結成編6話 案山子とカラス
部隊長就任が決まった翌日から、オレは精力的に動き始めた。まず、ロックタウンで予備訓練を受けている白狼衆候補生から正規隊員へ昇格させる人材を選ぶところからだ。
候補生達を教練し、データをまとめてくれていたシズルさんの意見を聞きながら、テストを行う候補生の人選を進める。一般兵としてなら全員合格だが、アスラの部隊員となると話は別だ。
「コイツとコイツはまだ早い。この青年はいけそうだな。この娘もだ。」
各種訓練の結果と身体データを記した書類を、二つにより分けてゆく。これはあくまでデータ、データには出ない特性個性の見極めはオレが実地でやらないといけない。
「シズルさん、適正ありと判断した候補生達は、明日にでもガーデンに連れてきてくれ。オレが実戦テストをして可否を決める。」
「了解しました。ですがお館様、先に候補生同士で戦わせる選抜試験を行ってみては如何ですか? 候補生達も張り切るでしょうし、選考結果にも納得がゆくかと思いますが……」
「オレが見たいのはロックタウンへ移住してから、今日までをどう過ごしてきたかだ。テスト前にだけ頑張っていい点を取る人間に用はない。常日頃から自分の長所はなにか、足りないものはなんなのかを考え、努力してきた人間が欲しい。」
「なるほど、訓練成績では劣っていてもテストを受ける候補生がいるのはそういう訳でしたか。選考基準が今ひとつわからなかったのですが、それを聞いて得心しました。お館様が選ばれた候補生は、ガーデンに移住して以降、成績を伸ばしている者ばかり。現時点での能力より、伸びしろを重視、なのですね。」
「最低限の能力基準を満たしているかも考えてはいるけどな。いくら将来性があっても死なせちゃ意味がない。だが例外的にコイツだけはテストを受けさせる。総合点で群を抜いているからな。」
たぶん、実戦テストで落とすコトにはなろうがな。コイツの身体能力なら訓練成績が
「
「なぜ、天羽を隊員に選ばなかった? 大戦役の時、シズルさんが選抜した一次メンバーに入っていてもおかしくなかったはずだが?」
おかしくないどころか、適合率と念真力、それに身体能力も一次メンバーより上だ。
「個人的な能力は高くとも、チームの一員にするには不安があったからです。一言で言えば"天狗"なので。」
なるほど、能力は高いが慢心屋なのか。この訓練成績は手抜きの産物と見てよさそうだな。
「天羽だけに天狗か。名は体を表すと言うが、困ったヤツだな。半端な強さで慢心すれば死ぬだけなんだが……」
「それが心配でメンバーから除外しました。お館様、雅楽にアスラコマンド隊長級の力を見せてやってください。私との訓練では、勝てないまでも、それなりに勝負出来るだけに格上の怖さを知りません。」
「わかった。それとシズルさんの処遇なんだが、オレの指揮中隊の副隊長をやって欲しい。本来ならシズルさんは中隊長にすべきなんだが、アスラ部隊は他の部隊とは事情が異なるんでね。」
「事情が異なる、と申されるのは?」
「他の部隊なら指揮官とエースは異なっているケースが多いんだが、アスラ部隊では指揮官=エースだ。オレは敵部隊のエースの相手をする場合が多い。第11番隊最強の部隊である指揮中隊の指揮を執れない場合も出てくるだろう。」
「なるほど。それで私をお館様直属の指揮中隊に置いておきたいのですね。」
指揮中隊こと第1中隊は古参の白狼衆で構成されている。彼らのコトをもっとも知っているのはシズルさんだ。
「皆にはシズルさんを中隊長として扱うように言っておく。オレが不在、もしくは指揮を執れない状態に備え、シズルさんとシオンの両頭体制を考えている。シズルさんとシオンが協力関係がスムーズなら、だがな。」
「我意を張るつもりはありません。お館様不在の場合は、私とシオン、それにリリスやロバートといった知恵の働く人間で談義の上、行動すれば問題ないかと。」
そのあたりを考えても、経験豊富なバイプレーヤー、ロブの存在は部隊に必須だな。
「そうしてくれれば有り難い。本来なら1番隊みたいに…」
「不動のナンバー2がいない事は私もシオンもわかっています。リグリット出立前の酒席でシオンは力足らずを嘆いておりました。私も同じ気持ちです。互いに切磋琢磨し、お館様がどちらをナンバー2とするか悩んで頂けるよう、鍛錬に励みまする。」
出会った頃のトゲトゲしさはなくなったなと安堵していたんだが、酒席を共にするほど打ち解けてきていたか。……仲良きコトは良きコトかな。一人でラセンさんに及ばないなら、二人で力を合わせればいいんだ。
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編成作業を進めながら、これまでの復讐を兼ねて司令にいくつかの無理を飲ませたオレは、休憩がてらガーデンの農場でぼんやり農作物を眺めていた。
タフネゴシエーターの司令との交渉はホントに疲れるぜ。まぁ、ほぼほぼオレの要求は通せた。上出来としておくべきだろう。
……ん? 農場に新しい
ロブのヤツ、鈴城でヒャッハーやってた時に、畑を作ってたらしいからなぁ。その頃の習慣が抜けなくて、ここでも畑作りを始めやがったのか。鈴城じゃ生活の手段だったかもしれんが、ここじゃタダの趣味だ。食う為に作物を作る必要なんてないんだからな。
体育座りでボーッとしてるオレの背後から、電動車椅子の音が近付いてくる。ヒムノンママだろう。ガーデンで車椅子を使っているのは負傷兵とヒムノンママだけ。ここんとこ大きな作戦はなかったから、負傷兵はいない。答えは後者のはずだ。
「休憩かしら、カナタさん。」
隣までやってきたヒムノンママが杖を使って立ち上がろうとしたので補助させてもらう。うるかをはじめとして、ヒムノンママお手製の手料理にはお世話になってるからなぁ。特に漬物作りが上手なんだよね。
「そんなところです。いつも漬物とか貰ちゃって、助かってます。ヒムノンママの漬物の味を覚えたナツメなんか、市販品を食べなくなっちゃったぐらいで。ホントに美味しいです。」
「昔取った杵柄って言うからねえ。大昔は乾物や漬物を作って食い扶持を稼いでいたのよ。」
ヒムノンママって見た目はバリバリのガルム人だけど、イズルハで暮らした期間が長かったから、日本のお婆ちゃんって感じのお人柄なんだよな。死んだ婆ちゃんとはタイプが違うけど、すごく親しみを感じる。
「なるほど、本職だったんですか。道理で美味しい訳だ。でもお体にさわらないようにしてくださいね。」
「ここに来てからというもの、倅が楽しそうで私も嬉しいの。それもこれもカナタさんのお陰なんだから、うるかや漬物ぐらいならお安い御用よ。」
「それは気にしないでください。ガーデンはヒムノン室長を必要としていて、室長にもガーデンが必要だった。利害一致の共生関係、オレはその橋渡しをしただけですから。」
「倅がね、"カナタ君は大物になる"って口癖のように言ってるの。お嬢さん方に囲まれて閉口している時はとてもそうは見えないのだけれど、隊の皆さんに教練をしている時には風格がある。カナタさんは不思議な人ね。」
「オレは大物にはなれませんよ。見事なまでに小市民なんで。ただ、ここでの日々を懸命に生きてるだけです。」
「あらあら、同盟侯爵にして、今度はアスラの部隊長に就任されようというお方がご謙遜ね。……ところでカナタさん、倅の噂をご存知かしら?」
お爺ちゃん子であり、お婆ちゃん子でもあるオレだ。ヒムノンママにウソはつけないよなぁ。
「耳にはしてます。だけどヒムノンママ、ガーデンのゴロツキは口さがないんです。ちょっとでも火種があったら、じきに大火事にしちまうんですよ。」
「そうだとは思うのだけれど、少し心配で。幼少期は食うや食わずの赤貧生活、特待枠で士官学校に入学してからは勉強勉強。軍に任官されてからは仕事ばっかりしてきた倅だから。年をとってからの遊びは加減を知らないって言うし……」
ははぁん。ヒムノンママはそのコトを頼みたかったんだな?
「ヒムノンママ、オレで良ければ少し探りを入れてみましょうか?」
「お願い出来るかしら。」
「ええ。女に入れ込むヒムノン室長のお姿を拝見するのも面白そうです。」
「是非その姿を写真に撮って、私にも頂戴ね。アルバムにしてあのコの机に置いておきますから。」
うわっ!ヒムノン室長、お気の毒。かなりの精神的ダメージを受けるだろうなぁ。
「ヒムノンママ、官舎まで送りますよ。オレも部屋に戻って部隊名を考えないと。」
「カナタさんは紳士なのね。あら、新しい案山子さんが立ってるわ。誰のかしら?」
「ロブちんこと、ロバート・ウォルスコット少尉のですよ。便利屋の名に恥じず、並み居る案山子群の中でも出来がいい。」
「ロブちんさんは器用なのね。立ってるだけがお仕事の案山子さんなのに、手を抜かないのは偉いわ。」
……立ってるだけがお仕事、か。オレも案山子になりてえな。ここんとこ忙し過ぎる。
おや、案山子の肩にカラスが止まったぞ? 力作なのに効果はなかったみたいだな。
……案山子と
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