戦役編2話 純情さは年齢と反比例する法則



プラン通りに事が運んでも慢心するな。死神に高い授業料を払っただろ?


片膝を着いたサクヤに向かって全速ダッシュ、初めてオレの方から仕掛けにゆく。


サクヤは素早く立ち上がり迎撃態勢、!!……刀を鞘に収めてる!


オレはすんでにところで急停止、抜刀された刀の切っ先が、鼻先をかすめる。


「ちぃっ!もうちょいやったのに!」


どこらがアホのコだよ!半身に隠して納刀するとか頭がいいじゃねえか!


だが居合は躱した、いくぜ!


起点は平蜘蛛、そこから連続攻撃スタートだ。夢幻一刀流にはあらゆる状況に即した技が揃っている。


それを相手に合わせて繰り出し、技と技の継ぎ目には狼眼を混ぜる。


九の太刀・破型、狼滅夢幻刃を喰らえ!


オレは一気にサクヤを攻め立てたが、凜誠でも純戦闘力ではシグレさんに次ぐ実力者と謳われるサクヤは、ジェット気流を最大限に活かして避けて受ける。大したもんだぜ!


「邪眼だけで勝てると思たら大間違いやで!」


まったくだ。サクヤが天才なのは認めるよ。伊達に沖田総司ポジションやってねえな。


要所で混ぜる狼眼を一瞬だけ目を閉じてロックを躱すとか、まさに天才ならではの防御法だ。


だがな、サクヤ。オレは狼眼だけで勝とうなんて思っちゃいない。狼眼はリソースの一つだ。


サクヤが目を閉じて狼眼を躱した隙にオレは素早く納刀し、すぐさま四の太刀、咬龍を放つ。


さあどうする? 居合の払い斬りだ。左右には逃れられない。パワーは俺が上、渾身の居合は受けたくないだろ?


だったら下がるか跳ぶかだ、飛燕のサクヤなら……跳ぶよな!


跳んだ先には右片手対空突き、六の太刀・破型、逆百舌をある。


だがサクヤは空中でジェット気流を発生させ、間一髪で逆百舌を躱してみせた。


以前のオレなら逆百舌を置いておいた時点で勝ちを確信して油断しただろうが、今のオレは違う。


戦場とはままならぬもの。死神との戦いで、それが骨の髄まで身に染みてわかったんだ。


オレは空いてる左手で即座に脇差しを投げ、サクヤに命中させた。


「勝負あり!カナタの勝ちだ!」


シグレさんの宣言を聞き、ホッとする。なんとかビーチャムの前で上官としての面目を保てたぜ。


「うそやーん!ウチが新兵に負けるやなんて!」


「それが敗因だ。序盤で格下を相手にする時のようにラッシュをかけ、無駄にスタミナを消耗した。サクヤ、邪眼だけで勝てると思ったら大間違いだとカナタに言ったな。私からも言おう。才能だけで勝てると思ったら大間違いだ、と。」


シグレさんにお説教を喰らったサクヤは肩を落としてショボ~ンとするが、すぐにパンパンと頬を叩いて気合いを入れ直す。


「もっかいや、もっかい!今度は油断せえへんし!」


立ち直りが早いヤツだな。別に付き合ってもかまわんけどさ。


「実戦ならばサクヤは死に、二度目はない。格付けは済んだ、現時点ではカナタが上だ。再戦するにしても戦役が終わってからにしろ。」


「そんな殺生な!もっかいだけ!後生や、局長~!」


(カナタ、サクヤを負けたままにしておいてくれ。)


(いいんですか? めちゃくちゃ口惜しがってますけど?)


(だからいい。サクヤの短所は誤った線引きをするところだ。格上の隊長達には負けても仕方がない。格下の新兵ルーキーには勝って当然。そんな狭量な考えで、自分の可能性に蓋をして欲しくない。私にも勝てる日が来ると考えて研鑽を積んで欲しいし、格下には勝って当然などという甘えは捨てて欲しいのだ。)


(わかりました。)


「そんじゃな、サクヤ。戦役を終えて帰ってきたら、また遊んでやるよ。」


「ぐ・や・じ・い~!覚えときぃ!次はメッタメタのボッコボコにしたるさかいな!」


本当にそうならないように、オレも研鑽しないとな。




「隊長殿!待ってください~!」


道場を出たオレをビーチャムが追いかけてきた。


「どうした、ビーチャム?」


「隊長殿は自分の成長具合をご覧になりに、道場に来られたのではないのですか?」


おや、一人称が僕から自分に変わってるな。


「そうなんだが、あのまま長居すると、もう一戦やるハメになりかねんからな。」


「自分は自分でも驚くほど上達しました!隊長殿に是非見てもらいたいのであります!」


「わかった。訓練刀は持ってるな。室内演習場で成長度合いを確認してやるよ。」


「はいであります!」


なんだかキャラが変わりつつあるビーチャムを連れて、オレは室内演習場へ向かった。




確かにビーチャムは驚くほど成長していた。辺境基地のみそっかすだった女の子がこうも変貌するとはな。


シグレさんの教え方がいいのもあるだろうし、カウンター剣術である鏡水次元流がビーチャムに合っていたのもあるだろうが、それだけじゃない。


ビーチャムが自分を操る論理ロジックを覚えた、という点が大きい。


彼女の持つ天性、極めて高い反射神経をどう活かすか、その論理を学習したのだ。


何本か立ち会ってみて成長を確認したオレは、訓練を切り上げてビーチャムに話しかける。


「驚いたよ。一般兵相手ならおそらく不覚は取るまい。」


「本当でありますか!」


体格に恵まれず、軽量級ゆえに軽い。なにより自分はダメだ、みそっかすだとイジケていたメンタルの弱さ、それがビーチャムを辺境基地で燻らせていた。


悪い面ばかりがクローズアップされて、本人もそれが自分だと諦めていた。


グロッサムベリーの連中はウグイスの集まりで、引っ込み思案のハヤブサを、上手く鳴けないダメなヤツと嘲笑っていたのだ。


本当は誰にも負けない速い翼と鋭い爪を持っていたというのに。


「隊長殿!お願いがあります!」


「却下。」


自分が鳴けないウグイスではなく、猛禽類だと気付いたハヤブサの言い出す事はわかっているが、時期尚早だ。


「まだなにも言っておりません!」


「今度の戦役に連れて行け、じゃないのか?」


「そ、そうでありますが……」


「一般兵相手なら負けない、それじゃあ不足なんだよ。アスラ部隊は一騎当千の精鋭部隊、わかってるだろう?」


「………自分は証明したいのです。出来るんだって。必要なんだって。」


「戦場はビーチャムの存在意義を証明する為にあるんじゃない。………気持ちはわかるが………」


受験に失敗して親父に見限られて、この世界に来た。誰かに認めて欲しかった。ここにいていいんだと自分を納得させたかった。小さい願望かもしれないが気持ちはわかる、ビーチャムはかつてのオレだ。


「隊長、連れて行ってみてはどうですか?」


演習場に入ってきたのはシオンだった。陰から様子を窺っていたらしい。


「シオン、見ていたのか?」


「はい。私から見てもビーチャムは恐ろしいくらいに成長しています。五世代型にバージョンアップもしてますし、カウンターの精度は目を見張ります。隊長や私の傍にいれば、なんとかなると思います。」


「一人の弱兵が部隊を危うくする場合もある。そんなリスクは取れない。」


「それでは指揮車両のクルーとしてでは? 状況を見て、いけるようなら参戦させれば良いかと思います。私もそうでしたが、実戦の空気を吸うほど兵士を成長させるものはありません。マリカ隊長のお話では、隊長はロクな訓練期間もなしで、いきなりハードな作戦に参加なさったのでしょう?」


確かにオレはそうだったけど………待てよ? マリカさんだって経験ゼロの新兵だったオレをキッドナップ作戦に連れていくのは、リスクがあったはずだ。


キッドナップ作戦に、オレは絶対必要だったか?……そんな訳ない。マリカさんはオレを育てる為に、リスクを取ってくれたんだ。その身を削ってまでも。


「お願いします!自分は足手まといにはなりませんから!」


「足手まといにはならない? いっちょまえの事を言うな。キンバリー・ビーチャム、おまえは足手まとい以外の何者でもない。その自覚を忘れるな。でないと戦役序盤であっさり死ぬぞ。」


「それじゃあ!」


「ああ、ギリギリ及第点と見なして連れていく。だがオレがいいと言うまで不知火や指揮車両から出るな。約束出来るか?」


「サー!イエッサー!」


「ビーチャム、実戦は甘くないわよ。油断しない事。」


「副長殿!お口添え、ありがとうございます!」


「ビーチャム、今使ってるのは正式採用刀のダンビラーか?」


「はい、そうです。」


「入隊祝いをやるのを忘れていた。中古だがオレが使っていたオニキリーをやるよ。後で取りに来い。」


「本当でありますか!感激です!大切に使いますから!」


オレの使い古しでそこまで喜ばれると、なんだか悪い気がしてくるな。


「良かったわね、ビーチャム。さて、隊長。せっかくですし、私とも訓練しましょう。」


「いいけど、何の訓練だい?」


「グラウンドです。結局、私は隊長との勝負でグラウンドには持ち込めませんでしたが、隊長の不得意分野だと踏んでいました。」


「それは当たってる。夢幻一刀流にも葛技はあるんだが、後回しになっててな。組技寝技は1対1では有効なんだが、乱戦だと動きが止まってヤバイ。特に寝技は寝っ転がる分、より危険だからな。」


「隊長が寝技の達人になる必要はないと思いますけど、寝技を「外す」訓練はすべきです。極められたらお仕舞いでは問題でしょう?」


ウォッカに関節技サブミッション対策を教えてもらった事はあるが………関節技に関してはシオンのが上だってウォッカが言ってたっけな。


「じゃあシオン、技を掛けてその脱出法を教えてくれるかい?」


「はい。まずは四の字フィギアフォー固めレッグロックからいきますね。」


オレは関節技の外し方をシオンに習う事にした。




「隊長、チキンウィングフェイスロックは腕ひしぎ十字固めと並んで使い手の多いサブミッションです!抜けてみてください、さあ!」


背後からグイグイ締め上げられ、体が軋む。チキンウィングフェイスロックからの脱出方法は……


いや待て。脱出するのは早いぞ。そうだ、脱出するのはまだ惜しい。


背後からピッタリと密着されて、シオンのおっぱいが潰れんばかりに背中にあたってるんだ!


苦しいのに心地いい。外したいのに外したくない。なんてもどかしい状況なんだ!


「手順は先ほど説明した通りです!外してください!」


シオンの荒い息が耳たぶにあたる。ヤバイ、ダメな意味で意識が飛びそうだ!


「………あの~副長殿。隊長殿は副長殿のお胸の感触を楽しんでらっしゃるのでは……」


耳まで赤くなったシオンはバッとオレから離れ、豊満な胸を両手で隠して悲鳴を上げる。


「隊長!真面目にやってください!不純です!不潔です!」


「隊長殿、お胸で不覚を取って二階級特進とか勘弁してください。……部下として情けないです。」


………はい、スミマセン。




しかし、なんだ。最年少のリリスはエロトーク大好きで、間のナツメは羞恥心が希薄。一番年長のはずのシオンが純情そのものとか………世の中間違ってねえかな?



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