結成編3話 雷霆VS剣狼



昨日の夜遅くに、司令もガーデンに帰投してきたらしい。また各所で悪企みをしてきたんだろうけど、今度は誰が泣かされるのかねえ。


司令は低血圧で朝に弱い。不機嫌なのを承知で挨拶に行くのは馬鹿らしいな。鏡水次元流ガーデン道場に行って、大師匠かお師匠に稽古をつけてもらってから遅めの昼メシ。司令に挨拶に行くのは昼のピークタイムを回ってからでいいだろう。


午前を使って自主トレを済ませてから、道場に入る。そんなオレを待っていたのはズラリと並んで正座する高弟達、なんだか異常な雰囲気とただならぬ緊張感が蔓延している。なにか重大なコトでも起こったのだろうか?


なんだかよくわかんないまま、末席に座るビーチャムの隣に座ろうとしたオレだったが、アブミさんに止められる。


「カナタさんは道場中央に。師匠、局長、カナタさんが参られました。」


そう言われれば、いつもは奥に鎮座まします大師匠と、皆に稽古をつけてるはずのシグレさんの姿がない。


アブミさんに呼ばれて姿を見せた大師匠とシグレさんの表情は真剣そのものだ。大師匠は正装してるし、シグレさんはいつもの道場着ではなく、軍服姿、いったいなにが始まるってんだ?


「これより、天掛カナタと壬生シグレが試合を執り行う。道場生一同、よく見て勉強するように!」


「ちょっ!大師匠、なに言ってるんですか!オレとシグレさんが試合!?」


「カナタ、ただの試合ではない。私とカナタの真剣勝負だ。ヒサメ、刀を持ってきてくれ。」


鳥玄の主人にして凜誠中隊長、玄馬ヒサメは壁に掛けられた訓練刀を二振り外してオレとシグレさんに手渡した。


「シグレさん、いったいどういうコトなんですか!なんだって急に真剣勝負だなんて!」


「訓練刀を使用するが、実戦だと思って戦うのだ。時間は無制限、父上が審判を務める。医務室でヒビキがスタンバイしているから、怪我をさせても構わん。私は一切、加減しないからカナタもそうしろ。」


「待ってください!なんの為の勝負なんですか!意味がわかりません!」


「意味は勝負が終わればわかる。カナタ、師である私を越えてみせろ!」


……シグレさんは本気だ。わけがわからないが、やるしかないようだな。


いつものように正眼に剣を構えたシグレさんに対し、夢幻一刀流、変位夢想の構えで対抗する。


師匠が相手だからと気後れする訳にはいかない。どんな相手であろうと気後れはしない。それがアスラコマンドだ。


シグレさんはいつものように後の先を取るつもりだな。先に打たせて、正確無比のカウンターを返してくる。先に仕掛けてこないなら、仕掛けざるを得ないように仕向けるか。天狼眼を発動させ、訓練刀に殺戮の力をチャージする。今のオレなら時間をかければマックスチャージも可能。すなわち、終の太刀、夢幻刃・終焉を放てる。さあ、グズグズしてるとチャージが完了しちまうぞ、どうします?


「はぁっ!」


シグレさんは流れるような動きで距離を詰め、刀を振り下ろす。刀で受けてすぐさま返しの刃を入れるが、シグレさんは返しの刃にカウンターを合わせてくる。


咄嗟に抜いた脇差しの束頭で刀を弾いて、キックを見舞うが、そのキックにもカウンターの蹴りを合わされた。


左脇腹を捉えた蹴り、だが体を高速回転させて蹴り足を弾き、その回転を利用して脇差しを持ったままの手でスピニングバックナックル。腕でガードしたシグレさんを弾き飛ばして後退させた。鉄拳バクスウからパクった捻転交差法は汎用性が高くて助かるよ。


「同じ中軽量級でも、ここまでパワーに差があるのか。適合率98%は伊達ではないな。」


昨日の測定でわかったコトだが、オレの適合率は現在98%、これは完全適合者である司令達三人に次ぐ数値だ。


パワー、スピードはオレが上、だがテクニックは師であるシグレさんが上だ。問題はスピードだな。日本にいた頃に見ていた野球、そのプロ野球選手の中に軟投の極みと言えるピッチャーがいた。


そのピッチャーのストレートはマックスでも140キロ前後、今時、高校生でも彼より速いストレートを放るピッチャーはいる。だが彼は、素質の塊が集うプロ野球の世界でも一流のピッチャーだった。彼を一流たらしめていたのは90キロ台のスローカーブ、そして針の穴を通すと言われたコントロールにあった。まったく同じフォームで投げ分ける直球とスローカーブ、その速度差は140キロのストレートを150キロ以上に見せ、並み居る強打者達のバットに空を切らせた。そして直球とスローカーブに時折まぜる落ちる球、シンカー。目を見張るような剛速球などなくとも、彼はマウンドに君臨していたのだ。技巧派のお手本として。


シグレさんはそのピッチャーによく似ている。細身で上背のない体格、だが技巧の極み。身体能力を高く見せる緩急の動きに長け、決して冷静さを失わない強いメンタル。余分なものを全てそぎ落とした技巧派剣客の完成型がオレの師匠、壬生シグレだ。


間合いを詰めてこないシグレさんに対し、オレはまた終焉の準備を始める。夢幻刃・終焉の全貌をシグレさんは知らないが、輝きを増してゆく刃を見れば、オレに時間を与えるのは危険だと悟る。この技がある限り、シグレさんは先手を取るしかない。


「いくぞ、カナタ!」


刀を受け、返す刀にカウンター、そんな攻防を繰り返す。刃を交えるうちに、カウンターのリズムを掴めてきた。だが、これもシグレさんの仕掛けた罠だ。リズムを読み切ったと勝負に出たところに、テンポを変えたカウンターが待っている。弟子であるオレの癖をシグレさんは熟知している、ゆえに小細工は無駄だ。……だけど、オレはガーデンにいる様々な闘法を極めた部隊長全員から教えを受けた男。……あ、ダミアンからはなにも習ってねーな。


ま、とりあえずはイッカクさんから習った念真重力破を喰らえ!


間合いを離して呼吸を整えるシグレさんに向かって左手一本で練気した念真重力破を放ちながら、刃に殺戮の力を込める。


シグレさんは横っ跳びで念真重力破を躱し、重力破は道場の壁を派手に粉砕した。隣に座っていた弟子を抱えながら、ジェット気流で退避したサクヤががなり立てる。


「エッチ君!ギャラリーを巻き込むような攻撃せんとってんか!」


やかましいぞ、タコ焼き女サクヤ!おまえなら、そんぐらい躱せるだろうが。


距離を詰めようとするシグレさんにまた念真重力破を放ったが、シグレさんはギリギリで躱しながら懐に飛び込んできた。オレは念真衝撃球で迎撃、シグレさんも念真衝撃球を発生させて中和してきたが、慌てず騒がずアビー姉さんから教わったショルダータックルを見舞う。以前にトゼンさんから喰らったゼロ距離タックル、この技は色んな流派から使える技をパクるのが趣味の人斬り先生が、アビー姉さんからパクったものだったんだ。


そのタックルも寸前で躱されたが、それでよし。タックルが外れる=距離が離れる、だ。アビゲイル・ターナー考案の下腿の力を爆縮させて放つショルダータックル、難易度は高かったが習っておいて良かったぜ。


「私に距離を詰めさせないつもりだな? だがそうはいかん!」


オレの意図を読んだシグレさんはまた距離を詰めてくる。読み合いの達人、シグレさんに駆け引きで勝つのは難しい。ならば、読まれても問題ない戦法を取ればいい。距離を離したまま戦えるならよし。距離を詰められても……


スローカーブがあるからこそ、速くはない直球が速く見えるんだ。距離を詰める為に連続でダッシュさせれば、雷霆が雷霆である由縁、緩急の動きが生み出す速さの錯覚は生じない!勝負するのはここだ!


タックルが外れて側転した時に納刀しておいた。準備は出来てる!最速、最高の咬龍を喰らえ!


「ぐうっ!」


いつものようにギリギリで見切るコトが叶わず、抜刀した刀を刀で受けたシグレさんの体は後退った。ギリギリで見切って躱すからこそのカウンター戦術、渾身の刃を受けさせてしまえば身体能力がものをいう!


シグレさんに体勢を整え直す暇を与えず、二の太刀、平蜘蛛に繋ぎ、連続ガードさせる。そして九の太刀・破型、狼滅夢幻刃だ。この連撃にオレの全てを賭ける!


矢継ぎ早に繰り出す連撃を躱すコトが出来ないシグレさんはガードし続ける。いかにシグレさんといえど、怒濤の連撃、僅かな繋ぎ目に狼眼を挟まれては刹那の見切りは不可能だろう。ガードしながらオレが消耗し、刃先が鈍るまで耐え凌ぐしかない!


だけど、オレが最後に頼るのは、シグレさんに習った技なんです。




息を荒く吐いて、刃先を僅かに鈍らせる。……いくぞ、鏡水次元流奥義!



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