結成編4話 青は藍より出でて藍より青し
~回想~
「カナタ、我が次元流は弱者の剣法、高い身体能力を必要とする技はなに一つないと教えたな。」
「はい。愚直に積み重ねた基礎の技と、磨きに磨いた極限の見切りが次元流の要諦であると。」
「実はな、例外といえる技がなくはない。これからその技を見せよう。この技は返し技への対抗策として機能する。私が打ち込むから、カナタは返しの太刀を入れてみろ。」
次元流ではカウンターを"返し"と呼ぶ。シグレさんに言われた通り、オレは斬撃に合わせて返しを入れてみる。
シグレさんは斬撃を繰り出しながら、脇差しを逆手で抜いて刀を受け、返しの刃を脇差しで滑らせてオレの手首を掴む。そして流れるようになめらかな動作で掴んだ手首を引きながら、オレの首筋に刀をあてた。
「さすがです、お師匠。斬撃を繰り出しながらの逆手脇差し抜刀いなし技、これぞ技巧の極地ですね。この技はなんという名なんですか?」
「なんと名付けたものかな? この技はな、うまく脇差しも使って戦うカナタの姿を見て着想を得、私が創始したのだ。ゆえにまだ名はない。」
「……そうですね。二つの刃を孤を描くように振るう姿を燕に見立て、「双燕」とかどうです?」
「うむ。それはよい名だ。今日より双燕を鏡水次元流の技に加える。」
「基本技を磨き上げた次元流、複雑で高度、掴む手の握力を要する双燕は例外的な技となりますね。この技の伝授は高弟限定とした方がいいかもしれません。」
未熟者が双燕を使おうとすれば自滅するだけだ。カウンターはただでさえ諸刃の剣なんだからな。
「ああ、そうするつもりだ。……フフッ、私がこんな技を創始するとはな。バイオメタル化し、それなりの身体能力を得て、私にも欲目が出てきたようだ。だがカナタ、私は歴代継承者の中でも最強と評される父を越える事を諦めてはいない。父から教わった技を高めるだけでは、私は父を越えられない。才で及ばぬなら、創意工夫で補うまでだ。」
「同盟軍剣術指南役"達人"トキサダを越える、ですか。シグレさんならきっと出来ます。」
「うむ。私は父を越える事を目指す、カナタはその私を越えてゆくのだ。」
「無茶言わないでください!オレにアスラの部隊長を越えろだなんて!」
「青は藍より出でて藍より青し、弟子が師に出来る最高の恩返しは、師を越えてゆく事だ。私を師であると思うなら、ここで誓え。この私を越えてゆくと。……誓えないなら、私の中でカナタは弟子ではなく忘恩の徒になるぞ?」
弟子を脅迫する師匠がいていいのかよ。でも、オレは「雷霆」壬生シグレの弟子だ。
「いつか、いつの日にか、シグレさんを越えてみせます。」
「それでいい。期待しているぞ、剣狼カナタ。……最愛の我が弟子よ。」
「さ、最愛!最愛ですか!モーストラブってコトですよね!」
「ちっ、違う!恋愛の愛ではない!師弟愛の愛だ、師・弟・愛!」
赤面するシグレさんを見れるとか、今日はいい稽古だったぜ。
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僅かに鈍らせた刃先、シグレさんは乾坤一擲の
逆手で抜いた脇差しで刃を受け、滑らせる。何度も何度も練習して体に馴染ませた技だ。自然に、流れるように体は動いてくれた。双燕はシグレさんが創始した技だけに対応策も知っている。手首を掴まれ、引き寄せられながらも、首を刀で守ろうとする。だけどオレは双燕と同時にサイコキネシスも使って一瞬、ほんの一瞬だけだがシグレさんの利き手の動きを鈍らせていた。
「……見事だ、カナタ。とうとう私を越えたな。」
繰り出した刃は、シグレさんの首筋にピタリとあてられていた。
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門弟達のどよめきに包まれた道場、審判を務めてくれた大師匠に声をかけられる。
「よい勝負だった。カナタ君もシグレも素晴らしかったぞ。」
「父上、私はカナタに敗れたのですが……」
「娘よ、胸を張りなさい。手塩にかけて育てた弟子が、自身を越えてゆく。シグレは次元流継承者として、己を越える弟子を育て上げたのだ。……おまえを継承者に選んだ事は間違ってなかった。」
「はい。私は鏡水次元流継承者、壬生シグレ、天掛カナタは私の育てた最強の弟子です。そして私もいつの日にか、父上を越えてみせます。」
「うむ。カナタ君、キミは師であるシグレを越えた。だが、剣狼の歩む剣の道はまだこれからだぞ。さらなる高みを目指して研鑽を続けねばならない。私からシグレ、シグレからカナタ君へと道は繋がってゆく。さらなる高みに到達し、最強の狼となって、次の世代に剣の道を繋いでゆくのがキミの役目だ。」
「肝に銘じます、大師匠。」
「カナタ、私に勝ったからといって慢心するな。私もさらなる研鑽を積み、強くなる。カナタも成長せねば、私がまた上をゆくからな。」
「一度勝ったぐらいで師を越えたなどと思っていません。オレの剣が背負う命がある以上、強くならなきゃいけないんです。」
仲間が、姉が、一族がいる。オレはもっと牙を研がなきゃいけないんだ。どんな敵であろうと噛み裂く牙を手に入れてみせる!
「うそやん!!局長がエッチ君に負けるなんてありえへん!そんな事があったらアカンのや!」
弟子と師匠、そのまた師匠が師弟の繋がりを確認し、決意を新たにしてるってのにうるさい神難娘だぜ。
「アカンかオカンか知らんが、サクヤも研鑽に励めよ?」
「きぃぃ!なんやその上から目線!一回まぐれ勝ちしたぐらいでチョーシ乗んな!」
含み笑いしながら、シグレさんはアホのコだが素質のある弟子を宥めにかかった。
「フフッ。サクヤ、師を越えてゆく弟子は一人だけとは限らない。サクヤにも期待しているぞ。」
「はいっ!今まで局長に勝とうとか思てへんかったけど、エッチ君に出来るんやったらウチかて出来る!ウチは、ウチはやったんでぇ~!!打倒、局長、そんでエッチ君や!」
サクヤのアホ毛が垂直にピーンと立ってる。てっきり変位性戦闘細胞が入ってるんだと思ってたが、地毛だと最近知った。どんだけあざといキャラしてやがんだか……
「その意気だ。父上、弟子達に稽古をつけてやってください。」
「うむ。鉄は熱いうちに打たねばならん。皆、刀を取りなさい。私が相手をしよう。」
先を競って壁に掛けられた訓練刀を手に取る弟子達。道場の機運も盛り上がってきたな。
「カナタ、食堂に行くぞ。一杯付き合え。」
「せっかく気勢が上がってるってのに、オレらは昼酒ですか?」
「たまにはよかろう。道場は父上に任せておけばよい。」
おやおや、シュリと並んで"良心の双璧"と呼ばれるシグレさんが昼酒とは、明日は雨が降るな。
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「あいよ、軍鶏鍋お待ちぃ!」
捻り鉢巻きをしたガーデン専属シェフ、磯吉さんが自ら軍鶏鍋をテーブルまで運んで来てくれた。
「すまんな、板長。こんな時間に鍋など頼んで。」
「ピークタイムは過ぎてまさぁな。シグレさんがここで酒を飲るのは初めてですねえ。悪代官大吟醸で良かったんで?」
「助かる。私もカナタも辛口の酒が好みでな。カナタ、呑むとしよう。」
軍鶏鍋をツマミに、師弟で差しつ差されつ、酒を呑む。仲間と酌み交わす酒、友と酌み交わす酒、そして今日は師と酌み交わす酒、か。どれも格別だが、家族と酌み交わす酒ってどんな味なんだろうな。……もうオレには望めないコトを考えても仕方ないが……
「そう言えばシグレさんは親子で呑んだりするんですか?」
「父がガーデンに来てからは何度か呑んだな。バクラも交えてだが。」
「それって親子で呑む酒なのか、師弟で呑む酒なのか、どっちなんでしょうね?」
「さあな。ちなみに一度だけ、トゼンも同席していた。」
「へえ~。でもトゼンさんって大師匠が苦手なはずじゃあ……」
壬生の親父の話はすんなってウロコさんに怒鳴ってたぐらいだ。苦手なのは間違いない。
「苦手も苦手。トゼン唯一の天敵と言っていいだろう。今戦えばトゼンの方が強いはずだが、若き日に植え込まれた苦手意識はそうそう拭えるものではないらしい。あの仏頂面は、カナタにも拝ませてやりたかった。」
ホントに見たかったな、トゼンさんの仏頂面。笑ったら殺されそうだけど。
「しかしあのトゼンさんが、よく天敵相手の飲み会に参加しましたね。ブッチしそうなモンですけど。」
「下働き時代の話をネタに脅迫でもされたのだろう。父上はああ見えて、かなり腹黒い面もあるからな。」
「どれだけ始末に負えない怪物が出来上がるか見たかった、なんて理由でトゼンさんに剣の理合を教え込んだぐらいですもんね。」
「経緯をカナタも聞いていたのか。我が父ながら、本当に困った達人先生だよ。好奇心で怪物を育てるわ、俳句になってない俳句を詠むわ、達人というより変人だ。世間は達人然とした風貌に騙されているようだが……」
好物の軍鶏を口にしながら楽しそうに話すシグレさん。今日は珍しく饒舌だな。
「そろそろか。カナタ、アルコールを抜け。司令室へ行くぞ。」
腕時計を見たシグレさんは立ち上がった。
「司令室に? せっかくシグレさんと酌み交わした酒を抜くのは勿体ないなぁ。」
とはいえ、そろそろ司令もエンジンが掛かった頃だろう。一度は顔を出しておかないといけないか。
「今夜、鳥玄で飲み直そう。ヒサメが新メニュー"神難地鶏の辛々鍋"を味見して欲しいと言っていた。」
神難地鶏の辛々鍋!なにそれ、滅茶苦茶美味しそう!
お酒は飲ませられないが、辛いもの好きのナツメも誘ってやんないとな。日が暮れるのが楽しみだぜ~!
※作者より 外伝の方に光平さんが家族と過ごすエピソード「悪党の休日」をアップしました。本編とは違ってはっちゃける光平さんを書いてみたので、よければ読んでみてください。
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