結成編5話 蜘蛛の徽章は我が誇り
司令は安物のオフィス家具の並んだ司令室にはいなかった。
「来たか。奥の客間にいる。」
司令は奥にいるようだ。オレとシグレさんはスチール製の安物家具に別れを告げて、希少木材で造られた高級家具の並ぶ客間に入った。
光沢のあるチーク材にツヤのある革を張った長椅子には司令とクランド中佐だけではなく、マリカさんまで座っている。
「あれ? マリカさんまでいるんですか? 司令、なにか新しい作戦でも始めようってんじゃ…」
「まあ座れ。」
オレとシグレさんが司令達の対面する長椅子に腰掛けると、司令は間を挟む大理石のテーブルから卓上ライターを手に取って、煙草に火を点けた。
「カナタ、話というのは1,1中隊の事だ。マリカやシグレとも相談したのだが、コンマワンからコンマを外す事にした。」
「コンマを抜く? ってコトは11中隊……ですか?」
「中隊ではなく大隊だ。私の師団の再編に伴い、アスラにも新しい大隊を設立する事を決定した。アスラ部隊第11番隊、カナタはその部隊長に就任するのだ。」
……いやいや、待て待て。……マジで、マジで聞いてねえよ!
「オレが部隊長!?……待てよ……冗談だろ……」
「冗談ではない。これは決定事項だ。」
決定事項だと? いつもいつも、勝手なコトばっか抜かしやがって!
「ふざけんな!司令、今までそのやり口を飲み込んできたがな!今度という今度は承服出来ねえぞ!!」
「カナタ!!イスカ様に対してなんたる物言い…」
「ボーリング爺ィはすっこんでろ!オレはマジ切れ寸前なんだ!!」
「……カナタ、落ち着け。」
落ち着けだと!? これが落ち着いていられるか!……マリカさんはなんでそんなに落ち着いてンだよ!
「マリカさん、オレに蜘蛛の
この真紅の徽章はオレの誇りだ!マリカさんや
「カナタはクリスタルウィドウの一員である事を、誰より誇りに思っている。それはアタイが一番よくわかってる。」
「だったらどうして!オレは1番隊にいらないってんですか!」
「いらない訳がないだろう!……アタイだって辛いんだ。本音を言えば、おまえを隊から出したくない……」
「出したくないなら出さなきゃいい!マリカさんは出したくない、オレも出たくない!なんの問題があるんです!」
「だがな、カナタ。おまえはウチにいる限り、アタイの影に束縛される。アタイを立てて、決して自分が部隊のエースになろうとはしない。」
「当たり前でしょう!マリカさんは部隊のエース、いや、同盟のエースなんだから!」
「それじゃダメなんだ!カナタだけはアタイの影で終わって欲しくない。アタイとエースを争う男になって欲しいんだよ!」
「イヤだ!オレはマリカさんの影でいい!オレがいいって言ってンだから…」
パチンと頬を叩かれ、頭に昇った血が下がる。マリカさんの目の端が、僅かだけど……濡れてる。
「巣立ちの時なんだ、剣狼カナタ。部隊の頭を張れ。器量と力量を備えた人間には、果たすべき責務がある。」
「でも、オレに部隊長なんて務まるでしょうか……」
「カナタに務まらないなら、カナタに負けた私も部隊長失格だな。だが、私は自分に部隊長が務まっていないとは思わない。だからカナタ、やってみろ。マリカの薫陶を受け、私を越える剣腕を身に付けたカナタなら、立派な部隊長になれる。」
隣に座ってるシグレさんが、オレの肩に手を置きながらそう言った。
オレがなんと言おうが司令は考えを変えないだろう。直属上官であるマリカさんも、師であるシグレさんも賛成しているとなれば、この状況を覆す方法はない。……だが本当に……オレに出来るのだろうか?
今までの戦いは確かに激戦だった。でも、心のどこかに保険がかかっていた。自分の力で戦っているつもりでいたが、"いざとなれば部隊長のマリカさんがいる。同盟のエース、マリカさんが"って安心感があった。蜘蛛の徽章を外せと言われて、心の寄っかかりに気付いたよ。
「……自信がありません。今までオレは知恵は出しても最終的な判断はマリカさんに委ね、強敵と戦っている時も、心のどこかでマリカさんをアテにしていたような気がします。」
「そんな事はない。魔女の森で、照京動乱で、ロスパルナス郊外戦でアタイがカナタに何をしてやれた? 魔女の森では足手まといを抱えながらたった一人で、照京やロスパルナスでは仲間に支えられながら、自分の判断で戦った。カナタはもう一人で決断し、戦えるんだ。そうでなければイスカの提案を了承していない。」
「新兵だったカナタをマリカと私で育てた。カナタ、今度はカナタがそうする時なのだ。リックやビーチャムを育て、立派な部隊長になって見せろ。それがマリカと私への恩返しだぞ?」
あらがえぬ縁なら沿ってみせるまで。……やるしかないなら……やるまでだ!!
「恩人のお二人がそうまで仰るなら……やってみます。」
「決まりだな。我がアスラ部隊に12人目の部隊長が誕生だ。近日中に私は師団を再編し、それを機に00番隊の部隊長をクランドに引き継ぐ。アスラ部隊の司令職は引き続き務めるが、戦場では師団の指揮を執る事が多くなるだろう。これからはアスラコマンドの指揮はマリカが執るケースが増える。シグレ、カナタ…マリカの補佐を頼むぞ。」
「言われるまでもない。」 「部隊規模が変わっても、そこはいままで通りですね。了解です。」
「やれやれ、カナタを手放した上に面倒まで増えるのかい。アタイにとっちゃあ、踏んだり蹴ったりだねえ。」
マリカさんはため息をついてから首を振った。器量、力量を持った人間には、それに応じた責任が生じる、というのはマリカさんにも言えるコトだ。諦めてください。
───────────────────────
鳥玄の奥座敷には三人娘が集合していた。シグレさんが呼んでおいたのだ。
マリカさんからオレが部隊長に就任するコトを聞かされても、三人娘は驚きもしなかった。
「なあ、娘さん達、ちょっとぐらいビックリしてくれてもよかないか?」
でないと泡食ったオレがバカみたいだ。
「いずれはそうなると思っていましたから。」
「予想よりも早かっただけなの。」
「以下同文。シグレ、それで私達を呼び出したって訳ね?」
「そうだ。鍋でもつつきながら、今後の事を相談しよう。」
マリカさん、シグレさんに三人娘を交え、神難地鶏の辛々鍋をつっつきながら、第11番隊の編成についての会議を始める。
「まずナツメの事からだねえ。ナツメはどうしたいんだい? 1番隊に残るか、それとも…」
「姉さん、私、カナタの隊に行く。それでもいい?」
「……わかった。ナツメは引き続き、カナタを助けてやんな。」
忍者だらけの1番隊と違って、11番隊は白狼衆が中心の編成になる。手練れの忍びであるナツメの力は必要必須なんだが、それでも念は押しておこう。
「ナツメ、オレの隊に来てくれるのは嬉しいんだけど、本当にいいのか? 蜘蛛の徽章を外すコトになるんだぞ?」
「姉さんは私がいなくても大丈夫。でもカナタには私が必要。そうでしょ?」
「そうだな。……ありがとう。」
「どういたしましてなの。はい、あ~ん♡」
鶏肉をお箸で挟んでグイグイ寄せてくるナツメ。小っ恥ずかしいったらありゃしねえ。
「ふぅん。カナタはいつも、アタイの妹にそんな真似をさせてんだねえ。」
冷や奴より冷やっこいマリカさんの視線。とりあえず、この場を誤魔化す為にも話題を変えよう。
「ゴホン、11番隊の副隊長はシオンだ。いままで通り、オレの補佐をよろしく。」
「
「そこまでは既定路線ね。大隊を編成するには5つの中隊が必要で、指揮中隊は少尉、第2中隊はシオン、と。あと三人、中隊長が必要だわ。」
ちびっ子参謀の言う通り、目下の問題は残る三人の中隊長の選任だな。
「候補者はシズル、ロブ、リック、でしょうか? ナツメ!このお鍋は十分辛いでしょう!一人鍋じゃないのだから、これ以上辛くしないの!」
隙を見て鍋に豆板醤を注ぎ足そうとしたナツメの手を、シオンさんはぺしっと叩いて阻止してくれた。
「もっと辛い方が美味しいのに……」
鍋から出し汁を椀に取り、ナツメは豆板醤をたっぷり入れる。
「辛々、うまうま。候補は他にもいると思うの。ビーチャムとかギャバちんとか……」
「将来性を買ってビーチャムはわかるけど、ギャバンまでは行き過ぎじゃない?」
リリスが疑義を呈したが、ナツメは反論する。
「ギャバちんは自分自身に決定力はないけど、視界が広くて判断力もあり、なにより部下を強化出来る。一兵士としては微妙だけど、指揮官としてなら強い。っていうか指揮官としてしか使えないタイプなの。私とは逆。」
日頃は惰性と思いつきで生きてるナツメだけど、ホント、兵士としては見る目があるんだよな。
「アタイの妹だけあって、見る目があるねえ。カナタもわかってるだろうが、視界の広さなら赤毛の小娘もなかなかのモンを持ってる。反面、ヒンクリー家の倅はパワフルだが目の前だけに集中しちまう悪癖があるな。」
「ですがリックには継戦能力の高さがある。んで、ギャバン少尉にはそれがない、と。」
「念真力を多数の兵士に付与出来る特性のデメリットだな。いくら念真力が高めとはいっても、継戦能力の低さだけは補いようがない。カナタ、兵士には長所も短所もあるものだ。個性豊かな兵士達をまとめ、力を引き出してやるのが部隊指揮官の仕事だぞ?」
「今夜中に答えを出さなきゃいけないコトじゃない。この席では忌憚ない意見を出してください。数日かけてゆっくり考え、答えを出します。」
肉弾戦に特化したアビー姉さんのスレッジハマー、砲撃戦に特化したカーチスさんのヘッジホッグ、ガーデンには特化型の部隊もあるんだが……オレの部隊は万能型に編成しなくちゃいけない。司令にそう言われた訳じゃないが、オレの部隊に望まれてるのはあらゆる局面に対応可能な柔軟性のはずだ。
────────────────────
飲み会兼、編成会議を終えたオレは自室に戻り、姿見の前に立つ。鏡に映った姿、軍用コートに輝く蜘蛛の徽章。
オレは心を決めて徽章に指をかけ……胸から外した。そして司令からもらったいくつかの勲章を飾ってある額の最上部に、蜘蛛の徽章を飾る。徽章は勲章ではないが、この徽章はオレの人生で最高の勲章なのだから。
……軍服の徽章は変わっても、蜘蛛の徽章はオレの誇りだ。これからも変わるコトなく、心の中で輝き続ける。
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