結成編2話 兄上ご乱心?
愛しのガーデンへ向かって飛ぶ特別ヘリの機内、オレはヒンクリー少将がよく授与するというチョコレートメダルをビーチャムの首にかけてやる。
「ありがとうございます、隊長殿。これはなんの勲章でありますか?」
「将校カリキュラムを優秀な成績で卒業した祝いだ。よくやったぞ、ビーチャム。」
「えへへであります。自分は頑張りました。」
可愛い赤毛の部下の頭をなでくりなでくりして労をねぎらう。お胸以外は急成長してるみたいで嬉しいよ。
「兄貴ぃ、将校カリキュラムは俺も合格してんだけどよぉ……」
不満げにボヤく弟分。合格したのはめでたいコトだが、リックの場合は手放しで褒める訳にはいかないんだ。
「ああ、ギリギリ合格おめでとう。」
「ギリギリだろうが合格は合格だろ? 兄貴だって特段優秀でもなかったってボーリング爺さんが言ってたぜ。」
「ああ、でもリックみたいに"ギリギリの芸術"は完成させてない。オレの場合は"普通にギリギリ"だったからな。」
「ギリギリの芸術? 隊長殿、ギリギリの芸術とはどんな作品なのでありますか?」
「全科目、不合格スレスレだったんだよ。あまりにあざとい成績だったから、司令に"細工するならもっと上手くやってください!"って文句を言ったら、"細工などしていない。あまりにあざとすぎる成績だから、試験官達は私が改竄したに違いないと思っているだろう。冤罪もいいところだな"というお返事だった。」
ま、司令はまるきり冤罪って訳じゃない。点が足りなきゃ足すつもりでいたんだから、悪事が未遂に終わっただけだ。
「……リック殿、だから自分が"座学はもっと真剣に受けないと"って忠告したのであります。」
「う、うるせえな!合格したんだからいーじゃねえか!」
「リッキー・ヒンクリー、おまえの名は将校カリキュラムの歴史に、永遠に記憶されるだろう。全科目、あと1点でも欠けていれば不合格だった。どうやればそんなギリギリを狙ったように取れるんだ? ある意味、全科目満点を取るより難しい偉業だぞ?」
「うるせえうるせえ!試験の話はもういいよ!」
「わかったわかった。あ、そうだ。この芸術をオレが独占するのは勿体ないと思ったから、ヒンクリー少将にも送っておいた。」
「余計な事すんじゃねえ!親父が見たら笑い転げるに決まってンだろ!」
ピロリんと音がしてオレのハンディコムにメールが入った。噂をすれば影、ヒンクリー少将からだ。
「リック、親父さんから伝言だ。"合格おめでとう。「
「ギリギリのリック。……ぷぷっ。少将閣下はユーモアのセンスがあるのです!」
「小憎たらしい顔で笑うな、ビーチャム!」
掴みかかろうとしたリックの腕を伸ばした赤毛で絡めとり、床に投げ捨てるビーチャム。
「リック殿、狭い機内で暴れちゃいけませんです。それに座席に座っている時はシートベルトも忘れずに、です。」
シグレさんから習ってる合気柔術も順調に成長してるみたいだな。
────────────────────
ガーデンへ帰投したオレはカレルからレイブンの訓練結果の報告を受け、新たな訓練内容の指示を済ませた。
それから1,1中隊を自ら教練し、休む間もなくロックタウンへ向かう。
本来ならまず帰投の報告をすべきなのだろうが、ナンバー1,2,3ともにガーデンに不在だ。留守を預かる大師匠には挨拶しておいたから問題ないだろう。そもそも形式的な挨拶なんて、ガーデンでは意味がないしな。
八熾の庄ではシズルさんが首を長くしてオレを待っていた。シズルさんもオレのリグリット行きに同行したがったのだが、家人頭として領主名代の役目を負わせたのだ。オレはいずれはお飾りとなる。となればオレの後任領主はシズルさんしかいない。だから今のうちに行政経験を積んでおいてもらいたい。戦争となればシズルさんにも参戦してもらわねばならないんだ。平時は統治能力を磨いてもらわないと。
「お館様、お帰りなさいませ。今回は荒事に巻き込まれる事なくご帰還、シズルは安堵しております。」
突発事態じゃないけど、荒事はやってきたんだよね。ロッシ・チームを相手にさ。
「留守居役、ご苦労さま。さっそくだけどシズルさん、八熾の庄に議会を作りたい。草案はこれだ。牛頭さんと馬頭さんも目を通してくれ。」
教授が作成してくれた領民議会と賢人会議の概要を見た主従三人は思案顔になった。
「領民議会が議題を発議、立案し、賢人会議が採否を決める、ですか。お館様の直接統治ではいけないのですか?」
封建制の申し子であるシズルさんの目には、この提案はいささか奇異に映ったようだ。
「直接統治と間接統治の折衷案、というところだな。オレが強権を発動させようと思えばいくらでもやれる体制にはなってる。無論、オレが口出しせずに済むのが理想だ。」
「私と兄上は賢人会議に属する、という事でよろしいのでしょうか?」
牛頭馬頭兄妹は八熾一族でも家格が高い。子爵である八乙女家を支える準男爵、
「ああ。もちろん、賢人会議の議長はシズルさんだ。実質、シズルさんが政策の可否を決めるコトになるな。」
「私と兄上はその補佐役ですね。やりがいがありまする!」
「お館様、私は領民議会選挙に立候補してはいけませんか?」
「兄上!賢人会議の名が示す通り、家格の高い者が領民を導いてゆくのです。我ら角馬の家の者が指導的立場に立たずして、誰が立つというのですか?」
「馬頭丸、賢人会議が決めるのは政策の可否だ。俺は八熾の庄を発展させる為に政策を提言する側になりたい。」
……賢人会議などという名称に惑わされず、大衆議会である領民議会に身を投じる名家の誰かが出るコトを、オレは期待していた。角馬牛頭丸がその誰かだったか。
「牛頭さん、オレは牛頭さんには賢人会議の副議長をやってもらうつもりだったんだが……」
「そこを曲げてお願い致しまする。この草案によれば、賢人会議の議員は名家の者しかなれぬ決まり、ですが名家の者が領民議会選挙に立候補してはならぬとは記してありません。」
その通りだ。だがそれでも、念は押しておこう。
「確かにな。だが領民議会は採決した政策を賢人会議に上申する立場だ。牛頭さん、それでもいいのか? 角馬家は八熾一族でも八乙女に次ぐ家格を持つ名家なんだろう?」
「兄上!お館様の仰る通りです!領民議会に兄上が参加するなどあってはなりません!」
オレが解決したいのはこの対立構造だ。家格の高い者が名家として皆から尊敬されるのはいい。だが、領地の運営を名家だけで独占する構造は変えておきたい。この草案はその試金石だ。
「お館様、領地領民の為に働くのに上も下もありますまい。まず必要なのは優れた政策です。政策なくば可否もなにもないのですから。この角馬牛頭丸、民情に通じながらも衆愚の策とならぬ政策を具申してみせまする。議員に当選できれば、ですが。」
「わかった。思うようにやってみろ。副議長には馬頭さんを任命するコトにする。」
「ありがたきお言葉。馬頭丸よ、兄が懸命に政策を考えるゆえ、しっかりと吟味しろよ?」
「……兄上の酔狂にも困ったもの。シズル様、兄はこう申しておりますが、よろしいので?」
「お館様がよいと仰っている以上、私の答えも同じだ。」
「シズル、草案に異存がないなら、賢人会議に招集する人間の選定を始めろ。馬頭丸は議会選挙の準備だ。オレ達はいつ戦地に向かうかわからん。早急にかかれ!」
「仰せのままに!」 「ハッ、この馬頭丸にお任せを!」
賢人会議の選に漏れた名家の人間から何人が領民議会に出てくるかな? 賢人会議が可否を決めるという、一見すれば上下関係に見える構造、誰それの下風には立てないなんて了見の人間は立てないはずだ。牛頭さんの立候補を知れば続く者が出るかもしれないが、公正な選挙を行う為、公示日まで立候補表明をしてはならない決まりになっている。
「では私はこれにて。立候補しようという者が選挙準備を手伝う訳には参りませんからな。」
一礼し、踵を返す牛頭さんの背中を黙って見送る。
試金石に挑むは角馬家の主か。牛頭さんが投じた一石が引き金となり、皆の意識改革が進めばいいな。
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