戦役編3話 適合候補者、剣狼



「戦闘細胞適合率83%、念真強度115万n。もう呆れてものが言えないわ。」


出撃前の能力検査の結果を見ながらヒビキ先生は嘆息した。


シオンとの訓練を終えたオレは、定期のメディカルチェックを受けに医務室へやってきたのだが……


「また上がってましたか。死神に酷い目に合わされたからでしょうね。今まで何度も死ぬかと思いましたけど、あれだけ死が間近に思えた事はない。」


死線を越える度に強くなるのがバイオメタル兵ってものらしいが、度重なる不運はオレを鍛えてくれてもいるらしい。だからって不運を歓迎する気にはなれないけど。


「これでカナタ君は適合候補者の仲間入りね。おめでとう、と言っていいものかしら?」


「なんです、適合候補者って?」


「適合率が80%を越えた兵士を適合候補者って呼ぶのよ。さらに成長して適合率が90%を越えれば準適合者と呼ばれるわね。」


そして100%になれば完全適合者ハンドレッドって訳か。


「強くなるのはありがたいですが、シジマ博士をまた喜ばせる結果になってんのがなぁ。痛し痒しだ。」


そのうち司令が研究所ごと爆破しそうだから気にしない事にしよう。スマートに博士だけ暗殺してもいいんだけどね。


「この調子だと、戦役から帰ってきたら準適合者になってそうね。」


「生きて帰ってこられれば、ね。それじゃ他にも寄るところがあるんで、そろそろおいとまします。」


「必ず生きて帰ってくるのよ、カナタ君。」


そうするつもりです。オレはこの世界で生き抜く、大切な仲間と共に。そう決めてるから。




メディカルチェックを終えて丁度昼時になった。今回の作戦は長期に渡る、出撃すれば当分ガーデンへは帰ってこれないだろう。


食堂で磯吉さんの飯を食べておこう。




昼時の食堂はゴロツキ共でごった返している。この喧噪ともしばらくお別れか……


オレは捻り鉢巻きを頭に巻いて、ゴロツキ共の胃袋と戦う同志磯吉に声をかけた。


「磯吉さん、今日の定食はなに?」


「いよぅ、幹事長。今日の定食は出撃前の景気付けにロース、ヘレ、チキンのカツ三種盛りと栗ご飯さな。」


「カツで勝つ、栗は勝ち栗、か。縁起が良さそうだ、ソイツをもらおうかな。」


「あいよっ!カナタさんはちょいとばかり不運らしいから、景気付けは大事だねい!」


ちょいとばかり、で済んでないような気がするけどな。


ガーデンのゴロツキ共曰く、「歩くトラブル」 「アクシデント発生装置」 「この世の不運を一身に背負う男」、これ全部オレの渾名なんだから。


………「破壊の嵐」作戦が終わったら休暇を取ろう。マジでミコト様にお祓いをしてもらったほうがいい。




皿に盛られた三種のカツ、ロースカツはおろしポン酢、ヘレカツは辛子ソース、チキンカツはタルタルソースでいただく。


同志磯吉は料理そのものの出来栄えだけじゃなく、調味料にもこだわる。


ポン酢もソースもタルタルソースも全てハンドメイドの逸品だ。


しかしタルタルソースってこっちの世界にもあったんだな。元の世界じゃ遊牧民のタタール族がその由来だったはずだが……


いや、シャンパンの産地のシャンパーニュ地方に酷似したシャンパルム地方なんてのがあったんだ、おそらく似たような事になってるんだろう。


ハンバーグの語源になったドイツのハンブルグ市に酷似したハンバルーグ市なんてのもあったし、ホントに地球のコピー商品みたいな惑星だな。


違和感なく過ごせて助かるけどね。


「兄貴も飯か?」


両手にトレイを持ったリックがオレの前に座る。さすが重量級、このボリュームでも二人前食うのか。


「飯に決まってるだろ。詩吟でも詠んでるように見えたか?」


「戦場で能書きを詠うのは得意な方だろ?」


得意だね。囁き戦術は芸の一つでな。


「リックも覚えたらどうだ? 囁き戦術にはおまえも引っ掛かっただろ。相手の思考を誘導するのは有効な手なんだ。」


「ヤメとくよ。オレは兄貴ほど悪知恵に長けちゃいないんでね。下手の考え休むに似たり、って言葉もあるだろ?」


「その諺はノゾミに教えてもらった、図星だろ?」


「なんでわかった?」


「消去法さ。リックはほとんど本を読まない、ウスラトンカチもそうだ。残るのはノゾミだけ。」


「なるほど。兄貴、話は変わるがビーチャムを連れてくってのはマジか?」


「マジだ。リックが心配するのはわかる。確かにビーチャムはまだアスラ部隊のレベルに到達していない。」


「わかってるなら、なんで連れてくんだ?」


「先行投資さ。ベンチャー企業に出資するようなもんだ。」


カツを噛み砕いて飲み込んだリックは、あまり似合わない思案顔になった。


「ベンチャー企業への投資はリスクを負うぜ? 出資者は俺らだろ?」


「そうだ。オレ達が投資する価値があると判断した。ビーチャムに必要なのは自信だ。実戦で戦果を上げたというな。」


「今のビーチャムに自信をつけさすのは危なかねえか? 俺は自信過剰のお陰で兄貴にボコボコにされたんだぜ。」


過去の自分を冷静に振り返れるようになったようだな。いいコトだ。


「リックは自信過剰だったから過剰分を削いだダケだ。ビーチャムには足してやる必要がある。」


「なるほど、兄貴の言う通りかもしれねえな。よく人を見てる。」


「そうでもない。オレもオレ自身はちゃんと見えていなかった。伸びた天狗鼻を死神にへし折られるまで気付かなかったんだ。」


「兄貴達が生きててよかったよ。だけど一つだけ言わせてくれ。」


「なんだ?」


リックは心底楽しそうにニヤけ顔を浮かべる。


「ざまあみろ。クックックッ。」


「……性格が悪くなったな、リック。」


「兄貴の根性悪が伝染したんだよ。自業自得だ。」


やれやれ。ま、口が悪いのはガーデンのゴロツキ共通の病癖だから仕方ないな。


「実戦経験ではビーチャムとさして変わらないノゾミは大丈夫そうか?」


「コンマツーじゃノゾミが一番バランスが取れてんじゃねえかな。まだ一度しか実戦を経験してねえけど、逆に言えば足りないのは経験だけとも言える。俺もウスラトンカチもとんがった兵士だ。今は俺らがフォローする必要があるけど、いずれはノゾミがピーキーな俺らをフォローする時がくると思うぜ?」


粗暴さが目立っていたリックも、新兵のノゾミの面倒をみるようになってから粗忽者から脱却しつつあるようでなによりだ。


士官学校を出てないのに体一つで将官に昇りつめた「不屈」のヒンクリーの息子なだけあって、指揮官の適正もあるみたいだな。


准将はオレを信じてリックを預けてくれたんだ。その期待には応えなきゃいけない。


一つ年下だけど、実戦経験はオレより豊富なリック相手にこんなコトを考えるのは傲慢なんだけど……みんなでリックを准将の期待に応えられる男に育ててみせる。


………オレみたいな不肖の息子にはしない。




昼メシを済ませたオレは購買区画の「剣銃小町」に向かった。注文した品が届いているはずだ。


店内のカウンターには、ゴロツキ相手に商売に励むおマチさんの姿があった。


ふくよかな顔の手練れの商人、おマチさんはオレの姿を見ると、算盤付き電卓をジャラジャラ鳴らしながら歓迎してくれる。


「いらっしゃい、カナタちゃん。」


「おマチさん、注文した品は入荷してる?」


「もちろんさね。」


おマチさんはカウンターの上に小包を置いて、梱包を剥がす。


「アレス重工製の最新型ドローン、「ワスプΣ」。最高級のインセクターをご所望とはカナタちゃんも目が高いねえ。最高級品だけあってお値段も最高なんだけど、そこはオバちゃんとカナタちゃんの仲さね。」


おマチさんは丸っこくて短い指を、驚くほど滑らかに使って算盤を弾く。


せっかくの名人芸なんだけど……


「おマチさん、オレ、算盤の読み方はわかんない。」


そもそもなんで算盤?……この世界じゃ、おマチさんが生まれる前から電卓が主流のはずだよな。


元の世界より半世紀は科学が進んでるんだから。


「そうだったねえ。オバちゃんみたいに古い人間には、どうも電卓ってのは味気なくってね。それじゃあね……」


三度ばかり電卓を叩き合って合意に達したオレとおマチさんは、握手して商談成立を確認する。


後はいくつかの消耗品を買い足してお買い物は完了、と。


会計を済ませたオレが、ドローン用の戦術アプリをインストールする為に医療区画へ戻ろうときびすを返した時に、背中からおマチさんに囁かれる。


「カナタちゃん、カナタちゃん。耳よりな話があるんだけど……」


「耳よりな話?」


「そう。ここだけの話、ここだけの話だよ?」


出た!ここだけの話!……おマチさんみたいなオバちゃんの「ここだけの話」って絶対ここだけの話じゃないよな。


「例のアレなんだけどね、……売れたんだよ。」


「例のアレ?」


「ほら、タマタマの中身を保存するサービスさね。」


「え!マジで?」


「マジさね。これが結構好評でね。やっぱりタマタマは実戦じゃ狙われるもんねえ。強面こわもてのゴロツキちゃん達の中にも幸せな家庭を夢見てるのがいるはずだって思ってたけどズバリ的中さ。オバちゃんの見込みに間違いはなかったよ。一番のお得意様は司令の率いる00番隊だったんだけどね。身分のある方々はお家断絶はそりゃ怖いよねえ。」


おマチさん、スゲえ悪い顔をしてますよ? やり手の、いや、悪徳商人の顔だ。


「おマチさん、最初っから00番隊を狙ったサービスだったんでしょ?」


司令の00番隊は身元も身分もしっかりしてる名家の子弟で構成されている。


妻子に恨まれるのはかなわんとかいう司令の意向で、隊員のほとんどが独身だったはずだ。


独身で、由緒正しい名家の子弟……金払いのいい恰好のカモだ。おマチさんが見逃すはずがない。


「ひっひっひっ、なんの事やら? でね、話はここからなんだけど、買ったんだよ。意外な人物が。」


「意外な人物? ラセンさんとか?」


「いやいや、買ったのは、なんとシュリちゃんさね!」


シュリが!? マジかよ! あ!そういやあの時!……


「おマチさん!あの時、無理矢理羽交い締めにして買わせたんじゃないだろうね!」


「オバちゃんの商人道として押し売りはやらないよ。シュリちゃんがあのサービスを買いに来たのは後からさ。オバちゃんの読みではね、ありゃ口説きの道具に使うつもりだね。」


「口説きの道具?」


「シュリちゃんは念願かなって、ホタルちゃんとラブラブになった訳だからねえ。つまりさね、タマタマの中身を冷凍保存する、という事はタマタマの中身を出さなきゃいけないよねえ?」


………あ!


「シュリちゃんのお堅い性格じゃストレートなアプローチは難しいかもだけど、そういう理由なら切り出しやすいよねえ? ねえねえ、どう思う? カナタちゃんはどう思う?」


「………おマチさん、その話、他の誰かにした?」


「いんや、カナタちゃんが最初さね。」


「よかった。その話、本当にここだけの話にしといて。くれぐれも他言しないでよ?」


「………わかったよ。本当にここだけの話にしておくさね。」


「商人道に誓って?」


「この算盤に誓うさね!」


算盤に誓いを立ててもらえば安心だ。これでこの話はここだけの話で終わるだろう。


過去を乗り越えようとしている二人に雑音を入れたかないからな。


……しかしシュリの野郎うまいコト考えやがったな。おそらくまだホタルに切り出せてないとは思うが、時間の問題だろう。





ちぇっ、抜け駆けして彼女を作った挙げ句に、童貞同盟まで破棄しやがる気かよ。シュリの裏切り者めえ!


……同盟なんか破棄してもいいんだけどさ。上手くいくといい、心からそう思う。


シュリとホタルの………身も心も結ばれる時こそ、過去を乗り越えた時なんだから。




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