボクは白夜城の中核部にある作戦室に向かう。
ここへ来るまでに少佐と世間話をしてたのだけれど、なんでも昨日はアシェス主催の懇親会だったみたいだ。
うん、感心感心。アシェスはやれば出来るコだったんだね。見直したよ。
作戦室の重厚なドアの前で、少佐に念を押される。
「着いたぞ、姫。覚悟はいいか?」
「どんな覚悟が必要ですか?」
「仲間意識の欠片もない、ギスギスした空気に悪酔いしない覚悟さ。行くぞ。」
「はいっ!」
作戦室には兵団の大隊長達が集結していた。どうやらボク達が最後だったみたいだ。いや、大佐達がまだかな。
ズラリと居並ぶ隊長達は歴戦の強者というより、歴戦の変わり者揃いって感じだ。
物珍しげな目、揶揄するような目、射すくめるような目、様々な視線を受けながらボクと少佐は用意された席に腰掛ける。
「ガキと髑髏マスク? ここは仮装パーティーの会場だったのか?」
短い口髭に浅黒い肌の中年軍人が馬鹿にしたような口振りで、大袈裟に両手を広げる。
黒いジャッカルの隊章、この人が「蛮人」バルバネスか。異名通りに野蛮で好戦的みたいだ。
「鏡を見た事はあるか、蛮人?」
「毎朝見てる。身だしなみにはうるさい方でな。」
「だったらおまえもマスクを付けろ。人目に触れるにゃキツイぐらいの下品な顔をしてる。」
トーマ少佐がキツイ台詞を返すと、嘲笑が部屋に響き渡る。少佐の言った通り、仲間意識という言葉はここにはないらしい。
「貴様が死神、なんだよな? 生まれ故郷の地獄に送ってやろうか?」
周囲の漏らす嘲り笑いをBGMに、蛮人はそう言って腰を浮かし、身構えた。
「やめんか!仲間うちで揉めとる場合ではなかろう!」
叱責したバクスウ老師を、オリガさんが冷ややかに嘲笑する。
「仲間? お爺ちゃん、誰が仲間なのかしら? とうとうボケが始まったようね。」
「オリガ、師への侮辱は看過出来ませんね。」
「狂犬」マードックの代理出席なのだろう、ユエルンさんがオリガさんを険しい目で睨みつける。
「あら怖い。狂犬の腰巾着にしてはいい目で睨むじゃない。」
「殺し合いなら外でやってよ。バルバネス、ガキって言ったけど、ひょっとして僕も含まれてるのかな?」
ボクより若いローティーンの少年が、中年に向かって確認する。この少年が「不死身の」ザハトだろう。
「貴様が見た目通りの歳ならそうだ。中身はどうだか分かったもんじゃないがな。」
「僕は見た目通りの純真な少年だよ。人聞きの悪い事は言わないでくれる?………キャハ、キャハ、キャハハハハハッ!」
幾分狂気を含んだ、けたたましい笑い声を上げるザハト少年。
「……黙れザハト!いつまで笑っている。」
耳障りだったのだろう、壮年の剣客が少年を黙らせにかかる。
「リットク、得意の居合で黙らせてみては? 噂通りなら、ザハトは殺したところで問題ないはずですよ。」
シルクハットに鎖紐付きの
「
錆丸っていうのはリットクさんの愛刀なのかな?
「ではそうしましょう。」
魔術師はシルクハットを脱いで、逆さ向きでテーブルの上に置いた。そうするとシルクハットの中から次々と鳩が飛び出していき、不死身の異名を持つ少年の周りを取り囲む。
「キャハハハハハッ!……アルハンブラ、僕が………小動物を見ると無性に殺したくなるって事を忘れたのかい!!」
少年が怪しい光を目に浮かべると、鳩達の首がねじ切れた。すごい強度のサイコキネシスだ!
無惨に殺された鳩達は力なく地面に………落ちたりしなかった。首をもがれてるのになおも羽ばたき、少年にまとわりつく!
「うっとおしいね!粉微塵にしてやる!」
「それには及びません。」
魔術師がパチンと指を鳴らすと、鳩達が一斉にカードに変わり、残酷な少年の顔に張り付いた。
「ぬああああぁぁぁぁ!アルハンブラァ!………こ、殺してやる!」
カードをサイコキネシスで剥がしたザハト君は、立ち上がって両手の中に念真重力球を形成する。
「そこまでだ。」
アマラさんとナユタさんを従えて入室してきたロウゲツ大佐が穏やかに言葉を発したが、ザハト君は魔術師を睨みつけながら殺意溢れる抗議をする。
「団長、ちょっとだけ待っててよ。すぐにこのペテン師を
「その前におまえを殺すが、いいのか?」
抑揚のない声でロウゲツ大佐が答えると、ザハト君は形成した念真重力球を消滅させ、矛を収めた。
「ちぇっ、団長がそう言うんじゃ仕方ないか。アルハンブラ、命拾いしたね。」
「君がだ。よかったな、誰も惜しがっていない命を拾えて。」
冷静にアルハンブラさんに言葉を返されたザハト君は、ゾッとするような酷薄な表情を浮かべ、呟いた。
「……命になんて意味はない。僕の命にも、誰の命にも。」
怖い少年だ。……たぶん、このコは心が壊れてる。
(姫、演技に騙されなさんな。コイツの狂気は詐欺師の狂気だ。)
(詐欺師の狂気? トーマ少佐、どういう意味なんですか?)
(そういう風に
(自分の命は例外って事ですか?)
(そうだ。命なんか惜しくないって広言する奴ほど、実は生きたがりだったりするもんさ。)
(でもザハト君って不死身なんでしょう?)
(本当に不死身な奴なんかいないよ、姫。コイツの不死身はタネ有りの不死身だ。おそらくセツナはそのタネを知ってるんだろう。だからセツナに
そっか。正真正銘の不死身であるなら、誰の命令も聞く必要はない。
ザハト君はワガママっぽいから、聞かなくていいなら誰の命令も聞かないだろう。
争いを収めたロウゲツ大佐は長机の最奥の席に腰掛け、居並ぶ兵団の部隊長達を睥睨する。
……一段高い所にある椅子、こういうところに人間性が表れる。この人は……父と同じだ。
森でカナタが聞かせてくれた。アスラ部隊のイスカ司令は同じ高さで部隊長達と接しているって。日頃はどんなに尊大不遜でも、部隊長には仲間意識を持ち、同志として敬意を払っている。だから部隊長も司令に敬意を払い、命懸けで戦うのだ、と。
ボクが見習うのは言うまでもなくイスカ司令の姿だ。薔薇十字のみんなはボクの同志。常に同じ高さ、目線で戦っていこう。父や大佐のやり方はボクには無理だし、合ってない。
「ウォーミングアップも済んだようだし、作戦会議を始めよう。諸君も同盟の大規模侵攻作戦の事は耳に及んでいるだろう。まずは状況の説明からだ。ナユタ、スクリーンを準備しろ。状況説明はアマラがやる。」
ナユタさん操作すると長机に3次元ディスプレイが浮かび上がり、アマラさんが澄んだ声で説明を始めた。
「現在、同盟軍の侵攻状況はこのようになっています。大規模戦闘が17カ所で発生、順に友軍の戦闘状況を………」
アマラさんの言葉を聞きながら、ボクなりの考えをまとめる。
おそらくボク達は苦戦する友軍の援護を担当するはずだ。どこの救援に向かうべきかを真剣に考えないと……
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